データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「新・下田会議」夕食会における前原外務大臣挨拶

[場所] 飯倉公館
[年月日] 2011年2月22日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

 今般,国際交流センター(JCIE)が設立40周年を迎えられたことについて,心より御祝い申し上げます。山本正理事長率いられるJCIEは設立以来,日本と国際社会との間の相互理解と交流の促進に大きな役割を果たしてこられました。改めて敬意を表したいと思います。

 山本正理事長が運営に御尽力された日米関係民間会議(下田会議)は,1967年の第1回会議以降,日米両国の各界を代表する人々が一同に会し,折々の国際情勢や日米関係につき率直な意見交換の場として独特な役割を果たしました。こうした民間中心の対話の場,今で言うトラック1.5のフォーラムがこの時期に生まれた時代背景としては,日本の経済的成長に伴い,日本自身が主体的なプレーヤーとして国際舞台での役割を模索し始めたこと,米国内において日本に対する知的な関心が新たな高まりを見せたこと,日本国内でも国際政治に関する研究・言論活動が活発化してきたことなどが指摘できると思います。他方,国際政治・安全保障問題に関する専門家同士,研究所間のネットワークがまだ発達していない時に開催され,その後の日米関係及び議員・研究者間の交流活動に大きな影響を与えた点を特記したいと思います。1994年まで9回にわたり開催された下田会議は,日米関係の方向性を指し示すとともに,日米の各界で指導的立場に立っていく人々の間の絆を深める場として,日米間の重層的な関係を強化する重要な役割を果たしたと高く評価しています。

 本日の「新・下田会議」においても,参加者の皆様により,日米両国の将来の課題を先取りした,率直かつ熱のこもった意見交換が行われたことと思います。私自身,下田会議を契機に始まった日米議員交流プログラムに参加致しました。議員交流は両国の議員に同盟国である相手を知り信頼関係を築く,又とない機会を与えてくれるものです。私自身も,日程が許せば是非皆様と一日議論を交わしたかったところではありますが,この場をお借りして,本日のテーマである国際社会と日米両国の役割について私の考えをお話しさせて頂きます。

(21世紀のアジア太平洋地域と日米の役割)

 元祖・下田会議が開催された時代と現在では,日米両国を取り巻く環境は大きく変化しました。米国とソ連の二極構造が支配した冷戦時代と比較したとき,我々が生きる21世紀の国際社会の大きな特徴は,多極化及びグローバリゼーションです。急速に台頭しつつある新興国は,経済分野のみならず政治的な分野においても存在感を増しています。また,ヒト・モノ・カネの国境を越えた移動は飛躍的に活発化し,IT技術の発展により情報は一瞬で世界中に伝わって世論に影響を与えます。

 先月,チュニジアで,一人の若者による抗議の焼身自殺をきっかけとして,フェイス・ブックやツイッターといった新しい通信手段,ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて,人々の体制への不満が一挙に広がり,大規模デモから政権崩壊につながりました。エジプトでも同様にムバラク大統領が辞任する事態となりました。このような中東の政治・社会不安は,他国にも瞬く間に経済的な影響を及ぼしている上,世界的なエネルギー価格にとっても不安定要素となります。また,食料価格についても高騰の傾向が見られますが,世界的な人口増加による需給を試算すると,中・長期的には食料需給ひっ迫の時代が到来するとの予測もあります。食料やエネルギー資源の多くを海外に依存する日本にとっても他人事ではありません。世界の不安定要因に伴うリスクを常に想定し,資源安全保障のための多角的な取組を推進することは不可欠です。

 このようにグローバリゼーションには光と影の側面があり,日米がグローバルな問題に共に協力・連携を強めていくことが求められていると考えます。新・下田会議では,このようなグローバリゼーションの課題を積極的に協議していただくのが有益と考えます。

 アジア太平洋地域に注目すると,冷戦終了から20年を経た現在においても,不確実性・不透明性が残存しているという現実があります。昨年一年を振り返ってみても,韓国哨戒艦沈没事件,延坪島に対する砲撃事件,そしてウラン濃縮計画など北朝鮮の度重なる挑発行為に加え,領土や海洋を巡る問題が多発したことは記憶に新しいところです。

 他方,アジア太平洋地域は,民族,文化,宗教において多様性に富んだ地域です。経済活動のグローバリゼーションの恩恵を最も享受したのもアジア地域といえ,世界全体のGDPに占めるアジア地域のシェアは,第1回下田会議が開催された1967年には13%でしたが,2009年には25%に倍増しており,2030年には40%に達するとの推計もあります。中国やインドをはじめアジアの新興国の急速な成長は,アジア太平洋だけではなく,世界に大きな市場と成長の機会を与えています。

 この多様性が生むダイナミズムを活用し,価値観や利害の対立を防ぎつつ,台頭する新興国も参加する開かれた協調を実現していく必要があります。覇権の下でなく,協調を通じたアジア太平洋地域全体の発展が,各国の長期的利益と一体不可分であるとの基本的考え方に立ち,新たな秩序を形成していくべきです。その一環として,インフラの整備に加え,法の支配,民主主義,人権の尊重,自由で公正な貿易・投資ルールや知的財産権の保護といった「制度的基盤」を整備し,各国の潜在力を最大限に引き出すことが重要となってきます。

 そうした新しい秩序を考える上で,戦後一貫してアジア太平洋地域の安定と繁栄に不可欠な公共財として役割を果たしてきた日米同盟は,引き続き死活的に重要な位置を占めています。地域の平和と安定の維持のために日米両国が果たす役割への期待が高まっており,その責任は重大だと考えています。

 日本は,オバマ政権下においてアジア太平洋地域への関与をますます深めている米国と協力しつつ,引き続きアジア太平洋地域の地域協力の推進に努力を続けます。下田会議が発足した1967年に産声を上げたASEANは,現在10カ国に拡大し,地域協力の中心的役割を果たしてきています。ASEANを中心として発展する様々な枠組みの中で,特に東アジア首脳会議(EAS)について,昨年のアメリカの参加決定を歓迎しています。また,経済分野では,APECが貿易及び投資の自由化に関する基盤作りに重要な役割を果たしています。昨年の横浜APECで合意されたとおり,現在進行している地域的な取り組みを基礎として,アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現に向け努力を続けていきます。特に,環太平洋パートナーシップ協定(TPP)はFTAAPに向けた重要な道筋であり,日米両国が参加するTPPが実現すれば,経済的のみならず政治的なインパクトも大きく,日米関係の強化の大きな一歩とも位置付けることができます。米国を始めとする関係国との協議を進め,今年の6月を目途に参加について判断を行う予定です。

(日米同盟の深化)

 アジア太平洋地域における安定と繁栄を確保するために,日米両国が協調して取り組むにあたって基盤となるのは強固な日米二国間関係であることは,いくら強調しても強調しすぎることはありません。安全保障,経済,文化・人材交流の三本柱を中心に日米同盟を更に深化・発展させ,本年前半に予定されている総理の訪米の際に,21世紀に相応しい日米同盟のビジョンを示すことを目標に,日米両国政府間の協議を加速させていく考えです。

 日米同盟の中核である日米安保体制は,我が国の防衛のみならず,地域の平和と安定にとり不可欠な役割を果たしています。現下の東アジアの安全保障環境の評価を踏まえつつ,日本自身の防衛体制を築いていくと同時に,日米間で共通の戦略目標の見直し及び再確認の作業を進めていくことが喫緊の課題です。

 日米同盟深化の第2の柱は経済です。日米同盟の健全な発展は力強い両国経済に支えられているとの認識の下,先ほど述べたTPPへの参加検討のほか,超電導マグレブを含む高速鉄道やクリーンエネルギーといった新成長分野,新技術に関する協力についても,日米経済協力の新たなフロンティアとして推進していきます。特に,日本の優れた高速鉄道システムが米国に導入されれば,日米協力の象徴的な案件として大きな意義があると確信しています。

 同盟深化の第3の柱である文化・人材交流については,中長期的に日米同盟を深化・発展させるためには両国民の幅広い層における相互理解促進が不可欠であり,真剣な取り組みが必要な分野です。この点,下田会議が草分け的存在として切り開いた日米間の知的交流・議員交流の再活性化が急務であると痛切に感じます。政府間のみならず,学界・財界・政界を含む幅広い分野での継続的対話や層の厚い人的ネットワークこそ,両国社会の相互理解の鍵となるからです。近年,米国の大学に留学する日本人留学生の減少傾向が続いていますが,若い世代の交流促進は両国関係の中長期的な発展に対する投資であるとの発想に基づき,若手教員の米国派遣や留学の促進などの施策を進めています。

 議員交流の分野では,冒頭述べた日米議員交流プログラムは両国の対話・交流を促進する場として非常に大きな実績を上げておられます。今後,国際政治の場で政治家の果たす役割が大きくなったこともあり,日米間の議員交流を更に活性化することが重要であると確信しています。

 なお,日米交流との観点からは,2012年は,当時の尾崎東京市長がワシントンに3000本の桜を寄贈してから100年を迎えます。これを記念する日米間の様々な交流事業を通じて,両国国民間の友好親善関係が一層促進されることを期待したいと思います。

(結語)

 下田会議の時代から,日米両国を取り巻く内外の環境は大きく変化した面もありますが,日本と米国が手を携えて課題に対処していくという基本的構図に変わりはありません。本日の「新・下田会議」開催により,日米間の政策対話・知的交流の絆が改めて強まったことは意義深いことであり,是非これを将来に向けた対話・交流の強化につなげて頂ければと思います。

 私は,昨年9月の外務大臣就任以来,5ヶ月でクリントン国務長官と4回にわたる日米外相会談を行い,信頼関係を深めてまいりました。山本理事長から下田会議や日米議員交流を進めていく中で,米国の各位が寄せてくれた協力が極めて大きな後押しになったということを聞きました。先人が築き上げた日米関係を一層深化・発展させるため,私たちで一層,新・下田会議を盛り立てていくことが大事だと思います。またそのために全身全霊,外務大臣としての職責を果たしていく決意であることを申し上げて,私からのご挨拶を締めくくりたいと思います。