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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 麻生外務大臣演説:「東アジアの将来の安定と繁栄を共に目指して」‐過去の教訓、そして夢を見る自由に向けたビジョン‐

[場所] ワシントンD.C.(戦略国際問題研究所)
[年月日] 2006年5月3日
[出典] 外務省
[備考] 外務省仮訳
[全文]

導入

 ハムレ所長、フォーリー大使、皆様、本日は戦略国際問題研究所(CSIS)にて講演する機会を頂き、ありがとうございます。ご存知かもしれませんが、当研究所の設立者の一人であるアーレイ・バーク海軍大将は、50年以上も前に遡って、我が国と特別な関係があります。

 バーク大将は、ソロモン海域や太平洋のその他の場所において、勇敢かつ巧みに旧日本帝国海軍と戦った海軍軍人であります。あまりよく知られていないのは、1950年、バーク大将と、私の祖父である吉田茂が、朝鮮半島周辺水域に我が国の掃海艇を派遣するため力を合わせた事実です。これは、北朝鮮が敷設した機雷を除去して、上陸する米軍の安全を確保するためでした。これがまさに戦後最初の日米防衛協力となりました。

 バーク大将は、我が国掃海隊の活動の成果を高く評価し、後に、戦後我が国における海上自衛隊の設立に力を尽くします。日米間の50年を越える同盟は、こうして始まったのでありました。

 本日は、東アジアについてお話しますが、まずは歴史を振り返りたいと思います。

 人類の歴史を通して見ると、比較的穏やかな時代もあれば、劇的な変化の時代もありました。大きな変化は、多くの場合、新たな国家や民族が急速に世界の舞台に踊り出て他国への影響を強めるときに起きました。例えばアレキサンダー帝国、サラセン帝国、モンゴル帝国、ナポレオン帝国といった大帝国の誕生と拡大は、こうした大きな変化の例です。新勢力の台頭は、貿易、芸術、科学、技術といった人間の活動に新たな活力をもたらしました。

 しかし同時に、新たな勢力の急速な成長と拡大は、時として不安定や騒乱につながることもありました。古来より、新たな勢力が突然台頭することによって、しばしば、周辺諸国や周辺勢力は疑念や恐怖感を抱きました。同じような歴史のパターンは東アジアでも見られます。

 このような歴史の文脈において、東アジアの将来像についての私の考え方を皆様と共有したいと思っております。もちろんその中には、我々日本人が、我々自身の過去をどう見ているかという視点も含まれます。

 我々は、19世紀後半からの大日本帝国の産業力・軍事力の急速な台頭が、結果として何百万人もの人々の運命を左右するような大きな悲劇をもたらしたことを強く認識しています。

 小泉総理大臣は、2005年4月のインドネシアのジャカルタにおけるアジア・アフリカ首脳会議において、また2005年8月の戦後60周年談話において、「我が国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。」と述べた上で、こうした損害と苦痛に対して「痛切なる反省と心からのお詫びの気持ち」を表明しました。

 本日お話しする東アジアの将来像は、こうした痛切なる反省とお詫びの気持ちに根ざすものであり、それは、この地域の平和、安定、そして繁栄に、より良く貢献せんとの、我が国の強い願望と決意を反映するものです。

1.東アジアの現状(「機会と課題」)

 過去25年間、東アジアでは目覚しい経済的・政治的発展が見られました。そして現在、この地域に、自由・民主主義・市場経済の新しい風が吹き込みつつあります。50年前には、ほぼ一様に貧困が蔓延していた東アジアに、今や世界で最も活気に溢れた経済を誇る多くの国・地域が存在します。第二次世界大戦終結以来、我が国は、この地域で「実践的先駆者」(ソート・リーダー)としての役割を果たし、我が国が民主主義や市場経済を通じて得た経験や利益を、他のアジア諸国に伝播してきました。アジア経済の奇跡は、多くの中産階級を創出し、こうした新しい中産階級の出現が更なる自由と民主制度実現への期待を高めています。韓国に始まり、タイ、インドネシア、モンゴルにいたるまでの国々において、先見の明のある指導者たちは、自国の国民に投票箱や市場における選択の自由を与えることこそが、自分たちの国家のより明るい将来を確保する上で、最善の方法なのだということに気づきました。私は、この流れは今後後戻りするものではないと思います。他の諸国がまたこうした道を歩み続けるにつれ、経済発展と政治的自由の組み合わせは、この地域の繁栄と安定を拡大するための一層大きな「機会」を生み出していくものと、確信しています。

 もちろん、東アジアが未だ直面している多くの課題について、安心してよいということではありません。冷戦そのものは、1989年のベルリンの壁の崩壊とともに終結したかもしれませんが、冷戦時代の残滓は、依然として、ユーラシア大陸の東側、特に朝鮮半島において顕著に残っています。同様に懸念されるのは、テロリズム等の新しい脅威、ナショナリズムの高まり、そして地域内諸国家の内外で拡大する開発格差です。こうした否定的要因が、東アジア地域の持つ大きな潜在的可能性に影を落とし、ひいては地域の不安定さにつながりかねないという、現実の危険があります。

 東アジアが世界経済を牽引する中心的な役割を果たすようになってきたことを踏まえれば、この地域で今後生じることは、人類が将来たどるであろう歴史の進路にも重大な影響をもたらすことでしょう。中国の台頭がどのような性質のものとなるかは、もちろん、この進路を確定する上で鍵となる部分です。近年、中国の経済成長には、世界中が目を瞠っております。中国経済は、現在、世界第4位の規模を誇っており、G7諸国のうち4ヶ国よりも大きな規模となっています。我が国は、中国経済の躍動から最も恩恵を受けている国の一つです。日中間の貿易額は、1991年から2005年にかけて8倍に増えており、こうした貿易拡大は1991年以来長く不況に苦しんだ日本経済を再活性化する上で死活的に重要な役割を果たしました。

 同時に、中国が、貧富の格差、地域格差の拡大のみならず、環境・エネルギー・水といった問題のごときボトルネックを抱えている事実を見逃すわけにはいきません。こうした問題は、中国のダイナミックな経済成長の見通しに不確実さをもたらしています。中国経済がソフト・ランディングを果たし、今後数十年の長きにわたって持続可能な成長率を達成できるかどうかに、多くの人々が重大な関心を寄せています。日米やその他の国々にとってのもう一つの懸念事項は、中国の国防費の増大です。過去18年間に亘って、中国の国防費は2桁台の増大を続けてきました。今後中国が関係国と信頼を醸成するためには、中国が自らの軍事力の透明性を向上させることが重要です。また、中国が真の民主国家になることは、将来不可避な道となるでしょう。

2.東アジアの将来像

 ここで、東アジアの将来像と我々の戦略についてお話したいと思います。我々のこの地域における目標ははっきりしており、「安定しかつ繁栄した東アジア」を築くことです。それは、この地域の未来に利害を有する全ての関係国が協力することによってのみ達成され得るものであり、その中で、日米同盟は引き続き他には代替し得ない役割を果たしていきます。

 このプロセスにおいて、中国が、関係国にとっての「機会」として、また国際社会及び地域における「責任あるステークホルダー」として行動することが、東アジアの平和、安定及び繁栄にとり不可欠と、我々は考えています。先ほど述べたとおり、中国の発展には不確実性が存在しており、東アジアの地域環境に関して予見可能性を増すためには、こうした不確実性を解消する必要があります。そしてこの予見可能性を高めることが、ひるがえって、「安定しかつ繁栄した東アジア」という最終目標を達成する上で鍵となるのです。

 中国は、国際システムを強化する責任が自分自身にあることをよく認識していると思います。それは、まさに、この国際システムによってこそ中国自身の成功が可能となっているからです。例えば、六者会合でもお分かり頂けるとおり、中国は、自国にとってもより広い地域にとっても悪影響を及ぼし得るような問題について、解決に向けた協力を行ってきています。我が国は、このような中国の東アジア地域への建設的な関与を歓迎します。そして、こうした中国の前向きな努力を一層促進するためには、日米両国が、例えば環境、エネルギー、水といった中国の将来の安定的な発展にとって潜在的にボトルネックとなる分野について、中国との互恵的な協力によって、同国の発展を支援し続けていくことが大切です。これが重要なのは、そのような努力の結果、中国の発展の不確実性がそれだけ解消されるだけでなく、他の関係国との建設的な協力が自国の利益につながることを中国自身が認識することとなるからです。

 そしてこれに連なる次の段階として、中国自身が建設的なパートナーとして行動し、周辺国と対等な立場でそこに参加することが‐そうすることが自らの国益に最も資すると考えるような多国間の地域枠組みを、我々が築いていくことが必要です。我が国は、他のすべての関係国と共に、閉鎖された体制ではなく開かれた体制に、個別の利益ではなく共通の利益に、価値の対立ではなく価値の共有に立脚した新しい東アジアの地域秩序を作っていくとの決意です。逆に、この地域を、相互不信や偏狭なナショナリズムに基づくパワーゲームの場としてはなりません。

3.具体的な目標と方策

 このような多国間の地域枠組みを築くためには、この地域において以下の3つの重点目標を設定することが重要であると考えます。

 まず、自由、民主主義、市場経済、法の支配、人間の尊厳の尊重を促進することです。最近の歴史が証明しているとおり、これらは、文化的・民族的・宗教的な背景の如何にかかわらず、全ての人間が共有すべき普遍的な価値観です。また、最近の東アジア地域における経験に照らしても、安定した中間階層を生み出す経済発展は、民意を更に政治に反映する媒体であり、それゆえに、これらの価値の増大が相互に作用し合うことは明らかです。したがって、このプロセスがよく調整された形で促進されることが重要です。

 二番目に、偏狭なナショナリズムを排除することです。東アジアにおけるナショナリズムの高揚を覆すことは容易ではありませんが、それを前向きな方向に導くことはできます。国を愛する健全な心‐即ち「愛国主義」と呼ばれるもの‐と、他国に対する憎しみを助長する偏狭な「ナショナリズム」とは異なるのです。

 三番目の目標は、アジアの政治・経済・軍事分野における透明性と信頼、ひいては予見可能性を高めることです。経済分野での透明性は、汚職を防ぎ、公正な競争を確保します。政治・軍事分野での意図や能力についての透明性は、地域の軍拡競争、あるいは、潜在的に考えられる破滅的な誤算といったリスクを大幅に減ずることとなるはずです。

 これらの共通目標を達成するために、我々は以下の5つの方策を追及すべきであると考えます。

●一番目に、米軍による抑止力の維持のための日米同盟の強化。米軍の抑止力は、これまでも一貫して、戦後の東アジアの平和と繁栄の基礎となってきました。

●二番目に、先ほど述べたとおり、日中が利益を共有し双方が利益を得られるような、日中共益の分野での中国との協力の深化。

●三番目に、地域協力の推進。域外の関係国とも開かれた形で協力して、利益を共有でき、東アジアに共同体を作るとの将来の目標によって、重要なパートナー諸国をすべて包み込むような地域協力の推進。

●四番目に、世界最大の民主主義国家であるインドや、日米両国双方にとっての長年の友人である豪州やニュージーランドとの戦略的関係を強化するとともに、我々のASEANとの長年のきずなを再活性化すること。

●五番目に、冷戦の残滓である北朝鮮に関して、核問題や拉致問題を含む諸問題への取組。この関連で、先週、ブッシュ大統領には、1977年日本海沿岸で中学校からの帰宅途中に13歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのご家族を温かく迎えて頂きました。拉致問題に我が国と一体となって取り組むとのブッシュ大統領のコミットメントは、日本国民に非常に大きな勇気を与えるとともに、北朝鮮に対して日米がこの問題で一体となって取り組むとの強く明確なメッセージを送ったと考えます。拉致問題への一貫した支持について、ブッシュ大統領、米国政府、そして米国議会に対して、深い謝意と敬意を申し上げたいと思います。また、現在世界で最も活気ある民主主義国家の一つであり、米国にとって欠けがえのない同盟国である韓国が、拉致問題のような共通の関心事項への取組や、核兵器のない朝鮮半島において恒久的な平和と安定を実現するための我々の一致した努力において果たす役割の重要性を強調したいと考えます。

 再度強調したいのは、東アジア地域で我々の目標を推し進めていく上での、日米協力の重要性です。この同盟の中核にあるのは、日米両国が共に信条としている、自由、民主主義、市場経済といった普遍的価値観です。東アジアがこれまで50年間に亘って維持してきた安定が、今後50年、いやそれ以上の長い年月にわたって継続されるようにするため、これらの価値観を地域全体に広げていく決意です。

4.結語

 私は、東アジアの将来は明るいと信じており、地域全体が、開かれた、自由で民主的な政府、貿易、投資制度の下で、やがて平和、安定、繁栄を享受すると確信しています。しかし、将来への道が困難を伴わないものとなる保証はありません。むしろ、我々がこれから進む道は長く、平坦でないかもしれません。

 冒頭に述べましたとおり、人類の歴史を通じ、新興国の急速な台頭は希望と緊張の双方を生じてきました。中国の近年の発展も、その過去に例を見ない速度のために、その双方を生じつつあるようです。今日の中国の新しい繁栄と富は、輝かしい側面と同時に、リスクや潜在的な問題を包含していないわけではありません。同じことが東アジア全体についても言えます。

 しかし、これらのリスクと課題を管理できるとすれば、それは、東アジアの国々と諸国民がより良い未来のために協力し合い、全体として過去の過ちを繰り返さないよう十分に賢明である場合のみです。

 私は常々アジアの人々は楽観主義者であると信じてきました。東アジアの国々は、自らの国益に最も資するからこそ、共通の目標に向かって協力する意志を有している、そのことに疑いを抱く必要はありません。

 ベトナムをご覧ください。米国と戦火を交えた国が、今年の次回APEC会合を主催するとの決定を行いました。これは、東アジアにおける前向きな変化の明白な事例です。日本は、米国とともに、ベトナムの決定を心から歓迎します。

 実際、我々が東アジアにおいて楽観的である理由がまさに存在するのです。

 中国の指導者は、10億人以上もの国民の誰一人として飢餓に苦しまないことを確保することに成功しました。これは20世紀における人類の最も偉大な成果の一つです。また、ITやその他のハイテク産業の勢いを得ている今日の中国沿岸部の成長著しい経済を見て下さい。

 インドは、少し前までは最も開発が遅れた第三世界の国の一つでしたが、現在はIT技術の巨人となり、国内で新たな繁栄をもたらすと共に、海を越えて何千人ものIT技術者をシリコン・バレーやその他のIT産業の中心地に送り出しています。

 しかし、東アジアの人々は、新たに富を手にしただけでは、その歩みを止めはしません。聖書にもあるとおり、「人はパンのみにて生きるにあらず」です。東アジアの人々は、今や物質的な生活向上よりも大きなものを求め、得ているのです。我々は、それを、夢を見る自由と呼ぶことができるかもしれません。

 今では、タイの田舎の貧しい農民の息子が世界最高の心臓外科医になることを夢見ることができます。インドの南海岸部の漁村の少女がいつの日かニューヨーク交響楽団で指揮することを夢見ることができます。

 もちろん、我々は東アジアにおいて依然として貧困、疾病やその他の苦しみを目にします。しかし、もはや絶望はないように思います。なぜでしょうか。それは、今ではこうした子供達が、自らの一生のうちに目標や夢を達成するための、目に見える確かな機会を与えられているからです。

 実は、これこそが、日本が、戦後、東アジアの他国に先駆けて進んできた道なのです。長年の戦争で疲弊した日本国民は、私の祖父も含めて、二度と軍事的侵略を行わないとの決意をしました。それに代わるものとして、日本国民は、「経済の繁栄と民主主義を通して平和と幸福を」という一貫した政策を進めてきました。

 この政策は、戦後の日本国民の希望にかなったものでした。日本の国民は、繁栄のみならず、それ以上に多くのものを達成したのです。多くの夢が実現しました。この政策は、東アジアの民衆一人一人に目標達成の機会を与え、彼らの希望に資することでしょう。彼らも、夢見る自由、より良い将来を夢見る自由を分かち合うべきです。

 私は話の締めくくりにこう繰り返したいと思います。過去の教訓から多くを学んだ我が国が、東アジアにおける平和、安定そして繁栄のために尽力するという60年前の固い決意から逸脱することは決してありません。我々は、友好国やこの地域の隣国とともに、人々の目標や夢の達成に資する、開かれた、力のある東アジア実現に向け努力していく決意です。こうした努力を行うにあたって、我々はパートナーであるべきであり、敵対すべきではありません。この目的のために、我々は、相互の信頼と理解に基づき、利益、基本的な価値観、そして経験を共有する、緊密な協力と意思疎通のシステムを築いていかねばなりません。

 この仕事はまだ始まったばかりです。当然のことながら、様々な課題や困難が行く手に待ち受けているでしょうが、この仕事はきっとなし遂げられます。そして、仕事は楽しいものとなるでしょう。なぜならば、我々はみな同じ目標を目指しているからです。この目標実現のための努力において、すべての人がそれぞれ果たすべき役割を有しています。そして、詩人ロバート・フロストが書いた詩にもあるとおり、「あなたも来る(参加する)」のです。ありがとうございました。