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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 中国ビジネスサミットにおける川口外務大臣スピーチ(北東アジア:次の世界の一大貿易圏)

[場所] 
[年月日] 2004年9月13日
[出典] 外務省
[備考] 外務省仮訳
[全文]

御列席の皆様

 このビジネスサミットでお話ができることを嬉しく思います。

 本日、私たちは北東アジアを焦点に議題いたします。そこで、私は、ビジネス界の関心を益々高めてきているテーマとして、特に、近年その活発化が著しい日中韓の経済的な連携についてお話ししたいと思います。この連携への最近の動きをお聞きになって、皆様は、私たちがまさに新しい時代を議論する場にいることを確信されるでしょう。

 日本、中国、韓国の経済連携が相当大きな市場を構成するであろうことは、一般に意識されています。しかし、この三国が、人口の合計でEUとNAFTAとを合わせた規模に迫ることをご存じだったでしょうか。また、この三国は、世界全体のGDPの約17%、貿易量では約13%を占めているのです。

 これに加え、また、それ以上に注目すべきは、近年の三国間の関係の急速な発展です。例えば、この5年間に、日中間では、貿易総額は2倍以上、投資額は約3倍に増加しました。日韓間でも、貿易総額は殆ど倍増しました。中韓間でも、貿易総額は約3倍、投資額は約6倍と飛躍的に増加したと承知しています。近年の日中韓の関係を特徴づけるものは、単に市場の規模ではなく、その活力にあるのです。

 ビジネスの現場における統合も目を見張るものがあります。ほんの一例ですが、日本で販売されている液晶テレビが、韓国企業が製造した液晶パネルを使って中国で組み立てられた製品であるといったことは、珍しいことではなくなりました。

 ご承知の通り、日中韓三国のそれぞれの経済も好調です。中国の経済は年率9%以上の成長を続けています。韓国経済もアジア金融危機を乗り切った後は再び順調に発展を実現しています。日本について言えば、政府が構造改革に取り組んだ結果、例えば、不良債権処理においては、2002年当初の不良債権比率8.4%が、現在、5.2%まで減少するなど、着実な進展が多数見られます。このほか、DVDや薄型テレビなどの高付加価値商品の売り上げが好調で、企業の景況感はバブル後最高水準に達しています。こうした中、我が国の2004年度の実質成長率は3.5%と、2年連続で3%台の水準になると見込まれております。バブル崩壊後の90年代を経て、日本経済を過小評価する意見もありましたが、日本経済の活力と潜在力を強調したいと思います。

 さて、こうした背景の下、日中韓三国の経済的な連携を更に進める上で、今具体的に何が起きているのでしょうか。

 まず第一として、日中韓三国が協力の強化に向けて力強い歩みを進めていることが挙げられるでしょう。

 昨年、日中韓首脳はバリ島において発出した「日中韓首脳共同宣言」において、「日中韓投資取決めのあり得べき形態に関する非公式共同研究」を立ち上げることに合意しました。これを受け、現在、三国の投資協定締結の可能性や投資環境の更なる整備のための方策について研究が進められています。また、三国の研究機関により、日中韓自由貿易協定に関する共同研究も行われています。

 我が国は、既にシンガポールと経済連携協定(EPA)を締結した他、韓国、フィリピン、マレーシア、タイともEPA交渉を行っています。更に、先般の日ASEAN経済大臣会合においては、ASEAN全体とのEPAにつき明年4月から交渉を開始することを首脳レベルに提言することが合意されました。更に目を広げれば、中国、韓国、ASEAN、豪州、ニュージーランド、インドも相互の間のEPA締結に向けて活発に動いており、多数のこうした動きが同時並行で進んでいます。経済統合に歴史的な動きが起きていると言えましょう。バイとマルチの両方で各国の努力が網の目のように重なって、アジアの経済的な統合は大きくその姿を変えようとしています。

 こうした努力は、相互の競争を通じて各国の構造調整を更に促し、それぞれの経済にも良い影響を与えるものと信じております。

 第二に、こうした連携を進める政治的な枠組み作りです。今年6月、青島において、私が議長となって、日中韓首脳共同宣言のフォロー等を主な任務とする日中韓外相三者委員会を開催いたしました。これまで日中韓三国の対話は、ASEAN関連会議の際にASEAN内で行われてきましたが、外相三者委員会は日中韓三国のいずれかで開催される独立したプロセスとして、三国間の対話を進めていくことになります。これ以外にも、日中韓では、経済貿易、環境、情報通信、財務、エネルギーの5つの大臣会合が存在し、来年には科学技術大臣会合も立ち上がる予定です。これらを通じて、私たちは日中韓協力を積極的に拡大・深化していこうとしています。今後とも、三国は、環境、エネルギーをはじめとする国境を越える問題への取り組みにおいて、周囲と調和ある経済成長を目指す責任を負っていることを十分認識し、取り組んでいくことが重要です。

 ここで若干余談にはなりますが、北東アジアの不安定要因の一つである北朝鮮問題については、六者会合のプロセスを通じて北朝鮮の核廃絶を実現すべく努力が傾けられているのはご承知のとおりです。現在、第4回目の会合の開催に向け、日中韓も含めた関係国間で調整中です。そもそも日、中、韓、米、露、北朝鮮という6カ国が、北東アジアの安全保障について話し合う場を設定するというアイデア自体は、1998年、当時の小渕総理が既に提案していたものです。現在、六者会合自体は北朝鮮の核問題等の平和的解決を目指す枠組です。しかし、今後、この六カ国がより広範な安全保障の議論を深めていくことができれば、アジア地域の平和と安定にも有益となると考えます。

 三国間の連携を強化している第三の要素として、実際の民間ビジネスの現場における進展があげられます。冒頭申し上げたとおり既に多くの進展が見られております。今後、ビジネスの現場において実質的な協力関係が一層拡大することを確信しています。

 第四として、そして何よりも重要なのは、地域的な連携強化についての政治的意思であると思います。2002年、小泉総理は、東アジアに「共に歩み共に進む」コミュニティを構築することを提唱しました。即ち、東アジア地域諸国が歴史、文化、民族、伝統などの多様性を踏まえつつ、調和して共に働く集まりとなり、開かれたコミュニティ作りを目指すべきであるとの提言です。このような東アジア・コミュニティづくりに向けた政治的意思は、昨年12月の日ASEAN特別首脳会議においても各国の首脳により確認されました。更に、地域全体の将来に重要な役割を担う日中韓の三国首脳も、昨年の共同宣言の中で、三国間協力を透明で対外的に開かれ、排他的、差別的でない形で積極的に進めていくとの強い意志を明確に示しました。私は、このような政治的意思は極めて重要なものであり、その下でEPAを始めとする各種の機能的な協力を進めていくことが、東アジア・コミュニティ作りを促進し、日中韓三カ国がそれをリードしていくために不可欠であると確信しています。

ご列席の皆様、

 NAFTAは、1965年に締結された米加自動車関税撤廃協定をその第一ステップとみれば、成立するまでに約30年を要しました。欧州では地域統合成立までに、約60年もの時間を経ています。アジアにおける多様性に鑑みれば、まだまだ多くの困難を克服する必要はあることは間違いありません。しかし、私は、東アジア・コミュニティの創設は、民間セクターと政府ハイレベルの双方で現在起こっている動きを見れば、そう遠くない未来に実現するものと確信しております。

 ご静聴ありがとうございました。