データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 川口外務大臣演説,日本の新たな対中央アジア政策に関するスピーチ「新たな次元へ:中央アジア+日本」

[場所] タシケント(世界経済外交大学)
[年月日] 2004年8月26日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

ご列席の皆様、

(冒頭)

 本日、皆様にお話するために、このタシケントの地に来ていることを本当に嬉しく思います。私の中央アジア歴訪はウズベキスタンから始まったばかりで、この後、カザフスタン、タジキスタン、そしてキルギスを訪問する予定です。私は、今回、この地域を出来る限りこの目で見、そして私達の数ある絆をより強化する機会を得たことを喜んでいます。

(中央アジアと日本との関係再構築の時)

 皆様がよくご存知のとおり、日本と中央アジアの繋がりは千年以上も前に遡ります。日本が取り入れた文明の相当部分は中国の西に広がる「西域」を起源としています。この「西域」とは、とりもなおさず現在の中央アジアを中心とする地域です。この地域は単なる「通り道」ではなく、オアシスと草原、すなわち、都市文明と遊牧文明を基盤とする東西・南北の文明の融合・発祥の地でした。11世紀、ブハラ生まれのイブン=シーナーは『医学典範』を著し、西欧医学に多大な影響を与えました。さらに14世紀に下ると、ティムール帝国の首都サマルカンドでは素晴らしいイスラム建築が開花し、偉大な天文学者により正確な天体観測が行われました。このように、人類の歴史上長らく文明の一大中心地であったこの中央アジアは21世紀の今日、再び、再生・発展の過程にあります。私は、今また、この中央アジアと日本との間に新たな関係を再構築する時が来たと感じています。

(これまでの日本と中央アジアの関係の発展)

 1991年末の独立により、それ以前には外部の世界との交流が少なかった中央アジアの人々や文化の持つ大変豊かな多様性について、日本国民は再認識させられました。そして1997年には、中央アジアに対する日本の政策である「シルクロード外交」が発表され、爾来、日本は「政治対話」、「経済及び資源開発協力」、そして「平和の構築」という3つの柱を中心として、中央アジア諸国とのより強力な二国間関係を構築することに力を注いできました。その頃から、草の根レベルでも、日本国民の中央アジアへの関心に高まりがみられ、一例を挙げれば、ウズベキスタンとの間だけでも日本には民間友好団体が少なくとも7つあります。このように、13年の間に中央アジアと日本との間の結びつきの質と幅、文化の相互理解の面で大きな進展がありました。

 日本とこの地域との経済関係はこれまで13年の間に5倍以上に拡大してきました。日本は、中央アジアの経済・社会的基盤を一層強化する上でインフラの整備が引き続き極めて重要であると考えていますが、日本のこの地域に対する協力はインフラの発展のみに留まらず、人的資源の開発にも積極的に取り組んできました。中央アジアから約2600人の研究者や研修員を日本に受け入れ、また、日本から約600名の専門家や政府派遣ボランティアを派遣してきました。このようなかたちで、累計で日本はこれまで中央アジアの基礎生活分野や、インフラ、またキャパシティ・ビルディングを支援するため、約2600億円、約24億米ドル相当を供与して協力を行ってきました。

(市場経済化に向けた改革の重要性)

 経済発展は、国の独立を確かなものとすると共に、国民の生活を安定させる鍵であり、国造りの基礎です。その実現のために最も重要なのは、市場原理に基づく活力ある経済体制の構築です。中央アジア各国に今最も必要なのは、このような市場経済化に向けた一層の努力です。日本は、このような中央アジア各国の自発的努力を支える様々な支援を引き続き行っていく考えです。

(エネルギー、環境)

 中央アジアは、豊富なエネルギー資源と識字率90%以上の人的資源に恵まれ、この地域の潜在力が実に大きいものであることは明らかです。私は、日本が中央アジア諸国を更に支援していくための様々な方法を考えるにあたり、「エネルギー」と「環境」が鍵となる二つの分野であると考えます。中央アジアには、未開発のエネルギー資源の発見が続いています。中国、インドといったアジア諸国を中心に国際エネルギー需要の増加が見込まれる中で、それに見合う供給源の多様化が課題となっています。また、市場のグローバル化の進行に伴って、国際エネルギー市場の安定が一層求められています。日本は、2年前にシルクロード・エネルギー・ミッションを派遣しましたが、当時に比べても、中央アジア地域のエネルギー資源の安定供給が一層重要となってきています。この地域における資源開発を促進する外国直接投資を呼び込む環境を整備する上で、中央アジア各国における法的枠組みの一層の整備が期待されるところです。同時に、この地域には既に多くの困難な環境面での課題があり、将来の繁栄に向けての道のりにおいて、環境問題は無視できません。この地域のエネルギー資源は、環境に配慮されたかたちで開発されなければなりません。

 日本は、これらの課題に対し、様々な方法で支援を行っていくことができます。例えば、外国からの直接投資の促進や、よりクリーンで環境に優しいエネルギーの利用などの環境保護措置を促進する法制度の構築への支援もその1つです。1960年代から1970年代にかけての日本経済の高度成長の裏では、多くの極めて深刻な環境問題がありました。これらの中には、今になって、ようやく解決が図られつつあるというものもあります。日本は、その経験と知見を基に、環境保護を図りつつ経済的目標を達成できるような方途を見いだせるよう多くの国に対して支援を行ってきた実績があります。

 水の問題や放射能に関する問題も、日本の地理的条件や歴史から、日本国民の心に特に訴える力の強い問題です。例えば、日本の人々、特に日本最大の湖である琵琶湖周辺の人々は、アラル海の環境上の悲劇について認識を深め、また懸念を共有しています。セミパラチンスクもまた日本国民によく知られています。来月には、セミパラチンスクについての関心を高め、関連の慈善事業の資金を集めるためのコンサートが広島で開催される予定です。

(人権、民主化支援)

 この地域の安定と繁栄の問題を考える時、中央アジアの人権や民主化の進展が重要であることを強調したいと思います。日本は、歴史を通じて独自の文化的伝統を保ちながら、人間の尊厳を尊重しつつ民主化を進めてきた経験を有しており、今や世界でも最も自由な国の一つとなっています。私は、人権や民主主義は、各国独自の文化的・歴史的背景の中で実現することが可能だと考えており、この分野においても私達の経験や知見により貢献していきたいと思っています。

(制度改革の重要性)

 中央アジア諸国は、数千年に及ぶ伝統を誇っていますが、真に伝統に根ざすものと単に既存の権益として過去から受け継がれてきたものを区別することは重要です。既存の制度を改革していくことには、かなりの心理的、政治的な勇気が必要です。日本でも、かつて明治維新に伴ってサムライたちへの俸給支払いを廃止した時に、また第二次大戦後の農地改革の時に社会的な激動を経験しています。農地改革の結果土地を失った地主が多数発生したように、改革は多くの場合痛みを伴うものですが、これらの改革なしには、今日のような日本の発展はなかったでしょう。

(戦略環境の変化と日本の中央アジアへの姿勢)

 もちろん、私達がコントロールできない変化も数多くあります。9.11同時多発テロ事件の結果として生じた国際的な安全保障に関する広範な変化は、その例の一つです。中央アジアは、突如自らが地域戦略環境の劇的な変化の真只中にいることを認識させられました。断固として申し上げますが、日本は中央アジアに対して何ら利己的な目的を有していません。武力行使とは無縁で、中央アジアとの間に政治的、領土的、その他潜在的な紛争の種を一切有していない日本は、中央アジアにとって「自然なパートナー」です。そして、そうなる基礎は既に存在します。中央アジアの地政学的重要性に鑑み、その平和と安定がユーラシア大陸全体の平和と安定に影響を及ぼすという観点から、日本はこの地域の平和と安定に重大な関心を有しています。

(地域内協力の重要性)

 世界中のいろいろな地域で、地域統合への潮流が既に始まっており、世界の中でも最も高い経済成長を誇る東アジアでは、日本、ASEAN、中国、韓国による経済的統合に向けての胎動が始まっています。

 私は、中央アジア各国が、自らを取り巻く大きな戦略環境の変化を踏まえ、ASEANの各国がかつてそうであったように、自ら、地域内協力に向かって具体的に取り組んでいくことが極めて重要になってきていると考えます。中央アジアの国々は、それぞれに固有の文化、言語、歴史を有していることは疑いありません。その一方で、地域内で共有しているものもふんだんにあり、それらは協力に向けた戦略を立てていく上で、大きな潜在力を生み出すものです。私は、個々の違いを尊重しながら、地域の力の強化を指向することは、まさに国際社会のこの地域に対する尊敬を高め、また各国の独立をも強化するものとなると考えています。

 例えば、ASEANは、地域協力の長い歴史を有し、ASEAN自由貿易圏(AFTA)実現に向けて全般的な関税引下げ、関税手続の標準化を進めています。この地域の大きな協力の枠組みとして発展してきたAPECでは、ビジネス・トラベル・カードを持てば、査証なしで地域内を旅行できる仕組みが既に運用されています。また、旧ユーゴスラビアを構成していたボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、マケドニア及びセルビア・モンテネグロ、そしてアルバニアといった西バルカンの国々では、民族間で血まみれの闘争が行われた悲劇的歴史にも拘わらず、現在では、各国が、国境の安全確保、自由貿易協定の締結等に取り組み、自ら前進しようとしています。本年4月、日本は西バルカンにおける平和の定着、経済発展及び地域内協力の促進に向けて、東京において閣僚会合を開催する等、西バルカン諸国の努力を支援する取り組みを続けてきています。もちろん、西バルカン地域と中央アジア地域の事情は大きく異なりますが、中央アジアにおいても地域内協力により、輸送、エネルギー、水、テロ、麻薬及び環境といった問題の解決を図ることを通じて、5500万人の人口により中央アジア地域の共通市場が生まれれば、経済力の一層の強化を促すための大きな力となるでしょう。将来的にはアフガニスタンとの結びつきの回復も一つと課題となるでしょう。

(「中央アジア+日本」)

 中央アジア諸国自身も地域内協力の重要性を十分に認識しており、多くの分野における潜在的な協力の可能性について、既に様々な考えが芽生えてきています。このことを念頭におきつつ、私は、中央アジア地域の安定と発展の双方を促進していくために日本ができることは何かということについて、特別の関心を払ってきました。この地域の今後の努力に対する私の大きな希望と期待を表明するために、私は全ての中央アジアの外相との会合を提案しました。私は、2日後にアスタナで開かれるこの会合に中央アジアの全ての国が参加する運びとなったことを喜びをもって皆様にお伝えします。中央アジア諸国が地域の安定と繁栄という共通の利益のために地域内協力の推進に努められるのであれば、日本は、そのようなアプローチを支持、支援していく用意があります。

(3つの基本原則)

「中央アジア+日本」の対話や協力は、「多様性の尊重」、「競争と協調」、「開かれた協力」という3つの基本原則に基づいて行われることになりましょう。多様性の尊重の重要性については既に述べたとおりです。また、市場原理主義の下では、経済主体が自由に競争できることが鍵ですが、地域の中のどこでも同じように自由に活動できてはじめて、地域全体としてより大きな成長が可能となります。地域内格差は、中央アジア地域全体の安定にとり害のある状況を生み出しかねません。そのため、各国間の協調についても議論される必要があります。さらに、地域内の協力は中央アジア各国が相互に排他的になることなく進めることで実を結ぶことができると考えます。また、このような中央アジアの域内協力を支援する日本の協力も、開かれたかたちで進めていきたいと考えます。「中央アジア+日本」を一つの選択肢、新たな次元の協力として捉えて頂ければ幸いです。

(人と人とのふれあい)

 私達が、これらの新しい協力方針に沿って進んでいくにあたり、物質的な交流を越えた人と人とのふれあいを育んでいくという私達の取り組みを更に強化していきたいと考えています。ここ数年間の間に顕著になってきている中央アジアと日本との間の人と文化の交流の流れは、双方向で拡大、強化されねばなりません。このために、私は、本日ここに、今後3年間に亘り、中央アジア諸国から新たに1000名以上の研修員を日本に受け入れることを表明したいと思います。私達は、双方の間の絆を編み上げてきたこれまでの広範な協力と相互の尊重の上に、更に実績を積み上げていくことが可能ですし、またそうすべきであります。

(結び)

 「全体はしばしば個々の構成要素の合計よりももっともっと大きな可能性を秘めている」ということに皆様は同意されるでしょうか。中央アジアが地域内協力に取り組むことによって、各国が個別にのみ取り組む場合より、もっと早く、そしてもっと着実に安定や繁栄を達成できると考えています。そして、「中央アジア+日本」のアプローチもこうした考えに基づいています。私達は、私達の関係を新たな高みに引き上げ、私達の交流に全く新たな次元をもたらすことができるでしょう。皆様がかつてオアシス文明と草原文明の協力と調和を基礎に、偉大な文明を築かれたように、今また新たな地域内協力を通じて、大いなる発展を遂げられることを期待します。こうした協力が実現し、その先に大いなる発展が待っていることを私は確信しています。

 ご静聴ありがとうございました。