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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 人間の安全保障国際シンポジウムにおける川口外務大臣挨拶−国際社会が様々な脅威に直面する時代におけるその役割−

[場所] 東京(赤坂プリンスホテル「五色の間」)
[年月日] 2003年2月25日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

緒方共同議長、セン共同議長、パネリストの皆様、ご出席の皆様

 本日は、この「人間の安全保障国際シンポジウム」の主催者として皆様のご参加を心より歓迎いたします。シンポジウムでは、人間の安全保障に関する活発かつ積極的な議論が行われたと聞いており、感謝申し上げます。

(現下の国際情勢)

 御列席の皆様、

 1989年にベルリンの壁が崩壊した時、私たちは21世紀は、戦争の心配のない、平和で繁栄した世紀になるものと期待していました。

 しかし実際には、私たちは21世紀最初の年を9月11日のテロ攻撃で迎え、日本人の方々もその犠牲となられました。現在、世界の20以上の地域において、民族や宗教など様々な要因を背景とした紛争がおきています。世界で千数百万人の人が家や仕事を失い、故国を追われ、難民として逃げのびて生活しています。また、世界で800万人の人が何らかの理由で故国にいながらも国内避難民として暮らしています。こうした人々は、本来なら国家が庇護すべきなのですが、様々な原因で国家はこの人々に生活の安寧を与えることが出来ません。

 近年、国境を超えてひと・モノ・カネ・サービス、それに情報が急速に移動するグローバル化が急激に進みました。グローバル化は、私たちの生活を豊かにしてくれましたが、同時に人や武器、不正薬物の密輸を始めとする国際組織犯罪や、HIV/エイズ等の感染症、地球環境問題といった国境を越える問題が従来とは比較にならないほどのスピードと規模で深刻なものとなっています。このような問題は、個々の国々だけでは有効に対応できない問題ばかりです。

 こうした中で、人間一人ひとりの生存、生活、尊厳を直接に脅かす深刻かつ広範な問題を克服するためには、一国の政府が国の安全と繁栄を維持し、国民の生命、財産を守るという伝統的な「国家の安全保障」という考え方だけでは、対応することが難しくなりつつあります。それぞれの国民国家が「国家の安全保障」を確保するために、安全保障政策や経済政策を行う重要性はいささかなりとも減ずるものではありませんが、それに加え、一人ひとりの個人やコミュニティに着目した取組が重要となってきています。

 それぞれの個人が持つ豊かな可能性を昇華(アウフヘーベン)させ、一人ひとりの視点を重視する取組を強化すること、それが「人間の安全保障」の考え方だと思います。日本政府は、これを日本外交の重要な視点として、積極的に推進しており、私も昨年来、新聞、雑誌などにおいて、人間の安全保障をODAをはじめとする日本外交の重点分野とすべきと主張して参りました。先に私は国会で、「強く」、「温かく」、「分かり易い」外交を基礎としながら、国際社会における秩序やルール作りに日本が一層積極的に関与していくことを通じて、「創造的な外交」を実践していくと述べましたが、日本が国際社会にこのような新しい視点を導入し、普及させていくことは、この方針に基づくものです。

(現場の経験)

 先ほど地域紛争の話をしましたが、私はこの1月にスリランカを訪問して、人間の安全保障の実現の重要性を改めて実感し、紛争後の復興の段階で国際社会の役割が大きいことを感じたところです。

 スリランカにおいては、20年もの間続いた紛争が和平に向かって動き出しています。私は、激しい戦闘が行われていた北東部のジャフナに行って、国際NGOによる地雷除去活動の現場を見てきました。地雷は、戦闘員、非戦闘員を問わず、老若男女を問わず、民族を問わず、全ての人に脅威を与えるものであります。

 日本は、「平和の定着」という観点から、このような脅威を取り除くために支援を行うほか、本年6月にスリランカ復興開発に関する東京会議を開催し、国際社会全体でスリランカの和平を支援していくこととしています。私が視察したジャフナで、地雷除去のために日本が供与した「ストーン・クラッシャー」という機械が岩場の地雷の除去を行うためにとても役に立っていると聞きました。シンハラ人、タミール人、ムスリムといった多様な人々が住むスリランカで、誰もが地雷の脅威から逃れることが、平和の第一歩であるわけで、ここでも人間の安全保障の推進が重要な観点となっているのです。

 また、20日から23日まで、アフガニスタンのカルザイ大統領が日本を訪問されました。アフガニスタンは、皆様もよくご存知のとおり、長年紛争に悩まされた地ですが、現在は紛争の混乱から抜け出して、一歩一歩国造りを進めようとしているところです。カルザイ大統領ご訪問の際に、アフガニスタン「平和の定着」東京会議を開催しました。その会議において、元兵士の武装解除、動員解除、社会復帰を進めていくとのアフガニスタン側の強い意志と明確なビジョンが示されると共に、日本を始めとする国際社会の支持と協力が確認されました。

 緒方アフガニスタン支援総理特別代表を共同議長としてわが国がアフガニスタン復興支援国際会議を開催してから一年経ちますが、その間、国際社会の支援は、着実に進んできていると言えます。

(委員会の役割)

 御列席の皆様

 このたび人間の安全保障委員会は、最終会合を開催し、報告書を採択したと伺っております。本日のシンポジウムにおいて、その報告書について、またその中に書かれたご提言について御紹介いただきました。

 この報告書を完成させるに当っては、深い議論と研究調査がなされたと承知しており、緒方、セン両共同議長をはじめ、委員の方々のこれまでの活動に、改めて感謝申し上げるとともに、心からの敬意を表したく存じます。

 これからも、委員の方々には、人間の安全保障の推進にあたってのご助言をいただければと思っております。

 日本政府としても、この報告書を受けて日本の人間の安全保障外交の一層の推進に向けて、方策を練っていきたいと考えております。その中には、国連などの多国間の場や、各国との二国間関係における普及など、様々な場が考えられると思います。

 また、人間の安全保障の実現に当たっては、これまでも日本のODAは有効な手段として重要な役割を果たしてきており、さらに今般、従来の草の根無償に、人間の安全保障の考えを反映し、「草の根・人間の安全保障無償」として大幅に拡充することとしました。これまでわが国は99年3月に国連に設置された「人間の安全保障基金」を通じて人間の安全保障の考え方に基づいて国際機関の活動に方向性を与えつつ具体的な協力を行ってきました。

 これからは、この報告書の提言を踏まえ、これら二つの手段を互いに連携させながら、一層積極的に活用していきたいと考えております。そのために、外務省内においても、全省的取組を強化したいと考えております。

 日本は、殆ど天然資源を持たない中で、世界のGNPの7分の1を生産する国を造り上げました。その礎は、一人ひとりの国民の汗であり、そして何よりも夕日の向こうに希望を持ったことだと思います。世界に生きる60億人の人間一人ひとりが人間らしく生きられる、そして社会造りを通じて国造りを進めていく。私は、日本が誇りをもってリーダーシップを発揮していくのは、まさにこのことであると信じております。

(結び)

 結びに、本日のシンポジウムが、皆様にとって有益なものであったことをお祈りするとともに、改めて委員の皆様の熱意とご努力に感謝の意を表明し、私の挨拶とさせていただきます。