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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 内外情勢調査会における河野外務大臣演説「21世紀東アジア外交の構想」

[場所] 東京
[年月日] 2001年1月23日
[出典] 外交青書45号,266−269頁.
[備考] 
[全文]

1.はじめに

 私は、第二次森内閣において外務大臣に再任された際、今後重点的に取り組んでいくべき三つの課題として、近隣諸国との関係の強化、軍縮問題への取組、文明間の対話を挙げました。本日はその第一の柱である日本の対東アジア外交戦略の全体像について私の考え方をご説明したいと思います。

 ユーラシア大陸の東側に位置する日本は、中国及び朝鮮半島の人々とともに、黄河・長江流域を中心に古くから栄えた文明の影響の下に暮らしてきました。

 この地域は、19世紀後半、英、露、独、仏等の列強が、覇を競う場となり、20世紀前半には、富国強兵政策の下で列強の仲間入りをした日本が、日清、日露戦争を経て韓国を併合し、やがて中国と全面的に鉾を交えることになりました。我が国の拡張政策は、米国との衝突につながり、我が国は、世界の多くの国を敵として太平洋戦争へと突き進んで行ったのです。そして日本は敗れ、太平洋戦争が終了しました。

 戦後の日本と東アジアを含む国際社会との関係の基礎となったのは、今年署名から五十周年を迎えるサンフランシスコ平和条約及び日米安保条約です。その際、宿題として残されたことのうち、日本と韓国、及び、日本と中国の関係については、両国の先輩世代の努力により60年代、70年代には解決を見ました。しかし、北朝鮮との国交正常化と領土問題を解決してのロシアとの平和条約締結については、半世紀を経た今日も課題として残されています。

 世界は冷戦から解き放たれ、東アジアにおいても変化の兆しがみられます。

 経済的には、東アジアは、既に20世紀後半において、多くの東南アジア諸国とともに、目覚ましい経済的成長を遂げました。日本、中国及び韓国の国民総生産に、東南アジアのそれを加えれば、今や、世界の国民総生産の約20%を凌駕します。そして、その人口は世界の約三割を占めているのです。

 政治的には、東アジアは、中国、ロシア、米国、日本といった、大きく性格の異なる大国同士が隣接するという、世界でも稀にみる地域です。ユーラシア大陸の反対側にある欧州が、多くの国民国家に永く分裂して合従連衡を繰り返した歴史を乗り越えて統合への道を歩み始めているのとは対照的に、東アジアには未だこのような動きは具体化していません。21世紀を迎えた東アジアは、世界の中でも活気に満ち、しかし複雑に利害の錯綜した地域と言えましょう。

 今、日本外交には隣人との信頼関係を基礎に、東アジア全体の平和と繁栄の道筋を構想することが求められています。

 そして言うまでもなく、お互いにこれまでの歴史的ないきさつについて、事実から目をそらすことなく、謙虚な気持ちを持つことが信頼関係の基礎だと思います。つまり、正しい歴史認識を持つことは日本外交の基礎であることをここで特に強調しておきたいと思います。

2.東アジアにおける日本外交の展開

 このような東アジアにおける21世紀の我が国の外交戦略は、いかなるものであるべきでしょうか。私の仕事場の大臣室に銅像がある、かつて明治政府の外務大臣を務めた陸奥宗光伯爵は、全ての日本人が安全と幸福を分かち合うことになるためには、全ての日本人が、常にこの国の安全を忘れないことが大切であり、それが国が成り立つ基本であると述べています。21世紀の今日でも、外交の目的が、国民全体の安全と幸福にあることには変わりありません。

 陸奥大臣と私たちの時代の大きな違いは、二度に亘る世界大戦の末に、多くの国々が漸く、自由、民主主義、基本的人権の尊重といった普遍的価値観や、市場経済、多角的自由貿易体制などの共通のルールを共有しつつあるということです。

 冷戦時代のような二極分化した価値観の対立の時代は終わりました。21世紀は、合意した共通のルールの下で、各国がお互いの多様性は尊重しつつも、各々の国益の伸張を目指す時代です。そのルールとは、人類社会に共通の利益を増進するために、人類が漸く到達した、普遍的な価値観を基礎にしたルールです。

 我が国は、軍事大国となる道を放棄しました。非核三原則を堅持し、約24万人規模の自衛隊は、専守防衛に徹しています。資源に恵まれない我が国にとり、勤勉で誠実な国民だけが宝です。そのような我が国が、国益を最大限に確保するためには、共通のルールを基礎とした国際関係が維持されることが必要です。我が国の東アジア外交の戦略を構築していく上でも、これが基本的な視点とならなくてはなりません。

 そのためには、我が国と考え方を同じくする欧米の主要民主主義国家、特に、この地域のみならず世界中で大きな影響力を有する米国との協力関係が不可欠であります。そして、このような米国との協力関係を基軸として、東アジアの近隣諸国との間に、共通のルールに基づく信頼関係を、二国間、多国間の枠組みを通じて重層的に根付かせ、発展させていかなくてはなりません。そのためには、隣国韓国との間で揺るぎない友好協力関係を築くことが最初の試金石です。更に中国及びロシアがそれぞれ国際社会の建設的なパートナーとしての役割を果たし、我が国との間に信頼と協調の関係を結ぶように導くことが大きな外交目標です。加えて、米国及び韓国との連携の下、北朝鮮との国交正常化を地域の平和と安定に資する形で実現しなければなりません。

 この十年間、東アジアを包含するアジア太平洋地域において、地域協力が少しずつ広がりを見せ、その機運が徐々に高まってきています。ASEAN地域フォーラムも着実に発展してきており、また、最近ではASEAN首脳会議の際に日中韓の首脳レベルの対話が定例化されることになりました。21世紀においては、このようなアジア・太平洋の地域協力の枠組みの発展にも積極的に取り組む必要があります。また、98年7月に開始された日米中の三ヶ国の有識者間の対話の枠組みである「日米中会議」も、今後更に、発展していく潜在性を有していると思います。我が国がかねてより提唱している日米中露に韓国、北朝鮮を加えた六者会合についても、単に朝鮮半島の安全保障問題に限定せず、北東アジアの地域協力の全体を視野に入れつつ、その実現をめざし努力していく考えです。これは、対立と緊張の多かった日本海を平和と協力の海として発展の中心とするため、私どもが考えていた「環日本海構想」そのものとも言えると思います。

 これが、21世紀の我が国の東アジア外交の方向であります。それでは、今後、東アジアの重要な隣人である中国、朝鮮半島、ロシアとの関係をどう進めていくべきでしょうか。

(1)中国との関係

 東アジア地域に平和と繁栄を構築していく上で、中国との関係が根本的重要性を有していることは言うまでもありません。中国は、21世紀に、その存在感を一層大きなものとすることは確実です。しかしながら、私が初めて外務大臣を務めた九四年から現在までを振り返ってみるとき、日中関係には良い時、悪いときの波がありました。我が国の一部には、年々増加する中国の軍事費や中国が保有するミサイルなどの現状に対する疑問や懸念を背景に、「中国脅威論」が見られますし、また、中国の報道においても、日本の「軍国主義復活」への懸念の表明が多く見られるようになってきたと聞きます。そして、インターネット時代の到来によって、このようなことが、リアル・タイムで伝播し、感情的行き違いを際立たせる効果を生みだしてきております。

 21世紀の中国との関係は、中・長期的な視野に立ち、冷静に相互の利益を考えていくことが重要です。

 現在、中国は、国有企業改革に伴う失業問題の顕在化などの、社会的矛盾に立ち向かいつつ、内政の安定と経済・社会の開放を進めることに腐心しています。

 我が国にとって、将来の中国が、政治的に安定し、開放的で、より民主的で、国民が繁栄を享受している方が、不安定で、閉鎖的で、強権的で、混乱した中国よりも、遥かに安心できる隣国となることは間違いありません。ご承知の通り、中国は、我が国にとって、既に米国に次ぐ第二の貿易相手国となっています。今後は、経済のみならず、あらゆるレベルの交流と協力の拡大を通じ、中国が、国際社会の建設的パートナーとしての役割を果たすように、率直に話し合いを深めていきたいと思います。恩讐を越えて積極的に協力関係を築いてきた独仏両国のように、日中両国が手を携えて国際社会の中で協力することの出来る時代が来ることを確信します。

 中国を封じ込めるという考え方は非現実的であります。そして、中国自身が改革開放路線を歩む以上、その発展を阻害しようとすることは、将来にわたって日中両国に大きな禍根を残すに違いありません。

 私は、このような考え方に立って、98年11月に小渕前総理と江沢民主席の間で合意された「平和と発展のための友好協力パートナーシップ」に基づく日中関係の強化に努めていく考えです。そして、次の取組を実現したいと考えています。

 第一は、日中間の信頼関係の増進です。昨年の中国の海洋調査船や海軍艦艇の日本近海での活動は、我が国の国民の間に懸念と反発を惹起しました。私は、中国に対して、相互の信頼を損ねることがあってはならないと主張してきました。私は、先般の訪中の際に海洋調査船の「相互事前通報」の枠組みの早期成立について一致しましたが、この枠組みについては、これまで日中間で精力的に協議が続けられており、近い内に結論が出ることを期待しています。また、私は、中国に対して、周辺国の懸念を払拭するためにも、中国の安全保障政策について一層透明性を高めるよう呼びかけていきます。

 第二は、対中経済協力政策の再構築です。これまでの対中経済協力のあり方については、いわゆる「中国脅威論」や、対中経済援助が中国の国民によく知られておらず、正当な評価もされていないとの報道などを背景として、様々な議論が行われてきています。私は、我が国の対中経済協力の開始以来20年余りの中国の目覚ましい経済発展も踏まえ、また、我が国の厳しい経済・財政も踏まえ、経済協力の意義や対象分野について、適切な見直しを行っていく考えであります。対中経済協力の意義は、中国の経済発展が、環境問題にも配慮しつつ、安定的で均衡のとれた形で継続し、我が国と中国との相互依存関係が深化していくことが、我が国の安全確保や経済発展に繋がる国益であり、同時に中国及び東アジア全体にとっての利益であるという点にあります。私は、より組織的かつ系統的に国民の理解と支持を得ながら、対中経済協力を実施していきたいと考えます。

 第三は、多国間関係の領域での日中協力の強化です。私は、昨年八月の訪中時に、「北東アジアの平和と安定」、「アジアの持続的な経済発展」、「グローバルな課題に対する協力」の三つの分野で、日中協力を強化することを提唱しました。この提案を、着実に実現に移し、日中両国が協力して、国際的な課題に取り組む姿を是非強化していきたいと思います。

 第四は、真の意味での国民間の相互理解の増進です。日中両国は、歴史的にも文化的にも近い関係にありながら、現代の日本社会と中国社会についての草の根の国民レベルの相互理解は、必ずしも深いものとは言えません。また、日中間には、決して忘れてはならない20世紀前半の戦争という歴史の問題があります。両国が国際場裡において違和感なく協調していけるようになるためには、国民間の相互理解の増進が不可欠です。この意味で私が昨年8月訪中した際、曽慶紅共産党中央組織部長との間で合意した、将来の中国を担う人材が学ぶ中国共産党中央党校との交流が昨年12月に実現したことを大変喜んでいます。今後継続して双方向での交流を進めていきたいと思います。

(2)朝鮮半島との関係

 我が国と朝鮮半島との関係を考える際には、朝鮮半島がかつて日本の植民地として統治されたという歴史を忘れることは出来ません。

 韓国との関係は、1965年の国交正常化以来、着実な発展を見せて参りましたが、過去の歴史の問題が、折に触れ日韓関係の行く手を曇らせることがありました。しかし、98年10月に金大中大統領が訪日され、韓国国内の政治的なリスクを敢えて冒して、小渕総理の反省とお詫びを受け、過去に区切りがつけられたとの趣旨の前向きな発言をされ、更に日本文化の開放に踏み切られました。これが、真の未来志向の日韓関係を可能にしました。私は金大統領の決断を勇気あるものと考えます。昨年9月に行われた金大統領の訪日の際にも、このような流れを再確認し、日韓協力の着実な進展を通じて、21世紀の日韓新時代を築いていくことで合意しました。現在、年間300万を越える人々が日韓両国を行き来しています。我が国にとって、先進民主主義国の仲間入りをした韓国との協力関係は、東アジアの平和と繁栄を構想する際に無くてはならない構成要素であり、特に、後に述べる北朝鮮との国交正常化交渉においても不可欠です。

 勿論、このような好ましい流れを当然のことと考えてはならず、お互いの不断の努力が必要です。特に21世紀における日韓の協力関係を確実にしていくためには、両国国民の間の信頼関係の発展が不可欠です。そのためには、日本側の発言などにおいても、事実から目をそむけることなく、謙虚な気持ちを忘れないことが必要であり、また両国の国民一人一人のレベルで、日韓関係の重要性が浸透し、また、相互理解が進展することが重要です。その意味で、来年の「日韓国民交流年」に向けて、幅広い交流を推進して参りたいと思います。

 韓国との関係は、20世紀の最後にこのように大きく好転しましたが、北朝鮮との関係は、未解決のまま21世紀にもちこされることとなりました。20世紀最後の10年間、北朝鮮の核兵器開発問題が持ち上がり、また我が国との関係でもミサイル発射、工作船問題、拉致問題等を巡り、厳しい局面が存在しました。しかし、昨年、史上初の南北首脳会談が行われ、その後も基本的に前向きの動きが継続しています。戦後50年の分断の歴史において初めて、真の緊張緩和を達成する好機が到来しています。この動きは未だ始まったばかりであり、その行く末を過度に楽観視することは厳に戒めなければなりませんが、我が国としても、モメンタムを失うことのないよう、日朝国交正常化に真剣に取り組んでいく必要があると考えます。

 北朝鮮との国交正常化は、第一に、我が国が、かつて植民地支配を行った地域との関係を正常化する交渉であります。それは、避けて通れない歴史的な課題であると同時に、道義的な問題であるといってもよいでしょう。そもそも、これほど地理的に近接した朝鮮半島にある北朝鮮との間で、国と国としての関係が存在しないということ自体が不正常なことです。

 第二に、北朝鮮との国交正常化は、北東アジアの平和と安定に貢献し、我が国の安全保障を高めるという側面を有しています。北朝鮮は、北東アジアにあって、地政学的にも重要な位置を占めています。このような北朝鮮が、大量破壊兵器及びその運搬手段の不拡散の努力に加わることは、我が国の国益に資するものであり、北東アジアのみならず国際社会全体の利益に資するものです。特に、我が国を射程に入れたミサイルは、我が国に対する直接の脅威であり、その脅威を減じることは我が国の安全保障上の利益になるものです。

 第三に、私は、国民の支持と理解の下で国交正常化を実現するために、拉致問題などの人道問題を含めて、日朝間の諸懸案について、目に見える進展が図られねばならないと考えており、今後ともそのことを強く主張してまいります。そして、その進展は、北朝鮮を孤立に追いやることからは生まれません。先に述べたような対話の中から生まれてくるのです。

 この交渉は、安全保障への備えをきちんと行いつつ、粘り強い対話によってのみ可能です。北朝鮮は、長い間、韓国、米国及び日本を敵視してきました。半世紀に及ぶ徹底した情報統制は、結果として、北朝鮮自身を深い孤立に追い詰めています。漸く僅かに扉を開きつつある北朝鮮を、再び孤立に追いやり、全ての対話の途を閉ざすことは誰の利益にもなりません。

 勿論、北朝鮮との交渉は、容易なものではありません。しかし、私達は、厳しい冷戦の続いていた1975年に始まったヘルシンキ・プロセスによって、スターリン的共産主義を信奉していた往時の共産圏と西側諸国との間に、徐々に信頼が醸成され、欧州に安定がもたらされたという歴史を想起すべきでしょう。ハイレベルの接触の積み重ねと、軍事的信頼醸成措置の継続が、誤解と偶発による危機を、長期間に亘り未然に回避したのです。

 私は、同様の息の長いプロセスのみが、北朝鮮との関係改善を可能にすると考えます。韓国及び米国と緊密に協力しながら、北朝鮮との信頼関係を徐々に構築し、国交正常化交渉を継続することが、日本と北朝鮮にとって、そしてこの地域にとって最善の選択です。この点については、米政権とも十分政策調整を行いたいと思います。また、国交を樹立しつつある欧州諸国、そして国際機関とも十分話し合いを行っていきたいと考えています。

 私は、昨年10月、50万トンのコメ支援を決断しました。これに対して、国内において批判があるのは承知していますが、厳しい食糧事情を抱える隣人に対し、国際社会の要請に応えて、子供、老齢者、妊産婦、孤児などの社会的弱者に人道的な見地から支援の手をさしのべることは、必要であると思います。このような支援が、やがて信頼関係の醸成につながるものと期待しています。

(3)ロシアとの平和条約締結問題

 ロシアは、中国と同様にユーラシア大陸の大国です。歴史的にも、また、安全保障の観点や、資源などの経済の側面から考えても、北東アジアにおけるロシアの存在は重要であり、また今後とも大きな潜在力を秘めています。ロシアとの関係の完全な正常化を達成し、日露関係を発展させることは、日本にとっても、ロシアにとっても、21世紀の東アジアの平和と繁栄を追求していく上で大きな意味をもつでしょう。

 残念ながら、20世紀中の日露平和条約の締結という課題は、21世紀に引き継がれることとなりました。しかし、昨年9月のプーチン大統領訪日の結果、両首脳は、クラスノヤルスク合意の実現のための努力を継続すること、93年の東京宣言、98年のモスクワ宣言を含むこれまでの両国間のすべての合意に依拠しつつ、四島の帰属の問題を解決することにより平和条約の締結を実現するため、交渉を継続することで一致しました。この合意に基づき、両国は、様々なレベルで鋭意交渉を行っているところです。先日、私自身、ロシアを訪問して、平和条約締結問題を中心にイワノフ外相と率直に議論を行い、森総理のイルクーツク訪問に向けて必要な準備を進めました。北方四島の問題については、私は、これまでの我が国の一貫した方針に基づき、イワノフ外相と真剣な交渉を行い、お互いの立場についての理解は深まったものと思います。しかし、これは、決して容易な交渉ではありません。ロシア側には、領土問題を解決し、平和条約を締結することが、経済分野を含め我が国との協力の一層の拡大へと繋がり、ロシアにとっても大きな利益となることを是非理解してもらいたいと思います。

 我が国としては、21世紀の可能な限り早い時期に、北方四島の帰属の問題を解決することにより日露平和条約を締結し、50年以上にわたり国境線が画定できないという不正常な事態に終止符を打てるよう引き続き努力を払ってまいります。

3.結語

 我が国が、このような東アジア外交を展開していくためには、自由、基本的人権、民主主義という普遍的価値、或いは市場経済という制度を共有する米国との同盟関係が基軸であることは、21世紀においても変わりません。しかし、日米の絆は、基本的な価値観の共有と双方の国益の根本的な合致の上に成立していることを、両国民が不断に確認し続けることによってのみ、同盟関係は盤石のものとなります。健全な同盟関係は、自立する二つの国家が、共通の利益と責任に対する厳しい自覚の上に立って、運営して行かねばならないのです。

 21世紀の最初の政権として誕生したブッシュ新政権が、この地域における日米同盟の重要性に言及していることを心強く感じています。私は、できるだけ早期に、パウエル国務長官との間で21世紀の日米同盟の役割について、しっかりとした話し合いを行い、21世紀において日米両国が如何なる役割を果たしていくべきかについて、認識のすりあわせを行っていきたいと思います。また、日米同盟が真に機能するために不可欠の条件である両国民の理解と支持をより確かにするための方策についても検討していくべきです。更に、21世紀の東アジア外交について、米国との間で戦略的な見地から十分な対話を行い、日米の政策協調を深めたいと考えています。そして日米間の対話と協調をより効果的かつ力強く進めるための方策についても今後検討していきたいと思います。

 我が国は、ブッシュ新大統領、パウエル新国務長官と緊密に協力して、他の志を同じくする諸国と共に、自由、人権、民主主義、市場経済という普遍的価値観や制度が、この地域に平和と繁栄をもたらし、また、真に人間を幸福に出来ることを、21世紀の歴史の中で証明してまいりたいと思います。そうしてこそ、説得力を持って、ユーラシア大陸の両大国である中国及びロシアに対して、改革の継続と国際社会との協調を促すことが出来ます。また、漸く扉を開け始めたとはいえ、依然として深い孤立の中にある北朝鮮との交渉を安全保障への備えをきちんと行いつつ進めて行くためにも、米国及び韓国と連携していくことが不可欠であります。

 外交の要諦は、英国の批評家であり、自らも外交官であったハロルド・ニコルソン卿が古典的な名著である「外交」の中で述べている通り、「高潔なる誠実」にあります。それが、相手の信頼を勝ち得る最大の武器であるからです。外交官は、交渉の最後の瞬間に、相手との信頼に信を置いて、互いに本国政府を説得せねばなりません。陳腐なようですが、信頼が無ければ、何も達成できないのは、人間関係でも、国同士の関係でも同じことだと確信します。いずれの場合でも、信頼関係は突然出来るものではありません。双方の創意、努力、工夫により、様々の試練を乗り越えたという現実に裏打ちされて作り上げられるものです。私は、21世紀最初の日本国の外務大臣として、この信頼を基礎に、平和と安定を確保する国際関係を構築して参りたいと思います。