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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 湾岸諸国訪問の際の河野外務大臣演説「湾岸諸国との重層的な関係に向けた新構想」

[場所] ドーハ
[年月日] 2001年1月9日
[出典] 外交青書45号,265−266頁.
[備考] 
[全文]

 御列席の皆様、

 本日、日本の外務大臣として、21世紀を迎え初めての訪問地として貴国を始めとする湾岸諸国を選びました。そしてこの機会に、本日、今後の日・湾岸諸国関係についてお話しできることを光栄に思います。

 近年、我が国と湾岸諸国の関係は、石油の輸出入を中心とする経済分野を中心に発展してまいりました。私は新世紀を迎え、湾岸諸国との関係を石油に限らず、一層拡大、深化させつつ、重層的な関係を構築していくことが双方の利益にかなうものと考えています。

 更に、湾岸諸国との関係をより深く見ていけば、我が国とイスラムとの関係に帰着します。私は、世界人口の五分の一に当たる10億人を超える信徒を有し、世界各地で伸張しつつあるイスラムについて十分に理解を深めることが、日本外交を展開していく上で重要であると常日頃より考えてきました。このため、本日、この場に同席頂いている板垣雄三教授の御尽力を得ながら「イスラム研究会」を設立し、先日報告書を発表しました。

 私自身、研究会の議論に参加している中で、イスラムを産み、歴史的に偉大な文明圏を構成してきたこの地域の国々、特に湾岸諸国を一刻も早く訪問したいとの思いを強くいたしました。国連は2001年を「文明間の対話年」としています。このような年に、自分としてもイスラムとの対話の旅を実現したいと思ったのです。

1.我が国とイスラムの出会い

(1)我が国とイスラムの歴史を見れば、日本が仏教を受容しつつその基礎を固め国際場裡に登場したのと、イスラム国家の成立はほぼ同時期で、その後程なくして、両者の交流が始まりました。イスラム世界から我が国には、シルクロードや海洋貿易を通じ、ガラス器などの装飾品、琵琶などの楽器(ウード)、解毒剤(テリアカ)などの医薬品をはじめ、天文知識や暦法等がもたらされています。

(2)また、我が国と湾岸との歴史的結びつきもヒジュラ暦7世紀初め(西暦13世紀初め)頃に遡ることが出来ます。その後、時を経て、交通手段が発達し、相互往来が活発化するに連れ、日本とイスラム世界、とりわけ湾岸地域との交流、また、日本のイスラム世界に対する認識は、次第に深まりました。

(3)このような交流の歴史にも拘わらず、日本人の大半は欧米を通じてしか、イスラムを知る機会がなく、その結果、欧米風の解釈による誇張されたイスラムが日本に紹介されてきました。そして、現在に至るまで一般的な国民の認識は千夜一夜物語の異国情緒的なイメージから抜け切れていないのが実態です。

(4)また、1930年代から60年代に立て続けに湾岸諸国で石油が発見されたのを機に、地下資源を有しない我が国の湾岸諸国に対する認識は大きな変化を迎えました。特に1973年の石油危機を境に、産油国という認識だけが先行し肥大化したことは否めません。

2.湾岸諸国との重層的な関係構築に向けた新構想

 今回の湾岸諸国訪問において私は、先程述べた「イスラム研究会」の成果を踏まえ、これまでの政治、経済、新分野を三つの柱とする「21世紀に向けた包括的パートナーシップ」や「日・GCC21世紀協力」による協力の対象範囲を拡大し、その内容を深化させていくことを御提案したいと思います。

 具体的には、これまでの協力分野に加え、「イスラム世界との文明対話」の促進、水資源開発、幅の広い政策対話の促進といった三分野において、特に積極的な協力の具体化を図っていきたいと思います。

(1)「イスラム世界との文明対話」促進

 まず、私の考えの底辺に流れる「イスラム世界との文明対話」についてお話します。

 現代社会の大きな潮流であるグローバリゼーションは、世界を均質化の方向に導こうとしている様に見えます。しかし、私は、それぞれの歴史が育てた文明、文化の輝きを失ってはならないと思うのです。そのためには、各々に対話を通じて、お互いの文明をより深く知り、他者に対する理解と寛容を養っていくことが重要だと思います。

 そこで私は、「イスラム世界との文明対話」を念頭におきながら、幾つかの施策を取っていきたいと思っています。まず、我が国とイスラム諸国間の「知識人ネットワーク」とでもいうべき有識者間のネットワークを構築したいと思います。また、シンポジウム開催に代表されるような知的交流、大学間協力等の学術交流、更には、青年交流等の人的交流を拡大、活性化していくことを考えております。これにより、「他者から見た自己」を再確認する知的作業に繋げることが不可欠だと思います。

 また、ITを通じたイスラム諸国との相互理解と連携を推進することを提唱します。

(2)水資源開発

 私はこの訪問を機に、環境、投資、人造り等の既存の分野での協力を一層進めると共に、その対象を拡大していきたいと思います。その中でも、私は湾岸諸国の賛同があれば、水資源の不足を共通の問題として抱えている状態に注目していきたいと思います。水資源の問題が単なる開発や日常生活の問題という視点だけではなく、地域全体の安定に重要な意味を持つものであると考えるからです。

 海に囲まれた我が国は、海水淡水化、水資源の管理に関するノウハウを有しており、これを活かした形で水資源開発を支援してまいります。

 現在、既にサウディとの間で水資源開発に係る協力が推進されています。水資源開発が地域全体に共通する問題であることを認識した上で、まずは、サウディにおける協力をパイロット事業と位置付けて協力策を実施しつつ、その成果を踏まえて、中期的には他の域内各国に対する協力へと繋げ、域内全体の水資源問題に取り組むことを目指しています。

(3)幅広い政策対話

 湾岸地域の安定は我が国のみならず、世界の経済にとって極めて重要であります。しかし、湾岸諸国の重要性は原油供給とそれに係わる湾岸の安全航行といった点だけではありません。私は近年、多くの国際会議の場で湾岸諸国がグローバルな問題において発言力を増し、重要なアクターとして活躍するのを目の当たりにしてきました。私は、湾岸諸国が中東を越えて、グローバルなテーマ、例えばアジア全体の問題について、更に関心を深めることを期待しております。同じアジアの一番東と西に位置する日本と湾岸諸国がアジア全体の問題に忌憚なく意見をぶつけ、協力していくことは素晴らしいことと思います。

 このような認識を踏まえ、私は湾岸の安全保障だけでなく、中東和平、アジアの政治・経済問題等、幅広いテーマに基づき政策対話を推進したいと思います。

 そのため、我が国とGCC諸国との間にある数多くのフォーラムや湾岸各国との間に設けられている政務協議や合同委員会を更に活性化し、政府間の意見交換を活発にしたいと思います。また、官民を交えた形での政策対話についても、例えば、湾岸諸国にある大学、シンクタンクと協力しながらセミナーを開催する等して、政府間に留まらない重層的な政策対話の枠組みを構築していきたいと思います。

3.期待される成果

 私が、日本にとって古くからの重要な友人である湾岸地域と、更に発展的な関係を作り上げる必要性を認識したのは、短期的な経済的利益によるものではありません。むしろ、過去に経済面に集中しすぎたあまり、ともすれば、関係が一方的若しくは局部的になったことへの反省があるからです。

 我々は、もう一度、相互の関係を真剣に考え、率直にお互いの本音を伝え合う機会をもっと多く持つべきです。今、私の御提示した新構想がそのきっかけになれば望外の喜びです。

 御清聴ありがとうございました。