データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「毎日・世論フォーラム」河野外務大臣基調講演

[場所] 
[年月日] 2000年5月20日
[出典] http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/12/ekn_0520.html
[備考] 
[全文]

【サミットの意義】

 本年のG8サミットは、まず7月8日、当地福岡で開催されます大蔵大臣会合をもってスタートします。これに続き、12、13日に宮崎で、私が議長を務めます外務大臣会合が開かれ、そして、首脳会合が21日から23日まで沖縄で開催されます。しかし、サミットはこの7月の合計6日間のみの行事ではございません。福岡、宮崎、沖縄の皆様にも、昨年の開催地決定以降、一年以上も前から種々御準備や御協力を頂いておりますが、サミットの議論の中身につきましても、昨年のケルン・サミット以降、メンバー国との間で着々と準備を進めてきています。更に申し上げれば、サミットとは、1975年フランスのジスカールデスタン大統領の提唱で開始されて以降、25年にわたり築き上げられた歴史そのものであり、本年の九州・沖縄サミットもこの歴史に新たな1ページを刻むものであります。

 サミットが過去四半世紀にわたり毎年継続して開催されてきたということは、そのこと自体、サミット・メンバー国のみならず世界全体が、このサミットというものに一定の役割を期待していることの表れと言えましょう。

サミット参加国の経済「力」

 サミットの意義について考える際には、サミット参加国の、そしてまたこの集まり自体が、国際社会全体に与える意味・影響力というものに着目する必要があります。サミットは、第23回のデンバー・サミットでロシアが正式な参加国となるまで、日、米、英、仏、独、伊、加の七か国が正式メンバーでありました。この七か国は、世界のGDPの約三分の二、貿易量の約二分の一を占め、また、開発援助いわゆるODAの約四分の三を担ってきておりまして、この数字は、この25年間、殆ど変化がありません。これらの数字を見ても分かりますとおり、この七か国が共通の目標に向かって経済政策を一致して運営していけば、その世界経済に与える影響は極めて大きなものがあるわけです。そもそもサミットは、1973年10月の第四次中東戦争以後世界が直面した石油危機をきっかけに始まりました。西側の主要国の首脳が一堂に会し率直に意見交換をすることにより、通貨・金融、貿易などをはじめ各国の経済政策を調整し、世界全体の経済がバランスのとれた形で成長していくことを目的とするものだったのです。サミットがその誕生以降、世界経済秩序の維持・強化に大きな役割を期待されてきたのも、このような経済的な「力」によるところが大きかったのは事実であります。

サミット参加国共通の「価値観」

 しかしながら、経済力の強い者がその財力にものを言わせて何でもかんでも周りに押しつけようとするだけであれば、それは、力の強い者による談合に過ぎないことになってしまいます。サミットがこれだけ長く続いてきたのは、その経済上の「力」のみならず、サミット参加国が、民主主義、自由主義、人権の尊重といった価値観を共有し、グローバルな観点に立ってその促進に一貫して努めてきたからと言えましょう。

サミットの機動性と広範な活動範囲

 サミットを特徴づけるもうひとつの点として、その機動性と、取り上げるテーマの範囲の広さが挙げられます。サミットは、国連のような、いわゆる国際機関ではありません。また、事務局的な役割を果たす常設機関も抱えてはおりません。毎年開催される首脳や蔵相、外相の間の会合をはじめ、G8間の各種閣僚級会合その他の準備会合、更に日々休むことなく実施されている意見交換その他の作業は、一年毎に参加各国が持ち回りで務める、いわゆる「議長国」を中心に行われています。それ故に、「議長国」の国際政治、世界経済を見る視点を反映し、サミットが異なる個性を持つこととなるのです。これがサミットの面白いところと言えるのではないでしょうか。

 我が国も本年1月1日からこの「議長」職を務めておりまして、これは九州・沖縄サミット終了後も、12月31日まで続きます。議長国でない年には、自国の意見・主張をサミットの場で表明し、それを如何にG8との間で調整していくかという点に主眼が置かれるわけですが、議長国は、それに加えて、参加メンバーの意見のとりまとめという、非常に重い任務を果たさなければなりません。

 さて、サミットはこのようにある意味で身軽な体型をしておりまして、それ故、非常に機動的な活動を行ってくることができました。先程、サミットがそもそも経済政策の調整の場として発足したと申し上げましたが、その後サミットはこの機動性を活かしつつ、国際情勢の変遷と共にその取り上げるテーマを拡大・深化させてきました。1979年のソ連のアフガニスタン侵攻を契機に、第六回のベネチア会議以降、政治分野でも結束した立場の表明が行われるようになりました。近年では国際的な関心の高まりに応じ、例えば、環境、国際組織犯罪、薬物、エイズといった国境を越える問題や、教育、雇用、社会福祉、食品安全、高齢化といった、いわば伝統的なマクロ経済政策の範疇を超えた、各種の経済社会問題を大きく取り上げるようになってきています。

 このようにサミットは、時代の変遷に応じてその活動範囲を柔軟に設定してきました。サミット参加国は、その視野を世界規模に広げ、国際社会全体の行く末やあり方をしっかりと見据えた上で、その時々の問題に責任感をもって取り組んできました。また、日本としても、我が国が国際社会に占める地位に相応しい、グローバル・パワーとしての責任と役割を果たすべくサミットに臨んできましたし、今後ともこのことを肝に銘じて取り組んでいかなければなりません。

【本年のサミットの意義】

 次に、昨今の情勢も踏まえつつ、今年のサミットが持つ意義について考えてみたいと思います。

小渕前総理の思い

 本題に入る前に、九州・沖縄サミットにかけた小渕前総理の思いについて一言述べたいと思います。小渕前総理は、九州・沖縄サミットを本年の我が国の最重要の外交日程と位置づけ、その成功に向けて全力を傾けておられましたが、皆様御承知の通り、先月病に倒れ、ついに還らぬ人となられました。心より御冥福をお祈りしたいと思います。私は、昨年の第二次小渕内閣の組閣に際し「外務大臣としてサミット成功に力を貸してほしい」と強く求められたいきさつがあり、また、内閣の一員として、小渕前総理の九州・沖縄サミットにかける思い入れ、その成功に向けた熱意というものを日々間近に見ておりましただけに、総理の無念さが痛いほどわかります。それ故にこそ、私は、後を受け継いだ森総理を支え、何としてでも本年のサミットを成功させ、小渕前総理の思いにお応えしていくことが、今の自分に課せられた使命と考えています。

「節目」の年に開かれるサミット

 本年は西欧2000年、すなわち千年紀の変わり目という記念すべき年であり、また、サミット誕生後ちょうど25年に当たります。G8のリーダー達には、この区切りの年に開催されるサミットで、世界の人々、更には我々の子孫に対し、明るい21世紀像を描いて見せるリーダーシップを発揮することが求められています。

本年のサミットのメッセージ(繁栄、安寧、安定)

 早いもので九州・沖縄サミットまで約2ヶ月となりました。議長国たる我が国としては、本年のサミット全体を「20世紀を総括して21世紀を展望する」場と位置づけ、実りある議論をしたいと考えています。その際、現在我々が享受している大いなる繁栄が、民主主義、自由主義、人権の尊重といった基本的な価値観の土台の上に成り立っていることを確認し、21世紀においてもこれらが人類の繁栄の基盤であることを強調すべきでしょう。その上で、グローバル化などの流れが益々進むと考えられる21世紀を、「全ての人が一層の繁栄を享受し」、「一人一人の心に安寧が宿り」、「より安定した世界に生きられる」時代とすることを目標とすべきであると考えております。そして、そういった観点から明るいメッセージを発出すべく、議長国として、種々の個別テーマを整理しながら、現在G8間での議論をリードしているところです。

 世界の「一層の繁栄」という観点からは、例えば、先進国・途上国を問わず人類の繁栄の一つの鍵を握るであろう、情報技術、いわゆる「IT」が個別テーマとして考えられます。我が国においても、ITは新たなチャンスをもたらすものとして多方面で関心が高まっており、IT関連産業は、日本経済回復の起爆剤となる勢いを示しています。また、モバイル型インターネット(「iモード」等)が爆発的に普及するなど、いわゆるIT革命は我が国においても進行していると言えましょう。九州・沖縄サミットでは、このITの持つ潜在力を如何に活かすかについて、明確なヴィジョンを示すことが期待されます。この関連で、ITを悪用した犯罪等への取組や、IT革命の進行に伴ういわゆる「デジタル・ディバイド(情報格差)」の問題への対応についても議論する必要があります。

 もとより、マクロ経済、貿易、開発といった問題も「一層の繁栄」のため十分な議論を尽くす必要があります。また、多様な文化的、伝統的価値観を尊重することが21世紀における人類の繁栄の源であるという点についても、リーダーの間で有意義な議論が行われることを期待しています。

 次に、「心の安寧」という観点からは、犯罪、食品安全、高齢化、環境等の問題について議論を深め、人々の不安に応えるようなメッセージを打ち出していく必要があります。例えば、グローバル化に伴う国境を越えた犯罪の問題は、G8において非常に重要な問題となってきていますし、高齢化についても、例えば高齢者の経済・社会への参画を如何に促進するのかなど、最近その重要性についての認識が益々高まってきています。

 さらに、「世界の安定」のためには、国際社会で問題となっている様々な地域紛争につきG8間で具体的な解決策を模索することや、軍備管理・軍縮、不拡散などの分野に取り組むことが急務です。この分野は、私が議長を務める外相会合での議論とも関係しますので、若干敷衍してお話しさせて頂きますと、昨年のコソヴォ問題を契機に、国際社会では紛争を如何に事前に防止するか、という紛争予防に関する議論が非常に盛んになってきています。私は、昨年ベルリンで開催されました紛争予防に関するG8外相会合で、紛争を予防するためには、あらゆる政策手段を利用して地道な努力を積み重ねることが重要である旨主張してきました。また私は、広い意味での紛争予防のためには、世界の人々が多様な民族、宗教、文化をお互いに尊重し、協調していく姿勢を大切にしていく、いわば文明間の対話の促進が重要であると考えています。宮崎での外相会合においては、紛争予防が主要テーマとなり、ベルリンでの議論を如何に深めていくかが議論のポイントになると思われます。

 私は、外相会合で議長を務める身として、国際的に注目を集めている地域の実情把握にも意を用いて参りました。昨年末にはコソヴォを、先日は東チモールを訪れ、その実態、特に現地の破壊の程度を自分自身の目で確かめて参りました。いずれの地域も、その安定と繁栄の達成に至るまでには未だ課題が山積しています。これらの問題は、それぞれの地域にとどまらず、国際社会全体が共同して取り組むべき課題です。宮崎においては、こうした点を各国外相に直接訴え、問題解決の糸口を探りたいと思います。

 以上、本年のサミットで取り扱われるであろうテーマにつき若干敷衍して述べました。我が国は議長国として、これらテーマについてG8間での議論のとりまとめに全力を尽くしています。その一環として、私も本年初頭には欧州を訪問したり、また今年に入ってからもオルブライト米国務長官やイワノフ露外相との会談の場でサミットにつき協議する等、各種の機会を捉えてG8各国外相との間で意見の摺り合わせを行ってきました。また、森総理が就任早々G8各国を歴訪され、九州・沖縄サミットの成功に向け意見交換を行って来られたことは皆様よく御承知のとおりです。これらに加え我が国は、南東欧ハイレベル会議を開催したほか、中東問題についても積極的に関与しています。正直申し上げてG8議長国としての責務は重いものがありますが、残された時間、全力で駆け抜けて行きたいと思います。

G8と世界のインターフェイス

 先程述べたとおり、G8における議論はG8参加国のみならず、全世界的規模で取り組むべき指針を策定することを目標としております。その意味で、我が国は本年、G8を代表して、G8以外の国や地域、更には関連の国際機関等との間で、サミットの事前・事後に十分に意見を交換することが求められています。

非G8諸国との関係

 特に本年のサミットは七年ぶりにアジアで開催されるサミットであり、我が国もアジアで唯一のサミット参加国ということで、アジアの視点というものをサミットの議論に盛り込むべく、いい意味での気負いと言いますか、意気込みをもって臨んでいます。このような観点から、本年初め、小渕前総理が東南アジアを歴訪し、タイで行われたUNCTAD(国連貿易開発会議)総会にも厳しい日程をぬって出席されました。私も先般、インドネシア及びシンガポールを訪問した機会に、サミットに向けた取組につき説明を行い、先方からも、様々な期待や要望が示されました。また、先日は訪日された中国の唐家セン外交部長とも意見を交換し、森総理が今般、韓国を訪問される際にも、九州・沖縄サミットに向け、意見交換を行うことになりましょう。

 アジア的なものの考え方・発想を大事にしながら、また、アジア特有の事情も十分考慮しながら、サミットの議論に臨んでいく姿勢が大事だと考えております。

国民の意見の聴取

 なお、サミットの成功に向けては、政府や国際機関との意見交換だけでは十分ではありません。私は、「『国民と共に』より良き未来を拓く外交」をモットーにしておりますが、サミットでの議論を一層有意義なものとするためにも、国民の皆様や各分野で活躍されているNGOの方々などの意見に十分に耳を傾ける必要があると感じています。その一環として、本日一言宣伝させて頂きます。現在、インターネットで政府の九州・沖縄サミット公式ホームページを開いて頂きますと、「サミット広場」というコーナーがあり、ここで広く国民の皆様及び内外のNGOの方々の御意見を電子メールで受け付けております。皆様からの御意見については、外務省の担当課及び関係課において全てきちんと読ませて頂き、参考にさせて頂いておりますが、多数の方から寄せられた御意見については、その問題についての政府の考え方と共に「サミット広場」に掲示することとしております。どうか、どしどし御意見をお寄せ頂きたいと思います。

 また、NGOの方々との対話についても、担当者を決めて、その推進に努力しています。

サミットの九州・沖縄開催の意義

 さて、最後になりましたが、本年のサミットがこの九州・沖縄の地で開催されることの意義につきまして私の考えを述べさせていただきます。

 この九州・沖縄という地は、古代の頃より我が日本列島の海外への窓口として、朝鮮半島、中国大陸、更には遠く東南アジアへ向かって大きく扉を開いていた地域でありました。最近でも中国、韓国をはじめとしたアジアの諸国・地域との交流が盛んだと伺っております。また、皆様報道等でよく御承知のことと存じますが、小渕前総理は、学生の頃から沖縄の問題をはじめこの地域に非常な関心を持たれ、本年のサミット開催地として、万感の思いを込めてこの九州・沖縄の地を選択されました。私もその後、沖縄、宮崎、福岡それぞれの方々と一緒に準備作業を行っていくに連れ、小渕総理は非常に良い選択をされた、歴史に残る名決断であったと心から確信しております。

結び

 我が国最初の地方開催のサミットとして、九州・沖縄の地に各国の首脳や閣僚をお迎えすることは、我が国の外交を預かる者としてこの上ない悦びであります。政府と致しましても、このサミットの成功に向け、最大限の努力を行って参ります。皆様方におかれましても、恐らく総勢で「万」という単位に上るであろう外国からの訪問者の方々に対し、持ち前の温かいホスピタリティで、最大限の歓迎を寄せていただけますよう、どうか宜しく御願い申し上げます。