データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 仏国際関係研究所における河野外務大臣演説「日欧協力の新次元−ミレニアム・パートナーシップを求めて−」

[場所] パリ
[年月日] 2000年1月13日
[出典] 外交青書44号,328−330頁.
[備考] 
[全文]

ご列席の皆様

 2000年というミレニアムの初頭にあたり、誉れ高い仏国際関係研究所(IFRI)において日欧協力の今後についてお話できますことを誠に光栄に思います。昨年の日仏関係は小渕総理の訪仏で開幕し、ジョスパン首相の訪日で閉幕しました。そして今年は、私が日仏関係を開幕するという役割を担うことになりました。

 昨年12月のドイツに続き、今回イタリア、ベルギー、英国、フランスへと一連の欧州訪問を通じ、私は、長い伝統を持ちつつダイナミックな変化を遂げている欧州を目の当たりにし、日本と欧州の関係を新たな時代に相応しい次元に高めるべきであると感じました。これから、「日欧協力の新次元」と言うテーマでお話をしたいと思いますが、その前に、日本とヨーロッパの長い文明史の中での共通点について、まず触れてみたいと思います。

 フランスには、シラク大統領をはじめ、日本文化に大変造詣の深い人々が多く、私がこれから申し上げることに色々御意見もあろうと思いますが、一つの見方としてお聞き頂ければと思います。

1.日本とヨーロッパ−共通の文明体験

 ヨーロッパでの共通通貨ユーロの誕生といったスケールの大きな話と比べるといささか小振りな話ですが、我が国政府は、今年「2000円札」という新たな紙幣を発行します。その図案のひとつは、今からミレニアムを一つさかのぼった、おそらく1010年代前半に完成したとされる「源氏物語」に題材をとったものです。この作品は日本文学の最高傑作であり、世界最古の長編小説とされています。源氏物語は、日本文化史上、「かな」と呼ばれる日本独特の表音文字によって書かれていることに大きな意味があります。日本において中国の制度を取り入れ、中央集権的な日本国家が誕生したのは7世紀中葉と言われています。それ以降数百年は公文書のみならず、日記、文学も、日本固有の文字ではなく、漢字を応用していたのですが、日常生活、女性の日記や文学の中で次第に漢字を崩した独自の表音文字が発達しました。それがやがて紫式部という女性の手により書かれた「源氏物語」に結実したわけです。したがって、「源氏物語」は、中国文化の強い影響と部分的にはそれを範として成立した日本という国家が、優れた文化の主体として確立したことを象徴的に示す、私たち日本人にとっては記念碑的な作品なのです。

 あえて仮説を立てれば、日本がたどってきたこのような先進文明の摂取から独自の文化の確立の過程は、いにしえのヨーロッパの体験と共通するものがあると言えるのではないでしょうか。日本が中国文明の影響で目を覚ましたころ、ヨーロッパ全体は地中海先進文明のインパクトにより目を覚まし、ローマ的なシステムに全体が組み込まれていきました。この後再び各地固有の多様な要素の上に独自の文化を作り上げていったという流れが日本と共通すると思うのです。例えばフランス語にしても、それが今日に近い形で確立したのも源氏物語の時代といってよいのではないでしょうか。その後ヨーロッパは、幾多の試練を経て、世界最先進地域に発展し、日本はそのような西洋との邂逅と接触を通じて近代化を進め、非西洋地域の中で最も早くそれを追いかける地域となったのです。このように、ミレニアム単位で見ても日本とヨーロッパは相通ずるものが多いのではないでしょうか。

2.なぜ今、日欧協調が必要か

 さて、今日に目を移せば、世界にはグローバル化の波が押し寄せ、政治、経済、社会のあらゆる面で大きな変化が起きています。その変化を最も如実に示しているのが欧州であり、EUという地域統合プロセスが経済のみならず、政治、社会に至るまで全欧州単位で拡大、深化しつつあります。欧州においてはユーロや共通外交安全保障政策や国境管理の撤廃などまさに新しい世界が築き始められています。同じく政治家であった私の父が、今から40年前ヨーロッパを歴訪して帰国した際に、「EECに真剣に注目すべきである。将来は英国も参加し、独仏も過去の対立を乗り越え、政治的に一つの共同体を目指すに違いない。」と述べました。当時の日本においては、この発言は、必ずしも注目を集めたわけではありませんが、今回私はヨーロッパ各地を回り、40年前の父の発言がまさに現実のものになりつつあることを痛切に感じました。

 まさに欧州は今、21世紀の政治と文明の担い手として非常に強力な存在になりつつあります。

 これまで日欧関係は日米、米欧関係に比較して緊密でないと言われて来ました。双方の努力の結果それなりの進歩を遂げましたが、これはどちらかと言えば経済面における交流が主体でありました。しかし今回の旅行を通じ、日欧の結びつきが経済のみに止まらず、更に強いものになっていると感じました。

 まず第1に、日欧は自由、民主主義、人権の尊重等の共通の価値観を有し、高齢化や社会保障、失業の問題等社会システムの抱える問題を共有しています。第2に、日欧はグローバル・パートナーとして安全保障上不可分の関係にあります。ボスニア、コソヴォや東チモール、KEDOのケースのように双方の安全保障への挑戦に対し互いに支援しあう意思と能力の両方をもっています。そして第3に、グローバル化により欧州と日本の相互依存はますます深まっており、両者間の協調はもはや必然と言えるでしょう。

 私は、昨年12月18日にコソヴォを訪問し、アルバニア系およびセルビア系の当事者代表と会談し、対話の重要性を訴えてきました。日本は今後ともコソヴォに対して支援を惜しみません。その理由は、日欧間に存在する安全保障の不可分性と価値観の共有にあります。同様に欧州も、引き続き朝鮮半島のKEDOや東チモールの問題等アジアに対する積極的な関心を持ち続けられるものと確信しています。

3.日欧協調の3本柱

 私は新しいミレニアムにあたり、このような日欧関係を今後、以下の3点を中心に強化すべきであると考えます。

 (1)多様性の下での共通の価値の実現

 日欧協力の第1の柱は、文化の多様性を認識しつつ、共通の価値の実現に向けて協力することです。ボスニア、コソヴォといった地域紛争は民族や宗教上の対立を主要因として発生したものです。今日人類は民族、宗教、文明といった帰属意識の相克をどう乗り越え、対話を進めて行くかが問われています。このような中で国連総会は、1995年の「国連寛容年」に続き、2000年を「平和の文化の国際年」に、また、2001年を「文明間の対話の国連年」と決定し、加盟国間の対話の促進と平和の文化の醸成を図ろうとしています。

 異なる言語や文化の壁を越えて、EUという共同体を形成しているヨーロッパには対話を通じての対立の解消という経験の蓄積があると思います。日本も先に述べた「源氏物語」の中で、中国の故事の引用、仏教に関する教養の披瀝あるいは朝鮮半島由来の人物が頻繁に登場することに見られるように、アジア的広がりを持つ国際性と開放性の強い国でした。更に時代が下り、明治維新以降、日本は欧州の中に民主主義と近代化の基本方向を見出し、多くのことを学んできました。ルソーやカントは、明治日本の指導者の精神の一つの手本でありました。太平洋戦争後、日本は、民主主義と人権の理念を実践し、そのことが如何に社会、経済の発展に役立ち平和の礎となるものかを身を以って体験してきました。文明や文化の多様性を認識し、その間の対話を進める努力を行ってきた日欧は、今後協力して各国、各文明間の対話を促進すべきと考えます。

 言うまでもなく、文化的、社会的背景の異なる各国、各文明間の対話は繊細さ(センシティヴィティ)と寛容(トレランス)の精神で行なわれるべきであります。日欧は今後とも多様性に配慮しつつ、対話を積み重ねることにより、民主主義と人権という普遍的な価値観を基に21世紀における新たな国際秩序を形成していく努力が求められています。

 (2)日欧政治協力の強化

(政治対話の目的)

 第2の柱として日欧はその経済的結びつきに相応しい政治協力を世界の平和と安定のために強化すべきであると考えます。

 EUにおける外交、安全保障面での急速な統合の動きの中で、日本としては、加盟国との既存の対話に加えて、EUとの間で以前にも増して人的交流を深め政治面での日欧協力を推進すべきと考えます。今回、私がブラッセルを訪問し、ソラナCFSP上級代表等とお会いしたのもその表れであり、本年後半にはEU議長国となる仏のシラク大統領のご参加を得て、日・EU首脳会議を開催する予定にしております。今後ともEU理事会・委員会を始め各種レベルの対話を実施していきたいと思います。

(紛争予防)

 次に紛争予防について述べたいと思います。日欧政治対話の重点項目の一つである紛争予防については、これまでも国連やG8等でも議論されております。私は紛争を未然に防ぐという点では目にみえない努力が重ねられ、誰が努力した結果であるかがわからない状況が望ましいと考えています。日本としては紛争の未然防止から紛争終了後の平和構築までの各々の段階で、政治的、経済的、社会的な措置を動員する「包括的なアプローチ」の採用が重要と考えます。こうした紛争予防について、日欧が如何なる協力ができるか真剣に検討すべきであります。また、OSCEとの協力については民主化支援、独立メディアの設立等について協力が進められるよう努力していきたいと思います。

 なお、紛争終了後の平和構築については、日本はボスニアへの協力に加え、コソヴォ問題に対しても、G8における議論に積極的に参画したほか、周辺国も含めて支援を行っておりますが、他方、欧州は東チモール問題について、多国籍軍に部隊派遣を行っています。このようにお互いの地域の紛争に対してグローバル・パートナーとして相互に支援し合う協力の構図が出来上がりつつあり、今後ともこうした関係を継続していきたいと考えます。

(軍縮・不拡散)

 次に、軍縮・不拡散も国際社会が直面する深刻な問題であり、日欧が協力して不断に追求していくべきテーマです。核兵器の拡散は国際社会に対する脅威であり、CTBTについて米、ロ、中という核兵器国による批准が進んでいないことは残念であります。我が国は、昨年10月のCTBT発効促進会議の議長を務めるなどイニシアティヴをとってきており、欧州も、昨年、仏、英、独の首脳が連名で米国の批准を促すため同国のマスメディアを通じて働きかける等努力をしておられます。今後ともCTBTの早期発効や4月のNPT再検討会議に向け、日欧協力を強化していきたいと考えます。

 また、地域紛争において実際に使用されている通常兵器の問題も喫緊の課題です。この面での日欧の協力は極めて効果的であると思われます。特に、日本は小火器の規制に向けて国連の専門家グループの議長を務めるなど積極的に取り組んでおり、国連が2001年に開催する予定の小火器の国際会議に向けて日欧の協力を期待するものです。この関連で、日本とEUとの間では具体的な政治協力としてカンボディアにおける小火器の規制に関する共同プロジェクトを協議中であり、進展が期待されます。

(国連改革)

 更にもう1点、日欧の政治協力をより普遍的な次元に高め、他の地域との連携を実現する場として国連の活用も引き続き重要であると申し上げたいと思います。日欧の協力の下、本年秋の国連ミレニアムサミットを一つの契機として、国連の機能強化について議論が進展することを期待していることを付言したいと思います。

 (3)グローバル化のメリットの共有

 日欧協力の第3の柱は、グローバル化によるメリットをどのように地球上の全ての人々が共有するかということです。世界のGDPの45%を占める日欧は、グローバル化のダイナミズムを世界の繁栄と弱者保護のために最大限活用していく上で指導的役割を果たす条件が備わっており、また、その責務は大きいと言わねばなりません。そのためにはまず、国際貿易の新たなルールの策定が必要であります。WTOにおける新ラウンドの成功のためには、途上国の積極的な参画が不可欠であり、また、NGO等の市民社会の関心を反映させていくことも重要です。これらの点を含め、日本と欧州は従来よりWTOにおいて緊密に連携してきており、新ラウンドの早期立ち上げに向け、引き続き協力していきたいと考えています。

 97年に生じたアジア経済・金融危機は、途上国の経済がグローバル化の脅威に対してまだまだ脆弱であることを示しています。この問題が日欧を始めとする関係各国の迅速な対応により克服されたことで分かるように、主要各国の一致結束した協力が不可欠です。また、先般の日仏首脳会談で、日欧の援助協調が重要であり、これを推進していくことで意見が一致しております。更に、貧困や経済格差等の紛争要因の除去や紛争終了後の平和構築・復興といった視点からも途上国支援に取り組んでいきたいと考えており、この面においても日欧は協調できるものと思います。現在コソヴォにおいてドイツとの間で共同プロジェクトを進めようとしているのもそのような努力の現れであります。

4.ミレニアム・パートナーシップを求めて

 以上の通り、日欧協力の可能性は極めて広汎であります。新たなミレニアムに相応しい日欧協力の時代の幕開けを告げるために、私は日欧ミレニアム・パートナーシップの構築を提唱したいと思います。

(九州・沖縄サミットに向けての協力)

 日欧の直近の協力対象としたいものとして、日本の議長の下で本年7月に沖縄で開かれる九州・沖縄サミットがあります。過去3回の日本開催サミットは全て東京が会場でしたが、今年のサミットは小渕総理の強いリーダーシップにより、初めて東京以外の場所で開催されることとなりました。沖縄は独自性の強い文化を持つ個性的で魅力的な土地柄であり、各国首脳に日本の多様性を実感してもらうには最適の場所であったと思います。冒頭に述べました「2000円」札には、源氏物語の図案に加え、沖縄を代表する建築物である守礼門が描かれることとなっています。これは琉球王朝の時代、16世紀前半に初めて建てられたものであり、古い伝統に支えられた沖縄の豊かな文化を象徴するものであります。また、沖縄は中国南部や東南アジアに近く、文明や経済の交差点といった性格ももっています。その意味で今回のサミットはアジアの視点をより強く意識したものとなりましょう。私としては、沖縄という場所でサミットが開かれる以上、文明や文化の多様性に配慮しつつ、諸国間で創造性豊かな未来を築くために、先進国がなすべきことは何かということを首脳同士が落ち着いてじっくりと話し合ってもらいたいと思います。そして、2000年という節目の年に開かれるサミットですから、21世紀において全ての人が一層の繁栄を享受し、一人一人の心に安寧が宿り、より安定した世界に生きられるという展望を世界中の人々が抱けるよう、G8の首脳が長期的視野に立って率直な議論を行うことを期待しています。このようなテーマにつき日欧間で協調して沖縄サミットの準備にあたりたいと思います。

(日欧協力の10年)

ご列席の皆様

 日欧協力をより長期的な視点にたち、揺るぎないものにするためには、日欧が共通のヴィジョンを持ち共同で努力を行うことが求められていると思います。私としては、日欧間の間断なき対話と行動を通じ、日欧ミレニアム・パートナーシップを具体化するために、21世紀の始まる来年2001年から10年間を「日欧協力の10年」とすることを提唱しましてスピーチを締めくくりたいと思います。

 ご静聴有り難うございました。