データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 経団連評議会における高村外務大臣演説「わが国外交の当面の重要課題」

[場所] 東京
[年月日] 1998年12月22日
[出典] 外交青書42号,251−254頁.
[備考] 
[全文]

一.序

 本日は、わが国の当面の重要政策課題につき一言申し上げる機会をいただきまして、誠に光栄に思っております。

 さて、本年もあとわずかとなり、新しい世紀もすぐそこまで近づいてきております。ここで1998年という年を振り返ってみますと、わが国の平和と繁栄にとり、非常に重大な出来事が幾つか起こりました。

 まずは昨年来のアジア経済危機が世界経済問題に発展し、世界的な対応が必要になってきた点です。この問題については一連の二国間あるいは多国間の場で首脳レベルで取り組まれており、来年もケルン・サミット等においても引き続き国際場裡での中心的な課題になると思います。第二に、冷戦集結後{ママ}の安全保障の問題に関し、アジア太平洋域内主要国の二国間の関係の進展等好ましい動きが見られる一方、北朝鮮によるミサイル発射、インド・パキスタンによる核実験、そしてイラクの査察を巡る問題という、国際社会の潜在的な大きな不安定要素が顕在化しました。こうした問題への対応も来年の日本外交の大きな課題です。

二.世界経済

 まずは世界経済です。昨年からのアジアの通過金融危機が本年には幾つかの政権の交代を招き、世界経済の問題にまで発展しました。現在は各国通貨が下落し続ける最悪の状況にはありませんが、いずれの国・地域も依然厳しい状況が続いています。今後は、危機によって重大な被害を受けた国の実体経済の回復のための支援と、危機の再発を防止するための国際経済金融システムの再構築が大きな国際的課題になっていくと考えます。

 特にわが国と密接な関係を有するアジア諸国に対しては、御案内のとおり従来より大規模な支援を実施してきたところですが、今後ともアジア諸国の実体経済の回復のために様々な支援を行っていきたいと考えております。先般小渕総理が出席したASEAN諸国との首脳会議の場で総額6、000億円の特別円借款の創設を表明する等、こうしたわが国の姿勢を明確にし、各国より高い評価を得たところです。このことは、東アジアの安全保障にとっても、東アジア諸国との関係を一層緊密にしておくためにも、更には経済危機を乗り越えて現地にとどまっておられるわが国企業のためにも必要なことだと思います。経団連も本件については深い関心を持っておられ、既にこの秋2度にわたってミッションを派遣され、御提言を出しておられます。外務省としてもこの御提言は重く受けとめ、今後の政策に生かしていく所存です。また、アジア支援に当たっては、わが国の経済対策の中にも参考になることがあると思います。今後とも皆様とともに考えていきたいと考えます。

 次に国際経済金融システムの強化についてですが、この問題は今や各国首脳レベルで大きな関心事項となっています。以前、小渕総理はグローバリゼーションへの対応の問題をわが国の「経済安全保障」の問題である旨述べ、その対策について国内の有識者に議論して頂きましたが、国際経済金融システムの改革の問題は、こうしがわが国の経済安全保障上最も重要な問題の一つです。私自身もアジア経済危機に対する支援策を表明し実施している経験から、危機の予防、被支援国に課すべきコンディショナリティーのあり方、その作成のプロセスにおける個別の国毎の事情の繁栄のさせ方等について更なる改善が必要であることを強く実感しています。

 この関連で後ほどヨーゲンセン大使より詳しくお話を伺えるかと思いますが、明年1月より欧州では単一通貨ユーロが導入されます。GDP規模で米に匹敵する巨大な市場を背景としたユーロの誕生は世界経済、国債金融市場全体に大きな影響を及ぼし得るものです。このような大きな潜在力を有する新通貨が加わった新たな国際通貨・金融システムが国際経済全体の安定に資するものとなるよう、経済、社会の様々な側面において欧州との連携と協力を一層強化していきたいと考えます。

 また、グローバリゼーションの流れの中で世界経済が持続的に発展するには貿易・投資の自由化を通じた多角的貿易体制の強化が益々重要です。WTOにおいては2000年から次期自由化交渉が開始されます。今般わが国は、99年4月よりコメの関税化を決定致しましたが、今回の決定は次期WTO交渉を強力に推進していく上でも有意義なものと考えます。わが国としては、貿易・投資の一層の自由化に向け、来年末に予定される第3回WTO閣僚会議において包括的な交渉立ち上げに合意できるよう引き続き主導的役割を果していきたいと考えます。

 以上からも明らかな通り、国際経済システムの見直しの問題は、金融、貿易、投資、開発等の関連分野における相互の関連性を十分に踏まえつつ、幅広い議論を展開していく必要があります。わが国としても、来年のケルン・サミットを念頭に世界の英知を結集していく中で、世界第二の経済大国としてこうした作業にオール・ジャパンで貢献していく必要があります。この点で、皆様の御協力を賜ることが出来れば幸いです。

三.安全保障

 安全保障の問題では、特に北朝鮮の問題、インド、パキスタンの核実験の問題、イラクの問題はいずれも錬成後の核不拡散体制に対する重大な挑戦にもあたります。

 8月31日に行われた北朝鮮のミサイル発射は、わが国のみならず他の関係諸国にとっても大きな問題です。わが国は、対北朝鮮政策を再検討し、毅然とした厳しい対応をとりましたが、KEDOへの強力については、KEDOが北朝鮮の核兵器開発を阻むためのわが国にとって最も現実的かつ効果的な枠組みであり、北朝鮮に対して核兵器開発再開に向かう口実を与えてはならないとの考えに基づいて、10月にこれを再開しました。現在、北朝鮮の秘密核施設疑惑が問題となっており、わが国は米韓とともに北朝鮮に前向きな対応を求めているところです。また、ミサイルの開発や輸出については、これを中止するよう、米韓両国とも連携しつつ、引き続き、粘り強い対応をとっていく考えです。去る18日には、韓国南方海域に進入した北朝鮮の半潜水艇が韓国軍により撃沈されるという事件もあったばかりですが、来年も北朝鮮の問題はわが国外交にとり、極めて重大な問題であり続けるでしょう。わが国としては、日米同盟関係を一層強化するとともに、21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップを更に確かなものとしつつ、この問題の対応に全力で取り組んでいきたいと考えます。

 本年5月のインド及びパキスタンによる核実験は、遠くない過去に直接交戦した経験を有する隣国同士が共に核兵器にかかわる能力を有することを明らかにしたという意味において、新たな不安材料を提供するものです。

 わが国としては、インド及びパキスタンが、国連安保理決議、G8外相声明、ASEAN地域フォーラムの議長声明に盛り込まれた種々の要求事項を速やかにかつ誠実に実行に移すよう、今後とも粘り強く両国との対話を進めていくとともに、核兵器国による核軍縮の一層の推進をも求めていく考えです。インド・パキスタン両国が、国連総会において包括的核実験禁止条約への参加に向けて前向きともとれる発言を行うなど、核不拡散分野で一定の前進を示していることは評価できますが、引き続き両国の動きを今後とも注視していきたいと考えています。

 最後にイラクについてです。わが国を含め、国際社会の度重なる申し入れにもかかわらず、国連による査察に対するイラクの協力が得られませんでした。こうした経緯に鑑み、わが国は今回の米国及び英国による行動を支持しました。わが国としては、今後イラク政府が国連安保理決議上の義務を即時かつ無条件に受け入れることで、一日も早く地域の平和と安定が達成され、またイラク国民の窮状が是正されることを希望しています。

四.結語

 以上述べてきましたとおり、来年もグローバリゼーションへの対応、安全保障もんだいへき{前6文字ママ}対応といった新しい世紀に向けて冷戦終了後の安定的な国際秩序造りという取組が一層促進される年になります。私としては、こうした作業はわが国の積極的な参画なしでは不十分なものになってしまうと考えます。わが国経済は現在困難を抱えているとは言え、世界第二の経済大国であると同時に政治的にも大国である事実は変わりません。国際社会の多くの国はこのようなわが国に対し従来にもまして期待をかけています。こうした中で、わが国が経済の再建に尽力しつつも、内向きにならず、こうした歴史的な作業に貢献していくことこそ、わが国が進むべき道であると考えます。こうした気持ちを持ち、来年もわが国の外交の舵取りに全力を傾けたいと考えます。

 ご清聴どうも有り難うございました。