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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本経済新聞社主催・第4回国際交流会議「アジアの未来」における小渕外務大臣講演「アジアの未来と日本の役割」

[場所] 東京
[年月日] 1998年6月4日
[出典] 外交青書42号,205−209頁.
[備考] 
[全文]

 お早うございます。

 ただいまご紹介にあずかりました外務大臣の小渕恵三でございます。ちょうど1ヶ月前のシンガポールでの政策演説は英語で行いましたが、本日は日本でやる会議でもありますので、気を楽にして日本語でやらせて頂きます。

 まず本日は、アジアの各国・地域の各界の錚々たる指導者の方々をお迎えし、日本経済新聞社主催第4回国際交流会議「アジアの未来」がかくも盛大に開催されることを、お祝い申し上げます。

 私は、先月はじめ、東南アジアを訪れ、未来に希望を持ってともに手を携えて頑張ろうと訴えました。その後1ヶ月の間にアジア地域は様々な変化を経験しました。このような時期に、アジアの進むべき途についての指針を見い出すべく、このような会議が開催されることはまことに時宜を得たものと存じます。

 今朝は、「アジアの未来と日本の役割」という非常に大きなテーマを頂戴しました。今このアジア太平洋地域でおきている大きな「うねり」を歴史の文脈の中で、どのようにとらえるべきなのか、そしてアジアはこれからどこへ行こうとしているのか、また、その中で日本が果たすべき役割があるとすればそれは何なのかということについて私なりの考察を述べさせていただきたいと思います。

ご列席の皆様、

 私が東南アジア諸国を訪問して以来のこの1ヶ月の中で、最も世界に衝撃を与えた出来事は、インドによる5月11日と13日の地下核実験、そして、これに対応する形で行われたパキスタンによる一連の地下核実験です。これらの核実験は、世界の殆どの国が支持している核不拡散体制に対する重大な挑戦であり、アジア地域のみならず世界の平和と安定に大きな影響を及ぼす問題でもあります。唯一の被爆国であるわが国にとって、これは、国民感情を逆撫でする極めて遺憾な出来事でありました。これらの核実験を受け、わが国は、これら両国に対し、緊急援助や人道的支援を除く新規無償資金協力の原則的停止及び新規円借款の停止等の強い措置を直ちに決定しました。

 私は、日本国の外務大臣として核の拡散を断固として防がなくてはいけないことをここで改めて明確に申し上げます。日本は第二次大戦後平和国家として歩み続けることを固く決意し、非核三原則、武器輸出三原則等をはじめとして、一貫して世界に例がない程徹底した平和的外交政策を追求してきております。そのような国としてわが国は、今後とも核兵器のない世界の実現を目指し、あらゆる適当な機会を通じ、インド及びパキスタンに対して無条件で核不拡散条約(NPT)及び包括的核実験禁止条約(CTBT)を速やかに締結するよう粘り強く働きかけて行く決意です。

 今般の深刻な事態に対処するため、わが国は、現在国連安全保障理事会において、南アジア地域の安全保障問題及び核兵器拡散の危機の問題に対処するための決議案をスウェーデン等とともに提出し、その早期の採択を目指しているところです。本日ジュネーブでは、国連安保理常任理事国の外相会合が開催されることとなっています。また、来る12日にはG8の外相会合が開催される予定であり、私自身この会合に出席し、積極的に議論に参加してまいりたいと考えています。

 私は、核軍縮・不拡散の問題は、政府間の議論にとどまらず、あらゆる英知を結集して対処すべき問題と考えます。このため政府としては、今後行われる関係政府間の討議と並行して、日本国際問題研究所及び広島平和研究所等の協力を得て、世界の官民の有識者10名程度の参加を得た「核軍縮・不拡散に関する緊急行動会議」を早期に発足させ、本邦において3回程度の会議を開催して、核軍縮を一層促進し、不拡散体制を堅持・強化するための具体的なあり方についての提言を、今後1年のうちに得る考えです。

 また、インド・パキスタンの核実験の問題の根源には、南アジアの安全保障を如何にして確立して行くかの問題があり、これへの対処が核軍縮・不拡散と並ぶ鍵と言えます。この問題の基本は、カシミール問題を含む諸問題についてのインド・パキスタンの間での対話でありますが、かかる対話を如何にして促進していくのかについて、両当事者が核実験を行ったという新たな事態の展開に照らし、原点に立ち返って国際社会として真剣に取り組む必要が生じたと考えます。この点につき来週ロンドンで開催されるG8会合で提起する考えです。

 更に、本年11月、長崎にて開催される予定の国連軍縮会議において、インド、パキスタンの核実験を踏まえた議論が広範になされることを期待します。

ご列席の皆様、

 アジア太平洋地域では、この1ヶ月の間に、もう一つ大きな出来事がありました。すなわち、インドネシアにおける約30年振りの政権交代であります。 

 ハビビ新大統領は、5月22日に、「改革開発内閣」を組織され、IMFとの合意の遵守、可及的速やかな選挙法の整備とそれに基づく総選挙の実施の方針を打ち出すなど、政治面及び経済面の改革への取り組みを示されました。

 私は、政治面と経済面での改革が車の両輪として早期に達成され、インドネシアの民生の安定と国民経済の回復が一日も早く実現されることを期待しております。そして、我が国は、インドネシアのこのような改革努力に対し引き続き支援を惜しまない方針であります。その一環として、昨日、同国の経済情勢の把握、ハビビ政権が行おうとしている経済改革の具体的内容の聴取、更に、現地邦人企業関係者との意見交換等を目的とする実務者ミッションを、インドネシアに派遣したところであります。

ご列席の皆様、

 私は、シンガポールで行った政策演説では、アジアの経済危機克服の鍵となる要素として、「5つのC」すなわち、勇気(courage)、創意(creativity)、思いやり(compassion)、協力(cooperation)、未来への確信(confidence)を強調しました。

 インドネシアをはじめ経済危機に見舞われた国々が取り組むべき改革には、相当の痛みが伴うでしょう。しかし、市場の信認、国際社会の信頼を回復するために痛みを覚悟しつつ、勇気をもって改革に取り組まねばなりません。タイ及び韓国は、既にこのような取り組みを開始し、成果を挙げつつあります。マレイシアは、マハティール首相の指導の下、自力でこの難局を乗り越えるべく努力しています。私はこれらの国々の指導者と国民の勇気と努力に敬意を表したいと思います。

 また、改革に当たっては、それぞれの国情に応じて創意・工夫をこらす必要があります。そのためには、アジア各国が自国の経験を持ち寄り知恵を出し合うことは有益であり、この会議のような知的交流の場は貴重だと考えます。わが国としても、「日・ASEAN総合人材育成プログラム」等を通じ、わが国の経験・ノウハウの提供や技術面での協力に積極的に取り組んでいきたいと考えています。

 経済危機で最もしわ寄せを受けるのは、貧困層、高齢者などの社会的弱者です。今般のインドネシアにおける暴動も、生活必需品の品不足や物価高騰に対する貧困層の不満が背景にあったことは否定できないと思います。社会の安定を維持しつつ、改革を推進していくためには、これら社会的弱者への思いやりが不可欠です。我が国としても、インドネシアへの60万トンのコメ支援等を実施するほか、各国のソーシャル・セーフティ・ネット構築を積極的に支援していく所存です。

 さらに、改革のためには、国際的協力の推進も重要です。わが国では、アジア経済回復のため、これまでに世界最大規模の総額約420億ドルの支援を行ってきました。また、わが国はASEMやG8の場などにおいても、各国がアジア経済危機に自らの問題として取り組むべきことを訴えました。

 わが国も現在、目下の緊急課題である経済活性化のため様々な構造改革を含む一連の努力に必死に取り組んでいます。また、「総合経済対策」関連の補正予算案及び関連法案も現在国会で審議中です。先月の東南アジア訪問では、アジアは潜在的成長力、経済回復への決意とエネルギーに溢れていることを再確認しました。私は、日本とアジアの経済は、構造改革の実施、そして更なる貿易投資の自由化努力を通じ必ず回復すると確信しています。

ご列席の皆様、

 これまでに述べてきた最近のアジア地域の変動の中において、昨年設立30周年を迎え、9ヶ国に拡大したASEANの役割は益々重要なものになっております。ASEANは、ASEAN地域フォーラム(ARF)による信頼醸成を通じた政治・安全保障面での取り組みや、ASEAN自由貿易地域(AFTA)等の経済面での取り組み、更にはAPECやASEMといったより広域の地域協力の枠組みとの連携等、幅広い分野に亘り地域の安定と繁栄のために重要な役割を担っています。確かに、特に最近のアジア経済危機やインドネシアの混乱は、ASEANにとって大きな試練ですが、これらは同時に、ASEANが地域の結束と安定を維持するための挑戦でもあります。私は、今こそ、ASEAN加盟各国が協力して新たな挑戦に積極的に立ち向かい、更なる発展を遂げるものと確信しています。わが国としては、今後ともASEANとの協力関係を一層強化していく考えであり、私自身、7月末のASEAN地域フォーラム(ARF)及びASEAN拡大外相会議(PMC)に出席し、21世紀を展望しつつASEANとの協力関係の一層の強化を図りたいと考えております。

ご列席の皆様、

 以上、日本及びアジアが直面している喫緊の課題につき述べて参りましたが、アジアにおいては、21世紀に向けて新たな動きが見られます。私は、アジアにおける平和と繁栄を築くために関係各国と二国間、多国間を含めあらゆる枠組みの中で対話と協力を推進していくことが重要と考えております。本日は時間の制約もありますので、最後にいくつかの国との関係につき、簡単に触れたいと思います。

 まず、地理的に一番近いところから、韓国について申し上げれば、本年秋の金大中(キム・デジュン)大統領の日本訪問を念頭におきつつ、21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ構築を目指し、ともに取り組んでいきたいと思います。また、朝鮮半島の平和と安定を目指す四者会合や南北対話等、米韓の努力を支えるとともに、KEDOの活動に積極的に取り組みます。不透明な北朝鮮情勢に細心の注意を払いつつ、また、北朝鮮の建設的な対応を得て日朝間の諸問題の解決のために取り組むことも重要な課題であります。

 また、本年は、日中平和友好条約20周年に当たり、秋には江沢民国家主席が訪日されますが、私は、従来二国間関係のやりとりに終始しがちであった日中間の対話を、今後は、国際社会における協力の側面に重点を置くように変えていくことが重要であり、中国との対話と協力を通じ、地域の平和と繁栄に責任を有する国同士として安定的な関係の構築のために努力していきたいと考えています。江沢民主席訪日はこうした今後の日中関係の方向性を打ち出すよい機会となると考えております。

 さらに、ロシアとの間では、クラスノヤルスク、そして川奈での首脳会談の成果を踏まえ、平和条約の締結を含めあらゆる分野での関係を進展させてゆく中で、地域の安定にも貢献したいと考えています。ロシアは、ヴィエトナム、ペルーとともに、APECに本年11月の閣僚会議より新たなメンバーとして正式に参加します。わが国としては、APECという多数国間の枠組みの中でも、アジア太平洋国家としてのロシアと協力関係を深めていきたいと考えています。

 21世紀に向けてのアジアを考えるに当たって、最も重要な要素である米国との関係につき述べたいと思います。米国のプレゼンスは、この地域の安定及び経済的繁栄の維持のための不可欠な前提条件となっております。わが国としては、引き続き良好な日米関係の維持に努めるとともに、米国の同盟国として、この地域における米国のプレゼンスを今後とも確保すべく努力していく考えです。 

 以上申し上げたとおり、日本外交は大きな課題に直面しておりますが、英知を結集してこの地域の平和と繁栄に積極的に貢献していきたいと考えます。

ご列席の皆様、

 多様性こそがアジアの特色であり、互いに違いを乗り越えて、ともに、21世紀を「平和と繁栄の世紀」とするため、政治・安保面でも、経済面でも力を結集すべき時であると考えます。

これらの努力が実を結ぶためには、本日の「国際交流会議」のような知的な交流は非常に重要であると考えます。今回の会議に今のアジアを代表する官民のリーダーが出席されているのは、皆が今こそアジアの未来を真剣に考えるときだという共通の認識を有していることの証左でしょう。このような機会が存分に生かされ、アジアの明日への指針が見出されるよう願って止みません。本会議の成功と今後の発展を期待して私のご挨拶とさせて頂きます。

 ご清聴有り難うございました。