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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第9回日豪閣僚委員会における倉成外務大臣基調演説

[場所] キャンベラ
[年月日] 1987年1月8日
[出典] 外交青書31号,333ー336頁.
[備考] 
[全文]

第9回日豪閣僚委員会にあたり,まず私より簡単に述べさせて頂きます。私は,この度,25年振りに豪州を訪れたわけですが,この四半世紀の日豪両国の変容には目を見はるものがあります。前回訪れました1960年代初頭は,我が国の高度成長期の出発点とも言える時期であるとともに,1960年に豪州鉄鉱石の輸出が解禁される等オーストラリア経済の大きな転期でもありました。この後,豪州と我が国は高いレベルの経済成長を経験しつつ,両国関係を深化していったのでありました。正に,日豪蜜月関係の萌芽期とも言うべき時期に私は訪豪したのであります。当時,私は日豪関係の将来の発展を強く予期するとともに,それに先立つ1957年の日豪通商協定の締結により益々将来の可能性を明るいものに感じたことが強く印象として残っております。

両国の財界も日豪関係の将来の発展を見越して,1963年より日豪経済合同委員会を開催していますが,これは両国財界の先見性を物語るものと言えます。64年からは,通商協定に基づく両国政府間の年次協議が開催されるようになり、これが72年から始まった本閣僚委員会の基盤となったことは皆様御高承の通りであります。

さて,そのような60年代からの四半世紀において,日豪両国は世界経済の拡大・発展,及びGATTに基づく自由貿易体制の確立に助けられ,お互いに緊密な関係を維持しながら予想を上回る発展を遂げてきました。

その間,「資源・農業大国」たる豪州と,「資源稀少・工業国」たる日本というそれぞれが異なった分野で比較優位を有する関係は,豪州からは鉱物資源,エネルギー,農産物が,日本からは工業製品が流れ込むという強い相互補完関係に発展していったわけであります。

しかしながら,四半世紀を経た今日の現状を見ますと,世界経済は調整期に入り,70年代の高度成長はもはや期待出来ず,同時に豪州が比較優位を有する一次産品は,供給過剰,需要低迷と言った局面を迎えています。

この様な局面の下,現在,日豪両国政府は,夫々経済構造の改善に取組んでおります。我が国は,苦痛を抱えながらも,我が国の国際的責任と各国より寄せられている期待を十分認識して,調和ある対外経済関係を形成すべく,内需中心の経済成長,市場アクセスの改善,より国際調和的な経済構造の実現に邁進しており,世界貿易の拡大,世界経済の持続的成長に出来る限り貢献したいと考えております。需要に見合った国内炭生産を目指す第8次石炭政策や,農業の生産性向上と合理的な農産物価格の形成をめざした,農政審議会報告はこのための着実なステップと申せます。

私の出身地たる長崎県には,高島炭鉱という石炭に大きく依存した町があります。石炭審の答申結果はこの町が町ごと消えてしまい,人々がその職を失うという危機をもたらしております。この様な血のでるような産業構造の転換というものを我が国は自らの命題として受止め,実行しているという点を強調しておきたいと思います。

他方,豪州は,これまでの鉱物資源,農産物に過度に依存した経済体質から,より幅広い経済の裾野の育成に取組んでおります。我が国は,貴国の産業保護政策の縮小,外資規制の緩和などの措置や労使関係の改善努力などを高く評価するものであり,変りつつあるオーストラリアの姿は,我が国の中でもようやく認識されて来つつあります。

このような新しい環境の下で,今日,まさに新たな日豪関係を切り拓いていく時期に来ていると考えます。無論,伝統的な相互補完関係が今後とも日豪両国関係の柱となるのは言を待ちませんが,今や,よりグローバルな視点に立ちつつ多角的中長期的視点から新たなパートナーシップを築いていくことが要請されています。本会合では,この具体的方策が最大の課題となると考えます。この認識の上に立ち,本会合の基調とすべく所信の一端を述べさせて頂きます。

第1に,グローバルな視点の重要性です。

世界経済における相互依存関係の一層の深化の中で日豪経済関係が世界経済の中に統合されてゆく度合がかつてない程高まっていることから,日豪経済を考えるに当たっても,単に両国の利害のみに囚われることなく,世界経済を如何に健全に発展させていくかとの視点を失わないことが重要であります。また,係る視点に立ってこそ,日豪両国の長期的な繁栄が確保されるものと考えます。

この意味でもウルグァイ・ラウンドの発足は,自由貿易体制の維持・強化を図る上で大きな前進でありました。ジュネーブにおける交渉の計画策定作業はいまだ進行中ですが,右を速やかに終了して今後実質的な交渉を遅滞なく軌道に乗せていくことが重要であると考えております。我が国としては,ウルグァイ・ラウンドの提唱国として自ら為すべきことは果断にこれを実行するとともに,その成功のために建設的な役割を果たす決意であります。この観点から,貴国との協力もさらに強化していきたいと存じます。

貴国は世界有数の農産品輸出国として,特に農業貿易交渉に関心を抱いておられると承知していますが,農業貿易に影響を与えるすべての措置を対象に市場アクセス条件の改善,輸出競争の規律の強化を目指し,農業の特殊性及び農業貿易の現状に配慮しつつ,農業に関する国際ルールの整備を行うことが必要と考えます。また,農業分野における輸出補助金等についても,その国際貿易歪曲効果は否定しえないところから,新ラウンドにおいて十分な交渉が行われるべきであると考えます。

更には,両国は同じアジア・太平洋地域に位置する一方はエネルギー大消費国であり,他方はエネルギー大産出国でありますが,エネルギー分野においても,両国がこの地域のエネルギー協力に高い関心を示し,これまでのいくつかの国際シンポジウム,フォーラムの企画において両国関係者の協力が実っていること等喜ばしいものがあり,今後とも係る協力を両国が続けていくことを希望するものであります。

国際政治面でも,日豪の有効協力関係は日豪双方にとってのみならず,西側世界全体にとって,アジア・太平洋情勢の基礎となるものであります。特に,日豪両国は,アジア・太平洋地域の南北の軸を形成するものであり,日豪の協力により,この地域の安定と発展に一層貢献したいと考えています。この意味で,1970年代中葉以降,豪州がアジア・太平洋指向を決定的にまで強めていることは,心強い限りであり,我が国としても,豪州の理解を得つつ,特に,太平洋島嶼国への取組みを強化していきたいと考えております。また,現在,太平洋経済協力会議(PECC)をはじめ各種フォーラムにおいて域内諸国間で貿易・投資・エネルギー等の分野につき活発な研究・討議が行われておりますことは歓迎すべきことであります。私は,今後とも係る太平洋協力を一層促進させ,将来の発展に向けて大きな潜在力を有するこの地域の繁栄と安定を促進していくことが,この地域の諸国のみならず日豪両国にとっても重要であると確信する次第であります。

第2に,両国の経済関係の基礎をより強固なものとしていくため,経済関係の多角化を進める必要があります。例えば,手初めに投資,観光,科学技術,サービス等における新たな分野の開拓が必要です。

豪州は豊富な資源に恵まれておりますが,かかる資源を開発し,経済発展に生かすためには外国の資本・技術の導入が重要と理解しており,我が国としても投資,産業協力等で出来る限りの協力をしていきたいと考えています。客年11月の対豪投資ミッションの訪日はその意味で極めて意義深いものでありましたが,我が国からもこの2月に貴国に対し投資環境調査団が派遣する予定であり,所期の成果を期待しております。科学技術分野においては,コンピューター・ソフトウェア等のハイテク分野を中心に民間主導の産業協力が進んでいると承知しておりますが,我が国としてもかかる協力を,環境整備を中心に,側面から援助するとともに,政府間の科学技術協力もより一層推進して参りたいと考えます。

貴国の美しく雄大な自然を背景とした観光もまた,今後の日豪関係をより緊密なものとしていくための重点分野であります。観光は単に大きな経済効果をもたらすだけでなく,両国の国民一人一人のレベルでの交流,相互理解をもたらすという点で極めて重要であります。我が国は昨年2月海外旅行のための官民合同ミッションを他国に先駆けて豪州に派遣しましたが,今後ともインフラの整備,航空路の拡大,観光客誘致に効果的であると考えられる種々の手続上の改善を含めこの分野において密接な連絡をとっていきたいと考えております。

加えて,近年の日豪関係は従来の経済・貿易面を主体とした関係から,経済のみならず,政治,文化,科学技術,人的交流等を含む幅広い分野における緊密な関係に変化しつつあります。かかる変化は日豪関係の成熟と充実を示すものとして一層促進する必要があります。

この観点より,明年の建国200年祭には,我が国としても,桜の苗木の寄贈をすでに行った他,科学センター建設協力,ブリスベン万博への参加,帆船派遣,文化行事の実施等積極的に参加を行う方針であります。特に明年11月に開館予定の科学センターの建設は日豪共同プロジェクトとして日豪両国間の友好・親善関係の具現化する誠に意義深い建造物であり,今後,有効に活用され日豪協力象徴のモニュメントとなるよう期待します。また将来にわたり協力の根を拡げるため我が国は,語学指導等を行う青年招致事業(Japan Exchange and Teaching Programme)を本年7月より開始し,貴国よりも約80名の青年の招待を予定しております。

中長期的視点から日豪関係の発展を図ることも必要です。この意味で,我が国の政策努力の真意を豪側に正確に理解して頂きたく,また,豪側にも中長期的観点から経済構造改善のため努力されることを期待したく,今次閣僚会議が貴重な機会となることを希望します。詳細は,同僚の各大臣に委ねますが,現下の日豪間の諸懸案はこれまでの伝統的な分野に集中しておりますが,私は,余り多大な政治努力をこの伝統的分野の現状維持に向けるあまり,これまで述べた新しい分野への取組み努力が若干怠かになっていることを危惧します。確かに,資源エネルギー貿易は,世界的な省エネルギー,省資源化,製品の軽薄短小化の影響を受けておりますが,依然として日濠経済関係の土台であります。我が国の石炭,鉄鉱石等の輸入は,価格・品質面での競争力,供給の安定性に基づきコマーシャルベースで行われており,競争力と安定性が確保される限り豪の供給者としての地位が減ずることはないと信じております。また,我が国が第三国との貿易問題を豪の犠牲において処理する意図のないことはすでに明らかにしている通りであります。

無論,日豪の新たなパートナーシップは,伝統的協力関係の土台に立って構築する必要がありますが,基本的に良好な関係にある現在,既存の枠組内での問題処理も重要ながら,より中長期的観点から,より多くのエネルギーを新しい協力分野に向ける時期に入っているのではないでしょうか。この意味で,豪側からは,我が国の「前川レポート」に当たるような,中長期的総合的な取組みにつき説明を受けたいと考えています。

私の出身地である長崎は過去数百年にわたって南の海に,そして世界に開かれた日本の窓でありました。そのためもあってか私にとって大洋州は無限の未来を象徴する最も心ひかれる地域の一つであります。私は,世界の中の成熟した日豪有効協力関係を築き上げるためにあらゆる努力を惜しまないことをここに表明すると共に,今次閣僚委員会がそのための貴重なステップとなることを心から祈念して私の貴調演説を終わります。