データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] アルゼンティン国際関係審議会における園田外務大臣演説

[場所] ブエノスアイレス
[年月日] 1981年8月7日
[出典] 外交青書26号,407ー412頁.
[備考] 
[全文]

 ムニス会長並びに御列席の皆様

(はじめに)

1.本日由緒あるこのアルゼンティン国際関係審議会のお招きにより,お話する機会を与えられましたことを感謝致します。今回の私の貴国滞在は極めて短期間でありますが,この審議会の会合に出席することは,海外特別会員としての嬉しい責務と心得,参上したものであります。

 私は,7月の末よりメキシコ,ブラジル,アルゼンティンを歴訪し指導者の方々と意見交換を行ってまいりました。またこの間8月1日,2日の両日メキシコのカンクンで開催された南北サミット準備会議にも出席致しました。丁度2年前にも私は貴国を含むラ米諸国を訪れましたが,その後貴国よりビデラ大統領御夫妻が我が国を訪問されたのをはじめ,中南米と日本との間の交流は着実に広がりを見せております。私の今次三国訪問の目的もかかる頻繁な人的接触と対話を継続することにありますが,旅の終わりに当たり,ここブエノスアイレスにおいて,当審議会の御好意により締めくくりの意味で最近の国際情勢及び日本と中南米との関係について,所感の一端を述べることができますことを嬉しく思います。

(中南米と日本との交渉の歴史)

2.さて皮切りとして,日本と中南米諸国との今日までの交渉,またその交渉の歴史の中で日本人の目に映じた中南米について述べてみたいと考えます。

 日本と中南米諸国との接触はスペイン・ポルトガルの植民時代の17世紀にも遡りますが,本格的な交渉は正式の外交関係が樹立された19世紀後半からであり,はや1世紀が過ぎようとしております。その間19世紀より第2次大戦に至るまで,両者の関係は移住を中心に展開したと言えるでしょう。現在中南米において総数100万人に近いと推定されている,日本よりの移住者とその子孫である日系人の存在が,中南米の諸国と日本の双方において夫々の認識に決定的な影響を与えました。

中南米は広大な自然と成功の機会が開かれているフロンティアである。これが当時貧しかった日本及び日本人が中南米について抱いたイメージであり,憧れでした。他方,中南米の人々は,日本と言えば自国内にいる日本人コミュニティーから類推して理解したのではなかったでしょうか。幸いにもほとんどの場合それは忍耐強くして勤勉,真面目で正直という人間像であったと思います。その後日系人は各国の良き市民として貢献し,現在においても引き続き中南米諸国と日本との関係の発展の上でも大切な役割を果たしております。

3.それに加えて,1960年代に入ると更に新しい局面が開かれてまいりました。日本国内の高度成長に伴い,第2次大戦後再開されていた移住は下火となる一方,中南米諸国に対する貿易及び資本と技術面での協力が新たな関係の中心となりました。一方中南米の側にも変化が始まりました。ほとんどの国において目ざましい国内経済開発が進められました。それと共に,中南米諸国の対外関係もそれまで殊のほか緊密であったアメリカ合衆国との関係に加え,ECを中心とする欧州諸国及び日本との関係が深められ,更にはアジアを含む第三世界,社会主義圏へと拡大しております。今日日本が,良好な日米関係をその外交政策の機軸としながらも,その国力の伸長に伴い,ますます相互依存を強める国際関係の中であらゆる地域との関係の強化が一層必要になっているのと同様に,中南米諸国も,国際社会の中でその関係の多角化を進めてきたのであります。

(中南米諸国の国際社会への貢献)

4.このように日本も中南米諸国も相互依存の強まる国際社会のなかでパートナーシップを構築しつつあります。私はこれを歓迎し,また今後大いに発展させていきたいと考えますが,パートナーたる中南米を現在の日本はどのように理解しているのかを述べてみたいと思います。中南米諸国は,国際場裏への登場の初期から国際法の進展や国際紛争の調停の面で大きな貢献をしてきました。国家の主権,内政不干渉の原則にまつわる多数の興味ある事例,例えば政府承認に関するトバール主義やエストラーダ主義,外交保護権についてのカルボ主義やドラゴ主義など様々なドクトリンを含む地域国際法の発達は,中南米諸国の輝かしい業績であります。これは,中南米が歴史や文化を等しく分け合う兄弟国の集合体であったればこそ,初めて可能であったのかとも思います。この伝統は,戦後にも引き継がれ,戦後の世界に全く新しい性質の課題として登場してきた南北問題,エネルギー問題,海洋法等いわば新しいフロンティアにおいて,いかに新たな秩序を構築するかという面で,中南米の政治家や外交官や学者が果たされた先駆者としての役割には極めて顕著なものがあります。私ども外交に従事するものが中南米諸国の人々との対話を重視するゆえんも,それを通じて新しい発想に触れ,国際関係の将来について新たな展望を得ることが少なくないからであります。

(中南米の活力)

5.更に私が強調したいのは地域全体としての活力であります。過去20年間,ラテン・アメリカ諸国はむしろ西側先進国グループを上回る経済成長を遂げ,多くの国で工業化の基盤が形成されました。地域全体としての高い工業力,それに加えて豊かな天然資源,広大で有効な域内市場を有しております。

独特の優れた文化,政治,経済面における独創性に富んだ発想と才能,地域全体としての高い工業水準,これらの要素を見る時,今後の世界政治の展開と世界経済の拡大発展に,ラテン・アメリカ地域が果たすべき役割は,まことに大なるものがあると考えます。

(最近の国際情勢と日本の課題)

6.(1)次に,最近の国際情勢と日本の課題について述べたいと思います。

(経済)

まず,経済問題について言えば,石油の値上がりを引き金として,インフレ,失業,国際収支の不均衡等世界経済は,大きな困難に直面しております。

我が国は,幸い2次にわたる石油ショックを克服し,しかもある程度の成長を維持しつつ,消費者物価上昇率は,昨年の実績で8パーセント,更に本年は,それを5パーセント前後にとどめ得る見通しであります。これは,賃金上昇率を生産性向上の範囲内にとどめ得たこと,石油価格の上昇の一方で工業製品の輸出価格も中期的には上昇したこと等の要因によるものでありますが,他方,その間経済の失速を避けるため,財政には相当の負担を強いることとなりました。その結果,近年の我が国政府の財政は,その3分の1ないし4分の1を国債に依存するという不健全な状況になっております。現在,その是正のため鈴木内閣は,行政改革を伴う政府支出の削減に懸命の努力を払っております。このように我が国の経済も,それなりの困難を抱えておりますものの,先進工業国を含む世界の多くの国々に比すれば,比較的に順調であると申せましょう。

(オタワ・サミット)

 そのような実績と,世界のGNPの10パーセントを占める経済力を背景に,我が国は,オタワ・サミットにおいても,世界経済の安定と発展のため,なかんずく,自由貿易の原則の維持のため,積極的な役割を果たしました。

各国経済の困難は,ややもすれば,保護貿易主義への誘惑を強めるものでありますが,今日,1930年代において見られたごとき世界貿易,経済の縮小がともかく避けられているのは,サミット会議に象徴されるように先進工業国間に対話と協調が存在するからであると考えます。毎年のサミット会議は,先進工業国が相互の利益のために,その政策を調整する場であるのみならず,それら諸国が,世界経済全体の安定と拡大のために担っている責任を再確認する場としても重要であります。

(南北問題)

(2)先進工業国の責任との関連でオタワ・サミットでの重要な議題の一つは,南北問題でありました。相互依存が深まりつつある現在の世界において,北の発展は南の発展なしには考えられず,また,南の発展についても北の発展なしには考えられない状況にあります。

このような状況の下で南北問題に取り組むに当たっては,あくまで対決を避け,各国が世界経済全体の安定的拡大を目標としながら相互依存と連帯の精神をもって,建設的に対話を進めることが不可欠であります。

私は,オタワ・サミットにも,また,カンクンの南北サミット準備会議にも,かかる認識に基づき積極的に対処してまいりました。我が国は,今後とも10月に予定されている南北サミット等の場を通じ,相互依存と連帯に基づく建設的な南北関係の構築に貢献していく所存であります。

南北問題解決への努力の一環として,経済協力は特に重要であります。

我が国の政府開発援助(ODA)について言えば,それを3年間に倍増するという中期目標を,かなりの余裕をもって達成したところであります。更に今後は80年代前半5年間のODA総計を70年代後半5年間の2倍の214億ドル以上とするという新たな目標をたててその拡充に努めております。我が国の政府開発援助はその約70パーセントがアジア地域に向けられ,中南米地域のシェアは,7,8パーセント程度にとどまっております。しかし,今後ともこの地域の各国の事情を勘案しつつ,その拡充に努めてまいる所存であります。

また,政府開発援助のうち,技術協力につきましては,中南米は近年日本の行う技術協力の2割を占める実績を示しております。中南米諸国の高い教育・技術水準は,技術協力の円滑な消化を可能にしておりますので,特にこの分野は今後とも引続き伸長することが期待できます。

 いずれにせよ,この地域全体としては,既に高度の経済水準を享受していることにかんがみ,むしろ,日本の活力に溢れる民間企業の技術と資金力が果たすべき役割が大きいことは当然であります。現に中南米地域は,日本の民間資金の投資先としては約17パーセントを占め,アジア,北米と並ぶ重要地域としての実績を挙げております。

(政治情勢)

(3)国際政治情勢に目を転ずるとき,ソ連の一貫した軍備増強とこれを背景としたアフガニスタンへの軍事介入等の第三世界への進出,更にはポーランド情勢を巡る動きによって米・ソを中心とする東西関係は厳しさを増しております。また,イラン・イラク紛争,中米,カンボジアの動向など政治的,経済的基礎が依然として脆弱{脆にぜいとルビ}な第三世界諸国における対立と紛争は,ますます危険な様相を呈しております。

このような厳しい情勢の下での焦眉の課題は経済のみならず政治,安全保障等の諸分野においていかにして調和のとれた国際秩序を再構築し国際社会を安定と発展の軌道に乗せるかということであります。このため,民主主義と自由に対する信念を同じくする自由主義諸国間の連帯が,今日ほど重要になっているときはないと考えます。イランにおける米国大使館占拠事件,あるいはアフガニスタン問題に対する我が国の対応は,何よりもこの自由主義諸国間の連帯を重視する立場に立ったものでありました。同時に,平和に徹し軍事大国にならないとの我が国国民の決意とアジア諸国の一員であるとの自覚を我が国外交の特色として,世界の平和と安定のための共同の努力の中に生かしていくべきことは当然であります。

これらの立場に立って,私は既に2年前のASEAN拡大外相会議において,現下のアジアの大問題であるカンボディア問題についての国際会議の開催を提唱したのであります。去る7月13日からニューヨークにおいて開かれましたカンボディア問題国際会議において私は,ASEAN諸国とも協議の上,「武力介入によって他国の民族自決を妨げることは容認できない」との基本的立場から,ヴィエトナム軍の撤退を主張いたしました。同時にインドシナ諸国とASEAN諸国との間に平和共存関係を打ち立てることの重要性を指摘しつつ,ヴィエトナムがカンボディア問題解決のための交渉に参加するように呼び掛けたのであります。

我が国は,今後とも世界的,地域的な平和と安全にかかわる問題については,我が国の考え方を明白に打ち出し,我が国の国力にふさわしい政治的な役割を国際社会において果たしていく所存であります。

(日ア関係の重点事項)

7.(1)最後に日本と中南米,とりわけアルゼンティンとの関係において私が力を入れたい点を述べてみたいと思います。

(日ア協調)

まず第1に日本と中南米との間に,あらゆる分野にわたる連帯と協力を強めることです。貴国自身,欧州諸国及び米国との長い協調と協力の歴史を持っておられます。それを文化,歴史,伝統,習慣の異なる日本との間でも進めるよう努力して頂きたい。我々も努力します。そのためには地理的遠隔というハンディキャップはありますが,両国の要人訪問を含む人物交流に更に意識して努める必要がありましょう。私の今回の訪問も日本と中南米との関係全般につき経済のみならず一層広い視野から中南米の指導者との接触と対話を推進することを目的としたものであります。

(経済関係緊密化)

(2)次に既に実績を重ねつつある中南米諸国との貿易・経済関係の一層の緊密化を進めたいと思います。特に現在,経済分野で進められている各種プロジェクトについては,その完遂につき政府としてもできる限り側面的支援を与えたいと考えておりますが,同時に,相手国側においても,プロジェクト実施につき,最大限の協力・支援を行われるよう期待するものであります。このような相互の協力によって,中南米諸国の経済開発を進展させ,日本と中南米との間に既に存在する親近感に具体的な形を与え,豊かな実を結ばせるようにしたいと念願しております。

(地域研究)

(3)3番目に以上と並んで大切なことは相互理解の奥行きを深め,それを一層高いレベルのものにすることです。日本でも最近ようやくラ米の総合的研究が活発となり,各分野での専門家が輩出しております。スペイン語・ポルトガル語等の語学研究のみならず,地域の伝統や歴史,価値観,文学等にわたる広い理解が可能になり始めました。例えば日本の代表的な大学である東京大学で本年より中南米の地域研究が学部の正規コースとして発足し,また,スペイン語が英語や仏語と並ぶ主要外国語として一般課程で履修されることになりましたことを紹介したいと思います。貴国をはじめ中南米は高い文化の存在する国々の集団であります。現にラ米の幾つかの国で盛んになりつつある本格的なアジア,日本の研究の主要スタッフは,アルゼンティンの人々が非常に重要な役割を占めております。相互理解達成の上で迂遠{迂にうとルビ}なようでいてその実極めて大切かつ効果的な方策であるアジア研究,日本研究が今後一層の充実を見ることを願って止みません。なお,本年3月,先に私が署名の名誉を与えられた日・ア文化協定が発効しましたが,この協定が,両国間の相互理解と交流の促進のために積極的な役割を果たすことを期待していることを付言したいと思います。

 最後に今回訪問を記念し私の貴国及び貴会に対する友情のしるしとして私の著作を含む図書セットを寄贈したいと存じます。

 御静聴を感謝いたします。