データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第8回東南アジア開発閣僚会議における大平外務大臣一般演説

[場所] 
[年月日] 1973年10月12日
[出典] 外交青書18号,85−91頁.
[備考] 
[全文]

 代表各位,御列席の皆様

1 私は,第8回東南アジア開発閣僚会議の主催国を代表して,御出席の各国代表各位及びオブザーバーに対し,心からの歓迎の意を表します。

2 私は,特に,この機会に,ビルマ連邦からの代表がはじめてこの会議に出席されたことに対し心からの喜びを表明いたします。ビルマは,この開発閣僚会議がその開発促進を目的とする東南アジアの域内に属する国であり,会議創設の当初からわれわれは同国が出席しうる時の来るのを待望してきました。今回同国からの代表としてここに御列席のウ・チ・コ・コ駐日ビルマ大使をこの会議の席上にお迎えできることは,あたかも久しく会えなかつた旧友との再会がかなえられた感を抱くものであります。ウ・チ・コ・コ大使に対する心からの歓迎の言葉をおくります。

3 私は,また,オーストラリア及びニュー・ジーランドの両国がこの会議に今回から参加されることとなつたことを心から歓迎するものであります。両国がその隣接する東南アジア地域の開発促進にかねてから大きな関心を払つてこられたことは,周知の事実であります。今日両国の会議参加が実現したことは,この地域の開発に対し援助国としての立場から寄与せんとの両国の意向に更に重要な前進が印るされたものとして欣快これに過ぐるものはありません。ここに御列席のウイルシー外相補佐大臣及びワット副首相に対して心からの歓迎の言葉をおくります。

4 さて,私は,既に発言された東南アジア諸国代表各位から,これら諸国があらゆる困難にかかわらず,国内資源を動員し,着実に開発の成果をあげられていることを拝聴し,深い感銘を覚えるものであります。

 わが国は,開発途上国に対する協力が国際社会の一員としてのわが国に課せられた重要な責務であることを認識しております。また,わが国がこの協力を実施するに当つての第一の目的は開発途上国の発展と自立に寄与することであることを十分認識しております。

 以上の認識に立つて,過去のこの閣僚会議のたびごとに明らかにして来たとおりわが国は東南アジア諸国の開発の努力に対し最大限の支援を与えることを基本的政策としております。私は,今回この会議の主催国として,より一層強くこの政策を堅持していくことを宣明致します。

5 ここで,私は,最近におけるわが国の開発協力政策の進展につき申し述べたいと思います。

 まず,開発途上国に対する資金の流れの総量については,わが国が,国民総生産の1%にまで拡充するとの目標に1975年までに到達するよう努力すると表明したのは,まさに第5回のこの閣僚会議でありました。この目標は既にほとんど達成されるに至つております。政府開発援助については,わが国は昨年4月の第3回国連貿易開発会議で国民総生産の0.7%にまでこれを拡充するとの目標を受諾しました。現在これを達成するための努力の第一歩として同援助の国民総生産に対する比率を早急に国際水準にまで高めることを当面の課題としております。昨年の例を徴すれば,同援助の支出純額は,6億ドルを越え,又約束額では,10億ドルを越えるに至つております。

6 ところで,援助の約束がこのように伸長するに伴い,その円滑な実施が従前にも増して必要となつております。そこで,最近わが国は,援助約束の実施進捗ぶりを,政府の最高レベルにおいても不断に把握し,これにより可能なかぎり迅速に援助を実施することといたしました。もとより,実施の促進はひとり供与国側の意志のみでは行ない得ないものであり,私はこの際,実施の一層の円滑化につき,さらに受益国側の一層の協力をお願いしたいと存じます。

7 他方,援助の条件については,開発途上国で債務が累積している現状にかんがみ,その一層の改善がとくに重要であることを認識するものであります。よつて,わが国は,DACの昨年10月の条件勧告にいう水準を目標として,政府開発援助の全体としての条件改善をはかるため,まず,無償資金協力,技術協力及び国際機関への拠出等いわゆる贈与の部門の拡充に努力をつづけます。それとともに,援助受入れ国の発展段階やその他の経済的状況に応じ,政府開発借款の条件を一層緩和して行くため新たな努力を傾けていく所存であります。

 また,同じくDAC条件勧告にあるとおり,個々の開発途上国への援助供与に当つては,当該開発途上国に対する各供与国の援助条件が「調和」されたものであることが要請されております。わが国は,今後の条件緩和に当つてこの要請に一層留意を払うことと致したいと存じます。

8 援助の一般的アンタイイングについての国際合意の早期達成の重要性を,わが国は,つとに強調して参りました。この国際合意は,未だ実現をみるに至つておりません。しかし,わが国としては,このような国際合意成立以前にも,わが国独自の立場からアンタイイングの積極的推進に努めることとしており,既に本会議参加国に対してアンタイされた開発借款供与が行なわれてきております。また,以上のようなアンタイイングの積極的拡大方針の一環として,私が前回の閣僚会議の席上申しましたとおり,わが国の借款によつて開発途上諸国からの調達の道を開いております。

9 経済開発において諸種の国際機関の役割は重要であります。わが国は,これらを通ずる援助に,従来から特に積極的に協力しております。この結果,1972年のわが国政府開発援助中,これら諸機関に対する協力の占める割合は,ピアソン報告の勧告する20%を越えるに至りました。わが国は,今後ともこれら機関に対する協力を強く進めていく方針であり,来るべき国際開発協会(IDA)の第4次資金補充においては,わが国のシェアを前回の約6%から総額の11%という従来より一段と大きな分担を引受けることとしております。また,アジア開発銀行につきましては,すでに設立のための原則的合意の得られている「アジア開発基金」に対する今後の拠出についてその3分の1を分担する用意があります。

10 開発の促進には,民間投資もまた大きな役割と重要性を有しております。政府としては,今後とも,わが国の民間投資が受入国の経済社会開発に貢献するとともに,受入国と協調融和を図りつつ,行なわれるよう留意していきたいと考えております。

 去る6月,わが国の主要企業を網羅した経済関係5団体は「発展途上国に対する投資行動の指針」を発表致しました。これはこの同じ見地から,開発途上国向け投資につき,わが国企業の準拠すべき種々の具体的指針を規定しているものであります。政府といたしましても,この動きを歓迎し,支持するものであります。

11 去る9月,ガット閣僚会議が東京で開催され,東京宣言が採択されたことは,記憶に新しいところであります。わが国は,開発途上国が自律的経済発展を遂げていくためには,その輸出を増大していくことが必要不可欠であることを強く認識するものであります。この観点から,一般特恵制度の改善,累次の関税引下げ及び輸入自由化等を通じて開発途上国の関心品目の輸入増大に特段の努力を行なつて参りました。わが国は,今回採択された東京宣言に基づき開始されることになつた新国際ラウンドを積極的に進める所存であります。この交渉においては開発途上国の国際貿易上の追加的利益を確保することを目標とし,この観点から,適当かつ可能な場合,これら諸国の関心品目又は分野に優先的配慮を与える必要性,及びこれら諸国に対し特別かつ有利な取扱がなされるような方法で異なつた措置を適用することの重要性を認めるものであります。また,この交渉においては先進諸国としては原則として開発途上国に対し相互主義を期待しないこととなつているのは御承知のとおりです。

12 国際通貨改革が先進国のみならず,開発途上国に対しても大きな影響を及ぼすことは,ここに指摘するまでもありません。この意味から先般来,開発途上国が国際通貨問題の国際的検討に積極的に参加してきていることは喜ばしいことであります。

 わが国としましては,いわゆるSDRリンクの問題に対する開発途上国の主張に対しては,同情的な立場をとるものであります。国際通貨制度改革の一環として,とくにSDRの信認維持の重要性にも十分留意しつつ,リンクの具体的形態を含め,この問題が今後も20カ国委員会等において,一層積極的に検討されることを期待するものであります。

13 私は,ここで特に眼を東南アジアに転じてその開発問題を考えてみたいと存じます。

 1966年4月,わが国がこの閣僚会議をはじめてこの東京で開催したとき,わが代表はその開会の挨拶において次のように述べております。

 「わが国がこの会議を提唱したのは,東南アジアの開発に一層努力しようと決意したからであります。わが国民はともにアジアの一員である東南アジア諸国民と苦難を分かち,ともに歩みたいと念願しており,私は,この国民の願望に基づき,東南アジアに対する開発援助を近く大幅に拡充したいと考えております。」

 この年におけるわが国の2国間政府開発援助のうち東南アジア9カ国に対する援助は,9千8百万ドルでありました。今日これは,約3億ドルで,丁度3倍になつているのであります。これは,同期間のわが国の2国間政府開発援助全体が2億3千5百万ドルから,4億7千8百万ドルと丁度2倍になつていることに対比されるべきでしよう。又,この昨年の2国間援助総計のうち東南アジアにむけられた部分は,その62パーセントに達しているのであります。

 これらの事実は,わが国が,いかにこの地域に対する協力を重視してきたかを如実に示すものであります。

 私は,ここに7年前の決意を今日の決意とし,この地域全体の経済開発と福祉の向上に更につとめていくことをここに明言するものであります。

14 東南アジアの開発を今後更に着実に進めるに当り工業化の推進は極めて重要であり,わが国としてもこのための協力を惜しむものではありませんが,同時に重要な基本的課題は,人口問題の解決と,農業生産の発展であります。

 人口問題の重要性につきましては,近年各国で,認識が高まり,この問題の解決にむかつての国内的及び地域的の努力が進められてきております。わが国としましても,今後とも,この問題の解決についての協力を力強く推進して参る所存であります。

15 農業開発につきましては,私はその促進をはかることは工業化を成功させるため極めて重要であると考えるものであります。更に又,国内の雇用,地域的較差の是正等,社会的観点からも,農業開発を特に重視すべきであると考えます。

 従つて,私がすでに今年4月のエカエェ{ママ}総会で明らかにしたとおり,わが国は,農業開発全般につき,技術の向上,基盤の整備,関連産業の育成その他諸般の面で,技術的,資金的協力を従来にもまして積極的に推進していく方針であります。

 ところで,農業生産の不振から一部開発途上国において最近深刻な食糧不足がみられていることは今更指摘するまでもありません。わが国はこれまでいわゆるケネディ・ラウンド食糧援助を通じ,また過去数年間,わが国において生じていた過剰米の在庫を活用してのコメの延払いを行う等の方法により,コメを主食とする諸国の食糧不足の緩和に協力してまいりました。しかしわが国の過剰米在庫は今や,ほとんど底をつくに至りました。また,いずれにしましても,主食用食糧需要を恒常的に外国援助に依存することは好ましいこととは考えられません。他方食糧問題の解決には生産技術,かんがい等の農業基盤,集荷流通,金融,法律制度,習慣等多くの複雑な問題が介在しております。又,長期的需給見通しをたて,需給の安定のための方策の探究,そのための施策の推進等が必要であります。私は,この観点から,東南アジアが解決を迫られているコメを中心とする食糧問題につき長期的,総合的かつ抜本的な解決策を各国が共同で探究していくべきであると考えます。このため閣僚会議参加国間で先ず高級官吏又は専門家グループによる検討が早急に行われるよう提案するものであります。このような関係国間の検討を通じて域内の食糧の安定した需給のため効果的な共同措置の可能性が見出されるときは,わが国としても適当な寄与につき検討致したいと存じます。

16 わが国は,インドシナ諸国民が長年にわたる戦火により大きな被害をうけてきたことを深く悲しみ,したがつて,この地域に一日も早く和平の到来することを希求して参りました。

 私は当事者の忍耐強い努力により,本年の1月,ヴィエトナムにおいて,2月にはラオスにおいて,ひきつづき,それぞれ和平協定が成立したことを歓迎するものであります。いまだ解決の目途のたつていないカンボディアについても速やかに平和が訪れることを希望します。

 戦争というやむを得ざる要因があつたため,近年におけるインドシナ地域向けの経済開発援助は,他の東南アジア諸国に比して,相対的に著しく低い水準にとどまつて参りました。

 しかし,インドシナ情勢が大局的には鎮静化の方向をたどつている現在,同地域の全ての国の民生の安定,復興及び開発のため,援助国,国際機関の幅広い協調体制の早急な確立が強く期待されます。わが国としても,このような国際協調の下に出来るだけの援助を行なつていく所存であります。しかしながら何らかの国際的枠組みができる前においても,わが国としてはこの地域のすべての国を対象として,難民の救済や民生安定援助の当面の必要に応じた援助を行なつていく方針であり,さしあたりヴィエトナム共和国に対し5千万ドル程度の援助を行なう意向であります。

 このような援助を通じインドシナ諸国のみならず,その近隣諸国も含めて,広く東南アジア諸国全体の間の経済,貿易関係が一層発展するならば,この地域の平和と繁栄の実現にとり,極めて望ましいことだと考えます。

17 閣僚会議は,今回で8回を重ねて参りました。会議はこの間,経済社会開発に関する各種の重要問題につき最高責任者たる閣僚間の卒直な話し合いの場を提供して参りました。また,一方においては,この地域の開発を進めるに際し,共同的接近が有効と認められた各種の分野において種々の具体的な地域協力事業を実施して参りました。前回会議においてその設立が合意されて以来更に具体的な設立準備が進展をみるに至つた東南アジア医療保健機構は,その最近の重要な一例であり,この地域における医学,医療,保健衛生の進歩,向上,増進を通じ,この地域諸国の福祉の向上のみならず,経済的社会的発展にも大きく寄与するものと考えます。

 かくして閣僚会議は東南アジアの経済開発のための地域協力の強化と参加諸国間の連帯感の育成に貢献してまいりました。この地域において,域内諸国間の連帯と協力の強化に好都合な環境がようやく醸成されてきている今日,このような閣僚会議の存在とその成果のもつ意義は,益々高く評価されるべきでありましよう。

 同時に私は,今後においてこの成果を踏まえて更により有益な協力の実をあげていくために,閣僚会議諸国間の対話と協議とがより緊密かつ恒常的に行なわれていくことが必要となつてきていると考えるものであります。

 私は,この会議が,その発祥の地にもどるとともに,新たにビルマ,豪州,ニュー・ジーランドからの代表の参加を得たこの記念すべき機会に当り,過去7カ年のわれわれの誇りとする共同資産ともいうべき地域協力の経験と成果の上に,閣僚会議の一層の発展が築かれ,ひいてはより豊かな東南アジアの建設が力強く進められていくことを衷心より期待するものであります。

 御静聴を感謝します。