データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第82代第1次橋本内閣(平成8.1.11〜8.11.7)
[国会回次] 第136回(常会)
[演説者] 田中秀征国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1996/1/22
[参議院演説年月日] 1996/1/22
[全文]

 我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方について、所信を申し述べます。

 現在、私たちは、内外ともに歴史的な転換期に立っております。まず、我が国経済は、ようやく長引いた景気の足踏み状況から脱却し、新しい持続的安定成長に移行する転換期にあります。また、世界経済も、戦後半世紀にわたる冷戦体制の枠内での競争から、名実ともに一元的な世界経済の大きな枠組みの中での自由で激しい競争の時代への転換期にあります。さらには、工業化社会をつくり出した二十世紀から情報かと知的生産に一層重きが置かれる二十一世紀へと、いわば文明史的な転換点に立っております。このような歴史の流れに的確に対応し、新たな展望を切り開くためには、現在の経済社会の構造を抜本的に点検し、改革していくことが強く要請されております。

 「改革なくして前進なし」、「構造改革なくして新たな発展なし」との認識のもと、すべての人が痛みを分かち合い、総力を挙げてこの時代の困難を克服していかなければなりません。そのためには、「隗より始めよ」の言葉のとおり、まず行政が率先して身を正し、痛みを引き受けることが何よりも必要であります。

 初めに、内外の経済の状況について申し述べたいと思います。

 世界経済は、社会主義国を含め多くの国で市場経済が拡大深化しております。最近のAPECの貿易・投資の自由化の動きが示すように、特にアジア太平洋地域において市場経済化が顕著に進んでおります。このような経済潮流の基本的変化は、従来の競争の範囲と厳しさを世界的規模に変え、いわゆる大競争の時代をもたらしつつあります。その結果、我が国経済は、一方で先端技術を持つ先進国経済と競い、他方で労働コストの面で圧倒的に優位にある途上国経済と競わざるを得なくなっております。言ってみれば、厳しい二正面作戦を強いられているこうした状況に対応するためには、果断でちゅうちょなき経済改革が求められているのであります。

 他方、我が国経済は平成五年十月に景気の底を打ちましたが、いわゆるバブルの崩壊が個人や企業の経済活動を抑制し、金融機関の不良債権問題を深刻化させたため、その後の回復は緩やかなものにとどまっておりました。こうした景気の動きは、一年前の阪神・淡路大震災、昨年三月以降の急激な円高等により、一層緩やかなものとなりました。そして年半ばからは足踏み状況となり、経済の先行きに不安感が生じるなど、厳しい状況が続きました。

 そのため、政府は、昨年九月に内需拡大、バブル崩壊の影響への対応、規制緩和の一層の促進を柱とする経済対策を取りまとめるなど、これまで切れ目なく施策を講じてまいりました。その結果、雇用面や中小企業分野ではなお厳しい状況にあるものの、このところ個人消費、設備投資等の回復に加え、生産にも明るい兆しがあらわれるなど、景気には緩やかながら足踏み状態を脱する動きがみられます。

 以上のような状況を踏まえ、わたしは、平成八年度の経済運営に当たりましては、景気回復と経済構造改革を中心として、次の四点の基本的考え方に沿って対応してまいりたいと考えております。

 基本的な考え方の第一は、このところ見られている明るい芽を育てて、民間需要主導の自律的景気回復への移行を速やかかつ円滑に実現することであります。

 このため、政府は、深刻な財政事情のもと、平成八年度予算において引き続き景気に配慮することとし、公共投資の着実な推進や住宅投資の促進など内需拡大を図ったところであります。また、科学技術振興や高度情報化のための施策を推進することとしております。

 さらに、平成七年度と同規模の所得減税を引き続き実施するほか、土地税制の見直しを図るとともに、証券市場活性化のために税制措置を講ずることとしております。

 金融政策につきましては、内外の経済動向や国際通貨情勢を注視しつつ、適切かつ機動的な運営を図ることが基本であると考えておりますが、住専問題等の不良債権問題については、景気を本格的な回復軌道の乗せ、金融システムの安定性とそれに対する内外からの信頼を確保するため、その処理方針を明らかにしたところであります。今後、国民の皆様の御理解をいただくためにも、一層厳しく情報の公開、各々の責任の明確化等に努め、不良債権の早期処理に取り組んでまいらなければなりません。

 雇用面では、新分野を担う人材の育成、新規雇用の創出と失業なき労働移動、新規学卒者への情報提供などの対策を積極的に推進することにより、雇用の安定に万全を期しております。

 中小企業につきましては、技術開発や新規事業、新分野進出などに対する支援を中心とする総合的な対策を推進してまいります。

 物価は、世界的な市場経済の拡大と深化、流通部門の競争の活発化などを背景に現在非常に安定しておりますが、今後とも、その基調を維持してまいります。しかしながら、内外価格差の存在は国民が生活の豊かさを実感できない大きな要因となっております。今後とも、規制緩和、競争政策の推進や公共料金政策の適切な実施を通じてその是正縮小を図ってまいります。

 これらの施策や、次に申し上げる経済構造改革の推進等により、民間部門の自主的な努力のもと、平成八年度における我が国経済は、公共投資主導の回復に民間需要が力を増し、自律的回復に移行すると見込まれます。すなわち、政府が景気回復の機関車となっている段階から民間が景気回復の機関車となる段階への移行する、この移行過程を慎重に見守りつつ、今後とも適切な経済運営を行ってまいります。

 来年度の経済の姿を具体的に申し述べますと、まず個人消費は、、雇用者所得の回復と消費者物価の安定によって、緩やかながら回復を続けてまいります。

 次に、民間設備投資については、大企業・製造業を中心に既に始まった回復が、中小企業や非製造業に徐々に広がってまいります。また、住宅投資や公共糖衣は高水準を維持いたします。

 貿易については、製品輸入の増化等により輸出を上回る輸入の拡大が見込まれ、その結果、貿易・サービス収支及び経常収支の黒字は引き続き縮小いたします。

 雇用情勢は厳しさが続きますが、景気の回復につれ徐々に改善していくことが期待されます。

 こうした経済の推移により、平成八年度の実質経済成長率は、平成七年度の一・二%程度から内需中心の二・五%程度に上昇するものと見込んでおります。

 基本的考え方の第二は、経済構造改革の推進であります。

 政府は、昨年十二月に、西暦二000年度までの新しい経済計画、構造改革のための経済社会計画を決定いたしました。現在の内需中心の景気回復を中期的な安定成長につなげていくために、経済計画に揚げられた物流、エネルギーなど十分野の高コスト構造是正・活性化のための行動計画の実施を初めとする構造的な改革を着実にかつ積極的に進めてまいります。

 その柱となる規制緩和については、規制緩和推進計画に従って何よりも政府がまず真剣に取り組むとともに、行政と民間の役割分担の見直しなど行政改革を推進してまいります。それと同時に、既得権益を守ることにとらわれることなく、積極的に規制から自立する意気込みで取り組んでいただきたいと願っております。国民的な努力が一体となって初めて、自己責任の原則と市場原理にのっとって経済の潜在的な活力が発揮され、二十一世紀に向けての新しい経済社会の実現が可能となります。

 その際、競争政策の積極的な展開と事業革新、新規事業の育成等への支援により産業の活性化を促していく必要があります。特に、今後は情報通信関連、人材関連、医療保健・福祉関連、環境関連などの分野の成長が期待されます。

 情報化、知的生産に一層重きが置かれるようになる二十一世紀に向けて我が国経済の発展基盤を整備することが求められます。このため、個人の能力が発揮され、正当に評価される能力開花型社会、新たな成長を切り開く科学技術創造立国、情報化の進展に対応した高度情報通信社会の構築を進めてまいります。

 こうした未来を志向した経済活性化の努力により、新たなフロンティアを開拓し、構造改革に伴う痛みを和らげ、雇用の確保を図ってまいります。

 基本的考え方の第三は、安心して暮らせる経済社会の創造であります。

 国民は、今や、所得や物財の豊かさのみならず、心の豊かさやゆとり、安全で安心して住める経済社会を求めております。こうした国民の価値観の変化に対応し、まず、生活者みずからがその能力と意欲に応じて主体的な役割を果たすことができる環境を整備することが重要であります。このため、女性の一層の社会進出や高齢化に対応した雇用環境の整備、障害者の雇用機会の確保、ボランティア活動促進のための支援などを行ってまいります。

 さらに、消費者が自己責任に基づき主体的に行動できるよう、消費者保護・支援のための諸施策を積極的、総合的に推進してまいります。

 また、少子・高齢化が進展する中で、人々が安心して暮らせるようにするために、各人がみずから問題に取り組む自助、社会的に助け合う共助、公的なサービスによる公助を適切に組み合わせた新しい社会的支援システムを構築してまいります。

 ゆとりある暮らしの実現のため、年間労働時間千八百時間の達成に向けた労働時間短縮のための取り組みを支援するとともに、狭い・高い・遠いといった住宅の問題に対処するために、一戸当たりの平均床面積百平方メートル、住宅建設コストの三分の二への低減、通勤時間おおむね一時間程度を目指すなど、ゆとりある住宅・都市構造の形成を図ってまいります。また、地域のイニシアティブにより、豊かな自然や景観、個性的な伝統文化を生かしたゆとりある暮らしの実現を図るとともに、環境と調和し、持続的発展が可能となる経済社会を築いていくための施策を推進してまいります。

 震災後一年が過ぎましたが、引き続き阪神・淡路地域の復興に全力を挙げてまいることは当然でありますが、大震災の経験を生かして、災害に強い国土づくり、町づくりを推進するとともに、公共投資基本計画を推進し、生活関連分野等への重点的・効率的配分を図ってまいります。

 基本的な考え方の第四は、市場経済化・一体化が進んでいる世界経済への貢献であります。

 我が国経済臥せ界経済とともに繁栄するためには、対外的にも開かれた経済社会を形成することより我が国が市場経済のメリットを最大限享受するとともに、国際的な問題への取り組みに積極的に参画することにより世界経済の持続的発展に貢献することが求められております。

 まず、制度・仕組みの国際的調和を確保する必要があります。規制緩和に加え、市場開放問題や政府調達に関する苦情処理態勢などの活動を通じて、諸外国から我が国への市場アクセスの改善を図ってまいります。

 さらに、WTOを中心とする制度的枠組みの中で、多角的自由貿易体制の一層の強化に貢献するとともに、ウルグアイ・ラウンド後の新たな課題として既に国際的な論議が始まっている貿易・投資の枠組みづくり、APECにおける貿易・投資の自由化、円滑化のための我が国としての行動計画の策定などに参加してまいります。

 また、民主化・市場経済化支援、途上国の女性支援などのODAの新たな課題に取り組んでまいります。

 さらに、二十一世紀に向けた地球社会の経済発展に関しては、人口、食糧、資源、そして環境をいかにバランスさせながら持続的な発展を可能としていくかが大きな課題となっております。資源は有限でありますが、技術・知識はその有限性を超えるものであります。こうした問題についても、我が国が有している経済力、技術力、科学的知見を活用し、貢献してまいります。

 今、来るべき二十一世紀を前に、日本経済の先行きを悲観する向きもあります。しかし、五十年前の終戦直後の総悲観論、二十年前の石油危機後のゼロ成長論を思い起こしてみると、この資源の乏しい、国土の狭い国家が、逆境に立ち困難に逢うたびに、国民的英知とエネルギーを結集してそれらを乗り越え、ついには世界で有数の経済社会を築き上げてきたのであります。

 財政の窮状、医療・年金給付の行く末など、どれ一つとっても、日本経済は現状のまま手をこまねいていることはできない難しい問題に直面しております。こうした課題を解決するためにも、新しい成長軌道を構築することが求められております。

 をのためには、行政改革、財政改革、経済改革を初め、経済社会の構造改革の断行が急務となっております。新しい経済計画においては、構造改革に積極的な成果を上げることによって、平成八年度以降五年間の実質成長率は三%程度になると見込んでおります。構造改革を怠るならば、成長率の鈍化や失業率の上昇などが懸念され、日本経済の展望を切り開くことはできません。

 みずからの力でみずからの痛みを克服することができるのか、それともこのまま時流の変化に身をゆだねるのか、今、日本経済はかつてなくその真価が試されています。この試練を乗り越えて明るく希望に満ちた経済社会を建設するため、私は微力ながら精いっぱい努力してまいる決意でございます。

 国民の皆様、議員各位の御支援と御協力を心からお願い申し上げます。