データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第72代第2次中曽根(昭和58.12.27〜61.7.22)
[国会回次] 第104回(常会)
[演説者] 平泉渉国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1986/1/27
[参議院演説年月日] 1986/1/27
[全文]

 我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的考え方について所信を申し述べたいと存じます。

 我々は、今、大きな時代の変化を認識し、日本の経済構造を一層高次なものに発展させることによって、世界経済の最も主要な構成員の1人としての責任を担おうとしております。このときに当たって、国民も企業も政府も、我が国経済の現段階の位置づけを確認しておく必要があると考えます。

 我が国経済は、戦後の復興、高度成長を実現した後、石油危機とインフレの10年という調整過程を経て、今、新しい情報通信技術の進展、消費のサービス化、国境を越えた経済活動の展開に代表される新しい成長の時代を迎えつつあります。この新たな展開に即応して、政府の政策努力と相まって、国民全体が、その柔軟な適応力を生かし、活力と創造性に富んだ経済と、豊かで安定した国民生活をつくり育てていくことが、今や時代の要請であると痛感するものであります。このような新しい成長の成果を、国際的に立ちおくれている社会資本ストックの充実、今後迎える高齢化社会への準備等に結びつけるなど的確に対応していくことが肝要であると考えます。

 ここで、内外経済の現状について申し述べたいと存じます。

 世界経済は、アメリカ経済の拡大速度が1昨年半ば以降鈍化したものの、総じて緩やかな成長を続けております。しかし、現在の世界経済には、アメリカの財政赤字と経常収支の赤字の拡大、EC諸国等における高失業の継続、我が国の多年にわたる財政赤字と経常収支の大幅な黒字、発展途上国の累積債務問題、1次産品価格の低迷等、種々の困難な問題が存在しております。最近に至り、これら諸問題の解決に向けて、実効ある国際的な政策基調の機運が高まりつつあります。特に、為替レートについては、昨年9月の5ヵ国蔵相会議における合意を契機として、ドル高修正が急速に進みました。

 特に、我が国経済については、物価の安定が続く中で、昭和58年春以降、景気は上昇を続けてきました。当初、輸出主導型で始まった今回の景気回復は、設備投資を初めとする国内需要の拡大に及ぶようになり、第1次石油危機以後、最も息の長い景気上昇過程となっております。最近は、先端的技術革新等に伴い設備投資が総じて着実に増加し、個人消費などその他の国内需要も緩やかに増加するなど、景気動向にはばらつきが見られるものの、全体として緩やかな拡大を続けております。このような内外経済動向を勘案し、政府は、対外経済対策、内需拡大に関する対策等、機動的な経済運営に努めてきたところであり、昭和60年度の実質成長率は4.2%程度になるものと見込まれます。

 このような内外経済情勢のもと、政府は、特に次の諸点を基本として、今後の経済運営に努めてまいりたいと考えております。

 まず第1の柱は、内需を中心とした経済の持続的成長を図るとともに、雇用の改善を図ることであります。

 政府は、昨年10月、「内需拡大に関する対策」を決定し、その実行に努めてきておりますが、昨年末、昭和61年度予算決定と同時に、予算、税制措置を伴う施策について、再び「内需拡大に関する対策」を決定したところであります。すなわち、財政投融資等の活用により、一般公共事業の事業費につき前年度以上の伸び率を確保することとしたほか、住宅減税を行い、設備投資促進のための税制上の措置を講ずるとともに、いわゆる大規模プロジェクトの着手等民間活力の活用を図ることとし、所要の措置を講ずる等を中心として諸施策を行うことといたしました。

 今後、内需進行を図るに当たっては、機動的な経済運営に努める一方、民間活力が最大限発揮されるよう環境整備を行い、設備投資等積極的な民間投資の喚起を促すとともに、特に、その根幹であるとつとに指摘されている国民の住生活及び住環境の整備改善について、地価の安定等を図りつつ、さらにその促進に努めてまいりたいと考えます。また、昨年9月以降、適切な円相場の定着を図るとの基本方針のもとに金融政策の運営を行ってきているところでありますが、今後についても、内外経済動向及び国際通貨情勢を注視しつつ、金融政策の機動的な運営を図る必要があります。

 今後は、物価が引き続き一層安定するもとで、円高による交易条件の改善を通じた実質所得の増加が好影響を与え、さらには、技術革新投資等の独立的な設備投資や減税等による住宅投資の増加も期待できることから、内需の寄与度が上昇するとともに、これまで緩やかな増加であった個人消費等家計部門が徐々にその伸びを高め、内需の各項目はよりバランスのとれた姿になるものと見込まれます。他方、外需の成長率への寄与度は、円高の影響でむしろマイナスとなると見込まれてます。

 最近の急速な円高傾向については、経常収支の黒字の縮小のために望ましいとの基本的認識がありますが、その我が国経済に及ぼす効果には、当面プラスとマイナスとの両面があり、円高の進行の過程で生じる国内経済への影響を十分考慮しつつ、円高のプラスの面が国民全体に及ぶよう適切な経済運営を行ってまいる所存であります。このような政府の諸施策と民間経済の活力とが相まって、昭和61年度の我が国経済は、実質で4.0%程度の成長を達成するものと見込まれます。

 第2の柱は、世界経済の成長と安定への積極的な貢献と、経済摩擦の解消に向けての調和ある対外経済関係の形成であります。

 戦後、我が国が、世界の自由貿易体制のもとで、その経済規模において世界経済の1割を占めるに至った現在、我が国経済の動向いかんが、世界経済の発展に対して大きな影響を及ぼす実情にあります。このような我が国経済の国際的責任の重大化に呼応して、我が国のあらゆる政策運営は、世界的視野に立ち、世界経済の成長と安定に対して主要な責任を分担するとの立場から進めていくべきであると考えます。我が国は、世界経済の各面にわたり次々と新たな問題が生じ、ひいては各国間において経済上の摩擦が激化している現状を深刻に受けとめ、各国と協力し、その国際的地位にふさわしい効果的な対策をとっていく決意であります。

 このような事態の中で開催される次回の東京での主要国首脳会議は、今後の世界経済の発展にとって極めて重要な会議となるものと考えます。我々としては、世界経済の問題点を十分に把握し、そのインフレなき持続的成長を共通の目標とした国際協調が増進されるよう、あらゆる準備を進め、意義ある主要国首脳会議とすべく、最大限の努力を払っていく考えであります。

 特に、我が国の経常収支の大幅な不均衡については、政府は、累次にわたり新しい対策を決定し、その推進に努めてまいりました。昨年は、4月の「対外経済対策」の決定、7月の「市場アクセス改善のためのアクション・プログラムの骨格」の策定、9月の5ヵ国蔵相会議における為替レート適正化のための合意、10月及び12月末の「内需拡大に関する対策」の決定と、切れ目なくあらゆる努力を傾注してまいりました。今後とも、その規模においてアメリカに次ぐ我が国市場の一層の開放、なかんずく、製品輸入の拡大に向けて一段の取り組みを行なうほか、適切な円レート維持に努めるとともに、内需進行に努めてまいりたいと考えております。

 翻って考えれば、我が国経済社会のこれまでの発展過程が、欧米諸国と比べて大きく異なったものであったため、彼我の制度、慣行の相違等に根差したさまざまな経済摩擦を招くことが少なくありません。我が国としては、基準・認証等非関税障壁の面においても、国民の合意を得ながら、世界各国が十分納得する制度、慣行をつくり上げていくための不断の努力が必要であります。これまで我が国経済社会に深く根の張った制度、慣行であっても、我が国の国際的立場にふさわしいものとするため、その抜本的な見直しを行うことが求められていると考えます。

 加えて、新たな多角的貿易交渉の開始に向け、率先して着実な準備進展に貢献するとともに、発展途上国の経済社会開発等に資するため、昨年9月に政府開発援助の第3次中期目標を設定し、その初年度に当たる昭和61年度予算においても、重点的な配慮が行われたところであります。今後とも経済協力については、一層の拡充と効果的な推進を図ってまいる所存であります。

 第3の柱は、国民生活の安定と向上を図ることであります。

 最近の我が国の物価動向を見ますと、世界的に物価の安定化が進む中で、特に我が国の物価が極めて安定しております。また、最近の急速な円高傾向は、物価の安定に一層寄与するもと考えております。今後の物価動向については、全体として安定基調で推移し、昭和61年度は、卸売物価が1.8%程度の下落、消費者物価が1.9%程度の上昇にとどまるものと見込んでおります。政府としては、今後とも物価の動向に細心の注意を払いながら、機動的な政策運営に努めるとともに、公共料金についても、物価及び国民生活への影響と、最近の円高傾向の及ぼす影響をも十分考慮して、厳正に取り扱ってまいりたいと考えております。

 さらに、国民生活の一層の安定と向上を実現していくためには、今後、特に、人生80年時代にふさわしい豊かな長寿社会を築いていくことが重要課題であり、そのための総合的方策を明らかにし、その推進に努めてまいる所存であります。また、高齢者の増加、サービス産業、情報産業の発展、国境を越えた経済活動の進展など、新たな事態のもとで生じる消費者問題に適切に対応するとともに、悪質な商取引への対応を含め、各般の消費者保護施策の充実を図ってまいりたいと考えます。

 最近、我が国における製品輸入の増大と外国企業の活動の拡大とが各国から大きく期待されており、輸入品流通のあり方が重要な問題となり始めております。今後とも、流通にかかわる実態を常に注視しつつ、輸入促進の体制整備を図り、外国製品と外国企業とに対して広く門戸を開放するよう努める必要があると考えます。これは、消費者にとっての選択の幅を広げ、国民生活を豊かにすることに通ずるものと考えます。

 次に、中長期の経済運営について申し述べたいと存じます。

 昨年暮れには、「1980年代経済社会の展望と指針」について、第2回目の見直し作業を行い、その結果を経済審議会報告として公表いたしました。同報告は、対外経済摩擦への対応を始めとする1980年代後半の重要な政策課題を、新しい成長の中で解決していくことが必要であるとして、「拡大均衡の下での新しい成長」をうたっております。

 こうした新しい成長の動きを一層促進するためには、規制緩和を初め民間活力を最大限発揮させるための環境を整備するとともに、基礎的、先端的分野での創造的技術開発の推進、高度情報社会の建設等を図ることが必要であります。また、このことは、我が国産業の新たな中核となるべき産業の発展を促し、高次の国際分業を形成する上でも重要なことであると考えます。このようにして新しい成長の成果を豊かで余裕のある国民生活の形成に結びつけるべく、住宅、社会資本の計画的整備、健全なレクリエーション産業の発展、長寿社会の到来に対応した経済社会システムの構築等を行うことが肝要であると考えます。

 特に、我が国のみならず、先進工業国にとって共通の極めて重要な課題は、高度に発展した豊かな工業社会の成果をいかにして大都市だけでなく、地域社会全般に均てんさせるかであります。このような観点から、多権分散型の国土の形成等に留意しつつ、住宅、社会資本の整備に努めるとともに、個性豊かな地域づくりと交通、通信ネットワークの整備等を進めるなど、地域経済の活性化を図るための総合的な施策を明らかにし、推進していくことが重要であると考えます。今後とも、情勢の変化に弾力的に対応しつつ、適切な中長期の経済運営に努めてまいりたいと考えております。

 以上、我が国経済の当面する課題と経済運営の基本方向について所信を申し述べました。日本経済は、2度にわたる石油危機という激動の波に洗われつつも、その試練を経て現在、情報、通信を初めとする技術革新のうねりと、これらを背景とする高度情報社会への動きが急速に進展しつつあります。これらを牽引力として日本経済の新たな成長と発展を求める期待が高まっております。この新しい成長と発展の過程において、国民生活の一層の充実向上を図っていくことが、経済運営の基本目標であると考えます。我が国経済が、その潜在力を最大限発揮させることにより、世界経済の成長と安定に大きく貢献していくことは十分に可能であると確信するものであります。

 私は、こうした認識のもと、今後の我が国経済のかじ取りを行っていく所存であります。国民の皆様の御支援と御協力を切にお願いする次第であります。