データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第72代第2次中曽根(昭和58.12.27〜61.7.22)
[国会回次] 第102回(常会)
[演説者] 金子一平国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1985/1/25
[参議院演説年月日] 1985/1/25
[全文]

 我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方について、私の所信を申し述べたいと存じます。

 昭和60年は、第2次世界大戦後40年目に当たり、21世紀まで余すところ15年という、いわば節目に当たる年であります。我が国経済は、その規模において、昭和60年度には300兆円台に達することになりますが、これは、10年前に比べて約2倍であります。我々は、戦後という歴史の時間的な広がりの中でも、世界という空間的広がりの中でも、改めてみずからの位置するところに思いをいたすとともに、未来を直視し、我が国が直面するもろもろの課題に対し、これまでにも増して真剣に対応を急がなければならないときに立ち至っております。

 第1次石油危機に始まったここ10年ばかりを顧みましても、内外経済情勢は不安定と不透明に満ちた激動と反乱の時代でありました。この間、我が国経済は、激動する波に洗われつつも、国民の英知とすぐれた対応力によって、物価、成長率、失業率等さまざまの面で、諸外国に比べて良好な成果を挙げてまいりました。

 今この時期を振り返ってみれば、既にその中にあって、新しい意識、新しい技術、新しい産業など次の時代に向けての離陸のための準備が始まっていたことを見てとることができるのであります。この新しい時代の入り口に立って、我が国の経済運営に求められている課題は、これらの動きを円滑に進展させ、これを経済社会の創造的再構築を伴った新しい成長に確実に結びつけていくことであります。

 ここで、内外経済の現状について申し述べたいと存じます 

 世界経済は、アメリカの景気拡大等に導かれ、国別、地域別の相違はありますものの、全体として景気回復基調にあります。インフレは鎮静化し、設備投資も総じて堅調であります。

 しかし、アメリカに端を発する世界的な高金利、欧州諸国を中心にした高水準の失業、世界的な経営収支の不均衡、発展途上国の累積債務等幾つかの懸念材料があり、こうした状況を背景として保護貿易主義的傾向は依然として衰えを見せておりません。

 我が国経済も、3年間にわたる景気後退局面を終えて、物価の安定が続く中で、1昨年春以降、着実な上昇を続けておりまして、その内容もアメリカの景気拡大を契機とする輸出の増加に依存した回復から、次第に内需と外需のバランスのとれた景気拡大過程に入ってきております。民間設備投資は順調に増加を続け、輸出も増加傾向を続けております。個人消費や住宅投資の伸びは緩やかではありますが、今後は次第に足取りがしっかりしたものとなっていくと考えられます。他方、対外面を見ますと、経常収支はかなりの黒字を示しており、また、長期資本の大幅な流出が続いております。

 このような内外経済の動向を勘案すると、昭和59年度の実質成長率は、昨年初めの当初見通しの4.1%程度をかなり上回る5.3%程度と見込むことができます。また、昭和60年度経済は、次に申し述べますような政府の諸施策と民間経済の活力とが相まって、実質で4.6%程度の成長を達成するものと見込まれます。このうち、外需の寄与度は低下し、内需が全体として順調に増加するとともに、個人消費や住宅投資が寄与度を高めるなど、内需の中身も、よりバランスのとれた姿になるものと見込まれます。

 このような内外経済情勢のもとで、私は、特に次の諸点を基本として、今後の経済運営に努めてまいりたいと考えております。

 まず第1は、国内民間需要を中心とした景気の持続的拡大を図るとともに、雇用の安定を確保することであります。3年にわたる長い景気後退のトンネルを抜けて、回復から拡大に転じ、将来に明るさが見えた今日、この内外経済情勢の好機をとらえて、景気の持続的拡大のため不断の努力を重ねてまいりたいと考えております。

 このため、引き続き行財政改革の推進に努め、民間経済の活力が最大限に発揮されるような環境整備を行うとともに、景気動向に即応した適切かつ機動的な政策運営に努めてまいります。

 財政政策の面では、厳しい財政事情のもとではありますが、昭和60年度予算におきましては、一般公共事業の事業費について、前年度を上回る水準を確保することといたしましたが、今後とも、景気動向に即応した適切かつ機動的な財政運営を図ってまいりたいと考えております。

 また、金融政策の面では、内外の経済金融情勢等に即応しつつ、その適切かつ機動的な運営を図っていくことが重要であると存じます。

 同時に、民間活力の発揮の観点からは、特に、先端的あるいは基礎的な技術分野等における研究開発の促進の重要性にかんがみ、昭和60年度におきまして、そのための所要の措置を講ずることといたしております。

 また、今日の緊急かつ最重要の課題である、いわゆる規制の緩和の問題につきましては、今後とも強力に推進してまいる所存であります。

 第2は、物価の安定基調を持続させることであります。物価の安定は、国民生活安定の基本要件であり、特に今後社会の高齢化が急速に進行する中で、最も重要な政策課題の1つであると考えます。

 今後の物価動向については、引き続き安定基調で推移し、昭和60年度は、卸売物価1.1%程度、消費者物価2.8%程度の上昇にとどまるものと見込んでおります。

 今後とも物価の動向に細心の注意を払いながら機動的な対応に努め、物価の安定基調を維持してまいりたいと考えております。公共料金につきましても、物価及び国民生活に及ぼす影響を十分考慮して厳正に取り扱っていく考えであります。

 さらに、国民生活をめぐる条件変化に対応しつつ、生涯を通じて国民生活を豊かなものにすることを目指して、人生80年時代にふさわしい経済社会システムのあり方など総合的方策について検討を進めるとともに、情報化、サービス化の進展等の新たな事態に適切に対応する消費者行政の充実など消費者利益の擁護、増進のための諸施策を推進してまいりたいと考えております。

 第3は、調和ある対外経済関係の形成と世界経済への貢献であります。国際関係における相互依存、相互浸透の深まりの中で、我が国は世界経済の1割を占める国家になりました。したがって、今や我が国は、みずから率先して保護貿易主義に対する巻き返しを図り、世界経済の均衡ある発展に向けて、その国際的地位にふさわしい積極的な貢献を行っていくことが必要であります。

 このため、政府は、累次にわたる対外経済対策を決定し、その推進に努めてまいりました。昨年12月の対策におきましては、発展途上国の経済発展に貢献するとともに、OECD閣僚理事会の合意に従い、さらには、我が国が率先して自由貿易体制の維持強化を図ろうという見地から、他の主要先進国に先駆けて東京ラウンドにのっとった関税引き下げの前倒しを実施するほか、特恵シーリング枠の拡大など特恵関税制度の改善を図る措置を講じました。

 今後とも、これらの措置の着実な実施に努めるとともに、対外経済問題の解決に引き続き積極的に取り組んでまいりたいと考えております。

 さらに、世界貿易の新たな拡大を目指すガット新ラウンドの早期実現のために引き続き精力的に努力するとともに、我が国が平和国家として国際社会に貢献していく見地から、昭和60年度予算におきましても、政府開発援助について重点的な配慮を行ったところであります。今後とも経済協力につきましては、一層の拡充と効率的かつ効果的な推進を図ってまいる所存であります。

 以上、我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方について所信を申し述べました。

 我が国においては、エレクトロニクス等を中心とする活発な技術革新と、これらを背景とする高度情報化が急速に進展しており、新たな時代における経済社会発展の牽引力としての期待が高まっております。

 こうした中にあって、昨年暮れには、「1980年代経済社会の展望と指針」について、最初の見直し作業を行い、その結果を昭和59年度リボルビング報告として公表いたしました。

 今後、中長期の経済運営に求められている課題は、行財政改革を初めとするこれまでの諸改革を一層強力に進め、来るべき時代に備えた経済社会の適切な枠組みづくりに取り組むとともに、その基礎の上に適切な経済運営に努め、中長期にわたって、内需中心のインフレなき持続的成長を達成するよう目指すことであります。

 幸いにも、我が国においては、高い貯蓄率、旺盛な企業家精神、良好な労使関係、また何にも増して、変化に対応する柔軟な適応力に富んだ国民のすぐれた資質等が、今後も引き続き保持されるものと予想されます。我が国経済がこの潜在力を最大限に発揮することにより、新たなフロンティアの拡大と活力に富んだ経済社会の実現が可能であると確信するのであります。

 私は、このような経済社会の実現を目指して、我が国経済のかじ取りに全力を傾けてまいります。国民の皆様の御支援と御協力を切にお願いする次第であります。