データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第72代第2次中曽根(昭和58.12.27〜61.7.22)
[国会回次] 第101回(特別会)
[演説者] 河本敏夫国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1984/2/6
[参議院演説年月日] 1984/2/6
[全文]

 我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方について所信を申し述べたいと存じます。

 激動する内外経済情勢のもとで、我々が目指すべき経済運営の基本的な課題は、次の2点に集約できると考えます。その第1は、自由な経済社会を豊かな土壌として、その成長の成果を国民に還元し、国民生活の充実向上を図ることであります。第2は、日本経済が世界全体のGNPの1割を占める世界国家であることを自覚し、世界経済の発展のために相応の責任と役割を果たして、世界経済に積極的に貢献することであります。

 これらの課題にこたえていくためには、我が国経済の潜在的な活力を目覚めさせ、十分に発揮させるような経済運営を行う必要があります。我が国経済は、物価の安定、高い貯蓄率、すぐれた国民の資質等の好条件に恵まれており、経済政策のよろしきを得れば、我が国経済の活力を一層引き出すことは十分可能と考えております。また、このような活力を引き出すことによって、行財政改革の円滑な推進も対外経済摩擦問題の基本的解決もより容易になるものと考えます。特に、現在は世界経済も我が国経済も回復基調にあり、我が国の経済の潜在的な活力を引き出していく、まさにその好機であると考えております。

 ここで、内外経済の現状と当面の経済運営の基本的な考え方について申し述べたいと存じます。

 世界経済は、総じて、第2次石油危機を契機とした3年続きの不況から脱却しつつあります。その原動力は、アメリカを中心とした先進諸国の景気回復であります。この回復の特徴は、インフレの鎮静化等による国内民間需要の拡大であり、これには原油価格の低下も大きく貢献しているものと考えられます。そして予想を上回る景気拡大が続いておりますアメリカを中心とした景気回復が貿易を通じて世界の他の国々へ広がっております。

 しかし、欧州諸国を中心とした高水準の失業、アメリカの金利の高どまり、発展途上国の債務累積等経済的諸困難は依然として続いております。こうした状況を背景に、保護貿易主義的傾向は依然衰えを見せておりません。

 このような中で、我が国経済も第2次石油危機後の3年にわたる景気調整を終え、昨年春以降緩やかながら着実な回復過程にあります。アメリカの力強い景気回復を契機として、輸出や生産が増加していることに加え、物価の安定、企業収益の改善等を背景として、昨年の夏以降、中小企業の設備投資、住宅投資等国内民間需要の一部に持ち直しの動きが出てきております。また、雇用情勢は厳しいものの改善の動きが見られます。一方、対外面を見ますと、円安修正が定着し、輸入が増加傾向を示しておりますが、経常収支は依然大幅な黒字が続いております。こうした中で、政府は、昨年10月総合経済対策を決定し、その着実な実施を図っているところであり、昭和58年度については、当初見通しの3.4%程度の実質成長が十分達成可能になったものと考えております。

 昭和59年度は、このような明るさの見え始めた我が国経済を国内需要を中心とする持続的成長に導くべき年であると考えますが、その経済運営に当たっては、特に次の諸点を基本として考えてまいりたいと存じます。

 その第1は、国内民間需要を中心とした契機の持続的拡大を図るとともに、雇用の安定を確保することであります。

 財政面では多くを期待し得ない現状でありますが、今後とも景気情勢に即応して、適切かつ機動的な財政運営を図るべきことは言うまでもありません。さらに国内需要の拡大を図るためには、民間経済の活力が最大限に発揮されるような環境の整備を行うことが重要であります。

 このためには、特に内外経済動向及び国際通貨情勢を注視して、金融政策の適切かつ機動的な運営を図る必要がはあります。金融政策については、現在なお存在する種々の制約条件の改善を図り、今後とも機動的運営が確保されるよう努めていかなければなりません。

 民間設備投資については、我が国経済の成長に大きな役割を占めていることにかんがみ、その積極的な拡大を促し、創造的技術開発の推進、生産性の向上、産業構造の高度化を図ってまいります。個人消費につきましては、我が国経済が明るさを増してきたことに伴い、所得の増加を通じて回復するものと期待されますが、政府としては、物価の安定基調を維持することによりその回復の基礎を固めていくことといたしております。住宅建設につきましては、地価の安定、宅地の円滑な供給を図り、引き続きその促進に努めてまいります。

 このような政府の諸施策と民間経済の活力とが相まって、昭和59年度の我が国経済は、実質で4.1%程度成長するものと見込んでおりますが、今後の内外経済の動向いかんによっては、我が国の民間経済もさらに勢いを増す可能性もあり、引き続き民間経済の活力を最大限に生かすような適切かつ機動的な経済運営に努めてまいりたいと考えております。

 第2は、物価の安定を図ることであります。

 経済政策を進める前提条件として、物価の安定は絶対に必要なものであり、また、物価の安定なくして活力ある福祉社会の実現は望めません。

 政府といたしましては、物価の安定を重要な政策目標の1つに掲げてまいりましたが、最近の我が国の消費者物価は、前年度比上昇率2%前後と近年にない安定ぶりを示しております。今後の物価動向につきましては、為替相場の動向等不透明な面が残されておりますが、原油価格が落ちついていること等から、全体としては引き続き安定的に推移し、昭和59年度は、卸売物価1%程度、消費者物価2.8%程度の上昇にとどまるものと見込んでおります。

 政府といたしましては、今後とも、物価の動向に細心の注意を払いながら機動的な政策運営に努めるとともに、公共料金についても物価及び国民生活に及ぼす影響を十分に考慮して厳正に取り扱っていくことにより物価の安定基調を維持したいと考えております。

 また、国民生活の安定と向上を図るため、高齢化、情報化、国際化等に対応した国民生活のあり方について検討を進めるとともに、消費者行政を引き続き充実し、消費者を取り巻く諸条件の変化に対応して、各種商品、サービスの安全性の確保、消費者取引の適正化、その他消費者利益の擁護、増進のための所要の施策を進めてまいる所存であります。

 第3は、調和ある対外経済関係の形成と世界経済への貢献であります。

 保護貿易主義の高まりが懸念される中で、我が国は、率先して自由貿易体制の維持強化を図り、調和ある対外経済関係の形成と世界経済活性化への貢献を図っていく必要があります。このような状況のもと、我が国は、内需の拡大による輸入の増加を図って世界経済を相互に拡大していくとともに、円の適切な対外価値の維持に努めることが重要であります。

 こうした観点から、政府は一連の市場開放対策を決定し、関税率の引き下げ、輸入検査手続等の改善を図る等の努力を払ってきたところでありますが、さらに昨年10月21日に総合経済対策を決定し、内需の拡大のほか関税率の引き下げ等一層の市場開放を図るとともに、輸入の促進に努めることとしております。また、資本流入の促進、円による国際取引の促進を図るとともに、金融資本市場の環境整備に努めることといたしております。

 また、我が国が平和国家として国際社会へ積極的に貢献していくためには、経済協力の推進が肝要であります。発展途上国のほとんどは、あるいは債務累積問題あるいは食糧危機等なお困難な状況に置かれております。我が国は、発展途上国の経済発展及び世界経済の活性化に資するため、新中期目標のもとに経済協力の一層の充実と効率、効果的な推進に努めてまいる所存であります。

 次に、中長期の経済運営について申し述べたいと存じます。

 中長期的視野から我が国経済社会を見ますと、国際化、成熟化、高齢化といった変化の潮流が見られ、大きな転換期を迎えております。我々は、今や欧米に範を求める時代から、独自の道を創造的に切り開いていくべき時代に差しかかっております。また、国際的に見ても、戦後の世界経済秩序を最構築していく時代を迎えております。

 今後の我が国経済社会は、国際環境、経済活動、国民生活の各面で多重的に変化していくものと考えられますが、これらの変化に対し、積極的、創造的に対応していくことにより、経済社会の安定と発展を目指していかなければなりません。

 このため、中長期の経済運営につきましては、昨年8月に決定した「1980年代経済社会の展望と指針」をよりどころとして、行政の改革、財政の改革を進めること、産業構造の高度化に支えられた新しい成長への歩みを進めること、民間活力の役割を重視しその活用を図ること、国際協力を推進することの4点を中心に、経済環境の変化に即応した諸般の施策を適切に推進していく必要があります。このことにより、着実な経済社会の発展を図り、豊かな国民生活を築いてまいる所存であります。

 以上、我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方について所信を申し述べました。

 現在は世界経済の激動期であります。世界経済は、回復過程にあるとはいえ、多くの問題を抱え、我が国経済も解決すべき幾多の困難を抱えております。しかし、我が国経済は困難を克服していく旺盛な活力を有しております。戦後30有余年、我が国経済はすぐれた適応力を発揮し多くの困難を乗り切ってまいりました。物価の安定、世界経済の回復等の条件を生かし、創意と工夫を重ねることにより、昭和59年度は、持続的安定成長への道を切り開くことが可能な年であると確信をいたしております。

 私は、世界経済との調和を図りながら、豊かで活力ある経済社会の実現に向けて全力を尽くす所存であります。

 国民の皆様の御支援と御協力を切にお願いする次第であります。