データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第40回(常会)
[演説者] 藤山愛一郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1962/1/19
[参議院演説年月日] 1962/1/19
[全文]

 私は、当面する内外の経済情勢とこれに対処いたしまする所信を明らかにいたしたいと存じます。

 最近の経済情勢を見ますと、昨年来実施してきました景気調整昨の効果がようやく経済の各分野に浸透しつつあり、卸売物価は全般に軟化し、出荷の停滞並びに製品在庫の増大傾向が現われ始め、民間企業の投資態度にも慎重さがうかがわれるようになって参りました。このように国内経済が落ちつきを取り戻すに従いまして、国際収支面では、輸出入信用状収支はかなりの黒字を示すようになって参りましたが、計上収支は、依然としてなお多額の赤字となっている実情であり、従って、国際収支の均衡回復には、なお相当の期間を要するものと考えられ、前途はいまだ楽観を許さないのであります。従いまして、本年においても、国際収支の改善を第1の目標とし、引き続き引き締めの基調を堅持して内需の抑制に努めるとともに、輸出の進行に特段の努力をすることが必要であります。

 政府は、去る1月16日、昭和37年度の経済見通しと経済運営の基本的態度を決定し、発表いたしました。この政府の経済見通しは、単なる予測ではなく、政府、民間を通ずる政策と努力とを前提とした見通しであり、いわば努力目標というべきものであります。従いまして、この目標を実現するためには、輸出の振興、輸入の抑制、設備投資の調整、財政金融上の諸施策などが適時適切に行なわれるとともに、これらの諸施策に対する民間各界の積極的な協力が要請されるのであります。

 私は、今後の経済を運営していくにあたりまして、特に重要と考えまする若干の点について見解を申し述べ、国民各位のご理解と御協力を得たいと思います。

 まず第1は、輸出の振興についてであります。国際収支改善のためにはもとより、わが国経済が長期にわたって成長発展するためにも、輸出の伸長は不可欠の条件でございます。

 本年のわが国の輸出をめぐる国際環境について考えてみますと、米国の景気は引き続き上昇を続け、これに伴い、低開発諸国も漸次停滞を脱する方向に向かうものと期待され、また、先進諸国における対日差別待遇の問題も若干好転のきざしを見せておりますが、他方、西欧経済の上昇鈍化、米国のドル防衛問題、地球的経済統合強化の動きなどがあり、また、国際競争は一そう激化することが予想されるのでありまして、決して安易な楽観は許されないと思います。このような国際環境の中にありまして、政府の経済見通しで見込まれておりまする47億ドルの輸出を達成するためには、政府、民間を通じましてあらゆる努力をこれに傾注しなければならないのであります。政府は、すでに税制、金融、保険、経済外交等各分野にわたる輸出振興策を実施して参ったのでありますが、海外経済協力の促進とともに、輸出振興には今後とも特段の努力をいたす所存でございます。

 また、貿易外収支の赤字が国際収支悪化の一因となっておることにかんがみまして、海運、観光収入の増大についても、輸出振興とあわせて極力その方策を講じなければならないのでございます。

 しかしながら、輸出の増大をはかるためには、根本的には、民間産業における国際競争力の強化と輸出意欲の高揚とが最も重要であります。私は、国民各位が内外経済の情勢を正しく把握し、わが国産業の国際競争力を高めることに努められるとともに、輸出意欲を一そう振起されることを切望するものであります。

 第2は、内需の抑制についてであります。最近における輸入の動向には落ちつきが見られるとはいえ、鉱工業生産はなお高水準を続けており、個人消費も堅調でございます。政府は、昭和37年度の輸入の目標を48億ドルと見込んでおりますが、国際収支を改善するためには、37年度の輸入を必ずこの程度にとどめることが必要であり、そのため政府は、今後なお相当期間財政金融政策において引き締め基調を堅持するとともに、輸入抑制の諸施策を続ける方針でございます。もとより、これによりまして深刻な影響を受けるおそれのある中小企業等に対しては十分な配慮を払うとともに、経済情勢の変化に即応する労働力移動の円滑化等雇用対策の強化をはかり、引き締めに伴います摩擦や混乱は極力排除するよう努力する所存でございます。国民各位におかれては、冷静に事態に対処する心がまえをもって、投資の調整、消費の節約、貯蓄の増強、国産品の愛用等に協力されることを期待いたすものでございます。

 内需の抑制にあたり特に申し述べたいことは、設備投資についてであります。技術の革新に即応して産業の合理化、近代化を推進し、産業構造の高度化をはかるためにも、また、本年秋に予定しております貿易の大幅な自由化に対処し、わが国産業の国際競争力を強化するためにも、必要な設備投資はこれを確保しなければならないことはもとよりでございます。しかしながら、他面、最近の経済拡大の過程におきまして、行き過ぎた競争投資が経済の不均衡を生み、国際収支の悪化を招いた主要な原因となったことにかんがみまして、国際収支改善を第1の目標とする現在におきましては、比較的緊急度の低い設備投資は極力これを繰り延べるとともに、自由化への準備体制の確立や当面の隘路打開のために特に緊急を要する投資は重点的にこれを確保し、設備投資全体としては妥当な水準にとどまりますよう調整すことがぜひとも必要であります。政府としては、極力行政指導を行ない、投資調整が円滑に行なわれるよう努力する所存でございますけれども、何よりもまず民間企業の側における自主的、合理的な投資調整と金融期間の慎重な融資態度が肝要でありますのでこの点につき、特に産業界及び金融界各位の積極的な御努力を期待するものでございます。

 第3は、物価の安定についてでございます。景気調整策の浸透に伴いまして、卸売物価は全般に軟化を見るに至り、今後も引き続き下降の状況が見込まれるのでございますが、これに反し、消費者物価は経済が成長過程にある場合には、労働力需給の関係からくる人件費の上昇、所得増加に伴う消費構造の変化などのため、サービスの価格を中心としてある程度の上昇を見ることは、欧米先進諸国の例に徹しても明らかなように、やむを得ない面もあるのでございます。しかしながら、他方、経済の成長に伴い、工業製品の多くのものについて生産性向上の結果として製品価格の引き下げが可能となる面もございます。従いまして、これら2つの面を総合して、全体としての消費者物価の上昇は、できるだけ小幅にとどめるべく努めることが肝要であります。最近の消費者物価の上昇は、生鮮食料品の自然的、季節的原因による値上がりを除外して考えてみましても異常なものがございます。政府としては、引き締め基調を堅持するほか、食料品その他の消費物資の供給力の増加、輸送の円滑化、流通機構の整備改善等をはかるとともに、公共料金の値上げを極力抑制し、一般消費者の協力を得て、便乗的値上げを厳に排除していく等適切なる施策を講ずることによりまして、このような異常な消費者物価の上昇を鎮静させなければならないのであります。

 御承知のように、昭和37年度におきましては、相当大幅な間接税の軽減を行なうことといたしているのでございますが、その減税分のほとんどが消費者の負担軽減に向けられるよう関係各位の御協力を望むとともに、特にこの際、企業家各位が、国際競争の激化に対処して、生産性の向上に努められるにあたり、その成果が具体的に製品価格の引き下げとなって実現するよう努力されることを期待するものでございます。

 当面の事態に対処して、引き締め基調を堅持しなければならないことは以上申し上げた通りでございますが、この基調のうちにあっても、同時に、長期にわたって円滑な経済発展をするための基盤を整備することはきわめて重要であり、これが見失われるようなことがあってはならないのであります。特に、最近の急速な経済拡大の過程において顕著な問題となっておりまする道路、港湾などの社会資本の立ちおくれ、技術者の不足など、経済の各分野に見られる不均衡の是正とわが国経済の二重構造、特に地域間、産業間、階層間に見られる各種の所得格差の是正は、ぜひともはからなければならないのでございます。従って、政府は、先ほど大蔵大臣から詳しく申し上げました通り、昭和37年度の予算におきまして、これらの点についても配慮いたしているのでございます。

 昭和37年度のわが国経済は、貿易の自由化を大幅に促進しつつ、以上申し述べましたような問題の解決をはかっていかなければならないのでございますが、政府の施策が民間各界の協力を得て円滑に進行し、設備投資の適正な調整が行なわれ、輸入が政府の見通しの程度におさまり、輸出もその目標を達成することができますれば、下期には国際収支が均衡基調を回復することが十分期待できるのでございます。

 わが国経済は、過去幾たびか国際収支の障壁によって引き締めを余儀なくされました。しかし、そのつど国民各位の努力によりまして、よくその難局を克服し、世界に誇り得る高度の成長発展を遂げて参ったのであります。しかも、前回の引き締め時に比べまして、わが国経済の底力は著しく強まって参っております。従いまして、私は、この底力に加うるに、政府の適切な施策と国民の創意、努力とをもってすれば、今日の事態を早期に克服し得るばかりではなく、再び安定した成長発展を遂げることが可能であり、今日の労苦は必ず明日の繁栄となって報われることをかたく信じて疑いません。