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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第38回(常会)
[演説者] 迫水久常国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1961/1/30
[参議院演説年月日] 1961/1/30
[全文]

 私は、内閣総理大臣並びに大蔵大臣の演説と関連を持ちつつ、経済の問題に関して若干の見解を申し上げ、国民各位の御理解と御協力を得たいと存じます。

 昭和35年度のわが国経済は、当初は、あるいは過熱が心配されたり、また一部には下期後退説もあったのでありますが、事実は、昭和34年度の高度成長に引き続き、予想以上に高度かつ安定的な成長を遂げつつあるのでありまして、国民1人当たり所得は、前年度に比し実質11%以上の増加となると見込まれるのであります。これは、設備投資、個人消費、輸出等の最終需要がいずれも予想をはるかに上回って増加したことによるものであります。根本的に申しますと、わが国産業の合理化、近代化が技術革新等によって一そう進み、国際競争力も強力せられ、一方、国民生活の内容も充実、高度化するなど、わが国経済が構造的にも進化しつつあることに基づくものであります。このような進化は今後もなお継続するものと考えられるのでありまして、わが国経済が将来もきわめて成長の要因に富んでいると考え得る根拠は、実にこの点にあるのであります。

 このような経済の発展は、欧米諸国にもあまりその例を見ないところでありまして、国際的にも高く評価されているのであります。しかし、わが国の経済全般の近代化、高度化の進み工合は、欧米諸国に比較してもまだまだ低く、しかも、社会資本の充実がおくれていること、地域間、産業間、階層間の所得格差がなお相当に著しいこと、個人生活の内容がもっと充実しなければならないこと、雇用の条件及び体制をさらに整備しなければならないことなど、幾多構造上の欠陥を蔵しておりますことは、これを率直に認めざるを得ないのであります。今後の経済政策の要点は、実にこのような欠陥を一そう改善しつつ、高度成長を達成することにあるのであります。政府がさきに国民所得倍増計画及び国民所得倍増計画の構想をもって今後における政府民間を通じての道しるべとすることに決定いたしましたのもこれがためでありまして、昭和36年度はその第1年度に当たりますので、予算の編成もこれにふさわしいものたることを心がけたのであります。

 政府は、昭和36年度において、わが国経済は、昭和35年度の国民総生産を14兆2,300億円と想定いたしまして、これから実質9.2%の成長を遂げ、国民総生産は15兆6,200億円に達するものと計算をいたしております。これは、昨年秋新政策を発表した当時に想定した昭和35年度の国民総生産13兆6,000億円に対比いたしますれば、実に15%に近い成長に当たるのであります。

 従来、経済の見通しを作成するにあたりましては、わが国経済の体質が弱く、底が浅いという面に留意し過ぎた傾きがありましたため、とかく控え目となりまして、勢い政府が有すべき財政力を十分に活用することができなかった面もあったのでありますが、今回の見通しにおきましては、過度に慎重に偏することなく、わが国経済の実力を十分評価するよう留意いたしたのであります。これは、政府は国民経済の成長におくれないように施策を実行すべきであるという池田内閣の根本方針に照応するものでありまして、この見通しに基づいて編成された今回の予算は、まさにわが国経済の実勢に即応した健全財政というべきものであると考えるのであります。

 以下、今後の経済運営上特に留意すべきものと考える若干の点について申し上げたいと思います。

 第1は、今後の成長をささえる主要なる要因についてであります。

 わが国経済の成長をささえて参りました特長的な要因は、昭和34年度におきましては在庫投資、35年度におきましては設備投資であったのであります。しかし、設備投資は、ここ数年来の伸びが著しく大きかった結果、その規模はかなり高い水準に達しておりまして、企業の側におきましても、将来の健全な経営に対する配慮が行なわれるでありましょうし、また、政府としても、設備投資は将来の生産力の増加を意味するものでありますから、将来の需給の均衡を考えて、これが適切に行なわれるよう民間の慎重な投資態度を期待しているのであります。従って、今後同じような大きな率で伸びていくことは考えられません。今後需要の要因として期待すべきものは、消費需要、特に個人消費支出の増加であると思います。今回の予算におきまして、減税、社会保障の拡充、各種所得格差の是正、国民生活の充実等について特段の配慮を払いましたことは、この面にも寄与するところが大きいと存ずるのでございます。経済企画庁におきましても、国民生活の充実をはかる見地から、今回新たに予算措置を講じ、消費者の立場からする行政の総合調整に一そうの努力を傾注すると同時に、地域的所得格差是正につきましても、工業の地方分散を促進する見地から、有効な措置を講ぜんとしているのであります。

 第2は、農業及び中小企業についてであります。

 現在進行しつつある経済の高度成長は、技術革新等による生産性の向上と雇用の拡大とを中核とするものでありまして、申さば、産業にとって1つの変革ともいうべきものであります。この変革に対して最も力の弱いものは農業と中小企業でありますから、政府におきましては、特にこれらのものが高度成長に取り残されないよう助力いたす考えでありまして、今回の予算においても特段の配慮をいたしたのであります。これらの部面に属せられる方々も、よく事態の実情を認識して、みずからも十分に努力せられることを期待いたします。

 第3は、国際収支についてであります。

 来年度の国際収支の黒字幅は、本年度より縮小いたすといたしましても、依然として黒字基調は維持できるものと考えますが、国際収支に関連して、米国景気の停滞、西ヨーロッパ景気の上昇鈍化をどう見るか、特に、米国のいわゆるドル防衛政策の影響をどう見るかということは、きわめて重要な問題であります。この点は、率直に申して、ケネディ新大統領の国内及び国際経済生産いかんにもかかるところでありますが、全般として世界経済の動向については、いたずらに悲観する必要はないと判断をいたしておるのであります。しかしながら、今後、各国の輸出競争が一そう激化いたしますことは当然予想しておかなければなりませんので、世界の大勢に即応しながら貿易体制を整備しつつ、政府、民間を通じて、輸出の進行と海外経済協力の促進に一そうの努力を払うことは、きわめて肝要なことであると考えております。今回の予算におきましても、政府はかかる観点から十分配慮いたしたつもりでありますが、民間においても、これに即応して国際競争力を強化し、輸出進行につき十分の努力を一そう積極的に払われるよう切望するものであります。なお、経済企画庁におきましても、新たに設置される海外経済協力基金の積極的な活用につきまして万全を期する所存であります。

 第4は、物価についてであります。

 わが国経済の現状におきましては、総体的に見て需要が供給を超過するような事態は考えられないのみならず、今回の予算も健全財政のワクを堅持しておりますので、インフレーションによる物価騰貴の起こるおそれの絶対にないことは、識者のみなこれを認めるところと思います。かりに、一時的または局部的の需給のふつり合いが生じましても、これを調整することは、相当な額の外貨を保有していることでもありますから、困難なことではありません。もちろん、今後、経済発展に即応して労務費が上昇することは当然でありますが、これも、技術革新、産業の合理化の一そうの進展による生産性の向上によって吸収し得る余地が大きいのであります。従って、卸売物価については、総体としては弱含み横ばいに推移するものと考えておるのであります。

 問題は、消費者物価であります。消費者物価も上昇しないことが望ましいことはもちろんでありますが、卸売物価とはやや趣を異にしておりまして、消費者物価という中には、商品の小売価格のほかにサービス等の料金及び公共料金が含まれておりますので、これを分析して申し上げたいと思います。

 まず、商品の小売価格につきましては、ただいま申しましたように、卸売物価が安定しております以上、小売面における労務の対価の上昇を能率の増進等によって吸収し得ない場合のほかは、上がることはないのであります。もし卸売価格が生産性の向上等によりまして低落する場合におきましては、小売物価も低下し得るはずでありまして、今後、工業製品の中にはこのように指導していき得るものも多くあると考えております。しかし、労務の対価の上昇を吸収し得ない場合には、勢い小売物価の値上がりとならざるを得ないのでありますが、これは、小売業に従事する者に対する、他との均衡を得た所得の増加を意味するものでありまして、ひいては雇用状態の改善にも資するところでありますので、合理的な範囲においてはこれを許容すべきものと考えるのであります。ただ、この場合、小売物価構成上、労務の対価の占める割合は通常さほど大きなものではありませんから、その値上がりの程度はおのずから限定されるものと申さなければなりません。

 次に、サービス等の料金でありますが、この部面における労務の対価の上昇は、商品の場合よりも、能率の増進等によってこれを吸収し得る余地は少ないといわざるを得ないのであります。従って、今後ある程度の上昇は避け得ないところでありますが、これまた、この部面に属する人々の所得増加のために、小売価格について申し述べましたところと同様の意味において、容認すべきところであると考えます。

 以上のほか、商品の質の向上またはサービス等の内容の向上のために、価格または料金が上がるものもありますが、このようなものが、本質的に申して、値上がりと観念すべきものでないことは申すまでもございません。

 次に、公共料金でございますが、これは努めて抑制する方針であります。今回の予算に関連して値上げが決定されました国鉄運賃と郵便料金は、従来、政府の関与によって相当長期間低い位置に据え置かれ、一般の価格水準よりも著しく低位にあり、事業の運営上、ことに今後の経済成長のため必要な施設を整備する上から見て支障となるので、この際これを引き上げることが、国民経済の全般から見て必要と認めた結果にほかならないのであります。もちろん、その引き上げの程度は必要の最小限にとどめたのであります。

 要するに、消費者物価は、卸売物価と異なりまして、経済の成長、国民所得の増加に伴って逐次上昇する傾向にあることはやむを得ないところであります。欧米諸国の実例を見ましても、たとえば、昭和30年を基準として34年までの4ヵ年の期間をとって見ますと、米国におきまして、国民所得の伸び率21%に対して消費者物価の上昇率は8.8%、イギリスにおきましては、前者23%に対しまして後者12.6%、わが国と経済成長を競いました西ドイツにおきましても、前者40%に対して後9.9%となっております。この期間におけるわが国の場合を申し上げますと、国民所得の伸び率49%に対しまして消費者物価の上昇率は4.1%程度で、最も低位にあるのであります。

 しかし、警戒すべきは便乗的な値上げであります。経済がきわめて好調であり、個人消費も旺盛になりますと、おのずから安易な物価値上げの風潮が生じてくるのであります。これがいわゆる値上げムードと称すべきものと思いますが、このような風潮が生じて参りますと、合理的な値上げの理由のないものまで値上げしようとする傾向が生じてくるのであります。今回、政府が、国鉄、郵便等の公共料金の値上げにつきまして、その幅を極力小さくするよう努力いたしましたのも、一面、国民生活に急激な影響を与えることを避けるとともに、このような風潮に対する刺激となることに対して配慮したからにほかならないのであります。政府といたしましては、今後、この便乗的な値上げにつきましては、国民各位の御協力を得つつ、厳にこれを抑制していく方針であります。

 以上申しましたところによりまして、国民所得の上昇に比して、物価の上昇の割合はきわめて低いのでありますから、世上の一部に存する所得倍増よりも物価倍増になるという説のごときは全くの杞憂であることが御了解願えると思うのであります。政府におきましては、今後とも、消費者物価の安定について格段の努力をいたす所存でありますから、国民各位も十分協力せられんことをお願いするものであります。

 これを要しまするに、わが国経済は、政府においても、民間においても、それぞれ施策し、また、配慮すべき事項は幾多存在するのでありますが、お互いに協力し、努力するならば、その前途はまさに長きにわたって洋々たるものがあることを確信いたします。ただ1点、私は、経済の成長に対する信頼が大きければ大きいほど、経済の発展に先ばしって過度の思惑が発生することを心配するものであります。わが国経済の堂々たる進展をはばむ原因がもしありとすれば、ただ1つこの点であると思います。政府といたしましては、諸般の政策の機動的運営に努めまして、かかる事態が生じないよう格段の留意をいたす所存でありますが、国民各位におかれましても、十分の理解のもとに、節度ある歩調をもって、高度の経済成長の達成と充実した国民生活の実現に向かって邁進せられんことを切望してやまない次第でございます。