データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] アジア・アフリカ会議における高碕代表演説

[場所] インドネシア、バンドン
[年月日] 1955年4月19日
[出典] アジア局第一課
[備考] 
[全文]

 議長、各国代表並びに紳士淑女諸君

 本日ここに主催国政府の熱誠あふるる御尽力により、アジア・アフリカ諸国の指導者が一堂に相会する歴史的会議が開催せられ、親しく意見を交換する機会が与えられましたことは、私の最も欣快に存ずる所であります。本会議は未曾有の盛典でありまして、興隆途上にあるアジア・アフリカ民族の旺なる意気を象徴するものであります。日本政府はこの会議を頗る重要と考えましたので、首相みずから出席することを切に希望したのでありますが、政務上の理由から断念するの已むなきに至り、私が首相を代表して参列することになりました。私はここに先ず鳩山首相が本会議の成功を熱心に祈念していることを皆様方に御披露いたします。日本国代表として、この有意義なる集いに参加し、日本の国民的抱負の一端を披瀝し得ることは私の最も光栄に存ずるところであります。

 本会議の主要な目的は、アジア・アフリカ諸国家間における友好親善と相互理解を増進し、共通の時務たる諸問題を膝を交えて親しく検討し、もつて恒久平和確立の方途を探究するに在ると了解いたしておりますが、これは正に世界における自由、正義及び平和を擁護せんとする世界人権宣言の趣旨に合致し、人類社会の進歩を念願するもの全てが等しく共鳴する所に相違なく、アジアに国を成し、アジアとともに生くべきわが日本としては、特に重大なる関心を寄せる次第であります。

 歴史をひもとくまでもなく、アジア・アフリカ地域は、世界最古の文明発祥地でありまして、その偉大なる伝統は現代文明の形成に幾多の輝かしい貢献をするとともに、今なお脈々として強くわれわれの体内に波打つており、期せずしてアジア・アフリカの民族的共感の基礎となつているのであります。しかるに、歴史の先駆者を祖先とするこれら諸民族の多くが、豊富なる人的、物的資源を擁しながらも、近代的科学技術ないし経済的諸制度の採用においては立ち遅れていることを認めざるを得ないのであります。われわれは、須らくこの点に着目して、自助と相互協力による経済発展を通じ、真の独立と進歩を達成すべきであると信じます。この会議がアジア・アフリカ復興の狼火となり、われわれの手によつてわれらの固有文化の炬火を再び高く掲げる契機となることを切望してやみません。

 ひるがえつて現下の国際情勢を見まするに、不幸にして依然緊張状態が存続していて、各国の政治的安定及び経済的発展を著しく阻害しております。われわれの世代は、再度にわたる大戦争によつて名状すべからざる災禍を蒙つたのでありますが、それにも拘らず、国際平和は、遺憾ながら未だ確立せられるに至りません。若し人類が、国際紛争解決の手段として戦争を廃棄しないならば、やがては戦争が人類を廃棄する破目となりましよう。故にわれわれは人類救済の一大悲願にうながされ、平和の破壊に導くおそれある国際緊張の禍因を、冷静且つ慎重に検討し、これを除去して緊張を緩和するため、相共に誠実に協力すべきであると考えます。

 日本は、第二次世界大戦に際し、不幸にも近隣諸国に戦火を及ぼし、自らもまた、最も惨憺たる災害を蒙つたのであります。われわれ日本国民は、人命、財産の高価なる代償を支払うことによつて、民主主義を確立し、ここに一途に平和に徹する自由国民として再生したのであります。殊にわれわれは原子爆弾の惨害を身をもつて経験した唯一の国民として、国際紛争の武力解決が如何に恐るべき災厄を招来するかについて、いささかたりとも幻想を抱いておりません。かくて対内的には確固たる民主主義平和体制を築き上げることが、わが日本の不動の国是となり、対外的には等しく民主主義の基調に立つ諸国家と一層緊密なる提携を図りつつ、一切の平和愛好国と友好関係を増進しもつて世界平和の確立に積極的に貢献することが、わが外交の指導理念となるのであります。従つてわが国の基本政策が、国際連合の目的と諸原則を尊重し、あくまでもこれに協力して相互信頼に基く平和と安全の維持を図るに在ることは、改めて申すまでもありません。ここに、わが日本が国際紛争解決の手段としての戦争を放棄し、武力による威嚇を行わざる平和民主国家であることを、再び厳粛に宣言する次第であります。世界の如何なる地域においても暴力を排除し、国際紛争を交渉によつて平和的に処理する習慣を確立することこそ今日の要務であり、アジア・アフリカ諸国が卒先範を示すべき点であると確信いたします。

 本会議において、アジア・アフリカ地域の諸国が相互理解と善隣友好を促進することは、世界平和の維持に絶大なる寄与となり同時にこれら地域内の経済発展を可能ならしむる所以でもあります。

 私は冒頭において、アジア・アフリカ地域の今後の課題は、科学技術の導入による経済開発に在ることを指摘いたしました。地域内諸国が国際社会に在つて、正当なる地歩を獲得するためにも、経済発展は不可欠の要件であります。地域内諸国が多くの困難を克服しつつ、経済建設及び生活水準向上のために真摯なる努力を続けておられることに対しては、深い共感と敬意を表するものであります。もしも更に各国間に友好的経済協力が進められ、国連その他の協力機構を通じて所要の資本と技術が一層多く取り入れられるならば、地域内各国の潜在資源は活用せられ、生活水準は確実に向上して行くものと信じます。わが日本といたしましても、相互繁栄のため、志を同じくする各国と積極的に経済協力を推進したいと念ずる次第であります。

 最後にアジア・アフリカ地域の文化交流の重要性を指摘いたしたいと思います。本会議参加国の多くは輝かしい固有の民族文化の他に、共通の精神文化を伝承しております。とは言え、従来はこの一大文化圏内に在つても、各国相互間における文化交流は必ずしも充分とは言えず、相互啓発や相互理解に欠くところが多かつた事実を認めざるを得ません。本会議参加国が、相互に相手国の政治形態及び生活様式を尊重する原則に立つて、学術、知識や人的交流を促進するならば、物心両面における生活内容の向上と、相互理解の増進による国際平和の確保は一層容易となることを確信いたします。

 以上の趣旨から私は、日本代表として、本会議に対し平和維持及び経済並びに文化に関せる提案を行うものであります。各国代表の慎重審議を要請いたします。

 アジア・アフリカ各国の代表諸君、今や世界は原子力時代に入りつつあります。この原子力を人類壊滅の凶器とするか、あるいは平和的利用によつて無限の恵沢を享受するか、それは一にわれわれ人類のえい智にかかつている次第であります。そしてその正しき選択を行わしめるものは高度の精神文化に他ならず、われわれアジア・アフリカ国民は今やここにその伝統的精神文化の真価を発揚して、恒久平和の基礎を力強く築くべきであると確信いたします。

 御静聴感謝します。