データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] マレーシア国営ベルナマ通信社による岸田総理への書面インタビュー

[場所] 
[年月日] 2023年11月4日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

(問)日マレーシア関係の現状をどのように見ているか。また、二国間関係を更に強化するための優先課題は何か。

(答)昨年、外交関係開設65周年及び東方政策40周年を迎え、本年に日・ASEAN(東南アジア諸国連合)友好協力50周年を迎える中で、総理大臣としてマレーシアを訪問でき嬉(うれ)しい。

 日本とマレーシアは、長きにわたり良好な関係を共に築いてきた。国際社会が複合的な危機に直面している今、日本とマレーシアは、基本的な価値や原則を共有する戦略的パートナーとして、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化し、「人間の尊厳」が守られる世界を確保するために協力していく必要がある。また、日・マレーシア両国は、経済、安全保障、人的・文化交流といった分野で、そして地域とグローバルな課題への対処において、その協力の裾野を広げる大きな潜在性を有している。例えば、マレーシアの優先分野であるサプライチェーン強靱(きょうじん)化やデジタル、グリーン等の分野を含め、幅広い分野において具体的協力を更に積み重ねていきたい。

 日本有数の国立大学である筑波(つくば)大学によるマレーシアにおける分校設置計画は、東方政策の新たな展開の一つ。来年9月の開校を目指して調整を進めている。同分校が、ASEANや近隣地域における日本式高等教育の拠点となり、多くの優秀な若者が輩出され、各界で活躍されることを期待。是非、多くのマレーシアの皆さんに、筑波大学分校で学んでいただき、将来の日・マレーシア関係の架け橋となり、更なる二国間関係の発展に向けて協力していただきたい。

(問)国際情勢がもたらす経済的な課題を踏まえ、日本とマレーシアがイノベーション、貿易を促進するために、どのように経済協力を強化することができるか。

(答)日本とマレーシアは共にCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)、RCEP(地域的な包括的経済連携)協定の締約国。こうした経済連携協定を通じて、日本とマレーシアは、インド太平洋地域における経済面での協力を進展させるべく共に取り組んでいる。また、日・マレーシア両国はIPEF(インド太平洋経済枠組み)交渉に参加しており、本年5月にはサプライチェーン協定交渉が先行して実質妥結した。両国共通の重要課題であるサプライチェーンの強靱化も含め、地域の経済秩序の構築と繁栄の確保に向けて、早期に具体的な成果につなげられるよう、マレーシアを始めとする地域のパートナー国と緊密に協力していく。

 さらに、マレーシアは、1982年に開始された東方政策により、日本留学・研修を経験し、日本とマレーシア双方の言語・文化・伝統に通じた人材を多数有している。これは日本とマレーシアが経済関係を強化していく上で、大きな強み。こうした点に魅力を感じた多くの日系企業がマレーシアに進出し、マレーシアの経済発展に貢献してきた。現在約1,600社の日系企業がマレーシアで活動しており、業種も製造業だけでなく、サービス・小売業にも拡大している。

 日本がグローバリゼーションと向き合う中で、日本がマレーシアから取り入れるべき点も多々ある。民族多様性やマレーシアが競争力を有するイスラム金融、ハラル産業等の分野では、日本がマレーシアから学ぶことでビジネスチャンスを拡大できると考えている。マレーシアを通じてイスラム諸国やASEAN諸国へとマーケットを更に拡大していきたい。

(問)海洋安全保障や南シナ海を含む地域の安全保障と安定の課題において、昨今の地域情勢を踏まえ、日本とマレーシアはどのように協力していくとお考えか。また、日本の「自由で開かれたインド太平洋」ビジョンにおいて、マレーシアはどのような役割を果たすと考えるか。

(答)東シナ海・南シナ海における力を背景とした一方的な現状変更の試みや北朝鮮による核・ミサイル開発を始め、地域の安全保障環境は一層厳しさを増している。G7広島サミットでは、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守っていくというメッセージを、G7の枠を超えて、世界に向けて力強く発信した。

 この秩序の維持・強化こそが、日・マレーシア両国のみならず、国際社会全体の平和と安定を確保し、繁栄をもたらすもの。こうした考えの下で、日本は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に向けた取組も推進。

 本年3月に私が発表したFOIP新プランは、これまでの「自由」、「法の支配」、「包摂性」、「開放性」及び「多様性」のビジョンを継承しつつ、世界を分断や対立ではなく協調に導くことを強調するもの。「対話」によるルール作り、各国間の「イコールパートナーシップ」、「人」に着目したアプローチを通じ、インド太平洋地域が自由と法の支配が尊重され、多様な国家が共存共栄する場として繁栄することを目指している。

 同時に、我が国は、FOIPと本質的な原則を共有する「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」の主流化も強く支持。引き続き、AOIPの掲げる原則に、多くの国が共感し、協力するよう共に取り組む。

 こうした取組を進める中で、インド洋と太平洋を繋(つな)ぐシーレーンの要衝の位置するマレーシアとは、特に海洋分野における地域の連結性・安定性の維持・向上に向けた協力を推進。日本が2016年にマレーシア海上法令執行庁に供与した二隻の巡視船は、マレーシア周辺海域を守るために活用されている。さらには、日本は、マレーシア海上法令執行庁設立当時の2005年から海上保安職員の能力向上支援を行い、今や、日本とマレーシアの海上保安職員が指導役を務める形で、第三国に対して海上保安分野に係る研修を行っている。

 引き続き、FOIP及びAOIPの実現に向けて、戦略的パートナーであるマレーシアと一層連携を深めていきたい。

(問)気候変動と持続可能性は世界的な関心事である。環境問題に取り組み、持続可能な開発を促進し、気候変動との闘いにおける共通の目標を達成するために、日本とマレーシアはどのように協力できるか。

(答)昨年1月、私は、日本の技術や制度をいかし、アジアの脱炭素化に貢献していくとの思いの下、「アジアゼロエミッション共同体(AZEC)」構想を提唱した。同構想はアジアの実情に応じた現実的なエネルギートランジションを実現することを目的として、脱炭素化に向け、投資資金を呼び込み、プロジェクトを具体化していくものであり、マレーシアからは同構想にいち早く支持を頂いた。12月の日ASEAN特別首脳会議の際にはAZEC首脳会合を開催予定であり、アンワル首相を始めとする同構想参加首脳と共に、アジアの脱炭素化に向けた意見交換を行いたい。