データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 内外記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1996年11月25日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(上),271−277頁.
[備考] 
[全文]

一、橋本総理冒頭発言

 本日は、去る十一月七日に内閣総理大臣に再任されてから、初めての外国での記者会見の機会でもありますので、まずはこの場を借りて、改めて国政の遂行に全力を傾ける決意であることを申し述べたいと思います。

 今回のAPECの出席を通じ、私は、アジア太平洋における自由で開かれ、活力ある社会の創造に向けた躍動を肌で感じ、この地域が新しい時代に入りつつあるとの認識を改めて強くしました。より自由で開かれたアジア太平洋、そして世界の中で、友人たちと共に二十一世紀の世界を作っていきたいと考えています。我が国もまた二十一世紀を自前に控えて大きな転換期を迎え、政治・行政、経済、社会の「変革と創造」をやり遂げなくてはなりません。我が国の現状を正面から見据え、また世界の諸国との共通の基盤に立って、共に発展することのできるシステム、そのような二十一世紀にふさわしい社会経済システムの構築に画けて、私は、行政改革、経済構造改革、金融システム改革、財政構造改革、社会保障構造改革の五つの改革を断行していきます。

 私は、今風のAPEC非公式首脳会議においては、以上述べたような我が国の「変革と創造」に同けた私の基本哲学に基、つき、積極的な発言や提案を行いました。

 ここで、APECフィリピン会合についての評価を一言申し上げますと、今回の会合は、アジア太平洋コミュニティの形成という理念の実現に向け、九三年のシアトルの「ヴィジョン」、九四年のボゴールの[目標」、九五律の大阪の「指針」を受けて、いよいよ「行動」の段階への移行を記す節目となる有意義なものでありました。閣僚会議においては、まさに「行動元年」にふさわしい立派な成果が得られたものと確信します。

 一方、非公式首脳会議においては、アジア太平洋コミュニティの形成、グローバリゼーション、APECプロセスのダイナミズムの持続、インフラ開発という四つの大きなテーマが話し合われました。APECの特徴が多様かっ異なる文化を持った太平洋をまたぐメンバーの間で、開かれた精神をもってさまざまな問題につき議論し、協力していくことにあるのはご承知の通りですが、今回のこれらのテーマは、まさにこうしたAPECのプロセスをより活発で開かれたものにしていこうというもので、私も積極的に議論に加わりました。具体的に申しますと、まずコミュニティ精神の重要性を訴え、これを深めるとの観点からコミュニケーションの発達を期して、情報技術関連の関税の撤廃(ITA)の推進を強く主張するとともに、神戸に開設予定の「アジア・太平洋情報通信基盤(APII)センター」を他のメンバーも活用するよう提案しました。次に、グローバリゼーションに対応していくとの観点から、直接投資促進の重要性を訴えました。また、インフラの関係では、この地域におけるインフラ整備のための民間資金活用を促進すべく貿易保健機関の協力を打ち出す一方、インフラ関連の情報交換をインターネットを利用して行う「インフラ情報ネットワーク」の設立等を提唱しました。

 APECプロセスの一層の活発化のためには、APECの活動への民間の関与の必要性を主張する一方、太平洋の海洋環境保全のため珊瑚礁保全に関する協力等を提唱しました。更に麻薬や銃器の不正取引防止等の国境を越えた社会経済的問題についても、今後話し合っていくべき問題として私から提起しました。この機会に、議長として見事な采配をふるって会議を成功に導かれたラモス大統領に改めて敬意を表したいと思います。

 更に、私は、首脳会議に先立ち、APEC議長国たるフィリピンをはじめ、韓国、米国、中国との間でそれぞれ首脳会談を行いました。フィリピン、韓国、米国の各首脳につきましては既に旧知の間柄であり、中国の江沢民主席とは日中両国の首脳同士として初めての会談でしたが、いずれも極めて有意義かつ建設的な会談を行い得たと思っています。

 簡単ですが、以上が今回のAPECフィリピン会合出席を終えての私の所感です。

二、質疑応答

 − APECの成果について言及があったが、今回の会談を踏まえて、これからAPECのどういう点に一番力を入れて行くべきと考えるか。また、日本として果たすべき役割についてどのように考えるか。

〇(橋本総理) APECは、今回で発足以来八年目であり、本格的な行動の段階に入った。フィリピン会合は、マニラ行動計画の策定をはじめとして、内容のある多くの具体的成果が生まれたと思う多様な文化を持ち、それぞれの文化を尊重し、また、発展段階の違う国がお互いに相手の立場を思いやりながら共に協力して進んでいくというAPECの特徴を生かしながら、貿易投資の自由化、円滑化ならびに経済技術協力といった二つの柱を車の両輪にしながら活動を一層強化し、具体的な成果を積み上げていくときに入ったと考える。

日本しても、当然ながら我々の過去の経験を生かし奈ら、こうした方向に向けて出来る限り努力をしていきたい。漠然とし奪えだが、私はそう考える。マルチの協力の問題もあるし、二国間の協力というものもあるが、どちらにしても日本は一層多くの役割を果たすものになっていくと考える。

 − 日本のITAに対する立場は。閣僚会合における話し合いのあり方に満足しているのか。

○総理 ITAに関しては、当然ながらシンガポール閣僚会議までに取りまとめをするように呼びかけるという強いメッセージが発出されたことを評価している。今までのジュネーブでの会合でも積極的に推進してきたが、これから先もジュネーブでの交渉を引き続き積極的にリードしながら、APECメンバーをはじととする各国の参加を働きか

けていきたい。

 − 沖縄の普天間飛行場の代替ヘリポート問題についてお聞きしたい。総理は昨日の日米首脳会談で沖縄問題に区切りをつけたいと言われたが、十二月二日の二+二では、ヘリポートの移転先とか候補まですっきり決まるものなのか、それとも大まかな方向性にとどまるものなのか、総理の見通しを聞きたい。

○総理 沖縄県民の皆さんが基本的に理解してくれない限り、どのようなことを決めても実際の進展は難しいと思い、太田知事はじめ関係者との対話を大事にしてきた。二+二において、あなたの質問のように、非常にするどくきちんと答を出せたとしても、沖縄県民の皆さんに十分説明が出来るほど、関係者の話し合いが煮詰まっているとは思っていない。それだけに、大枠を示す、あるいは方向性を示すという中で、その後の議論がどうずれば沖縄県民に受けとめていただけるものになるかといった視点から考えて行くべきと考える。普天間以外にも、沖縄県に対して我々が果たしていかなければならない課題はたくさんあり、そうしたことにも我々は協力をしていきたいと考える。マスコミの皆さんにも是非協力していただきたいし、日米安全保障条約の持つ重みを考えると、沖縄県民だけに負担をかけるのではなく、国民全体がその痛みを分かち合うという気持ちを持つことを願っている。

 − 総理は、今回の日中首脳会談において、中国との関係をどのように無償資金協力凍結の早期解除に向けて中国との関係を進められたのか。また、クリントン大統領が日米会談において保険協議の解決を主張したと言うが、どういう方向で解決に向かおうとしているのか。

○総理 まず中国との関係については、明年、日中国交正常化二十五周年という節目を迎え、その年を日中関係の大きな前進のステップと出来るよう、心から願いながらさまざまな話を行っている。先日の日中首脳会談では、私はそのような思いの中で臨んだし、江沢民主席も同じような気持ちを持っていただいたと思う。対中無償資金協力については、再開に向け鋭意検討を行っている。

 また、クリントン大統領との保険協議に関する話については、今日、既に次官級の話が東京で行われているはずである。そして、その協議を受けてより高いレベルの話し合いも当然行われ、できるだけ早くこの問題に決着を図りたいと考えている。お互いの話し合いなのであるから、片方が百パーセント自分の意見が正しい、相手が全面的に妥協すべきであるというのでは話し合いは成立しない。ですから双方で協力できる部分を探し、話し合いをまとめるという気持ちで交渉してくれるよう、今朝、マニラから大蔵省の交渉担当者に改めて指示を出した。米国側もそういう姿勢で交渉に臨んでくれることを願っている。

 それと同時に、我々は金融システム改革を真正面から取り上げようとしている。西暦二〇〇一年までに日本の金融市場が、ニューヨークやロンドンに肩を並べる市場となるよう、日本の金融システム全体を変えようとしており、これに逆行するような結果を出すわけにいかないと考える。

 − コミュニケの中で、二〇〇〇年までに関税をかなりなくすという表現があるが、バシェフスキーUSTR代表代行の話では、ゼロ・タリフであるとの見解を述べている。総理は、この解釈に賛成か、また、他の首脳の方々はどういう考えであるのか。

○総理 私は、パシェフスキーUSTR代表代行の解釈が正しいかどうかを有権的に解釈する立場にない。本日の非公式会合においては、他の首脳からも私自身もそのような視点からの意見を言う状況ではなかった。

 − ラモス大統領はODA法の改正に関してどのような発言を行ったのか。また、それに対する日本の疑念は何

か。

○総理 ラモス大統領から、ODA法について特定の中身の説明はなかった。ただ、フィリピンは経済協力の最重要

国であるので、経済社会開発を引き続き積極的に支援していくため、第二十一次円借款供与の意図を表明した。ODA法の問題については、ラモス大統領以下フィリピン政府の尽力をいただき、円借款の実施に問題がないとの判断であり、そのうえで供与の意志表明を行った。これからも引き続いて、円借款の円滑な実施のためにフィリピン政府と緊密に協議していきたい。

 − 日本のスポークスマンは、APECへの新規加盟問題に関して、日本はベトナムとペルーの加盟を支持する

が、ロシア加盟については留保すると述べたが、ロシアに対して日本はどのような懸念を持っているのか。

○総理 私の代理で会見をした人が誰か分からないが、APECの中で今日首脳レベルでも議論になったのは、モラトリアムを解除して新規加盟を受け入れるのか、受け入れるとすれば、どんなルールで受け入れるのかといったことである。確かにペルー及びベトナムについては、新規加盟受け入れの道を開けるなら開きたいという気持ちを持っている。しかし、プリマコフ外務大臣に先日会った際には、APEC加盟の話は出なかった。ロシアがアジア太平洋地域においてのあらゆる政治的プロセスに関心を持っていることは承知しており、また、一昨年の中小企業大臣会合の際に、メンバーに加わりたいとの意見があったことも承知している。今後の新規加盟については、閣僚レベルで一つの考え方を示したばかりであり、まだ首脳レベルでどこを入れ、どこを入れないかを線引きする状況ではない。今後、ロシアが正式に加盟の希望を表明した段階で、当然検討する対象になろう。

 − 今回の会合で日中、米中関係の改善が見られたと言うが、総理が中国に対する無償ないしは有償の円借款を再開するに当たって、中国の民主主義の進展という問題を考慮されるのかどうかを伺いたい。

○総理 中国が我々と違った政治体制を持っていることは、皆さん承知の通りである。我々は、中国の改革開放路線を支持してきたし、中国を国際社会の中に迎え入れることが、アジア太平洋地域の安定を築いていく上でも、世界にとっても重要であると考える。質問の趣旨が分からないが、例えば中国と米国も、違った点を認めあったうえで、非常に円満な関係を築いたと聞いている。私は、クリントン大統領が四月に訪日した際にも、中国との関係を改善すべきであると述べていたので、そういう方向になったことを喜んでいる。有償資金協力についても、当然のことながら我々は努力をしていくつもりである。

 − 今回の宣言の中で、紛争調停の役割については触れられていないが、果たして紛争調停の機能はAPECの中ではどのように位置づけられるのか。

○総理 APECが紛争処理、あるいは紛争の調停機関としての役割を持っているとは思っていない。APECは、加盟各国がお互いに、経済情勢も歴史も現実の社会状態も違うことを認め合った仲間であるので、紛争処理調停機関といったぎくしゃくした体制にはないと私は考える。お互いがお互いの違いを認め合いながら協力をしていく、その中で解決できるものは解決するというものと考える。紛争処理メカニズムといったものを作り、事務局を置くようなものではないと考える。