データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 長崎平和祈念式典における記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1996年8月9日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(下),1030−1035頁.
[備考] 
[全文]

 −一問目が、長崎原爆資料館の展示ですが、こちらの資料館には、被爆の実相を伝えるために南京大虐殺などの課外展示をしております。これについてどう思われますか。お答えください。

○総理 長崎の原爆資料館のご指摘の展示の扱いの話は、いろいろ私たちも伺っていますけれども、これは長崎市において対応しておられることであって、私からとやかく申し上げることは差し控えたいと思います。

 −二問目は、世界における核兵器廃絶に向けての指導的役割についてですが、政府にはアメリカの核の傘から抜け出し、国際社会で核兵器廃絶のための指導的役割を果たすというお考えはあるというふうに伺っているんですけれども、被爆地が求めております政府主催の海外での原爆展開催の意向があるかないか。更に、ほかに指導的役割を果たす具体的な手段が何かありましたらお願いします。

○総理 私たちはこの長崎、そして広島の悲惨な原爆の被爆という体験を原点として、今日まで非核三原則を国是として国際社会に訴えながら、核兵器不拡散条約の義務を誠実に履行し、同時に、核兵器のない世界を目指して現実的に着実な核軍縮措置を一歩ずつ積み重ねていくことが必要だと、そう考えて行動してきました。

 しかし、一方で国際社会の現実というものを考えると、核兵器を保有していない我が国として、民主主義の価値を共有しているアメリカとの安全保障条約を堅持しながら、その抑止力の下で自国の安全を確保していくという現実があります。

 そして今、日本政府として原爆展を国際社会に進めていくかというご質問、これは実は我々として広島でも同じようなお話を伺ったことです。

 当然のことながら、日本政府として核の悲惨さを訴え続ける努力、それはいろいろな手法を用いて進めていく必要があると思います。そして、国が行った方が相手の国として受け入れやすいケースもあるでしょうし、日本政府という立場では相手国が協力しにくいといった場合、こういう現実も想定されるわけですが、例えばその場合に、自治体が、すなわち長崎市や広島市が進めようとされる展示会を側面から支援するなど、いろいろなやり方があると思います。

 いずれにしても、そうした努力は国として当然ながら被爆地の長崎、広島とご相談をしながら、これからも着実に進めていくことになるでしょう。

 −国として受け入れやすい場合には、日本政府として行うということも考えるということですか。

○総理 それは相手国の受け止めのことです。我々が強制的にすることは出来ないわけですから、日本政府の展示を相手国が求めてくれれば、当然そういうケースも出てくるでしょう。しかし、例えば被爆地の訴えであれば、そうしたチャンスをつくることにやぶさかではないが、日本政府ということでは受け入れられないというケースも当然想定出来るわけで、私はそうした選択肢は余り狭めたくありません。

 いずれにしても、我々は日本としてこの核の悲惨さを世界に訴えるチャンスは出来るだけ多くつかみたい。

 −三問目ですが、政府がつくろうとしています原爆死没者追悼平和祈念館についてですけれども、地元の方で祈念館の内容について、どこまで地元の意見を反映しようとしているのか。それから、老人ホームなどほかの施設に変更は出来ないのかという声があるのですが、その点についてお聞かせください。

○総理 私は原爆死没者追悼平和祈念館については、これは原爆死没者の尊い犠牲を銘記しながら、恒久の平和を祈念ずるための施設として設置をするものですし、その在り方については、当然ながら学識経験者、地元の自治体、そして被爆者団体の代表の方から成る検討委員会で検討を進めてきました。

 そして、その中に地元の、言い換えれば被爆者の声というものが当然、ここまでも論議の中に反映されてきたと思っています。

 そして、昨年の十一月、原爆死没者追悼平和祈念館開設準備検討会を設けて、更に具体的な検討を行っているところですが、地元に検討会議が設置されているはずです。そのご意見を踏まえながら検討を進めていきたいと思っています。

 そして、今、原爆被爆者養護ホームの問題と、これと重ねられましたけれども、我々はこれは違う問題だと思います。その上で、原爆被爆者養護ホームの建設については、これは今後ともに必要な財政を確保するということと同時に、その施設の設置については、長崎県、長崎市のご意向を踏まえながら、地域の実情に即した対応をしていきたい。これはそれぞれ私は独立した問題としてとらえたいと思います。

 −長崎県の佐世保では、米兵による女性殺人未遂事件がありました。それで、地元で入港拒否出来ない日米安保や地位協定を見直す考えが政府としてあるのかないのか。お伺いしたいんですが。

○総理 犯人の引き渡しがスムーズに行われたことを、まず私は今回の事件の非常に不幸な中で、状況が変わってきた一つのあかしとしてとらえてきました。こうした事件が起こったこと自体は大変不幸な事件ですけれども、その中で犯人の移管、移し替えというものが日本側の主権に早々に委ねられた。これは一つの私は前進だと考えています。

 これから先、例えば日米地位協定を見直すんだと、私は力む必要はないと思いますし、それから、見直さないんだと言い切る必要もない。

 こうしたものはやはり必要に応じて、その都度弾力的に考えていくべきものでしょう。

 ただ、地位協定そのものを、今それでは見直すのかと言われれば、今、見直す必要が生じているとは考えていません。当然ながら、これは長崎県で起きた事件だけではない、沖縄県でも我々は去年大変不幸な事件を体験しました。そして、その反省が今回は少し生かされたわけですけれども、必要に応じて、見直しの必要が出れば、その努力をするということに尽きると思います。

 −解散・総選挙後の政権の在り方について、総理はどのようにお考えでしょうか。現在の自社さ政権のような、連立政権が望ましいか、それとも自民党単独政権が望ましいとお考えでしょうか。

 また、連立与党の一員である新党さきがけの鳩山由紀夫代表幹事を中心とする新党結成の動きを、どのようにごらんになりますでしょうか。

○総理 順序を変えた答え方になりますけれども、私は鳩山新党と言われるものについては、報道で知る範囲しか分かりませんけれども、一般論で申し上げるならば、若い政治家が自ら追求する政策目標を掲げて、志を同じくする方々と行動を共にしようとされること、これは一概に否定されるべきことだとは私は思いません。

 しかし同時に今、解散・総選挙後というお尋ねですが、私は何回も申し上げてきているように、今、解散を当面念頭に置く状況ではないということを繰り返し申し上げてきています。

 したがって、解散後の政権の在り方というものも、私は今、考えてはおりません。なぜなら、現在、この政権というものは社民党、新党さきがけ、そして自由民主党、三党の上に成り立っているという現実があるからで、その中で一つずつ我々は政策課題をこなしていきたいと思っています。

 当然、選挙が行われているときには、それぞれの政党は自らの理想を掲げて国民に訴えていくわけですから、それはそのときの国民がどうご判断になり、結果を出してくださるのか。その上で決するべきことであって、我々がうんぬんすべきこととは違うと私は思います。

 −PKO協力法は施行からほぼ四年が経ちました。自衛隊内からは武器使用基準の見直しを求める声があるほか、総理府国際平和協力本部事務局長の私的検討会が、物資協力は停戦合意がなくても実施出来るよう求めていますが、首相のPKO見直しについてのお考えをお聞かせください。

○総理 国際平和協力法の見直しについては、今あなたからも言われたように、昨年見直しの時期を迎えました。そして、現在、政府としての検討作業を行っています。当然のことながら、その検討に当たっては、過去の派遣における貴重な経験というものを我々は土台にしていますし、その上でこれを踏まえて国会などにおけるご議論を始めとしてさまざまな意見に十分耳を傾けて進めていく必要があると思います。ご指摘になられた物資協力の在り方も含めて、検討していこうとしている課題です。

 なお、武器使用の問題に触れられましたけれども、これは個々の隊員の判断によるとされている点については、隊員の、心理的負担が非常に大きかったということが、これまでの国際平和協力業務を通じて得られた教訓、反省事項の一つとして報告されていることは事実です。見直しの検討に当たっての重要な一つの課題であることは間違いがありません。

 しかし、いずれにしても我々は、適切な結論が得られ、我が国の国際平和協力を世界的にも評価をされるものにしていくように、同時に我々が従う日本国憲法の下で行える限界というものも踏まえながら、政府内で鋭意検討していきたいと思っている最中です。

 −本日、ロシアのエリツィン大統領の就任式もございます。この十月には日ソ国交回復四十周年を迎えますが、その国交回復四十周年に当たりまして、総理としては今後平和条約の締結作業、それと北方領土の前進に向けて、具体的にどのようなことをお考えか、お聞かせいただきたいんですが。

○総理 北方領土問題を解決していくこと、そして、平和条約を締結して日ロ関係の完全な正常化を達成するということは、これは我が国にとって対ロ外交の一貫した基本方針ですし、同時に、日ロ関係が完全に正常化することは、私はアジア太平洋の平和と安定のためにも重要だと思っています。

 ですから、先般モスクワで行われた原子力安全サミットの際、エリツィン大統領との会談を持てたときにも、九三年十月、エリツィン大統領が訪日されたときの東京宣言、これはエリツィン大統領ご自身が署名されたものですけれども、これを基礎として、両国関係を更に発展させていくということをお互いに確認をし、同時に外務大臣レベルで平和条約交渉を再活性化されることが重要だという認識も一致をし、そのためにロシア大統領選挙の後に、次官級の平和条約作業部会を再開するという合意をいたしました。

 こうした状況を受けて、先般ジャカルタで日ロ外相会談が開かれましたが、この合意を受けて、プリマコフ外相の訪日を得て、日ロ外相間定期協議を十一月を目途に実現する。

 更にその準備のために、次官級の平和条約作業部会を本年の秋、プリマコフ外相の訪日までに東京で開催することを合意しております。

 今、ご指摘のように、日ソ共同宣言による国交回復四十周年という一つの節目の年ですし、こうした日ロ間の合意を踏まえて、領土問題の解決を含めて関係前進のために一層の努力を払っていきたいと考えています。

 今、具体的にはプリマコフ外相のご訪日、その前に作業部会、そうした手順を定めているところです。