データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 伊勢神宮参拝時における宮澤内閣総理大臣の記者会見

[場所] 
[年月日] 1992年1月4日
[出典] 宮沢内閣総理大臣演説集,637−646頁.
[備考] 
[全文]

 司会 ただ今から、宮澤総理大臣の記者会見を行います。まず、宮澤総理大臣がコメントを述べられます。

 総理 皆様明けましておめでとうございます。今年も皆様にどうぞご多幸の年でありますことを心からお祈りをいたしております。

 昨年は、一月に湾岸戦争の爆撃がありまして、また、暮、遅くなりましてから、ソ連邦が解体せられました。誠に、激しい国際的な変動の年でございました。おそらく、この激しい激動は今年も続くであろうと思われますが、大きな流れは、私が昨年、秋の国会で所信表明の中で申し上げましたように、いわゆる冷戦後の世界は、間違いなく新しい平和と民主主義の秩序の構築に向かって動きつつございます。

 戦後、長い間、大国も小国も軍備のために非常に大きなエネルギーを使ってまいりましたが、この新しい平和構築の時代に当たって、これらの膨大な資源と資金が平和の目的に使われるようになるならば平和な配当は、正に、我々自身のものであるばかりでなく、いわゆる南北問題によって象徴される南の人達の救いにも報われなければならないと思います。

 飢餓と貧困、民族間の闘争と難民、さらには、一歩進んでいわゆる地球環境の改善にまで、この平和の配当が向けられる時に、始めて、私共は本当に平和で繁栄する地球を持つことができる。我が国は、戦後、文字どおり平和を実践してきた国であります。

 その我が国こそは、この大きな流れの先頭に立って、これを促進する資格もありますし、また、任務もある、というふうに考えるものであります。

 で、そういう新しい年の始めに、まもなく、我々は、アメリカのブッシュ大統領をお迎えをいたします。

 我が国とアメリカと合わせますと、世界のGNPの実に四割を占める、世界第一、第二の経済大国でありますが、価値観を同じくして、自由民主主義、基本的人権、そして、市場経済によって繁栄を築いてきたこの両国こそは、今、新しい世界の平和と民主主義の秩序の構築に当たって、お互いに協力しながら、この流れを進め、促進をしなければならない。たまたま、真珠湾五十年を迎えた翌年でありますが、ブッシュ大統領と私とは、これから二十一世紀を展望して、両国がこのような大きな地球的な、世界的な責任を相共に果たそうではないかという決心を東京宣言の形において、内外に宣明をいたしたいと考えております。

 昨年の暮れの十二月の八日、いわゆる真珠湾の日に、私は、ブッシュ大統領がホノルルで演説をされるのを聞きました。その中で大統領は「自分は、もはや日本のことも、ドイツのことも少しも憎しみを感じない。むしろ、かつての敵は今、自由と民主主義の最も良い友達になった。アメリカにとって最良の友達になった。どうか戦争で亡くなった人々。あなた方は無駄に命を落されたのではない。ということを、どうぞ安らかにお眠りください。」ということを言われました。

 真珠湾には、まだたくさんの遺体を抱きながら、ご承知のように沈んでいる軍艦があります。で、それを背景にして、しかも、第二次大戦を生き残った将兵に対して、こういう言葉を言われる。これは大変に勇気のいることであったろうと思います。私は粛然として、そのブッシュさんの演説を聞きましたが、おそらく、多くの国民が同じ感じを持って、これをお聞きになったであろうと思います。

 それから、わずか二週間後、我々はアメリカのGMが不況によって大きな企業規模の縮小をするというニュースを聞いた。

 七万四千人の人員削減、二十一か所の工場閉鎖というニュースは、ちょうどクリスマスの時であっただけにアメリ力人に一層深い衝撃を与え、また、世界を驚かせた。

 自動車はアメリカ人には自分達の文化そのものであり、GMと言えば、かって生産の半分をもっていたほど、いわばアメリカの代表選手であった。GMはコカコーラ、マクドナルドのハンバーガーと同じように子供でも知っている言葉である。

 そのGMがこういうことになったということは、恐らく多くのアメリカ人がそれは日本に負けたのではないかというふうに思ったとしても無理のないことであろう。

 それに、アメリ力の人員整理、解雇は極めて厳しいもので、そのレイオフというのは、明日からお父さんは会社に行かないことになったのよと言って母親が子供に言うような、そういう種類の出来事であって、一家が皆、沈んでしまうようなことである。

 だから、ブッシュ大統領が、いつか、アメリカの失業率は六パーセントとか七パーセントとか言ってるけれど、そういう職を失う人々には失業率は一〇〇パーセントなんだと言われたのは、そういう気持ちを代表されたのだと思う。

 そのような、アメリカのいわば経済社会の病を背負って、まもなく大統領が来日される。

 アメリカの経済社会が健康を回復するために、また、回復されるまでの間、我々に対してもいろいろな要請が寄せられるであろうと考えている。

 勿論、私はアメリ力に申し上げるべきは遠慮なく申し上げるつもりであり、また大統領もそれをよく分かっておられると信じている。

 しかし、その上で私はこの病んでいるアメリ力の経済社会に対して、我々が貢献できることはできるだけのことを、国民のご理解と業界のご協力の下にやってまいりたいと思っている。

 それは、ただ、日米両国の友好関係の増進というだけの意味ではなく、先ほど言った今新しい世界の平和と民主主義の秩序が構築されようとする時に、我々とともにその第一線に立つべき国、やはり世界のリーダーであるアメリカが自分の所に問題を持っておって、その責任が十分果たせないということになれば、それは世界全体にとっての損失である。

 そういう意味で、国民のご理解を得て我々としてできるだけのことはご協力をいたしたい。

 どうぞ、この点は皆様にご理解を願いたい。

 この間、真珠湾のブッシュ大統領の放送を聞きながら、私は、日本が戦争に負けた時のことを思い出しました。

 たくさんの家が焼かれて、そして地下濠を掘ってその穴の中にみんな住んでいて、そこで戦争が終わったというニュースを聞いたわけであります。私もその一人でありました。

 当時大蔵大臣であった渋沢さんは、日本人がだいたい一千万人餓死するであろうということを言われたのでしたが、そして我々はある程度それを覚悟していたものでしたけれども、占領とともにアメリカ軍によって小麦粉が配られ、ミルクが全国隅々まで配られる。そして、病気の発生が抑えられた時にはDDTとか言うようなものを大量に散布をして、幸いにして大きな病気もなかった。で、我々は、そのお陰で復興への道を歩みはじめるわけであります。

 それからの我が国の経済復興、あるいは経済成長に当たって、我々に資金を提供してくれ、技術を与えてくれ、そして市場を与えてくれたのは常にアメリカであった。

 そのような敗戦後の出来事をきっと全国の皆さんがご両親からあるいはお年寄りから一度や二度はお開きになっていらっしゃると思いますけれども、それは決して愉快な思い出ではありません。愉快な思い出ではありませんが、しかし、今、世界第二の経済大国になった我が国のその原点がここにあったという事実は、これは忘れてはならないことであります。長いこと我々のために友情を与えてくれたこのアメリカの人々に対し、我々もまた友情をもってそれに報いる道を知らなければならないと考えています。

 まもなくブッシュ大統領がいろいろな問題を抱えておいでになりますが、私は国民の皆様とともに温かく大統領をお迎えして、そして、両国の親善をいよいよ堅固なそして親密なものにしていきたいと考えております。

 どうぞ国民の皆様のご理解を心からお願いをいたします。

 司会 では、ご質問があれば、内閣記者会からお願いします。

 記者 幹事社の朝日新聞の渡辺です。早速質問をさせていただきます。

 今のスピーチですが、東京宣言の位置づけということは分かったんですが、ただ、アメリカの内部に具体的に市場解放の成果が盛り込まれなければ、東京宣言は出すことにはまだ同意できないというような意見もあると聞いているんですが、改めて総理にとって東京宣言の位置付けと、どのような内容を具体的なポイントとして盛り込みたいかということについてお聞かせ願いたいんですが。

 総理 東京宣言は、基本的には今申しましたような方向の下に、各方面における日米のいわば倍の関係(二国間関係)と世界に対する問題等を述べるつもりであるのですが、その中にはもとより、一般的に日米間の経済関係の改善と言いますか、いろいろな問題についての対処の方針を述べております。具体的には、今、私の考えでは宣言とその附属になるアクションプランとでも呼ぶべき、正式な名前は決まっておりませんけれども、そういうものの中に今の渡辺さんの言われましたような具体的な問題は、かなり具体的に私は盛り込むつもりでおります。

 つまり大統領が日本に行ったけれども、なんにもなかったではないかと、いうようなことになってはならないので、具体的に我々が、今、アメリ力が要請しておられる問題にどれだけ応えられるかということを、具体的に述べたい、そういうアクションプランの部分を用意したいと思っています。

 記者 その中でも、最大のポイントになる自動車問題ですが、今もスピーチの中で触れられたんですけれど、自動車部品の輸入を拡大してくれとか、あるいは、日本の自動車輸出についても、ある程度、配慮して欲しいとか、いろいろな要望があるんですが、現時点では、政府としては、どのような対応策を考えていらっしゃるのか。

 総理 これは、我が国の自動車業界は、いわば二百三十万台という自主規制を長いこと続けてきているし、アメリカ側のこれこそ要請によって現地に工場も作って、アメリ力の雇用にも納税にも貢献をしてきたわけですから、それは、日本の自動車業界が非常に努力をされた。そして、良いものを作って、消費者のためになっている。内外ともに、疑いのないことだと思っているのです。

 しかし、先ほどGMの例で申しましたようなことが現実に起ってきて、さらにその上に、もう一層の努力を日本の自動車業界にお願いできないだろうか、ということを私どもが思っています。それは、今、おっしゃったように、例えば、もう少しアメリカの車を買う努力をする方法はないだろうか。あるいは、アメリ力で作られた部品が現地の日本の工場ばかりでなく、日本においてももっと使われる道はないだろうか。それから、それに関係しますけれども、車の輸入についての認証であるとか、基準であるとか、いうものがあります。そういうものについて、さらに、それを緩めると言いますか、先方に便利にするようなことはないであろうか。

 そういうことについて、自動車業界の今までの貢献は我々は良く知っている者として、いかにも難しいことをお願いするようであるけれども、幸にして、世界の経済というものについて、非常に理解のある人々であり、経験もある方々でありますから、どうか、ひとつその点についてご協力をお願いできないか。というのが政府の考え方であります。

 記者 その協力を得られればブッシュさんも納得していただけると思われますか。

 総理 そこはですね。どの程度が十分であるかということには、いろんな問題があるだろうと思いますけれども、少なくとも、日本として与えられた状況の中で、最善を尽くしたと我々が思えるだけのことはしたい。していただけないかと言って業界にお願いしている訳です。

 記者 それで、もう一つの大きな争点になるであろうウルグァイ・ラウンドについてですが、二日のブッシュさんの記者会見では、要するにドンケル・ペーパーについて、積極的に評価しまして、今後の基本的な交渉のベースにしたいというようなことおっしゃっていたわけですが、そういう中で、一昨日、昨日と渡辺副総理が、関税化について前向きな発言をしていたんですが、これは、やはり政府の内部で、例外なき関税化についても、具体的な検討が始まったものと受け止めてよろしいんでしょうか。

 総理 渡辺さんの発言されたことについて、私は直接には伺ってはいないのですが、報道で知りました。で、渡辺副総理は、外務大臣としてウルグァイ・ラウンドの成功を推進する立場にあるばかりではなくて、農政についても非常な経験と権威を持っておられる方でありますから、あの発言というものは、その両方の立場に立って、どうやって日本の農民、農業者に不安を与えないで、ウルグァイ・ラウンドを成功裡に導くかという考え方について、いろいろ、問題提起をされたのだと思っています。

 で、もっとあれはさらに詰めていきますと、いろんな可能性を持っている発言のように私は読みました。それですから、一つの問題提起として、政府ばかりでなく、関係の皆さんが、ひとつ問題を詰めてみられる、そういう一つの示唆になるのではないかと思って聞きました。で、私は基本的に、食管法というものは、今の政治情勢の中で、改正することは難しいということは、何度も申し上げてきました。そのことは変わらないのですけれども、しかし、それでも、渡辺さんの言われたことの中にはいろんな可能性が含まれているというふうに思いましたので、各方面で議論していただくことが大事ではないかと思っています。

 記者 そうしますと、食管法改正が難しいという事実と、それから渡辺さんの発言の間に、なにか結び付けるような道筋というのがあり得るということですか。

 総理 いろいろな可能性を考えて言われたんではないかなと思っています。

 しかし、くれぐれも渡辺さんは農政というものに、非常に詳しい人ですから、そういう農業関係者が不安を持つような解決であってはならない。ということは考えておられるに違いないと思います。

 記者 地元の記者クラブを代表しまして毎日新聞の大原です。中部圏の関係について四点ほどおたずねしたいと思います。

 まず、一点目ですが、会計検査院から早期解決の指摘がありました木曽岬干拓、これは愛知と三重の県境になっている訳でございますが、これの県境を決める際に、やや三重県の説明の方が説得力があるような気がするんですが。

 総理 この話は随分昔からあって伊勢湾台風があったり、川の流れが変わったり、そういう複雑な歴史的な事実があったということを私も知っています。けれども、優れた方がたくさんおられるから、今のところ副知事さんのところで会談をしてやっていこうというふうにお考えのように聞いてるんで、昭和五十年頃からご議論があったように思っていますけれども、両県で副知事さんのところまでいけば、こんどは知事さんということでお話をされると、なんとか片付くのではないかなあと思っていますが、いや、なにかの事情で政府もなにか出て来いと両県がおっしゃれば、手伝いするのにやぶさかではありません。しかし、これだけ立派な方が揃っておられる両県ですから、それはお話がつくんじゃないですか。

 記者 次に、今長良川河口堰は、流域それから全国含めて、やや反対の声が多いんですが、それについて今後も工事は続行されますでしょうか。

 総理 このことは、本当に地方におりますと、悩みの多い話しなんですけれども、やはり、関係各県当局、それから各市町村の皆さんが、やはり肯定的に考えておられる、その立場を今日まで変えておられないということになると、政府としては、やはり、そういう公の意志表示、要請というものに応えるべきであろうというのが、第一義的にはどうしてもそういうお答えになるわけです。ただ、あれだけ環境問題が議論さられて{前4文字}、全国的な関心を呼んでおるということも事実ですから、そういうことについて、さらに心を用いて行かなければならない。

 また、利水とか、治水のことについては、そういう関係の方々にもよくそのメリットも考えていただく。基本的には、そういうことです。

 記者 次に三点目ですが、常滑市沖に中部新国際空港というのが、調査空港として設定されていますが、四年度も七千万円の予算がつけられました。それについて、国として、今後具体的にどういうようにされるのか、というそれから地元には、どういうような期待を寄せらせていますか。

 総理 私は、以前からこの空港には実はいろいろ関心を持っていたもんですから、いわゆる六次空整で取り上げられたことは大変良かったことだと思います。また、それを踏まえて、大蔵大臣が七千万円の予算をつけられたということなんですね。それで、国として、今、これからする仕事はその空域です。空域の調整がやっぱりどうしてもいると思いますから、空域の問題とあと、空港というものが作られるわけですけれども、その技術的ないろいろな問題、そこらがさしづめ国の調査の対象になると思います。

 地方には、地方全体として、この空港はどういう機能を持つのかで採算はどうなのか、そして、このまま、空港というものが段々地方の皆さんのものになって行きますから、そういう意味で地方としてこの空港をどういうものに育って行くかということを、関係各県、市町村の間で、良くお話をしていただければ良い。国は、今申しましたような二つの点について仕事を進めてまいりたいと思っております。

 大変、私は将来に期待をしている空港であります。

 記者 最後の質問ですが、国道二十三号線の南勢バイパスというのがありますが、これがまだ四車線化されてません。そこで、来年、再来年と伊勢神宮の遷宮、それから祝祭博が行われる訳ですが、何分、道が狭い訳です。それで今後、国の方はそのバイパスの拡幅計画というのはどういうふうにされているでしょうか。

 総理 私は正確な答えを自分で分からなかったもんですから、ちょっと役所で調べてもらってきましたけれども、南勢バイパスは、今年度、来年度までに延長約十四キロメートル、五五パーセントを四車線化する方針で整備中であると。それで、祝祭博は平成六年ですから、残る区間についても地元県市町の支援を得つつ、祝祭博まで四車線化を図るべく努力をいたしますと、そう書いてございますから。お役人がこういうふうに書きます時は、だいたい皆さん方も協力してくださればできますよといっています。

 記者 そうすると祝祭博までには、四車線化が完全になるということですね。

 総理 図るべく努力というのは、これ役人の用語でしてね。できないと思えばこういうふうには普通書きませんので。

 記者 時間もきましたので、これで終わります。ありがとうございました。