データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日・米関係:危機と機会,神話と現実−ウォルフォウィッツ米国務次官補の講演

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1985年6月13日
[出典] 外交青書30号,461−465頁.
[備考] 要旨
[全文]

1.日米関係:利益を享受し得る関係

(1)日米関係は重要であり,重要性は高まっており,米国が同様に重要な二国間関係を有するソ連,カナダ及び西欧同盟諸国との関係には無い何か−不幸にも,多くの人々によって忘れられている−がある。それには日米両国が明らかにそこから利益を享受し得る関係である。

(2)かつて日本人は,米国がクシャミをすれば,日本が風邪を引くと言ったが,様相は大きく変わり,今日,日本は単に世界の最重要国の一つというのではなく,米国にとって世界の最重要国の一つとなっている。米国は日本を友邦・パートナーに持つことによって明らかに利益を得る。

(3)日本は世界のGNPの10%を生産し,世界貿易の8%を締め,技術分野での世界の指導国とみなされている。また世界第3位の援助国で,第三世界への資金移動総額では米国に次いでいる。

2.国際国家日本の興隆と新たな日米協力の在り方

(1)政治の分野でも日本は変化しつつある。「経済大国,政治小国」の時代は終った。日本は国際社会において一層の政治的役割を果し始めている。将来,歴史家は,1980年代の最重要の変化として,日本が国際的大国,西側の完全な一員(full-fledged member)として出現したことを挙げることを確信している。

(2)進みゆく日本の国際化には米国は重要な機会を与える。日本は世界的大国(a world-class power)への道を進んでいる。それ故,問題は,この新たな「国際国家日本」の興隆が米国にとり如何なる意味を持つか,である。

 (イ)日本の積極化する外交政策の追求は,米国の外交政策と相容れ(compatible),西側の利益に資するだろうか。それとも,日本は一層独自の(independent),役割を果すのだろうか。

 (ロ)日本の卓越した経済的,技術的技量が更に高まってゆけば,日本の米国の経済的利益に対する脅威と見られないだろうか。それとも「メガトレンド」の中で予想されている如く,両国は将来,他の諸国が「日米会社」と呼ぶほどになるだろうか。

(3)今日,我々は対日関係における分水嶺に立っている。日本が幅広い,より積極的な国際的役割を目指してゆく時,米国の政策と行動が正に日米関係の将来を形成するであろう。

 我々は,日本が米国と協力して国際的役割を増大させることを歓迎する。日本の増大する経済力・技術力が日米協力への新たな展望と,米国の企業・消費者のための新たな機会を開くことを確実にしなければならない。これらは我々が努力している目標である。レーガン大統領は,日米間の協力とパートナーシップが我々の外交政策と共通の目標にもたらす大きな利益を明確に認識している。今年,ロス・アンジェルスで,大統領は「世界の平和と繁栄にとって日米関係ほど重要な関係はない」と述べているのである。

3.グローバルな重要性を持つ日米関係

日米関係はグローバルな重要性を持つに至っている。今日,日米は世界的スケールのパートナーとして活動し得るかつてない機会を目の当りにしている。

現在,何処を見ても−朝鮮半島の安定増進であれ,対アフリカ食糧援助増加であれ,対ソ・先端技術流出の阻止であれ,はたまた,ラ米の債務危機の緩和であれ,中東での紛争の段階的縮小であれ,−そこには日本がいて,より良い世界実現のために米国と共に働いているのである。

4.解決を迫られる日米間の貿易問題

(1)将来の挑戦は日米関係の可能性を最大限実現することである。しかし,現在の挑戦はかかるビジョン達成の進路に立ちはだかる障害を征服することである。

正直に認めるが,私は,米国が依然として日本市場への完全なアクセスを達成し得ていないこと,及びこれが米国内において及ぼす影響を憂慮している。また,米国の貿易危機がより頻繁に起きていること,及び日米の多くの日米の多くの人々が現在の問題は全く相手国の責任に因ると見る傾向を心配している。米国の貿易困難を解決し得なかった場合,それが,両国が恩恵を受けている自由貿易体制に及ぼす衝撃を懸念している。そして,以上の全てが,日米関係に,そして相手国民に対する両国民の態度に与えつつある重大な影響を憂慮している。

(2)かかる憂慮の念を抱いているのは私ばかりではない。マレーシア首相は今月初め香港で,アジア・太平洋地域全体にとってソ連よりもずっと大きな脅威は日米間の「現れつつある経済冷戦」であるとして,日米が両国間の諸問題を解決すべきことを訴えている。

(3)両国間に貿易摩擦と緊張がある時に,かかる緊張が日米関係の他の多くの健全な分野に影響しないようにするためには,結局,現下の諸問題を解決する以外に道はない。日米関係全般の重要性からみて一層の行動を緊急に取る必要がある。日米関係において今日ほど危機的な時(critical time) はない。また,貿易問題の解決くらい,日米関係が直面させられている決定的に重要な仕事はない。

しかし,我々が両国において,事実よりも誤った情報に現実よりも神話に直面させられている時,かかる貿易問題解決の仕事は容易ではない。

(イ)米国の情報機関からの最近の例を検討してみよう。

 (i)「米国には日本製品が殺到している。日本人は米国産品購入に乗り気でないのに」と有名なテレビ・ニュース解説者は語ったが,事実は,日本は米国の最良の市場であり,昨年の対日輸出額は 250億ドルで,西独,英,仏への各輸出額の合計に等しい。

 (ii)日本は「実質的に米国農産物を締め出している」と高級ビジネス誌は書いたが,事実は,日本は米国の農産物にとって最良の市場であり,年60〜70億ドルの買付けを行っている。

(ロ)他方,日本の状況についてみれば,米国よりはましということはない。

 (i)米国は経済的に日本に敗けたのだが,米国人はその狭量・独断のため、この事実を認めようとせず,貿易摩擦の責任は日本にあると非難している、という考えを有する日本人達がいる。

 (ii)真の原因は米国のビジネスマンの努力の欠如,見かけ倒しの米製品,米国側が日本人の趣向に必要な文化的適応を行おうとしないことに在る,と語る日本人達もいる。

 しかし,

  −米国の衛星にどんな文化的適応が必要なのか,半導体にどんな色彩を施さねばならないのか。

  −輸入割当や高率関税によって販売が制限されている,アイオワ産牛肉,フロリダ産オレンジ・ジュース,加州産ワイン,北西諸州産合板や他の上質品がどれほど見かけ倒しなのか。

 日本の友人達へ:我々は上質品を日本国内で販売しようとしているが,多くの場合,同等の機会を拒まれている。我々は依然として日本のビジネスマンが米国市場に対して有し

ているのと同程度の対日市場アクセスを得るに至っていない。

5.日米貿易問題についての正確な理解の必要性

(1)米国人達へ:我々は対日貿易問題を抱えているが,誤った情報を広めれば問題は一層解決困難になる。第一に必要なことは何が事実かを正しく知ることである。

 米国の対日貿易問題は,対日貿易に因る赤字ではない。米国が日本との間に抱える問題は市場アクセス−日本市場への完全かつ迅速なアクセスを米国が得続けうること−であり,それには日本が解決のための行動を取る必要がある。

(2)米国の多年にわたる貿易交渉にも拘わらず,日本市場の開放は一向に進展しないとの批判があるが,進展度は対日貿易赤字の規模ではなく,我々が実際に日本市場へのアクセスを得て米国企業にとって新たな輸出機会が開かれたかどうかで測るべきである。進展はしているのであり,最近の例を検討してみよう。

  −昨年,米国の対日輸出額は1971年 (40億ドル)の6倍以上で,米国の対世界輸出に占めるシェアーは増えている。(81年には 9.3%だが,昨年は11%)

  −機械類と化学品の例をみても,日本の対米輸入額は,84年は84億ドルで10年前の4倍強となっている。

 しかし,かかる事実の何れによっても,日本市場への完全なアクセス獲得において米国が抱える問題が容認されるものではない。米国の企業や農民が米国の求めているアクセスを与えられれば,米国の輸出は増えるものと自分は信じる。

6.経済超大国日本に対する期待

(1)米国は現在,日本との間で4分野モス協議を行っており,進展がみられる。しかしながら,日本では何事も急には変らない。貿易交渉は長期的視野からみると進展している。2年前に交渉していた問題の多くは解決されている。しかし,幾つかの問題は依然として解決していない。問題なのはペースが遅く,変更は手遅れになってしまってから,しぶしぶ行われることである。

 日本の市場開放における進展及び右進展により生じた輸出増大と対日貿易赤字の増大との間には拡大する危険なギャップがある。日本経済の国際化と世界の貿易コミュニティーの経済超大国日本に対する期待との間にも危険なギャップがある。

(2)自由貿易体制の主たる受益国日本が,自らが抱える自由貿易にとっての障害を除去することにより,同体制強化のために為し得ることは全て為すことを期待する。米国は日本が経済超大国に相応しい行動をすることを期待している。