データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 対外経済対策に関する中曽根内閣総理大臣談話

[場所] 
[年月日] 1985年4月9日                           
[出典] 外交青書29号,445−447頁.
[備考] 
[全文]

(1)戦後40年を経て,我が国は経済力では世界の1割国家にまで発展してきました。これは,この間における国民の英知と努力の成果であると同時に,IMF・GATT体制を主軸とする自由貿易体制の恩恵を最大限に享受してきた結果でもあります。

 しかしながら,今日,世界経済には,高水準の失業等にみられる構造調整の遅れや大幅な経常収支不均衡を背景として,かつてないほどの保護貿易主義の高まりがみられ,自由貿易体制が揺らいでおります。技術革新の大きなうねりに乗って,世界経済は新たな発展の時代を迎えようとしていますが,保護主義の台頭はこの新たな発展の芽を摘みとってしまうおそれがあります。自由貿易体制を強化し,世界経済の新たな発展を先導していくために,我が国は世界経済の1割国家にふさわしい大きな役割を果たす必要があります。

(2)本日,政府は,民間の有識者から構成される「対外経済問題諮問委員会」から,我が国経済の一層の国際化を進めるための中期的政策提言等について報告を受けるとともに,対外経済対策を決定いたしました。

 諮問委員会報告につきましては,政府としてその政策提言を最大限尊重して実施に移していきたいと考えております。

 特に,市場アクセスの改善については,「原則自由,例外制限」の基本的視点に立ち,「例外」の内容も必要最小限のものに限定するとの提言を受け入れ,政府の介入をできるだけ少なくし,「消費者の選択と責任にゆだねえる」という方針の下に,できる限り早期にそのためのアクション・プログラムを策定し,遅滞なく実施してまいります。

(3)本年1月の日米首脳会談の合意に基づき,日米間で続けられている電気通信,エレクトロニクス,医薬品・医療機器,林産物の4分野の協議については、我が国としては真剣に取り組んでまいりました。

 電気通信につきましては,本年4月1日から日本電気電話公社の民営化及び電気通信事業の自由化が実施に移されました。また,端末機器の技術基準については,大幅な簡素化を図るほか,基準等の作成に当たっては,電気通信審議会への外資系企業関係者の参加等により,透明性を確保することといたしました。21世紀に向けて経済発展を先導する最も先端的な分野の自由化を実現したことは、我が国としても画期的な措置であり,世界の貿易や技術交流の拡大に大きく貢献するものと信じております。

 エレクトロニクス分野につきましては,半導体チップの権利保護に関する法律案及びコンピュータ・プログラムの権利保護に関する著作権法改正案を閣議決定し,知的所有権の適切な保護を確保することといたしました。また,本年3月1日から半導体関税を日米間で相互に撤廃したのに続き,今後,このような関税の相互撤廃の考え方をエレクトロニクス分野において拡大していく方向で,米国を始めとする先進各国と協議してまいります。

 医薬品・医療機器につきましては,人種差に関係のない医療機器や対外診断薬の承認審査に際し,外国臨床試験データを受け入れることを決定しました。今後,さらに,承認・許可手続等の一層の簡素化・迅速化を進めてまいります。 林産物につきましては,国内林業及び木材産業の振興策を当面5か年にわたり特に講じつつ,おおむね3年目から針葉樹及び広葉樹を通ずる合板等の関税の引下げを行うべく前向きに取り組んでまいります。

 以上の4分野における協議は,米国との間で行われたものでありますが,その成果は米国のみならず世界中に均霑するものであります。

(4)次に,その他の対策につきましても,米国以外の先進国及び我が国と密接な関係を有するアジア諸国等の開発途上国に対して十分配慮を払ってまいります。特に,個別品目の関税引下げに係る決定につきましては,本年前半中に行うこととしております。また,基準・認証,輸入検査手続等の一層の改善を進めるとともに,製品輸入及び投資交流の促進を図ってまいります。

 金融・資本市場の自由化及び円の国際化につきましては,今後の展望を明らかにしつつ,日米円・ドル委員会の合意にも沿って,進めてまいりましたが,今後とも着実な推進を図つて{前3文字ママ}まいります。

 また,政府開発援助につきましては,昭和61年以降も新たな中期目標を設定し,引き続きODAの着実な拡充に努め,併せて質の面でも可能な限りの改善に努めてまいります。

(5)本日決定した以上の措置は,対外経済問題諮問委員会における審議,諸外国の要請等を踏まえて集中的な検討を行った結果であり,国内的諸困難を乗り越えて決定したものであります。もとより,政府としては,今後とも,内需中心の経済成長に努める一方,我が国市場へのアクセスの一層の改善と積極的な輸入の促進を図ることにより,貿易の拡大均衡を目指す所存であります。特に,行政手続を始めとする国内諸制度について,簡素,透明,内外無差別,市場開放の視点から常に見直しを行い,自由で開放的な国際経済システムの中で主導的役割を果たしていかねばならない我が国にふさわしいものいに改善する努力を払ってまいりたいと考えております。

 また,こうした過程で場合によっては生じることとなる困難な国内問題については,我が国経済の存立の基盤である自由貿易体制の維持・強化のためには責任とコストを負担するとの立場に立って積極的に取り組んでいかねばならないと考えます。ガットの新ラウンドの推進に当たっても,こうした観点から一層の努力を払ってまいります。

(6)私は国民の皆様に訴えたいと思います。戦後,長く我が国は輸出の増進をもって重要な対外経済施策としてきました。しかし,輸出の増進は,国民経済を豊かにする一つの手段にすぎません。輸入を促進し,選択の幅を拡大することも,また国民経済を豊かにする手段であります。

 国民各位におかれては,自分自身の生活を豊かにするため,外国製品を進んで受け入れられるようお願いする次第であります。また,産業界の方々におかれても,輸出のみによっては貿易の拡大均衡も調和ある対外経済関係の形成も図れないという事実を十分認識し,製品輸入の拡大に御尽力いただくことを期待いたします。

 最後に私は国際社会に訴えたいと思います。世界が続けてきている発展と繁栄を将来の世代に引き継ぐことができるか否かは,現在の我々の決断にかかっております。日本は,その経済力にふさわしい役割と責任を果たします。国際社会が保護貿易の誘惑に屈することなく,自由で拡大する交流と協力により,更に安定と繁栄の道を歩み続けることを強く希望してやみません。