データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] サンフランシスコ有力団体共催午餐会における田中内閣総理大臣演説

[場所] サンフランシスコ
[年月日] 1973年8月3日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,203−206頁.
[備考] 
[全文]

 レイガン知事,クラウゼン氏,グデイン氏並びにご列席の皆様

 私は,今まで何度かサン・フランシスコに立寄ったことがありますが,カリフォルニア州を代表される多数の著名な方々の前で,演説する機会を与えられたのは初めてのことであり,光栄に存じております。 本日は,また,レイガン知事がお忙しいなかをおみえになっておられます。同知事は米国におけると同様,わが国においても非常に有名な方であり,一昨年訪日された際も多数の日本国民の間に人気を博された方であります。私は,本日こうして同知事にお目にかかることができたことを喜び,同知事が,カリフォルニア州の一層の繁栄のために,ますますその手腕を発揮されることを期待してやみません。

 カリフォルニア州は,日本からの移住者を快く受入れ,日本人を祖先とするアメリカ人の新しい世代を育ててきた州として,わが国ではよく知られています。

 また,海を越える貿易としては,他に例をみない規模の貿易が,日米両国間で現在行なわれていますが,その貿易の相当部分が,サン・フランシスコ港を通じて行なわれていると承知しています。

 また,サン・フランシスコは,空からあるいは海から,米国を訪れる日本人の多くが最初に訪れる都市であり,多くの日本人は,この都市の美しい風光に忘れ難い想い出を持っているのであります。

 ゴールデンゲート・ブリッジ,オークランド・ベイ・ブリッジ,ケーブル・カー,市内の高架高速道路などは歴史の重さを温存しつつ,しかも都市の近代化を進めているサン・フランシスコを象徴するものであります。とくに,高架高速道路が,東京,大阪における高架高速道路建設の見本となったことは,日本人の記憶に新しいところであります。

 このように,日本とゆかりの深いカリフォルニアの産業,とくに農業にとって,日本は,現在最大の顧客となっています。他方,幸いにして,日本の製品は,カリフォルニア州でその品質とデザインを通じ好評を博していると聞いております。また,日本の銀行,そして最近では製造業が,単独で,あるいは共同出資で,カリフォルニア州に進出し,州の経済発展に貢献しているとも聞いております。

 昨年の日米間の貿易不均衡は,四〇億ドルを超えました。そして,その是正問題が昨年のハワイ会談以降,日米間の大きな懸案でありました。しかしながら,今年に入ってから,この貿易不均衡は,急速に改善されつつあり,本年は,昨年にくらべ半減するものと予想されます。

 これは,日本政府が,過去一年来,経済政策の重点を成長第一から福祉優先へ,輸出偏重から輸入重視に転換してきたことによるのであります。また,日米両国の経済界の方々が,米国にあっては,対日輸出努力を重ね,わが国にあっては,対米輸入努力を進めてきたことも,これに大きく貢献しています。

 このようにして,貿易不均衡の是正が,産業保護あるいは輸入制限によってではなく,わが国の対米輸入の急増という拡大均衡の形で達成されたことは,私たちとしても,世界に対し誇ってよいと考えております。

 カリフォルニア州からの対日輸出も,著しく増加しつつあります。今年に入りましてから,最初の五ヶ月間で,サン・フランシスコ湾を通ずる対日輸出は昨年同期比で六二・三パーセントも増えました。この増加率は,日本からの輸入の増加率の五・五倍となります。私は,この傾向が今後とも継続するものと予想しております。

 わが国では,都市問題の解決が最重要の課題となっております。それは,カリフォルニア州より狭い国土面積のわずか一パーセントにすぎない東京,大阪,名古屋の地域に,日本の総人口の三二パーセント,すなわち三千三百万人が集中しているからであります。

 そこで私は,日本列島改造論を提唱し,人と物と文化が大都市に集中する奔流を変え,すべての地域の人々が自分の郷里に,誇りをもって生活できるような社会の実現を期しているのであります。このためには,工業の全国的再配置,高速道路の整備,地方中核都市の建設などによって,日本中どこに住んでいても,同じように繁栄と福祉を享受しうるようにしなければなりません。

 私は,日本人が,今後とも平和国家として生き抜き,日本経済の成長力を活用してゆく限り,この世紀の大事業は,必ず成就できるものと確信しております。

 このように,国内経済を充実させ,国民の福祉を増進させてゆくことは,米国商品に対し魅力のある市場を提供することにもなり,日米間の補完関係を,創造的に拡充することにも寄与するものであります。

 幸いに,自由な経済を基調として,より開放された世界経済の拡大をはかることにより,人類の平和と繁栄に貢献しようとする点で,日米間の見解は,基本的には一致しております。

 私は,日米両国が一層の理解を深め協力を進めることによって,永続する平和の創造と経済秩序の再建に,大きく寄与しなければならないし,また寄与しうるものと確信しております。

 しかしながら,両国間には,まだコミュニケーション・ギャップが存在していることも事実であります。しかし,お互いが共通の目的をもって理解に努め,努力を惜しまないならば,このギャップを克服できないはずはありません。そのためにこそ私は,「日米の間断なき対話」の必要性を強調しているのであります。

 ニクソン大統領と私との間だけでなく,政府,地方の指導者,言論人,民間経済人,学者,学生など各界各層の間にコミュニケーションの道が,ひろく深く定着することを念願してやみません。

 私は,このような見地から,アメリカの大学における日本研究を促進するためのささやかな貢献として,国際交流基金を通じて,米国のいくつかの大学に対して一千万ドルの基金の贈与を行なうことを発表いたしました。この基金が,西部における対日理解の増進の一助ともなることを期待しております。

 私は,この偉大な州,カリフォルニア州およびサン・フランシスコ市の発展とレイガン知事のご健康を祈念してこの演説を終わりたいと思います。