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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米安保・領土・核実験等に関する池田勇人首相・フルシチョフ・ソ連首相往復書簡

[場所] 
[年月日] 1961年8月12日〜12月8日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),359−379頁.外務省情報文化局「外務相公表集」,昭和36年下半期,169−92,199−208,225−32頁.
[備考] 
[全文]

1.フルシチョフ首相書簡 8月12日

  尊敬する日本国総理大臣

    池 田 勇 人 閣下

 私は,ミコヤン・ソ連第一副首相の訪日を機会に,閣下にごあいさつをお伝えするとともに,日本国民の平和,幸福および繁栄をお祈りいたします。

 ミコヤン第一副首相がその開会のため日本に派遣されている東京のソ連見本市は,互恵の原則による通商・経済交流を今後いつそう増進することに役立つとともに,ソ日両国の善隣関係および相互理解をはかる上で重要な道標のひとつになるだろうとわれわれは期待しております。

 ソ連政府は,わが国の東にあたる隣邦の日本国と,平等,独立,主権の相互尊重,および相互内政不干渉の諸原則にもとづいて,平和,友好および協力の関係を樹立することを心から希望しております。ソ連は話し合いによつてすべての対日懸案を解決して,両国の関係を完全に正常化したいと思つています。われわれは,政治,通商・経済,科学,文化の各分野で,双方の利益になるような交流と協力を発展させるためのいつさいの可能性があると確信しています。このような協力は,ソ日両国民の切実な利益に合致し,かれらに複利のみをもたらし,両国の安全および極東の平和を強化するものであります。

 しかし遺憾ながら,ソ日間の協力を可能にする条件は,まだ十分に活用されていません。

 これに関連して,日本がアメリカ合衆国と軍事同盟を結び,日本の領土内に外国の軍事基地が維持されていることが,ソ日両国間の信頼を深め,その関係を完全に正常化するのに役立たないことを指摘しなければ誠意を欠くと申さなければなりません。しかし,日本の国土から外国の軍隊や軍事基地が一掃され,ソ日両国の善隣関係をさらにいつそう増進するための途を開く時もくると私は信じています。

 私はこのメッセージでこれらの問題のすべての点に触れようとは思いませんが,ただここで強調しておきたいことは,ソ連が軍事ブロックの完全な解消,他国内にある外国軍事基地の完全な一掃ならびにすべての国の間の友好協力の促進を,今までも強く主張してきたし,これからも徹底的に主張するだろうということであります。ソ連政府は,破壊手段の生産の競争にかわつて,物質的福利と精神的財産をつくるための競争に入るようにつねに呼びかけています。

 われわれは,平和維持と国際安全をもつとも効果的に保障しうるものは,軍事ブロックや軍事同盟ではなく,相互理解と友好協力の実現であることを深く信じています。ソ連と日本の政治・社会体制がそれぞれ異つているが,ソ日両国民の実り多い協力を妨げるものであつてはならないのであります。

 両国の関係には,暗い面とならんで明かるい面,肯定的な面もあることを満足をもつて指摘したいと存じます。その明かるい面とは貿易,文化,科学などの交流を増進する上に一定の進展がなされたことであります。両国の間で貿易協定が締結されて,それにもとづいて貿易の規模が拡大し,一連の長期契約も結ばれ,科学,文化面の交流も行なわれています。

 われわれは,貿易関係の拡大を特に重要視しております。と申しますのは,平等互恵の貿易というものは,国と国の関係となおいつそう緊密なかつ友好的なものにし,社会・経済体制の異なる各国間の平和共存および協力へ導く確実な橋となりうるからであります。総理大臣閣下もご存じのことと思いますが,ソ連は,多くの国と大規模の貿易を行なつています。

 われわれは,日本とも通商を盛んにしたいと思います。しかも日本は,ソ連に劣らずその通商に関心をもつています。総理もたびたびおつしやつたとおり,日本はその製品を販売し,必要な資源を買いつけるために,安定した市場を特に必要としています。ソ日両国が地理的に近接しており,一方が他方の必要とする品物をもつていることは,両国の貿易を盛んにしてゆく上に有利な条件となつています。われわれの課題は,両国政府および関係会社や貿易機関の努力によつて,この貿易をより安定した,長期的な基礎の上に置くことにあるのではないかと思います。両方ともその目的を達成するため努力さえすれば,ここ数年間にソ日貿易額を三〜四倍,あるいはそれ以上に拡大できると信じています。

 現在,両国の間で文化交流協定の交渉が行なわれています。ソ連政府の考えでは,これはきわめて重要なことであり,また必要なことであります。今までの経験からしますと,両方とも文化面で互いに見せあい,学びあうものは十分にあります。日本国民は,ソ連芸術の多くの代表的なものをすでに鑑賞しており,わが国の芸術家を心厚く友情をこめて歓迎しました。ソ連でも日本の芸術を代表する方々がねんごろな歓迎を受けています。ごく最近わが国で行なわれた歌舞伎の公演は,大成功をおさめました。両国の間で科学・技術交流もだんだん軌道にのつてきています。科学・技術の面における日本の成果は,わが国でよく知られています。他方,当然のこととして全世界に認められ,特に人間による宇宙征服の大成功を可能にした道を切り開いたわが国の進んだ科学・技術を,お国の科学者は深い関心をもつて研究しています。両国が適当な文化協定,例えば日本がイギリス,フランスその他の国と結んでいるような協定を締結すれば,それは両国民の利益にかなう科学・文化上の交流と協力をなおいつそう増進することに役立つであろうことは総理大臣閣下もご同感のことと思います。

 ソ連政府は,両国の関係に関するかぎり,日本政府が提案すれば共通の関心を有するいかなる問題をも検討する用意があることは申すまでもありません。

 最後に閣下とミコヤン第一副首相の今回の意見交換が,ソ日関係を改善するために利用されるよう期待するものであります。

       尊敬をこめて

         エヌ・フルシチョフ

2.池田首相書簡 8月26日

  ソヴィエト社会主義共和国連邦首相

    エヌ・エス・フルシチョフ 閣下

 私はミコヤン・ソ連第一副首相の訪日に際して伝達された閣下の御挨拶に謝意を表明するとともにソ連国民の平和,幸福および繁栄をお祈りいたします。私もまた閣下と同様に,東京で開催されているソ連商工業見本市が客年貴地において開催された見本市と同様多大の成功をおさめ,日・ソ両国間の通商経済交流の今後の増進,発展に寄与するであろうことを期待しております。

 閣下はミコヤン第一副首相に托された書簡の中で,日ソ両国の関係全般に関する閣下およびソ連政府の所信を述べられました。よつて私もまたこの機会に特にわが国と貴国との関係を中心として,わが国の外交の基本理念を明らかにしておきたいと考えます。

 閣下は,ソ連政府が平等,独立,主権の相互尊重および相互内政不干渉の諸原則にもとづいてわが国と平和,友好および協力の関係を樹立することを心から希望していること,および対日懸案のすべてを話し合いによつて解決し両国間の関係を完全に正常化したいと考えている旨を述べられました。閣下はまた日ソ両国民がかくのごとくして生活の各分野で,双方の利益になるような交流と協力を発展させるための諸々の可能性があるとの見解を表明されました。これらの点については私も閣下と見解に一にするものでありますが,私はかような可能性は日ソ両国が相互の立場を認め合い,その基礎の上に立つて日ソ両国がおごそかに宣言した国際約束たる日ソ共同宣言に忠実である場合にのみ発見できると信ずるものであります。

 閣下は日ソ間の国交の完全な正常化に言及されましたが,それには両国間の平和条約を締結することが必要であります。日本国民は,ソ連政府こそ日本国固有の領土を返還することにあると考えております。しかるに閣下は,わが国が米国との間に安全保障条約を結び,わが国の領土内に外国の軍事基地が維持されていることをとりあげ,あたかもそれが日ソ両国間の関係を正常化を妨げているかのように主張されるのであります。しかしながら,日ソ両国が両国間の関係を正常化する意図をもつて共同宣言に署名した当時,すでに日米間の安全保障条約が存在していた事実は閣下も御承知のとおりであり,日ソ共同宣言は国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的または集団的自衛の権利を確認しているのであります。しかのみならずこの日米安全保障条約はその後わが国民の意思に基づいてさらに合理的に改定され国連憲章に基礎を置く防衛的性格を有するものであることが一段と明らかにされております。したがつてソ連政府が,安保条約はソ連その他の平和愛好国を脅威するものであるからかかる条約の存在に無関心たりえないと主張しこの条約の解消を主張することは,日本国民の全く理解しえぬところでありまして,およそ他国の安全を脅かす意図を有しないものにとつては,この条約の脅威を云々する理由は存在しないはずであります。他国の外交・防衛政策について一方的,主観的な解釈を加えてこれを論難しその政策の改変を呼掛けるごときは,閣下がソ連政府の方針として述べられている内政不干渉の原則と相容れないものであると申さねばなりません。

 ソ連政府が軍事ブロックの完全な解消を主張しながら,旧安保条約の締約以前すでに中共との間にわが国を対象とした同盟条約を締結していること,および,ごく最近北朝鮮との間にいわゆる相互援助条約を締結したことは,この貴国政府の主張と全く矛盾するものでありまして,このことはソ連が東欧諸国に軍事基地を保有していることとともに日本国民の納得し難いところであります。今日米国の軍事基地はわが国のみならず英国等多くの国にも存在する事実は閣下のつとに御承知のところであります。

 わが国は自由民主主義を最高の政治理念として追求するものでありまして,この方針は今後とも不動のものであります。しかしながらたとえわが国と政治理念を異にする国家であつても,紛争はつねに平和的に解決し,武力による威嚇を慎み,他国の内政には絶対に干渉しないという原則を厳守するものである限り,わが国はこれと善隣友好の関係を樹立するに吝ではないのでありまして前述した日ソ共同宣言もわが政府としてはこのような精神にもとづいて署名したのであります。しかしてわが国は今後ともつねにこのような精神に基づき,相互理解と友好的協力を通じて世界の平和に寄与するよう努力するものであることをこの際重ねて強調しておきたいのであります。

 最近数年間における日ソ間の貿易伸張の実績は満足すべきものであり,私は今後ともその拡大に努力したいと考えます。その際両国間の貿易を,国民の消費生活向上のために必要とする物資の面で拡大するならば,日ソ貿易の規模はさらに著しく増大すべきことは明らかであります。日ソ文化の交流は近年次第に活溌となつておりますが,日本政府としても近く適当と認める形式の文化取決め案を貴国政府に提示する用意をしております。

 ミコヤン第一首相は今回の日本滞在中日本の国民大衆の物質的福利と精神的財産の状況を親しく御覧になりました。日本政府の所得倍増計画は日本の国民生活を今後ともより豊富なものといたすでありましよう。なおまた私は,ミコヤン第一副首相が今回の訪日において,片寄つた政治的主張をもつた一部の人々に限らず,ひろくあらゆる階層の人々に接してわが国の真の姿を知られたことは,今後の日ソ関係の改善に貢献するところが多いと信じるのであります。

 私は閣下が破壊手段の生産の競争に代つて物質的福利と精神的財産をつくる競争に入るよう呼びかけられたことに賛意を表するものであります。私は,ソ連政府が困難な条件を付して原水爆実験停止の協定の成立を不可能ならしめざるよう切望するものであります。原水爆戦争は交戦国はもとより全人類の破滅を意味することに想いをいたし,ソ連政府が恐るべき原水爆兵器の製造を中止しまたその貯蔵をも廃棄することによつて世界平和の確立に寄与することを衷心より望むものであります。

 今日平和こそ世界人類の共通の願いであり,繁栄こそすべての国民の望みであると考えます。この立場に立つて両国が虚心坦懐に話し合つて今後懸案を解決することを希望するものであります。

                               敬 具

                       池 田 勇 人

3.フルシチョフ首相書簡 9月25日

 総理大臣閣下

 本年八月二十六日付けの閣下の書簡を注意深く拝見しました。

 東京におけるソ連商工見本市の首尾よき開催に対する便宜供与とソ連大臣会議第一議長代理ア・イ・ミコヤンに貴国において示された厚遇とに対して,閣下および日本国政府に謝意を表明したいと思います。

 私どもの見解によれば,ア・イ・ミコヤンの日本訪問はわれわれ両国間の実務的な善隣友好関係を増進するために非常に有益でありました。この訪問の当時に,ソ日両国民は善隣国民にふさわしく平和かつ友好裡に生活すべき自分達の意思を確認しました。

 貴簡中には幾多の重要な問題が触れてあるので,これらについて自分の所信を表明したいと思います。

 閣下は,ソ連政府が日本との一切の懸案となつている問題を話し合いによつて解決し,両国間の関係を完全に正常化したいとの念願に原則的に賛同するものである旨を述べておられます。

 ソ連政府は,以前からこの方向に向かつて積極的に行動する用意があります。私どもは,両国関係が故鳩山総理の御在世中に醸成され始めたように発展するよう心から希求するものであります。

 問題はいまやソ日関係の完全な正常化のためおよびわれわれ両国間の互恵的,多角的関係の増進のために具体的手段をとるということになります。

 総理!あなたはソ日関係の完全な正常化のためには平和条約の締結を必要とするということに同意の旨書いておられます。しかしあなたのこの問題の取扱い方は,この重要な問題を死点から動かそうとする熱意を少しも証明していません。そればかりでなく,日本政府が今後もその途上に人為的障壁を作ろうとしたがつているとの感が起ります。領土問題は一連の国際諸協定によつてすでに解決されているにかかわらず,あなたがこの問題を持ち出されたことをわれわれは以上のように評価しうるだけです。

 日本の領土でない領土の日本への返還問題をどのように提起できるでしようか。日本自信がよく知られている領土に対するすべての権利,権原および請求権を放棄したのではありませんか。“古来の領土”という問題を自ら出すことによつて,あなたは一歩後退し,しかもサン・フランシスコ条約の当該諸規定の承認を避けようとするのですか。直言しますが,そのような態度は両国国民が勿論関心を持たないソ日関係の激化だけをもたらすものであるのです。

 あなたは,ソ連邦と日本が相互により良く理解することの重要性を強調しながら,それと同時に日ソ関係に関連する幾多の諸問題におけるソ連邦の立場を理解する希望を表明しておられません。

 これについては,外国軍事基地ならびに新日米条約の締結の国際的結果に関してのわれわれの立場をあなたは何故かあなたがたの内政に対する干渉と解釈しておられる一事によつても立証しています。われわれがわれわれの国家に隣接する地域をわれわれならびに他の平和愛好国民に向けられた軍事前哨基地と化すことを非難したソ連政府の主張を何故内政干渉と称しえましょうか?沖繩島を含む日本の領土に,ソ連邦,中華人民共和国,朝鮮人民民主{前1文字ママとルビ}共和国に対し直接に向けられた一連の外国軍事基地が設けられ,外国のロケット設備およびその他の最新の軍事技術の手段が設置されていることを傍観することができるでしょうか?

 多くの発表されたソ連政府の文書中には日米条約の真の本質を詳細に暴露しており,日米条約によつて日本政府は新しい条件において自発的に自己の領土を外国の軍事基地に提供しました。

 これらの文書において,あたかも新軍事条約が防衛的性格をもち,かつ,国連憲章の規定と両立するものであるかのようにいう日本政府の引証の根拠なきことが示されました。われわれは,新軍事条約の締結が日本の土地に軍国主義と侵略の種子の育成を助長し,何よりもまづ全極東の平和の事業にとつて危険な結果をはらんでいるものであることを一度ならずあなたに率直にかつはつきりと申し上げました。

 ソ連邦政府は,われわれの国の安全の利益を直接に侵犯する行為に対して警告の声を高めざるをえません。これは,アメリカ合衆国およびその同盟諸国が対独平和条約締結に関するわれらの提案に関連して欧州において軍事紛争を開始するという露骨な脅迫に訴えている現在特別の意義をもつています。この情勢においては,当然,日本における米国の基地がソ連邦およびその他の平和愛好諸国に対して利用されないであろうという効果的な保証を誰が与えうるかという問題が起つてきます。

 しかし,私は,基地問題に関する今一つの考えを強調したいのであります。それは即ち次のことであります。

 日本における外国の軍事基地は,隣接諸国家にとつてのみならず日本国民自身にとつての脅威をなすものであります。正常な考え方をする人びとは,軍事紛争の場合に外国軍事基地の主人公たちが日本国民の意見および国民的利益を考慮するであろうと信じうるでしようか。

 このことは日本国民にも数えきれない災厄を約束しています。あなたは最近ソ連新聞に発表されたCENTO軍事同盟の秘密書類を知悉されているものと私は思います。この書類が証拠立てているように,この“防衛”ブロックの指導者たちは,ブロックを通じた自分たちの仲間の領土をも含めた,ぼう大な領土を,かれらの,繰り返えしますが,かれらの裁量で,死の地帯にしてしまおうとしています。このことを決定するのは,NATO,SEATO,CENTOの諸軍事ブロックを主導している国々の代表者を首班とする参謀部でありましよう。

 ソ連邦はあらゆる軍事ブロックの創設と他国領土上に軍事基地をつくることに一貫して反対しています。私どもはやむをえない返報的措置としてのみ,一連の相互援助条約の締結を行ないました。このことが必要となつたのは,西側列強が,軍事基地とブロックの廃止,集団安全体制の創設を目指すわが方の一切の提案を拒否したからであります。これらの国は,例えば,ヨーロッパにおける二国家集団−NATOとワルシャワ条約−間の不侵略条約を締結することさえ望まなかつたのであります。ソ連邦と中華人民共和国はソ連邦,中国,日本,合衆国とその他の太平洋沿{前1文字ママとルビ}域諸国との間の平和および友好条約の締結ならびに太平洋全域を原子なき地帯と化する提案を一再ならず提起してきました。

 しかしながら,これらの提案もまた日本政府およびその他若干の諸国の政府の側の当然の注意は受けませんでした。

 ソ連邦は,他国領土内にあるその軍事基地をすべて清算しました。あなたも良く御承知のごとく特に,日本の近辺にあるソ連の海軍基地も清算されております。米国および,その軍事ブロック上,協定上の相手方は,われわれの例に従いませんでした。それどころではなく,彼らはソ連政府の平和的提案を拒否し,ソ連邦およびその友好諸国の周囲の軍事基地をますます拡大し,犯罪的冒険実現のために侵略勢力によつて好きな時に利用されうるロケット核兵器をこれらの基地にますます多く蓄積しつつあります。

 貴総理大臣は,その書簡の中で,破壊手段生産の分野における競争の代りに,物質的福祉と精神的価値あるものの創造の分野での競争に移ろうというわれわれの呼び掛けに同意しておられます。まさにそのとおりで,われわれは,この目的に向つて,相変らず,かつ熱心に努力し,その実現のためにはいかなる努力も惜むものではありません。もしも米国および他の西側諸国の側からの執拗な抵抗がないならば,人類は今直ぐにでも,全面完全軍縮に関するわれわれの提案の具体化を見ることができるでありましよう。

 遺憾ながら,国際連合における討議においても,またその他の場合においても,世界は今までのところ全面完全軍縮,核兵器の禁止およびその蓄積の廃棄に関する提案を支持する日本政府の確固たる不撓の声を耳にすることがなかつたのであります。これらの極めて重要な問題が解決され,人類が永遠に,確固たる平和を見出だすためには,善意の願望のみに止まつていてはならないのであります。もしも日本政府がこの方向に行動することを望まれるならば,日本政府は疑いもなく,全面平和強化の事業に協力する用意についての貴国政府の言葉を具体的行動によつて裏付けるために必要な道と方法を見出だすでありましよう。われわれとしてはこれを歓迎するのみであり,またそれのみかこれを支持するでありましよう。

 私は結論として,われわれの見解では,相異なる国々の指導者の間の直接の接触と率直な意見交換,特に隣接国間の接触は,よりよき相互理解の達成のために常に重要な意義を有するものであることを指摘したいと思います。一連の問題に関する意見の不一致にもかかわらず,われわれは,われわれ両国間に真の友好善隣関係が確立されうること,また確立されなければならないことを確信するものであります。しかし,このためには双方の努力が必要であります。

 全世界の平和のために,われわれ隣国間の関係を平和的かつ友好的に打ち樹て,両国国民の福祉のために相互に利益のある交流および事務的協力を一層発展させるよう努力しようではありませんか。

敬 具

エヌ・フルシチョフ

4.フルシチョフ首相書簡 10月24日

 池田総理閣下

 私は,ソ連邦が原水爆兵器の爆発実験を行なうことを余儀なくされているということについて,不安の念を表明された貴下のノートを受領いたしました。

 われわれは,かかる決定をわれわれにとらせた理由をすでに陳述いたしました。私はただもう一度,われわれがこの処置をとつたのは長い間の熟慮の後であり,諸国民間の平和の確保という理想を重んじるものには誰にもかかる心の痛み,悲痛の感なしにはとれなかつたということを強調したいと思います。われわれの国が,万人の目前で行なわれているNATO諸国による戦争準備の激しい努力の面前に立たされている情況を想定してもらいたいと思います。そうすればおそらくソ連政府には他の選択の余地はなかつたということを貴下が理解される助けになることでしよう。

 一世代の生涯の間にドイツ軍国主義者の大軍の略奪的攻撃を二度蒙つたソヴィエト人達は戦争のことを耳で聞いて知つているのではなく,自分の家で目のあたりに見たのであります。公平にいつて,いかなる他の国民も,いかなる他の国も,第二次世界大戦においてわが国民,わが国ほどの大きな犠牲を払い,広範な荒廃にさらされはしませんでした。そしてまた,肉親および身近な人々の犠牲と喪失は補ないえないものであり,しかもほとんどすべてのソ連の家庭はそうした喪失を受けたということを説明する必要がありましようか。

 戦争とはいかなるものであるか,特にロケット・核兵器を使用する現代の戦争がいかなるものであるかを他の多くのものよりよく理解し,われわれは,人類社会の生活から戦争を排除し,全面完全軍縮を達成するためすべての努力を傾けてきたし,また傾けているのであります。このためには,われわれによつて少なからざる努力が費されました。しかし遺憾ながらこのわれわれの努力は目下のところでは成功を収めておりません。

 われわれは,単に醸成された現状況で第二次世界大戦の残滓を一掃し,ドイツ平和条約を締結することができるという最も平和的なことを提案しました。一体われわれは,西欧列強より回答として何を受けとつたでしょうか。一体かれらは,ドイツ平和条約の共同作成のため円卓会議を開くというわれわれの提案を受け入れたでしようか。列強間のあつれきを生ぜしめる主要な原因の排除,武力衝突の防止,第三次世界大戦の阻止に貢献するような貢献するような基礎のもとで平和条約を作成するとのわれわれの希望にかれらも賛同していると声明したでしようか。そうではありません。貴下の御存じのとおりわれわれの提案は西側諸国により受諾されなかつたのであります。

 戦後十六年を経過し,漸く,現に存在する二つのドイツと対独平和条約を締結しようとする提案に対する答として,われわれは,アメリカ合衆国,フランス,英国,西独および侵略的軍事ブロックに属する他の同盟国のいずれの為政者が,もしドイツ平和条約が締結され,その基礎の上に非軍事化自由都市の地位を得る西ベルリンの状態が正常化されるなら,NATO列強は,これに対して力をもつて答えるであろうとわれわれに想起せしめていることをほとんど毎日耳にしております。そして,彼らは,単に,戦争をもつて威嚇しているだけでなく,それは熱核戦争になるだろうと公言しているのであります。

 ドイツとの平和条約締結に関するソ連邦政府の提案に対し,NATO列強が威嚇をもつて答えているにもかかわらず,ソ連邦がいかなる場合にも核兵器の完成化を含む自国の防衛力強化に関する追加的措置をこのうえ差し控えるとしたなら,ソ連邦はどうなることでしようか。池田総理閣下の御理解を得たいと思います。もし,われわれがかかる措置を執らないとしたら,歴史によつても,いわんやわが国民およびヒットラー軍隊の侵略を蒙つた諸国民によつてもとうてい是認されることのない行動をとつたことになるでしよう。もし,われわれが他の行動に出たとしたなら,われわれは,平和のために闘い,平和の確保を欲しているいかなる国民からも,決して是認を受けることはできないでしよう。

 われわれは,わが国が,アメリカの軍事基地によつて包囲され,また,これらの軍事基地が現在,強化されている事実を考慮しないわけにはいきません。アメリカ合衆国は,ヨーロッパに対し,自国の軍隊および軍事技術を投じております。本年初頭より,アメリカ合衆国の軍事予算は,六〇億ドル以上増加されました。核装備軍である戦略軍隊の増強は,加速度的に進められております。“ポラリス”ロケットで装備された潜水艦の数は急速に増加しております。滑走路にあるべき戦略爆撃隊の数は,五〇%増加されました。遠距離航空機の数は増加されました。予備役の補充部隊は召集され,そして,陸海軍部隊および海兵部隊を兵員および装備の定数にまで増強するための諸手段が執られているのであります。国家が通常かかる手段を執られているのであります。国家が通常かかる手段を執るのは,事態が戦争に到る時においてのみであることはいまさら申すまでもありません。西独の報復主義者たちは−ところでアデナウアー宰相およびシュトラウス国防大臣は,かれらの合唱を指揮しているのでありますが−いよいよ執拗に,また,声を高くして,すでに現在西欧諸国において最大の軍隊になつている西独軍隊のため核兵器を要求しております。そして,それにもかかわらずNATO列強は,われわれが自国の軍事力増加および完成を放棄することを欲しているのであります。もし,われわれが,かくのごとく行動したとするなら,それは実際に平和を欲し,戦争をのろ{前2文字強調}つているすべての誠実な人々に背を向けることになるでしよう。また,それは,われわれ自身に対してのみならず,平和強化の事業において努力を弱めることのないようソ連邦に呼びかけている人々に対しても背を向けるこ

とになるでしよう。

 貴下は本当にそうであろうかと疑われるかもしれません。しかし御一考願いたいと思います。すなわち,もしNATO列強が自国の軍事力の増強を継続するのに,ソ連および社会主義諸国が何もなさずに自国の安全確保について配慮しなかつたとしたならば,これはNATO諸国の武器による威嚇政策によつて醸成された諸条件下においては,平和の強化を勿論もたらすものではなく,逆に侵略者を冒険に,重大な結果を伴う戦争の誘発に招くこととなるでありましよう。

 たとえば,アメリカ上院議員がマーガレット・スミスが行なつたような声明に無関心でありうるでしようか。スミスは,対独平和条約締結に対する回答として,ソ連に対して核兵器の使用を実質上要求しているのであります。貴下は,この関連においてアメリカ大統領の実弟である検{前1文字ママとルビ}事総長ロバート・ケネディと米国国務長官マクナマラがどのような威嚇の挙にでたかを,お読みになつているでしょう。両氏はケネディ政府の核兵器を使用する計画について声明しています。また,最近英国外相ヒューム卿と外務担当国務大臣たる国璽尚相{前1文字ママとルビ}ヒースがどのような声明をなしたかを御覧願いたいと思います。彼らの全部はソ連およびその他の諸国が対独平和条約に調印するならば,NATO列強はこれに対して熱核戦争を誘発するであろうという一事を吹き込もうとしています。

 われわれは,西欧列強とともに交渉のためにテーブルを囲んで第二次世界戦争の結末をつける問題の平和的処理をできるだけ速やかに計りたいと思う旨を一度ならず声明してきました。しかし,西欧列強がこれを欲しないとしても,われわれは,ヨーロッパにおける平和強化上の利益が要求するところの平和条約の調印を余儀なくされ,これを調印するでありましよう。

 われわれが,NATO列強による脅喝の試みを無視することができないのはもちろんでありますが,しかしこのような試みは目標をはずれて向けられているといわなければなりません。もし平和条約締結の反対者が,戦争の手段をもつて平和条約反対のために戦おうとするならば,われわれは戦争を誘発するいかなる試みをも阻止するために,威力の劣らない諸手段を持たなければならないのであります。

 ロケット・核戦争の焔を発火しようとする威嚇が,米国またはソ連にとつてよりも何倍もの危険な戦争の結果をうけるであろうものの口から放たれているとき,とくに疑惑を感ずるのであります。英国国璽尚相{前1文字ママとルビ}は,われわれを戦争で威嚇しております。しかし,英国国璽尚相{前1文字ママとルビ}は英国が大きくない島であつて,そこにはポラリス・ロケットを有する米国潜水艦基地があり,かつ核兵器で装備される米国爆撃機が配置されておることと,軍事行動誘発の場合に,同島が核攻撃の破壊力を最初に経験するものの中に入ることを忘れているように思います。

 NATO列強の今日の政策は,もはや放射能の降下物ではなく,核兵器自体の殺人的な破壊力を危惧せざるをえないように立ち至らしめております。これが今日人類が選択すべく直面させられていることであります。われわれは人類が決して核戦争の惨禍を経験しないために,実験的爆発を行ない,かつ武器を完成しているのであります。ソ連の手中に核兵器が存在することは,対独平和条約締結問題に関連して威嚇を行なつているすべてのものに対する威嚇的警告となつているのであります。

 平和的,創造的労働に従事しているソ連国民およびその他社会主義諸国民にとつて戦争は不用であります。われわれは全世界に向かつてこのことを,わが国における共産主義建設の偉大な綱領を確認する第二十二回党大会の壇上から宣言しました。この綱領を実現するためには,われわれに平和が必要であります。われわれは喜んで完成された威嚇的武器を大洋に投下するでありましよう。しかし,わが交渉の相手方が共に兵器を投下せしめるため話合いをつけることを欲しないとすれば,その時には当然われわれにもそれが必要であります。われわれは,諸国民の平和と平安は侵略者に対し愛や忍耐の言葉で哀願してこれがえられるものでないことを知つています。軍事的威嚇に対し,われわれはわが国の軍事力の強化をもつて答えることを余儀なくされており,他に途はないのであります。

 すべてこれらのことからして,西欧諸国−NATO加盟諸国の政策が国際緊張および軍拡競争の源であることが明らかであります。もし平和の利益と核戦争の防止について配慮するとすれば,全平和愛好諸国政府の努力,諸国民の努力は西欧列強をして武器をガチヤつかせることを止めさせ,第二次世界戦争の残滓に結末をつけるため話合いをつけさせることに向けられなければなりません。これが平和と安全とに導く唯一の賢明な途であります。ソ連側からは従来どおり,この崇高な目的を達成するため,あらゆる努力が払われるでありましよう。

 ソ連政府がすでに説明してきましたように,核実験停止に関する問題の解決への途は全面的完全軍縮問題を解決することであります。そうした場合,核兵器の実験の停止および同兵器の不使用の問題も完全かつ最終的に解決されるでありましよう。核兵器の実験や軍拡競争を終結するためには,全面的完全軍縮問題の遅滞ない解決を達成することが必要であります。

 ソ連政府は,極めて厳重な国際管理下における全面的完全軍縮条約を調印する用意があることをすでに一度ならず声明してきました。われわれは今日でもそうする用意があります。

 私はわれわれ両国民が全面的完全軍縮問題の速かな解決,核兵器の完全かつ無条件禁止,新世界戦争の脅威からの人類の開放のための闘争においてその努力を共にするよう期待したいと思います。

                                敬 具

     ソ連邦大臣会議議長

       エヌ・フルシチョフ

5.池田首相書簡 10月28日

 閣下

 私は,閣下の本年十月二十四日付け書簡を注意深く拝見しました。

 その書簡において閣下が述べておられる核実験の問題は,極めて重要かつ緊急な問題と考えますので,私はここに閣下に対し,折り返えし書簡を呈する次第であります。

 日本国政府の核実験問題についての立場は,本年八月三十日のソ連邦政府による核実験再開声明以来,四回にわたつてソ連邦政府に提示された日本側口上書によつてもすでに明らかなところでありますが,私は貴簡を閲読した所感として次の諸点を特に申し述べたいと思います。

 閣下は,第二次大戦中特にソ連邦国民が戦争の悲劇を身をもつて体験したものであることを強調しておられますが,戦争がいかに悲惨なものであるかを体得したものは,独りソ連国民に限らないのであります。不幸にして核爆発の恐るべき惨禍を自ら体験した最初にして唯一の民族たる日本国民は,戦争を嫌悪し世界の平和を希求することにおいてソ連国民に優るとも劣らないものであることを,まずここに強調したいと思います。

 ところで閣下の申される平和は,世界各国民の希求する真の平和とはその内容が異るものであるように思われてならないのであります。閣下は対独平和条約の締結に関するソ連邦の提案を最も「平和的なもの」と呼び,この問題についてソ連邦がとつてきた措置はことごとく平和的意図に出ずるものであると言明しておられます。しかし,例えば,長年静ひつを保つてきたベルリンをめぐつての現下の緊張状態がそもそも何によつてもたらされたかについて虚心たんかいに考えてみる必要があると思います。それが,明らかにベルリンの現状をすべて一方的に自己に有利に解決しようとするソ連邦政府の政策に端を発していることは真に世界の平和を欲するすべての人々の知悉しているところであります。私はドイツ民族の統一を達成し,もつてヨーロッパにおける平和を保つ最善の途は,ドイツ民族の自由に表明された意思,すなわち「民族自決主義」にもとづくものでなければならないと信ずるものでありますが,ソ連邦政府の政策はこの原則と相反するドイツの分割を追求しているものとみなさざるをえないのであります。

 ドイツ問題をめぐる国際情勢の緊迫に関連し,閣下は西欧諸国が最近とつた軍事的諸措置を列挙してソ連邦の核爆発の実験はこれにより強いられたものであると述べられていますが,西欧諸国によつてとられた措置は,ソ連邦政府のとつた一方的措置によつて余儀なくされたものでありその結果双方が互いに対抗措置をとることによつて緊張が加速度的に増大しているというのが現実の事態なのであります。閣下はソ連邦政府が行なう軍事的措置はすべてやむをいない防衛措置であつて,西欧諸国が行なう軍事的措置はことごとく侵略的目的を有するものであるかのごとく主張しておられます。しかしながら,自国の行なう軍事的措置はすべてやむをえない防衛措置であると他国に対して主張しながら他方において,他国の行なう防衛措置は一切防衛措置とは認めないという態度は到底常識ある人々を納得させるものではありません。ソ連邦政府による核実験の再開は,西側による同様の決定を誘発しましたが私は閣下が客年初頭の演説で「核実験を先に始める国は,諸国民に対して重大な責任を負う」旨言明されたことをここに想起するのであります。

 閣下は,核実験の停止を求めた日本国政府の要請に対し,日本国民を納得せしめるようななんらの処置もとることなく,ただ核実験再開の責任を他に転嫁しようとしておられます。しかしながら,このような試みは,前述したソ連邦政府のいわゆる「やむをえない防衛措置」と同じく,日本国民に対してはなんらの説得力をも有しないのであります。けだし日本国政府は,かつて日本が受けた恐るべき不幸を二度と人類が繰り返えさぬよう心から願うが故にこそ,たとえ何人によるとまたいかなる理由によるとを問わず,およそ軍事目的のために行なわれる核実験はすべてこれを停止するよう要請しているのでありまして,核保有国たるソ連邦政府から実験再開の理由づけを求めているのではないのであります。

 もとより日本国民はいわゆる全面軍縮の実現を望ましいものと考えるのでありますが,現実の問題として全面軍縮が一朝一夕には実現しえない現状においては,核実験停止問題を全面完全軍縮に結びつけることは,核実験の停止を遅らせることにほかならず,こうした「すべてか,無か」というソ連邦の態度は納得できないのであります。日本国政府としては現情勢下においては,実行可能なる措置,特に最も危険な核爆発の実現を停止することからはじめるべきものと考え,国際連合においてもこのような立場から本問題に関する重要ないくつかの決議案を成立せしめるため,極めて積極的な努力を払つてきました。こうした努力の一つの結果として五〇メガトン核実験停止をソ連邦政府に要請する決議案が国際連合総会政治委員会において圧倒的多数で可決されたことは,閣下も十分御承知のことと思います。

 五〇メガトンという巨大な爆弾から放出される放射能が,罪なき世界諸国民ならびにその子々孫々に対し計り知れぬ不幸をもたらす危険があることはいくら強調しても強調しすぎることはないと思うのであります。

 さらにソ連邦政府は,現在次々と実験している恐るべき核爆弾をかねて貴国が誇示する強大なロケットによつて地上のいかなる地点にも正確に投射することができると声明しております。閣下はまた貴簡の中で,英国は大きくない島であつて核戦争の際には米ソの何倍もの危険にさらされるというようなことに特に触れられております。こうした言辞は力の政策にもとづく威嚇としか解しえないのでありまして,人類を破滅に陥れかねないこの恐るべき武器を威嚇の目的に用いられていることは特に私の甚だ遺憾とするところであります。

 私は閣下がかかる威嚇の意図を含む核実験の再開につきその責任を他に転嫁するごとき試みはとりやめ,現在行なわれている実験の結果生ずる放射性降下物のもたらす恐るべき結果に思いをいたし,一刻も早く実験を停止するとともに真の世界の平和招来のため,まず厳正な国際管理を伴う核実験禁止協定の成立に誠実な努力を傾けられることを日本国民の名において要請するものであります。

                                敬 具

 昭和三十六年十月二十八日

     日本国総理大臣 池田勇人

  ソヴィエト社会主義共和国連邦

    エヌ・エス・フルシチョフ 閣下

6.池田首相の抗議電 10月31日

  ソヴィエト社会主義共和国連邦大臣会議議長

    エヌ・エス・フルシチョフ 閣下

 閣下

 ソ連邦政府が十月三十日超大型爆弾の実験をついに強行したとの報道により,私はこれまでにない大きな衝撃を受けました。

 日本政府は,核実験に対し繰り返えし抗議しソ連邦政府の反省を強く求め,また国連も決議を行なつて実験の中止を要請してきましたが,閣下がこれらの抗議や実験中止の要請になんらの考慮を払うことなく今回空前の核爆発実験をあえて行なつたことを衷心より遺憾とするものであります。日本国民の憤激は名状すべからざるものがあります。

 閣下は常々平和共存の政策を唱えておりますが,今回の暴挙は世界人類の平和の希望を踏みにじる力の外交を赤裸々に示すものと云わざるをえないのであります。

 私はソ連邦政府による一連の強力な核実験が世界の平和と人類の安全を脅威するものとしてその重大なる責任をここに更めて指摘し抗議するものであります。

    日本国総理大臣 池 田 勇 人

7.フルシチョフ首相書簡 11月9日

 日本国総理大臣 池 田 勇 人 閣下

 本年十月二十八日および三十一日付けの貴簡を受領しましたので,貴下に回答を寄せたいと思います。

 貴下が,全人類のために平和を堅持し,擁護することを唯一つの目的とするソ連邦政府の措置を評価するに当つて客観的な態度をとる希望を示されなかつたことを遺憾に思います。このことに,米国およびその同盟諸国の軍事・政治体制に対する日本政府の愛着のほどが表明されているようにみえます。

 貴下は重ねて,ソ連邦の立場につき根拠のない断定を下して,われわれが自国の防衛力強化のために余儀なくとつた諸措置が「力の外交を暴露する」ものであるかのように述べてさえおられます。

 これが正しくないことは,もちろんであります。われわれは,長い熟慮の後にしぶしぶ核実験再開の挙にでたのであります。われわれをしてこの挙にでるのを余儀なくしたものは,力の政策を実際にとつているNATO加盟諸国がつくり上げた情勢であります。われわれが他の行動にでることのできなかつたことを,貴下自身においてもお考えのうえ,御理解をえたいものであります。

 現在における枢要な問題は,全面完全軍縮であります。この問題に関する合意を達成することは,核実験,核兵器一般に関する問題をもことごとく解決するでありましよう。

 ソ連邦政府の代表たちは,国連における代表をも含めて,もし他の列強が全面完全軍縮に進むならば,単にあらゆる形態の核実験が停止されるばかりでなく,われわれは,その保有する核兵器の一切の貯蔵を喜んで海中に投ずるであろうと一度ならず言明してきました。

 ソ連邦政府は短期間に全面完全軍縮を実現すべき具体案を国連に提出しました。しかしながら,西欧列強の立場にたつて,今日までこのような重大な問題についてなんら実際的結果が達成されるにいたつていないのであります。

 この関連において,日本政府がわれわれの計画を支持されず,軍縮に関する具体的方策の作成につき熱意を示されなかつたことを指摘せざるをえないのであります。日本の国連代表は,言葉のうえでは軍縮の重要性を認めてきましたが,実質的には,今日の諸条件の下では軍縮が不可能であることを立証するためにその努力を傾けてきたのであります。本年十月二十八日付けの貴簡によつて判断すれば,日本政府はいまもつて全面完全軍縮を遅滞なく実現する必要があることを考慮しようとしていないのであります。

 日本政府は,米国と新たな軍事条約を締結して,意識的に極東情勢を複雑化する挙にでました。この条約は,米軍による日本占領を維持することを米国に許しました。日本の領土は目の細かい米軍基地網で蔽われました。米国軍部は,南朝鮮にも根をおろし,中国の島である台湾を保持し続けています。核ロケットを含む近代兵器の予備が強度に蓄積されています。米軍が東方からソ連邦とその友邦および同盟国たる中華人民共和国および朝鮮人民民主{前1文字ママとルビ}共和国とを脅威するために,これらの地域に駐留していることは誰にも明らかではないでしようか。

 ソ連邦政府は,米・日軍事同盟の締結が日本を危険な道に押し進めるものであることに対し,一再ならず日本政府の注意を喚起してきました。しかしながら,日本政府はこれを考慮しないで,西欧列強,特に米国によつて実施されている戦争準備のますます積極的な参加者となりつつあります。

 われわれが一再ならず,極東および全太平洋地域における非原子地帯の創設に関する提案を行なつたことを想起せしめることも時宜に適することであります。米国による原爆の惨禍を経験した日本は,このような地帯の創設に他国に劣らない関心を寄せるべきであるように思われます。しかし,日本政府は,このわれわれの提案をも拒否しました。いまや,極東は,平和地帯に代わつて,日本の直接参加のもとで,戦争の危険な火元の一つになりつつあります。

 また,十月二十八日付けの貴簡でなされたドイツ問題に関するソ連邦政府の立場を歪曲した姿で示そうとする試みも看過することができません。われわれは,対独平和条約の締結およびこれを基礎とする西ベルリンにおける状態の正常化に関するわれわれの見解をすでに一再ならず申し述べてきました。ソ連邦政府がドイツの軍国主義および報復主義に対する確実な障壁をつくるために,欧州の中心部における戦争の脅威の危険な火元をなくすために,ドイツ問題の調整に努めていることは周知のとおりであります。

 しかるに,西ドイツの軍国主義および報復主義の抑圧を目的とするソ連邦のこれらの措置に対して,西欧列強は何をもつて答えたでしようか?われわれが対独平和条約を締結した場合にはNATO列強は実力を行使するであろうとの威嚇が,すでにここ数ヵ月間も全世界に聞え渡つております。この列強によつて展開された戦争準備は,これを考慮に入れなくてもよいというような単なる口先だけの威嚇でないことを物語つています。米国官辺筋の人々は,米国が核兵器をも使用しうる旨を直言しています。西欧列強のこのような行動が国際情勢を極度に灼熱化したことは,もちろんであります。われわれは,それでもなお寛容を示し,ソ連邦の安全を十分に確保するために必要な措置をとらないことができましようか?いや,できません。

 ボンの報復主義者およびその庇護者たちと連携するものは,平和の事業に対して良くない奉仕をなしています。

 われわれは,米国およびその同盟諸国が軍事侵略諸ブロックを組織し,われわれを軍事基地で包囲し,社会主義諸国および他の平和愛好諸国家に対する挑発を行なつてきたとき,日本政府が抗議したということを耳にしたことがありません。

 われわれは,米国および英国が太平洋にある日本の島々の直接近辺で,核爆発を実施してきたとき,日本政府の声を実質上,耳にしなかつたのであります。日本政府がその西欧友邦に送るわざとらしい形式的な書簡をまじめに受け取ることはできないのであります。仏国がサハラで原子兵器の実験を行なつたときでも,日本政府の声はほとんど聞かれなかつたのであります。しかして,われわれがわれわれに対する露骨な威嚇に直面して,ソ連邦の安全を強化する措置をとつているとき,日本政府は,ソ連邦に対して敵意ある運動を煽るのに努めております。

 総理閣下,私は貴簡についても,ソ連邦政府に圧力をかけ,われわれの防衛力強化を放棄することを強いようとする試みであるとのほかには,これを評価することが困難であります。もちろん,もしソ連邦が自己の合理的利益を守り,また,もし必要ならば,われわれまたはわれわれの友邦に対する攻撃がある場合には,侵略者に対して殲滅的打撃を与えるために不用意であつたとしたら,誰かにとつて非常に好都合でありましよう。

 もし貴総理が国際の平和を確保するために有益な諸措置をとることを真に欲しておられるならば,なぜ貴下は米国,英国,仏国,西独および他の西欧友邦に対して,ソ連邦に対する威嚇と戦争準備を止め,直ちに全面完全軍縮に進み,もつてあらゆる核実験を停止するように呼びかけられないのでしようか。

 ソ連邦についていえば,われわれは有効な国際管理を伴う全面完全軍縮の早急実現を強くかつ断乎として支持するものであることを貴下に確言することができます。われわれは,いかなる時でも,いかなる瞬間でも,例えば今日にでも,当該国際条約に調印する用意があります。

 最後に,私は日本政府が言葉のうえでなく,事実において国際緊張の源泉を除去することを助長し,また日本が全面完全軍縮に関する国際的合意の早急な達成を目ざすソ連邦の努力に同調するよう期待したいと思います。

敬 具

                        エヌ・フルシチョフ

8.池田首相書簡 11月15日

 閣下

 私は,さきに閣下のお送りした本年八月二十六日付け私の書簡に対する返簡として閣下が送付された本年九月二十五日付けの書簡を注意深く拝見しました。

 貴簡の中には軍事基地の問題,日米安全保障条約の問題,軍縮問題等いくつかの重要な問題が触れられてありますが,これらの諸問題に対する日本政府の見解は,閣下ならびにソ連邦政府にあてたこれまでの私の書簡ならびに日本政府の文書においてすでにたびたび述べたところで明らかなとおりでありますので,ここに再び繰り返えす必要はないと思います。しかしながら領土問題については,これが極めて重要な問題であると考えますので,閣下の述べられているところで遺憾ながら事実に反する点を是正する意味で,私の所信を表明したいと思います。

 閣下は,日ソ間の領土問題についてこれが一連の国際諸協定によつてすでに解決済みであると述べておられますが,元来戦争の結果としての領土の帰属変更が平和条約により初めて確定されるものであることは閣下も十分に御承知のところであります。

 しかして日ソ両国政府は,歯舞,色丹を除いては領土問題について合意に到達できなかつたので,戦争状態を終結する形式として平和条約によらず共同宣言によることとし,もつて国交を回復することとなつたのでありまして,こうした経緯に徴しましても,未だ平和条約の締結されていない現在,領土問題が日ソ間において解決済みでないことは余りにも明瞭であります。

 閣下が日ソ間の領土問題は解決済みであると主張する根拠とされている「一連の国際協定」なるものが,具体的にはどのような協定を指しているか明らかではありませんが,おそらくヤルタ協定,サン・フランシスコ平和条約等を指しておられるのではないかと推察されます。

 しかしながらヤルタ協定は,ソ連に対し南樺太を返還し,千島列島を引渡すべき旨述べてはいますが,しかし同協定については,米国は「単にその当事国の当時の首脳者が共通の目標を陳述した文書にすぎず,その当事国によるなんらの最終的決定をなすものでなく,また領土移転のいかなる法律的効果をもつものでない」と,明言しているのであります。

 しかのみならず,わが国はそもそも本協定の当事国でもなく,またわが国が受諾したポツダム宣言も,ヤルタ協定にはなんら触れておらず,しかも本協定は当時全く秘密とされていたのであります。したがつてわが国としては,法律的にも政治的にもなんら同協定に拘束されるものでなく,貴国政府はわが国との関係において本協定を援用することはできないものであります。

 また閣下がおそらくその主張を根拠づけるため援用しておられると思われるサン・フランシスコ平和条約についても,日本が同条約により「南樺太および千島列島に対する一切の権利,権原および請求権を放棄した」こと事実でありますが,同条約には,日本が何国のためにこれら地域に対する権利を放棄するかは規定されておりません。サン・フランシスコ平和会議のソ連首席代表であつたグロムイコ現外相は,同会議の席上行なつた演説の中で,「日本がこれら領土に対するソ連邦の主権を認めるべき日本の明白な義務についてなにも述べられていない」と述べて,同条約がソ連政府の主張する権利を否定するものとして非難した経緯があり,しかもこのような点をも理由としてソ連政府が同条約に署名を拒否していることからみても,ソ連は,サン・フランシスコ条約によつて日本が放棄した領土に対し,なんらの権利をも主張できる立場にないのであります。

 こうした事情を考慮すれば,領土問題はすでに解決済みであるという閣下の主張が根拠を欠くことはきわめて明瞭であります。

 日本政府が受諾したポツダム宣言にはソ連政府も参加しておりますが,同宣言にはカイロ宣言の条項が履行されるべき旨明記されております。しかして,このカイロ宣言には,日本は,日本が「暴力および貪欲により略取」した地域から駆逐されると述べられているほか,連合国自身については,「自国のためになんらの利得をも欲求するものでなく,また,領土拡張の意思も全く有しない」旨がはつきりと宣言されております。しかるにソ連政府が,日本が決して「暴力および貪欲により略取」した領土でない千島列島のみならず,古来日本人のみが居住し,しかもかつて他国に領有されたことのないクナシリ・エトロフ両島にまで,その領有権を主張していることは,このカイロ宣言の条項とも全く矛盾するものと申さざるをえません。

 閣下はまた,日本政府は「日本の領土でない領土の日本への返還問題を提起し,『固有の領土』についての問題をみずから提起することによつて,サン・フランシスコ条約の当該規定の承認を避けようとしている」と述べておられますが,「『固有の領土』についての問題」とはおそらく,クナシリ,エトロフ両島を指すものと考えられます。しかしながら,これら諸島は幕府時代の十九世紀中頃よりすでに日本固有の領土として国際的にも認められていたものでありまして,帝政ロシア政府も一八五五年の日露通好条約によつてこれら諸島が日本の領土であることを承認しているのであります。しかして日本政府とロシア政府との間に結ばれた一八七五年の千島・樺太交換条約は「千島列島」としてウルツプ以北の十八島をあげ,その千島列島は南樺太と交換の上で日本領土とさるべきことを定めたものであります。従つて日本政府がサン・フランシスコ条約によつてその権利を放棄した「千島列島」は,この歴史的にも明らかな概念であるウルツプ以北の十八島を指すものであつて,元来「千島列島」に含まれぬ固有の日本領土であるクナシリ,エトロフ両島については,日本政府はなんらの権利をも放棄したものではないのであります。

 しかもこれら両島には戦争終結に至るまえで日本人のみが居住していたのでありますが,いまやこれらの日本人は,総て放逐され,父祖代々の墳墓に参拝することすら許されない状態にあるのであります。しかして終戦と同時にこれらの島を占領したソ連政府がその国民を続々と本国よりこれらの島へ移住せしめている事実に,日本政府は無関心たりえないのであります。

 固有の領土に対する民族の愛着は,他国の固有の領土を占領したうえこれを合法化せんとするこのような試みによつても決して消えさるものではありません。私は閣下が,日本民族固有の領土を速やかに返還されることによつて,日ソ両国民が良き隣人として共存しうる基盤を作り上げるよう尽力されることを切望してやまないのであります。私は何人にもまして,日ソ間に領土問題が解決し,速やかに平和条約が締結されることを望むものでありますが,遺憾ながらいまだその実現をみるに至つていない現実においては,両国は専ら日ソ共同宣言を指針として相互の関係を律して行くべきものと考えます。すなわち,それは一般的原則として,国際紛争の平和的解決,武力による威嚇または武力の行使を慎むこと,国連憲章第五十一条の個別的,集団的自衛の固有の権利の確認,相互の国内事項に干渉しないことの四点を含むものであります。

 私は両国政府によつてすでに確認せられたこの基礎の上に立つて,日ソ両国の善隣関係増進のため,ひいては全世界の平和のために,あらゆる努力をおしむものではないことを本書簡を結ぶに当つて特に申し添えるものであります。

敬 具

                   日本国内閣総理大臣 池 田 勇 人

 ソヴィエト社会主義共和国連邦

 大臣会議議長

  エヌ・エス・フルシチョフ 閣下

9.フルシチョフ首相書簡 12月8日

 日本国総理大臣 池田勇人閣下

 本年十一月十五日付けの貴簡を受領しましたので,若干の見解を申し述べたいと思います。

 貴下が一九五六年十月十九日付けの宣言の諸原則にしたがい,日本国とソ連邦との間の善隣関係を増進させるために努力を惜しむものでないと述べられたことを拝聴し欣快でありました。ソ連政府は日・ソ関係を完全に正常化し,かつ両国国民の死活的利益に副う善隣的協力を調整することを希望するものでありますので,このような御意見には全く同感であります。

 他方,直言すれば,両国関係の今後の発展に関する実際的な諸問題につき意見を実務的に交換する代わりに,われわれの書簡交換を究極においていわゆる領土問題に関する無益な論議に帰せしめようとする意図が表明されていることを私は悲しむものであります。

 この論議は,平和条約の締結を阻止し,かつソ連邦と日本国との関係の完全正常化を妨げる目的をもつて人為的に,故意に煽られているのであります。

 特に軍事同盟によつて米国と結ばれている日本が,ソ連邦を目標とする外国軍事基地としてその領土を自発的に提供している現在の条件では,この論議が他の結果をもたらすことのできないことは,閣下御自身御了解のことと思います。

 貴簡は,あたかも領土問題が周知の国際諸協定にかかわらず,今なお,未解決のままであり,この問題についてソ連邦から態度の変更,すなわち一定領土に対するその既得権の放棄を取り付けるなんらかの根拠があるかのように問題を見せようとする試みが再び行なわれております。貴総理,右のような意図は日本政府が無条件降伏の結果,周知の国際諸協定によつて引きうけた義務の履行を回避しようとする意図を証明するに過ぎないものであることを,私は極めて率直にかつ断固として閣下に述べねばなりません。本質的には報復的なそのような日本政府の態度は日本とその諸隣国との関係の尖鋭化,極東における情勢の紛糾をもたらすものであると見るのは困難ではありません。

 私の見解では,日本政府の領土請求権の根拠として引用されている数々の歴史的事実および文書を再び取り上げる必要は現在ありませんん。それにもかかわらず私は,それらの事実と文書の若干について想起せしめたいと思います。

 日本の降伏条件の基礎となつた連合国のポツダム宣言は,日本の主権を本州,北海道,九州,四国の諸島および若干の小島に制限しています。

 日本政府は,降伏に関する文書に調印して,同政府およびその後継政府が誠実にポツダム宣言の諸条件を履行するであろうという誓約をしました。千島諸島が日本の主権の下に残された領土の中から除外されている限り,日本政府側からの千島諸島に対する現在の要求は,上述の誓約に反するものであります。

 日本政府が,あなたも自己の書簡で確認されているように,千島諸島に対するすべての権利,権原および請求権を放棄しながら,今これらの諸島に対する要求をあえてするといる事実は,不審を喚起せざるをえません。総理閣下よ,どこに論理がありますか。

 あなたの書簡中に,千島諸島に対する日本の権利放棄を規定した条約の中にこれら諸島がいかなる国に帰属すべきかが記されていないので,問題は未解決であるというように主張されています。日本は,千島をいつでも要求しうるものでないことが周知のことであるのに,このような問題を提起することにより日本政府は一体何を得ようとしているのかをききたいものであります。日本政府は,誰の利益について配慮しているのでしようか。あるいはソ連の極東沿岸への道を遮蔽している千島諸島が,スペインだとかポルトガルにでも帰属することを日本政府は望んでいるのかも知れません。

 それとも日本政府は,すでに日本の島々をはりめぐらしているソ連を目標とした軍事基地に追加して,新たに千島をも軍事基地とすることにまんざら反対でもあるまい,海のかなたの自分の同盟国のために奔走しているのですか。

 いや,貴総理,ソ連邦は自分の権利を譲渡するわけにはいきません。三大国のヤルタ協定は南樺太および千島諸島の帰属問題を明確に決定しております。これらの領土は無条件かつ無留保でソ連邦に引き渡されたのであります。

 あなたは千島諸島のソ連帰属に疑問をもたせようとして,日本政府がヤルタ協定の参加国でないこと,従つて同協定があたかも日本に関係がないかのごときことを引用されています。同協定が日本を敵として戦つた各国間で締結されたものである以上,日本が同協定に参加しなかつたこと,また参加できなかつたことはもちろん当然であります。しかし,日本は降服に際し連合国によつて決定された条件を受諾しました。そして連合国はこの点でこれら諸国間に存在していた諸協定から出発したのであり,その中にはあらゆる国際協定と同様に拘束力を有するヤルタで署名された協定も含まれているのであります。

 米国政府の若干の声明を引用することによつて日本側の確信を裏付けようとの書簡中に含まれた試みは全く成立しません。アメリカ合衆国政府もかつてヤルタ協定を自身にとつて拘束力があるものと無条件で認めましたし,本協定に従つて行動をしてきたことを指摘しなければなりません。このことを確認する幾多の文書があります。例えば,この関連において一九五一年三月二十九日付けおよび五月十九日付けソヴィエト政府あて米国政府の覚え書に注意を向けることができますが,これらの覚え書から明らかなことは,南樺太と全千島列島がソヴィエト連邦に帰属する問題については米国とソ連邦の間になんらの不一致もなかつたことであります。

 周知のごとく,ヤルタ協定の中にも,一般命令第一号の中にも,サン・フランシスコ条約の中にも千島列島の区分はなんらなされておりませんし,全体としての千島列島が問題となつていたのであります。このことはとりわけソ連邦と米国の政府首脳間にとり交わされた往復書簡によつても確認されます。従つて当該国際諸協定があたかもソ連邦に全千島列島ではなく,ただその若干の島のみを譲渡することを考慮に入れているかのように確認しようとする日本側の試みはあらゆる根拠を失つております。

 クナシリ島およびエトロフ島が千島列島中に含まれていないという主張は成り立ちません。このような遁辞を弄して,戦前日本の歴史および地理的文献が逆のことを主張していたことを忘れているようにみえます。例えば,一九三七年に日本海軍省水路局出版の水路図や交通公社が一九四一年に出版した日本の公式旅行案内書や,その他の多くの日本出版物を御覧になれば,貴下は看板を塗り替えて地理に適合しないようにしようとするものがいかに自分を滑稽な立場に陥入れるかを確信するでありましよう。クナシリ島およびエトロフ島が千島列島に帰属していることは,たびたび戦後においても日本政府によつて認められていることも周知のとおりであります。

 貴下はその書簡で,一八五五年および一八七五年の日露条約を基礎にしていますがこれらの条約が本件となんらの関係もないことは明らかであります。

 もし貴下のやり方に従つて歴史を反転すれば,一九〇四年に日本がロシアを背信的に攻撃し,開戦し,ロシア国民に多大の悲しみを与え,ロシアから樺太の半分を奪取し,ロシアにポーツマス平和条約の苛酷な掠奪的条項を強いたことを想起させる必要がありましよう。

 これらの行動によつて日本は一八五五年および一八七五年にロシアとの間に締結された諸条約を破り,もつてこれらの条約を引き合いに出す権利を自ら失いました。二十年代の始め頃にわたるもつと新しい例を挙げることもできます。すなわち,当時日本は一九〇五年の条約を破り,再びロシアへ侵入し,北樺太とソヴィエト領極東を占領し,これを掠奪しました。他にも周知のこの種の歴史的事実があります。

 私は日本の現政府を非難するためにこれらのことに言及するのではありません。しかし,貴書簡は,貴下の挙げられた事実が日本の利益になることを物語るものでないことを示すために,私をしてこの歴史を回顧せしめずにはおきませんでした。論議を続けるための基礎を遠い過去に求めずに,日本に定められた義務を課している国際諸協定を厳重に守ることが必要であるように思われます。

 日本側によるソ連との平和条約締結の引延しは当然日本政府の企図についてソヴィエトの人々に警戒的な気持を起させないわけには行きません。なぜ日本は平和条約の調印を欲しないのか,あるいは日本はソ連と平和裡に生きることを欲しないのではないか,という当然の疑問をソヴィエトの人々は提示しております。

 あるいはこれは,一部の人が平和条約の欠如を,日本における軍国主義的,報復主義的気運を復興するために利用しようと考えていることによつて説明されるのでありましようか。

 もし国家が,平和と相互の友好を要望するならば,平和条約を調印しないという理由はありえないでありましよう。

 平和条約の欠如はわれわれの国の間の協力の発展を困難ならしめているのであります。日本政府はこのことを考慮しないばかりか,最近,われわれ両国関係の完全な正常化と善隣関係発展のための条件の醸成とに対する途上に新たな障害を造る措置を講じたのであります。ソ連の人々は,日本が特定層の努力によつて,その鉾先がソ連邦およびその他平和愛好諸国に向けられている米合衆国の結集している侵略的軍事同盟およびブロックに引き入れられるという悲しむべき情勢に注意を向けざるをえないのであります。日本は強力な戦争準備を行なつている人々と積極的に協力し,かれらに対し,日本の隣国の安全を脅威するため,自国の領土を利用せしめているのであります。

 このような情勢のもとにおいて,貴国の公的代表者たちが平和愛好とソ連邦に対する友好感情を確約するとしても果してかれらが,日本領土に配置されている米軍基地および米ロケット・核兵器の援助のもとで,ソ連およびその他の諸国と友好および相互理解を強化しようと考えているのかという問題が生ずるのもやむをえないのであります。

 ソ連政府は一連の既知の文書において余すところなく日本軍事条約に関する自国の立場を表明しました。従つて私はここで再びこの問題のあらゆる面に触れるつもりはありません。

 現在われわれの共通の課題は現存する困難と障害を克服し,日ソ間の真の良好な善隣関係設定への道を求めることにあると思います。この関連において,日ソ間の貿易,経済,文化,その他の関係を一層拡大し,また完全全面軍縮,核兵器の禁止,保存核兵器の破壊,植民地主義の一掃をはじめとする最重要の国際問題の解決をめざす闘争に協力することに相互に努力すればそれは現在第一義的な意味を持ちえるであろうことを私は再び強調したいと思います。これが,私の信ずる所によれば両国国民の利害が完全に一致する分野であり,相互の協力が特に実を結びうる分野なのであります。

 疑いもなく現代の最重要問題は,全面および完全軍縮問題であります。右問題の進展は,すべての政府の共同的努力によつてのみ可能であり,各国政府の義務は人類の運命に重大なる意義をもつ,この崇高事業に貢献することであります。国際関係において重要な地位を占める日本としても,軍縮に関する最終的協定の達成の容易ならしめるため多くのことをなしうることは疑いを入れません。しかしながら,今まで日本の公的代表者たちは,この問題においてアメリカ合衆国の影に隠れており,もし,行動するとしても,それは通常西欧大国とともに軍縮問題の解決に向けられていない諸提案の支持のためであります。

 ソ連政府は,核および熱核兵器の実験禁止に関する具体的協定案を提出いたしました。貴下は,すでに,右新提案の内容を知る機会を持つたものと思われます。右は,疑いもなく,日本を含むすべての国民を不安ならしめている問題に関して合意を速やかに達成するための現実的可能性を開くものであります。

 広島および長崎の悲劇を体験した日本国民の右問題に対する態度は,われわれには全く理解できます。日本政府は,核兵器の実験継続に対して否定的態度を言明した一連の声明を行いました。

 右声明は,特にアフリカにおけるフランスの実験実施を非難することを同時に確認したのであります。事実多くの人々は日本が最近これらの声明に反して,アフリカにおける核兵器の実験と配置の禁止決議の支持を国連で放棄されるに至つたことに驚きました。しかし,米国が作り出したパキスタン,イラン,タイ,フィリピン,ノールウェイ,デンマーク,アイスランドのごとき侵略的軍事ブロックの構成国がこの決議に賛成投票をしたではありませんか。

 軍備競争と戦争の脅威から人類を開放し,全人民の平和愛好の希望に応えられるような決議の支持に,日本政府が大きな一貫性を表明し,かつ自分の声を高めるよう期待したいのであります。

 最後に現在意見の食い違いがあるにもかかわらず良識が勝ちを占め,日本とソ連との間の関係が相互の利益になるよう真に善隣的となるとの確信を表明したいと思います。われわれは日本政府が日ソ関係の完全な正常化の事業に必要な意義を与え,この途上に横たわる障害を排除する手段をとることを期待したいのであります。

 ソ連政府としては,われわれ両国民のために,世界平和の強化のために,ソ連邦と日本国との間の関係を改善すべく今後ともあらゆる努力を傾けるべきことを,貴総理に確言することができます。

敬 具

  エヌ・エス・フルシチョフ