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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米安保条約に関する藤山愛一郎外相の趣旨説明(衆議院)

[場所] 
[年月日] 1960年2月9日
[出典] 日本外交主要文書・年表1029−1031頁,「官報号外」.
[備考] 
[全文]

○国務大臣(藤山愛一郎君) 去る一月十九日にワシントンにおいて署名いたしました日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安保保障条約,及び,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の締結について御承認を求めるの件に関し,趣旨の御説明をいたします。

 安全保障条約の改正は,歴代内閣の重要な外交上の懸案でありましたが,昭和三十二年,岸総理とアイゼンハワー大統領との会談によりこれが改正の端緒が開かれ,さらに,昭和三十三年九月,私が故ダレス国務長官に対し改正交渉の開始を正式に申し入れ,同十月,これが改正の交渉を開始し,自来,交渉を進めました結果,本年初め,完全な妥結に達し,去る一月十九日,ワシントンにおいて調印の運びとなった次第であります。

 今,条約の重要な改正点について御説明申し上げれば,次の通りであります。

 第一は,日米間の安全保障体制と国際連合との関係を明確にしたことであります。すなわち,新条約は,日米両国が国連憲章を尊重し,国際連合を強化するため努力すべき旨を規定するとともに,両国が憲章の目的と原則に従って,行動すべきことを明らかにしております。従って,新条約に基づく実力措置は,外部よりの侵略のない限り,絶対に発動することはないのでありまして,純粋に防衛的性格を有するものであります。新条約は,国連憲章のワク内においてこれを補完するための取りきめであり,これによって侵略の発生を防止し,日本及び極東の安全と平和の維持に寄与することを目的とするものであります。

 第二は,米国の日本防衛援助義務を明定したことであります。すなわち,この条約は,日本の施政下にある領域に対して外部から武力攻撃が加えられた場合には,米国は日本とともに共通の危険に対処するよう行動すべき旨を規定しているのであります。

 なお,沖縄等現在日本の施政下にない領域は条約地域より除外されていますが,将来返還を見れば自動的に条約地域に編入されることは申すまでもありません。それまでの間に万一南方諸島に対して武力攻撃が行なわれるような場合には,日本政府として同胞の福祉のためにはできる限りのことをなすべき旨を本条約付属の合意議事録で明らかにいたしております。

 第三は,条約の実施全般を日米間の協議の基礎の上に置き,特に重要な事項,すなわち,米軍の配置及び装備の重要な変更並びに戦闘作戦行動のための施設・区域の使用については,別に交換公文をもって,事前の協議にかからしめることとした点であります。これらの事項につきましては,米国が日本政府の意に反した行動を決してとらないことは,今次交渉の過程においても明確に了解されていたところでありますが,条約の署名に際し,アイゼンハワー大統領が重ねて岸首相にその旨を確認しましたことは,過般の日米共同コミュニケに明らかな通りであります。

 第四点は,従来日米間に存在した安全保障体制を広範な政治・経済上の協力関係の基礎の上に置いたことであります。日米両国間には,現在,すでに政治・経済上の協力のための強固な基盤が存在するのでありますが,今後ますますこの方面の協力を進めることが日米双方の利益であることは,あらためて申すまでもありません。

 最後に,第五点は,条約の有効期間について明確な定めをしたことであります。すなわち,まず,この条約は,国際連合自身による安全保障措置ができたと両国政府が認めるときまで効力を有するものとし,次に,条約の発効後十年たてば,いずれの締約国も一年の予告をもって条約を廃棄できることとしたのであります。このように条約に終期を設けるとともに,他面,安全保障における国家間の協力関係というものにはある程度の安定性が必要でありますので,前述のような期間の定め方をした次第であります。

 なお,本条約には,さらに二つの交換公文が付属しております。一つは,いわゆる吉田・アチソン交換公文等に関するものであり,他は,相互防衛援助協定に関するものであります。朝鮮動乱に対する国際連合の措置は,現在なお継続しておりますので,わが国としては,当然これに対して従来通り協力すべきであり,また,安保条約の切りかえによって相互防衛援助協定が影響されるようなことのないようにする必要がありますので,この二つの公文を取りかわした次第であります。

 次に,現行行政協定にかわる日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定について御説明申し上げます。

 新しい協定は,行政協定を母体として,これに従来の運営の経験とNATO協定等の先例を参考としつつ改善を加えたものでありまして,次に,そのおもな改正点につき申し上げたいと思います。

 第一に,行政協定においては,従来,米軍は,施設内のみならず,施設外においても一定の権利を有することとなっておりましたが,今回,施設外においては,両政府間の協議により,原則として日本政府が関係法令の範囲内で必要な措置をとるように改めました。

 第二に,米国の軍人,軍属,家族の出入国については,日本政府が米軍人,軍属の送り出しを要請し,または旧軍人,旧軍属,家族に退去命令を出したときは,アメリカ側は,これらの者を日本から送り出すことにつき新たに責任を負うこととなりました。

 第三に,関税及び税関検査の規定につきましては,軍人であっても,部隊として行動していない場合は,税関検査の対象となることとし,また,軍事郵便局の取り扱う郵便物の税関検査免除は,これを公用のものに限ることといたしました。

 第四に,米軍のための労働に関しては,雇用はすべて日本政府を通ずる間接雇用を原則とする建前をとるとともに,いわゆる保安解雇の問題についても妥当な解決の方法を講じました。

 第五に,いわゆる特殊契約者については,米軍は日本側と協議の後初めてこれを指名し得ることとし,また,指名後も,不適格な業者は指名を取り消し得ることといたしました。

 第六に,民事請求権に関する規定につきましては,国有財産に対する物的損害に関する請求権の相互放棄は,自衛隊用の財産に関するもののみに限り,その他の政府財産の場合は補償を受けることとし,また,損害請求の原因となった行為が公務執行中であったかいなかの判定は,日本国民から選定される仲裁人が行なうことに改めました。

 最後に,いわゆる防衛分担金条項は,新協定から削除いたしたのであります。

 以上を通観いたしますに,新しい協定は相当大幅な改善を含んでおり,駐留軍の地位を規定する協定としては,外国間の類似の協定に比較し,全体として決して遜色なきものと確信いたします。

 第二次大戦後,人類の希望に反して,世界には東西の冷戦を背景とし多くの国際紛争が惹起されました。わが国は,民主主義国家として再生し,自由主義陣営の一員としてこの世界的趨勢の影響を受けつつ現在に至ったのでありますが,わが国が今後も平和のうちに民族の発展をはからんとするには,安全保障上の措置をゆるがせにすることを決して許さないというのが,現実の客観情勢であります。現在,国際連合の平和維持機構としての力は,遺憾ながら,まだ不十分であるといわざるを得ません。よって,国際連合の平和維持機能を補完するため,国連憲章の認める安全保障措置を講ずる要がありますが,わが国と共通の信条と目的を持つ米国との間の安全保障措置を継続するのが最も適当と信ずるものであります。

 繰り返して申し上げれば,この条約は,国連憲章に従って武力の不行使を定め,かつ,条約地域を日本の施政下にある領域に限定し,日本が攻撃されない限り決して発動を見ないこととしている点よりして,他のいかなる国をも脅威しない,全く防衛的性格のものであります。そして,また,この条約は,その発動を見るがごとき事態を生ぜず,すべての国と平和のうちに共存することを可能ならしめることをその真の目的としているものであります。

 政府といたしましては,新条約による安全保障体制を基礎として,後顧の憂いなく国運の進展を期し,この基盤の上に,平和外交の推進に一そうの努力を傾注いたしたい所存であります。

 以上が,日米安全保障条約関係二案件について御承認を求めるの件についての趣旨でございます。