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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米安保条約および歯舞・色丹返還の条件に関する情文局長談話

[場所] 
[年月日] 1960年1月28日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),994−996頁,外務省情報文化局「外務省公表集」,昭和35年上半期,23−8頁.
[備考] 
[全文]

 新安保条約および歯舞,色丹返還の条件に関するソ連の申し入れについて

    近藤晋一外務省情報文化局長談

 グロムイコ外相は一月二十七日在ソ門脇大使を招致し,新安保条約の調印に関連し,脅威的言辞をもつて,わが国の政策を非難し,一九五六年十月,日ソ間に締結された共同宣言に明記してある歯舞諸島および色丹島の返還の条件として日ソ平和条約の締結に加え日本全土より外国軍隊の撤退を必要とするという新たな条件を申し入れて来た。

 このソ連側申し入れは新事態を理由としているが,日ソ両国間に締結された協定に対してソ連側が自己の政治的考慮により,一方的に勝手な条件を附加せんとするものであつて国際約束を反故にせんとするものであり,全く国際信義に反するものと言わざるをえない。

 日ソ平和条約の締結が遅れているのはソ連が領土問題におけるわが国の正当な要求に応じないためであることはいまさら言うをまたない。

 思うに,ソ連の今回の申し入れの意図は安保条約改正の機を捉え,国内人心の攪乱をはかり,日米離間を狙つているものと推測され,わが国に対する内政干渉の現われである。

 一国の安全はその国の国民が独自に決定すべき問題であつて,他国の介入を許すべきものではない。わが国の政策がソ連の意に沿わないという口実のもとにその前約を守らないというがごときは,国際約束を軽視するソ連の態度を表わすものとして極めて重大な問題である。

 日ソ共同宣言締結当時すでに日米安保条約は存在し,米軍はわが国に駐留していたものであつて,ソ連はこの事実を承知の上で歯舞諸島および色丹島の返還を約しているのである。

 改正された日米新条約はその条文の示すとおり,全く防禦的性格のものであつて,国連憲章を遵守し,憲章違反の侵略行為が行なわれないかぎりいかなる意味においても発動されるものではない。

 およそ国際間の平和的関係は,それぞれの国の政治的信条の相違にもかかわらず,相互にその立場を尊重し,内政不干渉の原則を遵守し,共存の実を挙げることにおいてのみ可能である。この趣旨は日ソ共同宣言の中にも明記されているところである。もとより一国が他の外交政策を批判することは自由であるが,他国に圧力を加えることにより,その政策の変更を迫るがごときは不当な干渉と言わざるをえない。

 去る十四日中共外交部も安保条約改定反対の声明を発表したが,中ソ両国が時を同じくして,かかる態度を明らかにしたことは,その意図が奈辺にあるか明瞭である。

 日本国政府は現下の国際情勢において,ことに第二次大戦終了後極東において起つた諸事態を考慮するとき,自国の安全を確保し極東の平和を維持し,ひいては世界平和に貢献するためには安保条約に基づく米軍の駐留を必要なりと考えている。

 この種の安全保障体制は,日米間に限られたものではなく,現下の国際情勢にかんがみ,多くの国によつてとられているものであつて,外国軍隊の駐留を認めることは,すなわち自国の主権を放棄し,独立を失うことを意味するとする今回のソ連邦覚書の論旨は全く理解に苦しむところである。

 ソ連邦政府が今回の覚書において日米両国間の新条約と歯舞群島および色丹島の引き渡し問題とを関連させていることは極めて不可解である。歯舞群島,色丹島については日ソ共同宣言において「ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国の要望にこたえ,かつ日本国の利益を考慮して,歯舞群島および色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし,これらの諸島は日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。」と明確に規定されている。

 この共同宣言は日ソ両国関係の基本を律する国際取極めであり,両国それぞれの最高機関によつて批准された正式の国際文書である。この厳粛な国際約束の内容を一方的に変更しえないことはここに論ずるまでもない。さらにまた日ソ共同宣言が調印された際,すでに無期限に有効な現行安全保障条約が存在し,日本国に外国軍隊が駐留しており同宣言はこれを前提とした上で締結されたものである。この事実からしても,日ソ共同宣言における合意がいささかの影響をも受ける事由は存しない。

 日本国政府は,領土問題について共同宣言の規定に新しい条件を付し,これによつて宣言の内容を変更せんとするソ連邦の態度はこれを承認することができない。またわが国は,歯舞群島,色丹島のみならず他の日本固有の領土の返還をあくまでも主張するものである。

 ソ連邦覚書はさらに,日本国政府の基本的政策を軍国主義的政策なりと強弁した後,「現代のロケット核兵器戦争の条件下においては,狭小かつ人口稠密にして,しかも外国の軍事基地の散在する領土をもつた日本全土が最初の瞬間に広島,長崎の悲劇的運命を見るおそれのあることは現在何人にも明らかである」と述べているが,日本国政府は,核兵器を保有する国がこれを保有しないとみずから決めた国に対して自己の欲する外交政策を取らしめるための手段として核兵器の威力を誇示することは許されないと考える。

 かくのごとく武力行使の脅威をほのめかす言辞をもつて,一国の外交政策の変更を迫るがごときは,相手国に対する不当の干渉というほかはない。

 さらにソ連邦覚書が,日本国の憲法の解釈問題にまで立ち入つていることは甚しき内政干渉と言わねばならず,かかるソ連邦の態度は,日ソ協同宣言における「日本国およびソヴィエト社会主義共和国連邦は,経済的,政治的または思想的のいかなる理由であるとを問わず,直接間接に一方の国が他方の国の国内事項に干渉しないことを相互に約束する」との規定に違反することを指摘するものである。

 対外政策における日本国政府の基本的立場は,相互に相手国の主権と独立と自由とを尊重し,諸国民の間に信頼と尊重に基づく真の平和を確立するにある。

 日ソ両国間の関係の増進は,まづ両国間の基本的取極めたる日ソ共同宣言を相互に遵守することから始められなければならない。

 日本国政府は,この立場にたつて,日ソ両国の善隣関係を発展せしめひいては世界の平和に寄与することがその義務であると確信していることをここに改ためて明らかにせんとするものである。