データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] マッカーサー米大使の横浜ロータリークラブにおける演説

[場所] 横浜
[年月日] 1959年10月13日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),930−933頁.横浜ロータリークラブ「週報」,No.514.
[備考] 
[全文]

「日本と米国の相互依存関係」

 いまから37年前にわたくしがはじめて日本の地を踏んだ当横浜市に,再び参つたことをよろこんでおります。アメリカ人にとつて,永い日米関係の伝統を持つ横浜はいろいろの過去の歴史を想いおこさせ,両国が互いに助け合いながら発展してきたことを強く心に想いうかばせるものであります。当市が日米間の友好関係をはぐくんだ揺らんの地といえることは,現在シルク・センターの前面に立つている1854年最初の日米修好通商条約調印の地を示す記念碑をながめただけでも,容易にわかるでありましよう。

 わたくしは,日本最古のロータリー・クラブの一つからお招きを受けて当地に参りましたことを特に喜ぶものであります。そして外交官を本職とするわたくしは,最も偉大な外交官のうちに数えられるロータリー・クラブの非常に有能な会員諸氏に対し心から敬意を表するものであります。なぜならロータリー・クラブの会員諸氏は,世界諸国間の相互理解を増進し,国際的な障害を超越する四海同胞精神を生み出すことに大いに努力しておられるからであります。

 わたくしは2年半前日本に赴任して以来幾度か横浜に参りましたが,そのたびにわたくしは当市にみなぎる活気と,当市が偉大な進歩を遂げつつあることを示す有形,無形の数々の証拠に深い感銘を受けました。この進歩は美しいシルク・センター,新しい市公会堂,当市を復興して新しい産業地区にする計画など多くのことに表われております。

 1.序  言

 そして進歩と申しますと,わたくしは本日,日本と米国の関係について少しばかり申しあげたいと思うのであります。なぜならば,この面においてもわれわれは過去数年間に多大の進歩を見てきたからであります。この進歩は単なる偶然のことではありませんでした。それは日本と米国が互に依存し合つているという事実から直接生れたものであると,わたくしは信じています。そこでわたくしは本日「日本と米国の相互依存関係」について述べたいと思うのであります。

 これはここに集まつているわれわれのすべてがつねに念頭に置いている問題でありますが,最近モスクワで,続いて北京で,日米両国間の協力体制を批判した言明が行われましたので,この問題について述べることも時宜を得ていると思うのであります。事実,日本国内でもモスクワの批判をそのままオウム返しにしたような言説が聞かれたのであります。そこでわたくしは本日,二つの死活的に重要な面,すなわち貿易と安全保障の面における日米両国の相互依存と協力を分析することが有益だろうと考えたのであります。そしてわれわれは単に互に依存し合つているばかりでなく,多くの共通の目的を持つていますので,わたくしはこれらの目的についても少しばかり述べようと思うのであります。

 2.貿易−われわれの日々の糧(かて)

わたくしは日本と米国との貿易についてある著名な日本の実業家と対談したことがありますが,そのときその実業家はわたくしに「貿易は日本にとり文字通り日々の糧だ」といわれました。そこでわたくしはまず,貿易の分野における両国の相互依存関係からお話し致します。

 日本は近年米国にとりきわめて重要な市場となりました。実際のところ日本は一般的にいつて米国にとり,カナダに次ぐ第二の大輸出市場となりました。日本はただいままでのところ対米貿易で出超を示している今年にいたるまでは,伝統的に米国が日本から買うより以上のものを商業的に米国から買つてまいりました。そしてこの点に関連し,日本は農産物では米国の最大市場の一つでありました。これらの農産物の中には米国内でいちじるしく過剰なものもあります。米国は日本との貿易で非常に大きな恩恵を受けております。もし日本という大市場がなかつたならば,米国の余剰農産物問題は際限なくもつと処理に困難なものとなるでありましよう。

 ところでこんどは問題の反対の面を見ようではありませんか。米国は日本にとり最大の単一市場であります。実際,今日日本の全輸出品のほぼ3分の1は米国に向けられております。これらの輸出品は上質の繊維製品,ラジオ受信機,光学製品および機械,ステンレス・スチール製品,合板,上質陶磁器,オモチャのような高級なぜいたく品や消費財その他種々雑多な商品であります。このようなぜいたく品は,東南アジア,中東,アフリカその他の米国ほど実質賃金の高くない地域ではもちろんたやすく大量に売れるというわけにはまいりません。かつまた,共産諸国は,その国民の生活をもつと愉快で気持のよいものにするのに役立つこれらの消費財を決して大量に輸入いたしません。共産諸国の貿易は,彼らの戦争工業と重工業の筋骨を強くするための機械類や施設類の輸入に集中されております。そこで日本は日本の全輸出の約3分の1を買い取る米国市場に代るべき市場を他にもたぬわけであります。

 ところで,日本の対米輸出品は,その大部分が日本の中小工業の手により生産されているのが実情であります。そして日本の中小工業は,日本の総工業労働力雇用量のざつと8割を雇用しているのであります。従つてわれわれは,米国市場が日本の経済的,社会的福祉にとつて重要であるだけでなく,絶対必要であることを容易に知ることができるのであります。

 このように米国にとつて非常に重要であり,またわたくしの日本の友人が指摘したように,日本にとつて日々の糧である重要な貿易分野では日米両国間に深い相互依存関係があるのであります。

3.相互安全保障−われわれの自由と独立

 次にわたくしは相互安全保障の分野に目を転じてみたいと存じます。貿易は日本にとつて日々の糧を意味しますが,安全保障は日本にとつて−いや,米国のその他どの自由国家にとつても−独立と自由の維持を意味します。

 日本の新聞が伝えるところによりますと,最近モスクワのソ連首脳部は,日本が米国と安全保障上の結び付きを持つていることを非難し,日ソ関係を改善したかつたらこの結び付きを絶つか,大巾に修正すべきであると示唆したとのことであります。

 強大な軍事力を持ち,中共との間に期間30年の軍事同盟を結んでいるソ連はなぜ,日本が米国との安全保障取決めを廃棄し,強大で友好的な同盟国である米国から孤立することを主張しているのでしようか。

 恐らく過去20年間の歴史はこの疑問に対する回答を与えていると存じます。この期間にかつては誇らしい独立国家であつた15カ国がソ連と中共の帝国主義によつて奴れい化され,あるいはその領土を切り取られました。同じ期間に,共産主義国のこれらの侵略行為の結果,日本を含む42の自由独立国家が国連憲章第51条の規定に基き,米国との間に相互安全保障協定を締結しました。そして,それ以来これら42カ国のうちのどの1国も共産主義国の直接侵略を受けたことがなく,また領土を1インチも失つておりません。ソ連の共産主義指導者たちは,日本が孤立して独りぼつちになり,米国との安全保障協定による保護の恩恵なしに,共産主義の力の前に全面的にさらされるようになることを願つて,日本が米国との安全保障上の結び付きを絶ち,いわゆる「中立」政策を採ることを望んでいるのではないでしようか。ソ連の指導者たち自身共産圏内で中立主義を認めていない事実は,この疑惑を裏付けるものであります。

 フルシチョフ・ソ連首相は「コムニスト」誌掲載の論策で次のように述べたのであります。すなわち,「今日の世界では社会主義思想とブルジョワ思想という二つの思想の間に激しい闘争が行なわれており,この闘争においては中立国というものはありえない」というのであります。事実,ソ連圏内では中立主義は犯罪とみなされているのであります。例えば,ルーマニアでは1958年の刑法によりまして,ルーマニアを中立宣言に引き入れようと企てる市民に対しては,すべて死刑を課するむね規定されているのであります。

 いろいろの階層の多くの日本のかたがたがわたくしに対して次のように語られております。すなわち,国連がその加盟諸国の安全を確保できるようになるまでの間は−国連は現在不幸にしてこれができないのでありますが−日本は米国との安全保障上の結び付きを必要としているというのであります。これらのかたがたはかような取決めによつて日米両国とも利益を得るとの信念をも表明されているのであります。わたくしはかような見解に全面的に,かつ心から同感であります。米国に関する限り,日本の自由,独立,繁栄の維持に関係ある日本の安全保障が,ただに日本国民にとつてだけでなく,すべての米国民にとつても,さらには世界中の自由諸国民にとつてもきわめて大切なものであることは確かであります。同様に,対等の原則に基づく集団安全保障協定によつて,米国と安全保障協定を結んでいる他の諸国の自由,独立の強化に助力している米国の大きな威力はこれらの国々にとつても大切なものであります。ですから,日米両国の何れの持続的独立にも関係あるこの重要分野においても,両国は相互依存関係にあるのであります。

4.共通の目標−日米協力の立脚する強固な基盤

 日米両国はそれぞれにとつてきわめて重要なこれら二つの事柄について相互依存関係にあるだけでなく,多くの同じ基本目標を共通に持つているものでもあります。

 両国民とも,政府というものは人類に奉仕するために作られるものであつて,人間を国家のどれいにするために作られるものではないということを信じているものであります。

 日米両国民とも真に民主主義的な政府と,自国民の自由ということを信奉しているものであります。これは道徳律を順守し,議会民主主義を尊重するとともに,特殊集団が法律,民主主義諸原則に違反して実力行使,脅迫弾圧を行おうとするのを阻止することを意味するものであります。

 日米両国はまた国際紛争解決の手段として武力による脅威を行つたり,これを実際に行使したりすることに全面的に反対しています。そして紛争がハンガリーや,チベット,インド,ラオスで実際に見られてきているように,武力によつて解決がはかられることなく平和的な方法で解決されるような世界を望んでおります。

 両国はまた国連が今日世界において最も有効な平和のための機関の一つであることを確信しており,これに対して心からの支持を全面的に与えております。

 また両国の政府と国民は,自決,自治,独立を望み,これに伴う義務履行の力のあるかぎり,どの国民もこれを持つことができるという原則を支持しております。むろん,これはあらゆる国民が自分たちの意志に基いた政府を持つべき権利をも含むものであります。

 同時に両国は世界の新興国が自国経済を発展させて,国民の生活程度を向上させようとする努力に対して,全面的な物質上の援助も行つております。

 日本国民も米国民も,真の軍縮は今日世界が直面している最も緊要な仕事の一つであると信じています。なぜならば,信頼のおける軍縮の制度と管理制度は,人類の全将来の保障だけでなく,今日世界の上に非常に重くのしかかつている不安の雲を一掃することにも大いに役立つだろうからであります。これがために,米国,日本をはじめ自由世界の各国政府は,現在の破滅的な軍備の重荷を不必要にし,現在軍隊の維持につぎ込まれている資源の多くを経済的,社会的進歩にふり向けることを可能にするような,国際的な査察と管理の効果的な制度にもとづく,信頼のできる協定の実現のため絶えず努力しているのであります。

 最後に,そしていちばん重要なことは,日本国民も米国民も,すべての国の国民のために正義をともなつた平和が存在するような世界を望んでいるということであります。

5.結  び

 終りに,これまで申し上げたことを要約いたしますと,大国たると小国たるとを問わずすべての国家,国民の生活において二つの最も重要なことは,その日々の糧と安全保障であるということであります。貿易−それは日々の糧ということであります−において,そして安全保障−それは民主主義的な自由と独立ということであります−において,日本と米国は相互依存関係にあり,互に他を必要としています。

 しかし日本と米国は互に依存し合つているばかりでなく,その根本目的を同じくしているのであります。そして日米両国と両国民は,彼らを結びつけている友好と協力の緊密なきづなから多大の利益を得ているのであります。緊密で対等の立場から提携関係において力を合わせて働きつづけることによつて,日米両国民は将来においてこれまで以上に大きな利益を得るばかりでなく,平和のために尽し,すべての国の国民のために正義をともなつた平和が存在するような日の到来を早めることになるだろうと,わたくしは確信するものであります。