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政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 衆議院平和条約,安保条約特別委員会における芦田均代議士質疑

[場所] 
[年月日] 1951年10月18日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),448ー465頁.官報号外.
[備考] 
[全文]

 午後一時五十三分開議

○田中委員長 休憩前に引続き会議を開きます。

 質疑を続行いたします。芦田均君。

○芦田委員 今回の平和条約は,わが国の歴史における画期的の記録であり,永久に民族の脳裡に残さるべき記念塔であります。しかもこの条約は,戦争によつて引起されたる一切の過去に終止符を打つと同時に,日本が世界的怒濤の中に処して将来進むべき新しい針路を決定したものであります。新しい方針を決定したと私が申すのは,単に日本のみの問題ではありません。連合諸国,なかんずくアメリカの政界,言論界の間においては,今回の対日条約調印は,アメリカの安全保障に関する新しい政策の出発点であると申しております。この平和条約と安全保障条約とを一体として考えてみれば,それは将来日本がいわゆる民主主義諸国群と歩調を合わせて共産勢力に対抗する決意をなした,一つの表徴と見るべきものであります。われわれはかような基本方針については,必ずしも支持を惜しむものではありません。しかしながら平和条約はなお幾多の未解決の問題を残しておるばかりでなく,日米安全保障条約は世にもまれなる条約であり,しかもすべての細目を行政協定に譲つておる関係上,国会において政府の説明をまたなければ,無条件に賛意を表することができないことはもちろんであります。かような意味において,われわれは大局の上から慎重に審議を尽す決心であります。従つて政府もまた誠意をもつて,国民の納得するまで十二分に所信を披瀝されんことを希望いたします。

 この講和条約においてまず明白にしなければならない点は,領土と賠償の問題であります。およそいかなる講和条約においても,その中心となつた問題は,多くは領土及び賠償に関する問題であります。しかしヴエルサイユ条約以後においては,敗戦国の領土の処分並びに賠償の取立てについて,旧来よりも著しく変化があつたことは,吉田総理大臣も十分に御承知の通りであります。アメリカ大統領ウイルソンが第一次世界大戦の末期において,いち早く十四箇条の綱領を発表した中に,無併合,無賠償の原則を声明して,極力その実現に努力したことは,歴史に光彩を放つたのであります。なるほどヴエルサイユ条約は,一応賠償の取立てについてドイツに苛酷な条件を規定したのでありましたが,アメリカ合衆国は後に至つて,無併合,無賠償の方針を一貫して,ドイツとの条約に調印したことも御承知の通りであります。従つて今回の講和に際しても,われわれは必ずやこの高貴な精神が貫徹して,対日条約が作成せらるものと確信いたしておつたのであります。それにもかかわらず,この条約においては,ウイルソンの主張したごとき原則がいつのほどにか放棄されてしまつて,琉球,小笠原,奄美大島は国際信託統活に付せられ,賠償支払いの義務が原則としてわが国に課せられた。吉田総理大臣はしばしばダレス氏と会談し,またアチソン国務長官とも会談の機会を持たれ,従つて先方がいかなる事情からかような条約案を作成し,和解と信頼の平和だと申しながら,日本に相当の犠牲を押しつけたかという経緯については,おそらく先方に説明を求められたことでもありましよう。また先方から説明もあつたと思う。私はまず吉田総理からその辺の事情について伺いたいと思います。

○吉田国務大臣 お答えをいたします。ダレス氏の初めの考えは,日本において賠償能力がないのみならず,また賠償能力がないにもかかわらず賠償を払わされると,いうことになると日本の経済が立ち行かないだろうというような心配から,はつきりは言われたのではありませんが,無賠償で行きたいという考えを確かに持つておつたと思います。しかしながらその後アジアの諸国,ことにフイリピンその他をまわられて事情をつまびらかにされると,その地方における戦禍が相当大きなものがあるということを看取せられて,これはその国の復興を助ける意味からいつてみても,日本の国力の許す限りその復興を助けてやることが,日本として善隣の関係を生ずることにもなるし,またアジアにおける経済力の発達の上から見ても,これを助けるために日本が賠償の形で幾らか援助するということにならないものであろうかという考えを持たれたものと思います。そこで原則としては,日本は賠償を支払う義務がある。損害に対して賠償する義務を認めさせる。しかしながらその限度は,日本の国力の許す限度で,日本の経済を破壊するような大きな賠償はとても負担する能力がないであろうから,日本の経済も破壊せず,同時に相手国の復興を助け,また将来通商その他の関係を打立てるために,日本としてできるだけのことをしたらどうだろうかというのが,ダレス氏の考えであつたろうと思います。われわれは損害を与えた国に対しては,国として善隣の関係からいつてみても,能うれば賠償をするという原則は−日本国民としても,他国に迷惑をかけたことに対しては幾らかの補いをする,できるだけの補

いをするということは,日本国民のこれまた道徳心からいつてみても,承認できることであろうとも考えるし,かたがた賠償義務は認める,しかしその賠償義務は,役務等の形において,金銭賠償とか何とかいうのではなく,日本の経済を危うくしないような形で行かないものかということも研究した結果,こういうところに同意を表するに至つたのであります。

 領土の問題については,お話の通りアメリカとしては,決して小笠原とかあるいは琉球とかいうようなところの,領土を求めるという考えはないのでありますが,しかしながらもしあの軍事上必要な島々が,不幸にして他国の占領するところとなつて,それが日本の安全を脅かすというような事態が生じても相ならぬし,また日本がこれを防衛するとして,その力はとうていない,すなわち真空状態をある一部に置くということは,東洋の平和からいつてみてもよくないという考えから,米国がこれを一時持つ,しかしながら主権は日本に置くということについては異存はない。信託統治,これはこの前の第一次戦争のときにもあつたことでありますが,領土は併合させない,併合させないが,ドイツの持つておる旧領土は,信託統治の形でもつて各国がその統治に当るという制度が当時打立てられたことは,芦田君も御承知の通りであります。その方式から両島は信託統治の形にするということになつたものであろうと思います。米国政府の結論がここに到達した内容は知りません。これは私の想像でありますが,多分そうであろうと思います。以上お答えします。

○芦田委員 連合側の意向について特に吉田総理大臣を追求すべき理由はありませんからこれ以上申しませんが,ただいま吉田総理の言及された国際信託制度の問題について一,二政府に伺いたいと思う。今度の講和会議で成立した条約案の規定によれば,いわゆる南西諸島,奄美大島,鬼界島,琉球群島,小笠原群島等を含むこれらの南西諸島は,結局においてアメリカより国際連合に向つて,国際信託統治制度の適用を申し入れる,そうしてそれまでの期間は,アメリカ政府がこれらの諸島にみずから統治を行う,こういうことになつておるのであります。その場合に,信託統治制度によつて統治せられる島々の地位がどうなるのであろうかということが,日本国民の最大の関心事になつておることは,御承知の通りであります。

 北緯二十九度以南の西南諸島については,平和条約第三条には,日本がすべての権利を放棄するとは書いてないから,主権は日本に残ると米英側でも言つており,政府もまたこれらの島々の主権は残るとにぎやかに煙幕を張つておられる。しかしその場合に,日本に残る主権の正体はどんなものであるか。簡単にたとえて申せば,ちようど旅順,大連,関東州が日本やロシヤの租借地であつた際に,清国政府に残つておつた主権と同じものにすぎないではないか。かようなことを言うと,芦田は極端な言葉を吐くと言う人があるかもしれませんが,決してそうではない。もともと信託統治区域の主権がどこにあるかということは,あたかも委任統治の場合と同様に,学者の間には諸説粉々として帰一するところはないのであります。現に最近まで日本は南洋諸島の委任統治を引受けておつたけれども,島の主権は日本にはなかつた。それではどこの国にあるかといえば,学者の間にも定説はなかつた。南西群島の主権が日本に残るという説明は,学者の説明以上に何の実益もないわけである。かような言葉をもつて純朴な国民にぬか喜びをさせるようなことがあつては,議会としても政府としても申訳が立たない。

 しからば信託統治制度の詳細な内容はどこできまるのか。それはすでに吉田総理大臣が話されたように,直接利害関係のある国々の間に結ばれる信託協定と名づける約束によつて決定される。その場合に,日本が直接利害関係ある国々の中に入るかどうかということを私は承知いたしておりません。政府はあるいは御承知かもしらぬ。そういう国々が集つて結ぶ信託協定に,主権は日本に残ると明記されるかもしれない。しかしたとい協定において主権は日本に残ると明記されても,その主権の内容は,ただ主権という名目を維持するにすぎないことは明らかであります。それはどういうわけか。第二次世界戦争が終了して以後今日まで,相当数の信託統治に関する信託協定がすでにできており,効力を生じておる。その信託統治区域の政治の実体を見ればわかります。また国連憲章第七十七条,私はあまりむずかしいことは申しませんが,その七十七条の規定に,今問題になつておる南西諸島は,七十七条例記の(ロ)というところ,すなわち,第二次世界戦争の結果として敵国から分離されることあるべき地域,という中に入る。これ以外に入りようはありません。日本から分離されると国連憲章に書いてあることは,われわれが注意する必要がある。そればかりではありません。国連憲章の第七十五条には次のように書いてある。国際信託統治制度は今後の個々の協定によつてその下に置かれることあるべき地域の統治と監督のための制度であるとある。それならば西南諸島は日本から分離して,信託を受けた国の統治と監督のもとに生存することが建前です。この場合における日本の主権なるものがどんなものであ

るかは想像ができます。中の握り飯だけをひつこ抜いて,あとに残つた竹の皮の包みと申したいが,あるいはもつと価値のないものだろう。私は大体かように考えるのでありますが,しかし政府においては,いやそうではない,もつと有利な状況に残るのだという見通しがあるかもしれません。その点をお伺いいたします。

○吉田国務大臣 私のただいま申した説明は,これは米国政府が領土的野心から出たのではないということと,それからダレス,ヤンガー両氏が,主権は日本に残す考えであるということを言われた。いわば政治的の説明を与えたのであります。この信託統治がどうなるかということは,これは国連が信託統治をアメリカに与えるか,与えないか,条約には信託統治にする可能性があるということが規定してあるので,その統治の形については,今後国連と米国政府の間の協定にまつことと思います。

○芦田委員 吉田総理のお答えは必ずしも間違つておりません。信託統治地域がどういう形で統治を受けるかということは,先ほど私が言及した通り,直接利害関係ある国々が集まつて信託統治協定というものをつくつて,それで確定するのでありますから,吉田総理のお答えは間違つておるとは思いません。吉田総理が他の同僚の質問に対してお答えになつたものの中に,西南諸島の国際信託統治は,軍事上の必要からアメリカが統治するのであるから,軍事的必要がなくなれば,必ず日本に返還されるものと確信すると言つておられる。従つてその吉田総理の確信ある言明が,何らか条約以外の文書でとりかわされておりますかどうかお伺いいたします。

○吉田国務大臣 お答えいたしますが,これはダレス氏等,その他アメリカの当局者との話合いから出た結論をお話するので,私の結論は結論でありまして,これが文書になつて確定せしめられておるような事態ではないのであります。

○芦田委員 結局吉田総理大臣が,軍事上の必要がなくなれば,西南諸島が日本に返るとお考えになつた根拠は,ダレス氏その他との談話の機会に,これをにおわすような話があつたということでありまして,それが実現すれば日本国民として確かに慶賀すべきことには相違ないが,一体南西諸島が軍事的な拠点として重要性を持つというのはどういう場合であるか。もしアメリカ,日本が共産勢力に対抗する基地として,西南諸島に重要な意味を認めておるとするならば,これは必ずしも正当ではないと思う。ということは,アメリカはすでにフイリピン及び日本の四つの島に有力な軍事拠点を持つておる。沖縄及び小笠原列島はこれに補助的な基地として価値がありましよう。しかしながらもし日本及びフイリピンにおける基地と同様の意味における軍事基地を持つというのなら,わざわざ小笠原,琉球諸島を信託統治の制度のもとに置く必要はない。軍事常識のある者から言えば,沖縄及び太平洋の小笠原列島が,共産勢力に対抗する軍事基地として非常な重要性を持つておるとは考えられないが一つ考え得ることは,日本国を監視するためのポストとしては,小笠原及び琉球は最も重要なポストである。それだから信託統治が必要だというのなら意味はわかる,しかし日本及びフイリピンにおける基地と同様の目的のために,小笠原及び沖縄を信託統治のもとに置くというりくつは納得が困難だと思う。それならば,今回の平和条約は和解と信頼の平和条約といういことを連合国みずから言つておる。その和解と信頼の条約を結ぶ相手方たる日本に向つて,特に将来小笠原並びに沖縄群島を信託統治のもとに置く

という必要はない。条約の効力発生と同時に日本に返還されることが,当然の成行きだと思うのであります。先ほど来吉田総理からも,ダレス氏その他において内々かような考え方もあるという話でありまして,私どもはそれを非常に心強く思うのでありますが,どうか政府においても,この問題のために最善の努力をしていただきたいと思います。今後とも最善の努力をしてもらいたいという理由はそのほかにもあります。御承知のように鬼界島,奄美大島は建国以来いまだかつて他国の手にあつた歴史を持たない土地である。われわれと同じ血をわけた人間が先祖代々住んでおる。その人々が永久に日本から離れなければならないという衝撃のため,今日仕事も手につかないで懊悩しておる。あの人たちの胸中はまことに察するに余りあります。それだから占領始まつて以来今日まで,間断なく陳情団を東京によこして,どうか永久に日本に残るように尽力をしていただきたいと切切訴えて来た。われわれも気持ちはわかります。むろん政府もおわかりになつておる。だが私が言わんとすることは,この気持をもつて,せめてあの人々に,本国の同胞は諸君のために最後まで努力をしたというその真心の一端を示したい。政府も政党も全力をあげて,最後まで努力したという跡を残しておきたい。それがせめて記録にでも残れば,あの人々に対するはなむけです。だから,政府はこの問題について今日までどれほど努力を払われたか,それを伺つておき

たいと思う。

○吉田国務大臣 交渉の内容は,ここにこうこうかくかくということを申すことはできませんが,しかしサンフランシスコの会議における私の演説の中にも,国民的感情に言及して,国民としてはこの領土を手放すことははなはだ遺憾に思うということを十分申したと思います。

○芦田委員 遺憾ながら西南諸島百数十万の島民諸君は,ただいまの吉田総理大臣の御答弁だけでは納得が行かないだろうと思う。しかしこの上吉田総理にこの問題についてお尋ねをしようとは思いません。

 次には中国との関係についてお尋ねをいたすのでありますが,中国との国交を回復するために,中国に,中共政府を相手に交渉をするのか,国民党政府を相手に交渉をするのかということは,すでに本会議においてもしばしば質問が出て,総理大臣はこれに応酬をしておられた。結局どちらを選ぶかということはまだ明瞭にされていないのであります。やむを得ず私もお尋ねをするのであります。しかしお答えはきわめて簡単でけつこう,中共政府を相手として条約を結ぶのか,国民党政府を相手にするのか,お示し願いたい。

○吉田国務大臣 この問題は議会において説明いたしましたが,ただいま中共は御承知の通り米国政府の承認しておらない国であります。といつて国民政府は英国の承認しておらないところである。このいずれかを正統政府としても認めるかは,連合国の間においても今日でも議がととのわなかつたのであります。その議のととのわない間に,また連合国としてはいずれの国を招請するとは言わず,連合国の考え,権限圏内であつたが,しかしながら連合国の間に議がまとまらないために,選択権は日本にあるというふうに書いてあるのであります。その選択権はかりに日本にありとしても,これを行使するには,日本としては列国の間の関係をよく考慮して,そうして決定をいたさなければならないのであります。ゆえにしばらく今後の推移を待つて決定をいたしたいと考えております。

○芦田委員 ただいまの吉田総理大臣の答弁は,従来よりも一歩を進めた答弁でありまして,政府の意中はほぼ推察することができますが,一体今年の四月ロンドンで行われたダレス・モリソン会談において,中国を平和条約に参加せしめる問題については合意に到達しなかつた。その結果妥協案として,中共,国府のいずれを選ぶかは日本の選択にまかせるということが,当時の会議のコミユニケで発表されたのでありまして,今度は日本が腹をきめる番になる。それならば日本独自の考えで決定してよろしいのであつて,イギリスやアメリカに教えられて日本の態度をきめる必要は毛頭ない。そこで外国電報を読んでおると,アメリカ議会の空気は,日本が国民党政府と平和条約を結ぶことが,対日講和条約の批准を円滑に行うのに役立つであろうと考えられている,こういうことが書いてある。アメリカの立場から申せば無理のないことです。何となれば,アメリカと日本とは実質的に軍事同盟を結ぼうというのです。進んで軍事同盟を結ぶ関係にある日本とアメリカとの外交方針が,同一の方針に協調されることを期待することは,常識から言つて当然だ。その空気はわかります。アメリカの空気に対して吉田総理大臣はどういうふうにお考えになるか,その点をお伺いいたします。

○吉田国務大臣 アメリカの空気については私も的確に知りませんが,いずれにしても米国政府から国民政府を承認してもらいたいという交渉は出ておらないのであります。

○芦田委員 同じように電報を引合いに出すので,うるさい感じを与えるかもしれませんが,九月二十二日にワシントンから来た電報はこういうことが書いてある。国府,中共のいずれが日本と講和を結ぶかの問題については,一部のアメリカ評論家は,すでにこの問題に対してダレス国務省顧問は,日本政府から国民党政府と講和するとの保障を得ておると伝えられている。また定員九十八名の上院議員の中で五十六名までが,日本と中共の間に正式な外交関係を結ぶようなこには反対の意を表明する書簡に署名している。この事実は,もし日本が中共とは講和しないという保障を与えなければ,アメリカ上院が条約の批准を与えることはむずかしいということだけははつきりしておる。こういう電報が九月二十三日に来ておる。しかしこれ以上アメリカの問題について総理大臣の答弁を煩わしませんが,今回日本が講和条約並びに日米安全保障条約を調印してこれを批准する決心をしたことは,日本の進路が決定したということである。その論理的の結論として,日本はアメリカと歩調を合せて,中国国民党政府と平和条約を結ぶ用意があると判断することは,決して無理ではありません。それだから十月十三日の電報によれば,ことに現在の計画によれば,日本と国民政府との講和条約に関して,国務省の高官がそのあつせんのために東京に派遣されるということまで報じておる。だから吉田全権が今回の条約を受諾されたその瞬間から,日本の進むべき道ははつきりきまつた。自由国家群と抱きあつてこれから行こうというのでしよう。日本はルビコンを渡ろうというのでしよう。そしてアメリカ軍はただいま中共

軍を向うにまわして血を流して戦つておる。それならば日本の行く道が一つしかないことは,常識の命ずる判断です。それにもかかわらず,吉田内閣が事ごとに明確な政策を示さず,そのときどきの思いつきで,右と言つたり左と答えたり,ほおかむりをして行こうということが,国民を惑わし,ひいては日本に対する諸外国の猜疑を招く原因をなしておると思う。ことに外交のことは正しい方向に向つて正々堂々と行きたい。われわれは筒井順慶のように洞ケ峠に立てこもつて,結局何ものを得ないという態度には賛意を表することができません。敗戦国民であつても,出所進退は道理をふんで堂々と行きたいと思う。今回の中国に対する問題についても,私は吉田総理にこの点をとくと要望いたしたいと思います。

 次に日米安全保障条約についての疑問を二,三お尋ねいたします。安全保障条約はわが国の将来にとつて,講和条約と相並んできわめて重大な関係を持つものであります。しかしアメリカ側から見れば,対日講和条約よりも安全保障条約の方が重大であると考えるでしよう。その点はわれわれがよく頭に入れておく必要があると思う。安全保障条約の目標は二つある。第一はアメリカの陸海空軍が日本の全領域に基地を持つて,共同平和のために備えるということでり,第二は日本における内乱及び騒擾を鎮圧するために,日本政府の要請に応じて兵力を使用するということです。アメリカの兵力が日本に基地を持つて日本を守るということは,日本のための防衛であると同時に,アメリカの太平洋防備の第一線を固めるゆえんである。従つてそれが日本の利益であると同時に,また日本の協力がアメリカにとつても欠くべからざる条件となることは,アメリカ人もよく知つております。現に八月中旬のニユーヨーク・タイムズの書いておる論文に,今度の対日条約はアメリカの安全保障に関する新しき政策の基盤であると言つておるのを見てもわかる。従つてこの安全保障条約は,ある程度まで日本とアメリカとの間のギヴアンド・テークである。われわれはそれを隠す必要はないと思う。それならば,条約の書き方からしてがおのずから他にくふうがあるべきだつたと思う。この条約を読んでみると,徹頭徹尾日本がアメリカに対して懇請した形ででき上つております。従つて日本には権利はないけれども義務がある。条約の前文を読むと,日本政府がアメリカ政府に懇請したいんぎんな態度が,まるでテレビジヨ

ンでながめるごとく目に映る。条約そのものがかような形ででき上ついているのであるから,これに付随して結ばれる行政協定の交渉についても,国民の間に不安の念を抱く者あることは当然のことである。そこで安全保障条約の前文には,自衛権の行使として「日本国は,その防衛のための暫定措置として,日本に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。」と書いてある。これが日本から懇請した第一点。従つてここに自衛権並びに自衛戦争に関する問題が起らざるを得ないのであります。それがまたきわめて重大な問題である。この条約の規定を見ると,吉田総理は日本が新憲法のもとにおいて自衛権を有するものとの見解に立つて,この条約をつくられたことは間違いありません。わざわざ念を押してお尋ねしなくても,これだけははつきりわかる。そこで私が明らかにいたしておきたいと思うことは,自衛権に関する吉田総理の見解についてであります。私の今言わんとする点は,過日本会議において鈴木義男君が指摘せられた通りでありまして,一口で申せば,昭和二十一年の六月二十九日衆議院において憲法を審議している際に,吉田総理大臣は野坂参三君の質問に答えて自衛権を否認せられた。自衛権を否認するばかりではなく,自衛権を主張することはむしろ戦争を誘発するおそれあるものと答えておられる。これは吉田内閣が憲法草案を国会に提案され,その憲法草案を国会において審議したときの政府の見解です。しかるに今回の条約を調印するにあたつて,自衛権に関する説が全然かわつた。そういうふうに憲法解釈がまことに静かに,世間に知られないうちにかわつてしまつた。これは自発的にそういう意見にかわられたのであるか。あるいはまた講和条約の草案を見て,これでは自衛権ありと言わざるを得ないというので憲法解釈がかわつたのか。これは日本憲法の解釈の文献としては相当意味のある記録であると思いますから,総理の見解を伺つておきたいと思う。

○吉田国務大臣 お答をいたしますが,まず第一の質問についてお答えをします。ダレス氏に対して国民政府を承認するというような保証を与えたことはかつてありません。また先ほど申した通り,いずれの政府と講和条約を結ぶかということは,慎重審議いたした上で堂々と決定いたすつもりであります。

 自衛権の問題でありますが,今お読みになつたようなことを私が申した覚えはありませんが,なお速記録を調べます。私の当時言つたとと記憶しているのでは,しばしば自衛権の名前でもつて戦争が行われたということは申したと思いますが,自衛権を否認したというような非常識なことはないと思います。なお速記録を調べた上でお答えいたします。

○芦田委員 吉田総理がわざわざ速記録をお調べくださるには及ばないと思います。事あまりにも顕著であつて,総理自身を煩わすような問題ではないと思いますから,それほどお心添えをいただく必要はない。

 日米安全保障条約の前文の末尾に,米国は日本が直接及び間接の侵略に対する自国の防衛のため,漸進的にみずから責任をとることを期待する,と書いてある。防衛のためみずから責任をとるというのは,具体的に言えばどういうことをするのでありましようか,それをお伺いいたします。

○吉田国務大臣 これは私がしばしば申す通り,まだただちに再軍備をするとか,独力でもつて国を守るとかいうために軍隊を持つことはできない。しかしながら一国の独立が他国によつて保護を受けるということは,国民の自主性がこれを許さないのみならず,国民としては決して承諾することができないから,国力がこれを許すならば,なるべく早く持つ決心で持ちたいと思いますが,しかしこれはただちにということはできないから,米国政府としては,私の所論によつて漸進的に,漸増的に日本がみずから責任をとることを期待するという考えを持つたわけであるのであります。

○芦田委員 ちよつと私の質問が明白でなかつたせいかと思いますが,主としてお伺いしたのは,みずから責任を負うといういのは,具体的に申せばどういうことをすれば責任を負うことになるのかという点をお尋ねしたわけであります。

○吉田国務大臣 それは日本の独立は−−みずから守る,責任をとるという意味合いに私は了解します。

○芦田委員 それならば例を引いてお尋ねをいたしたいと思うのですが,ダレス氏と吉田総理の本年四月の会談の内容について,ジヨン・フオスターダレス氏がUSニユーズ・アンド・ワールド・レポートのフロムという記者に話をした内容が,本年四月二十九日のワールド・レポートに出ておる。そのダレス氏の談話の大要を簡単でありますから読みますが,こういうことが書いてある。「私が吉田総理との会談の際に指摘したように,ヴアンデンバーグ決議によるアメリカの政策のもとにおいては,いかなる国といえどもヴアンデンバーグ決議の,いわゆる効果的,継続的な自衛と軍事協力を行うことなしに,漠然と安全保障の上にただ乗りすることは許されない。従つて日本人は,われわれの措置が日本が軍事協力と自衛をなし得るに至るまでの暫定的な協定として行われると考えるべきである。吉田総理は会談の際,この方針を認め,かつ日本人が自衛のための義務を尽くすべきこと,日本が自由世界の自由な一環たる地位に復帰すると同時に日本政府はその領土を防衛するために日本の負うべき役割について討議すべきことを言明した。」と言つておる。この談話はおそらく真実であろうと思います。本年四月ダレス氏との会談のとき,吉田総理は日本国民はアメリカ軍隊が日本に駐屯することを希望する旨の書面をダレス氏に送られ,ダレス氏はその書面をアメリカで見せております。そういう関係で話をされたのであるから,ダレス氏の報告はおそらく真実であろうと思う。そこで吉田総理はダレス氏に対して,日本はやがて軍事協力をなすべしとこのときに約束されておる。ダレス氏に対してそういう約束を与えておきながら,国内に向つては軍備はしない,あるいは軍備をすることは

憲法違反だとしばしば述べておられる。現に昨年十二月二十八日内閣記者団との会談において言われたことは,再軍備などは口にすべきことではない。憲法の精神からいつても,その規定に反する問題を取上ぐべきでないと話しておられる。これは日本全国の新聞にちやんとその通り出ておる。しかしダレスさんに向つては軍事協力はする,こう言われておる。一体軍事協力というのはどういうことですか。読んで字のごとく軍事的の協力をするということです。そうすると軍備は持たないが,しかし軍事協力はする,こういうことになるのであります。文字通りに見れば,どうしても矛盾撞着といわざるを得ない。そういうことまで私の口から吉田総理にお尋ねする事は,私情としてはあまりうれしくありませんが,国会を通して国民の聞かんとするところをお尋ねしておるのにすぎないのでありますから,どうか率直にお答えを願いたい。

○吉田国務大臣 どうぞ御遠慮なくお尋ね願いたいと思います。ダレス氏と軍事協力の話をしたことは私は記憶はないのであります。はつきり申し上げます。但し日本としてはいつまでも外国の力によつて独立を保護せられるということは,日本国民のプライドが許さないということはしばしば申しております。また日本の憲法は戦争放棄をいたしておりますが,この戦争放棄の条項は,芦田君も御承知の通り,いろいろの考慮のもとに遂にこの結論に達したものであります。ゆえに軽々しく日本憲法の精神に反し,また憲法を放棄するものではないということは,いまなお考えております。ゆえに日本の国力の許す場合には,いかにして日本の独立を保護するか,これは自力で保護いたさなければならない。これも憲法の精神をなるべく遵守して行きたいという考えをいまなお持つておるのであります。従つてダレス氏に軍事協力を約束したということがもしあれば,お話の通り矛盾でありますが,そういう話をいたした記憶はごうもないのであります。

○芦田委員 ただいまの御答弁といい,先ほどの衆議院速記録の問題といい,いつも例を引く方が間違つておるような立場に追い込まれるのでありますが,(笑声)これは他日また明らかにする機会が必ずあると思いますから,この際かれこれとは申しません。吉田総理大臣はしばしば,そして現にただいまも,自分の国の防衛は国民の手でやるのだ,そうしなくてはならないということを言われた。ではどうして防衛するのかと聞くと,軍備はしないと言われる。それだから国民が迷うのです。自力で国を防衛すると政府は言つておるが,何で守るのだろう,鉄砲をかついでいる兵隊は一人もないのではないか。どうして守れるのか,力の入れどころがないと考える。それであるから,総理大臣がそのときどきの思いつきで言を左右にされることが,いかに国民に対して混迷を与えるかをお考え願いたい。吉田総理大臣の憲法解釈が特に重大な影響を与えるということは,これは明白です。吉田総理大臣は新憲法の起草の関係された政治家である。これを国会に提案された責任者である。従つてその解釈が,学界においても,また一般国民の間においても,相当権威ある解釈として重視せられることは当然であります。しかるに時に応じ,所に従つて解釈がかわる。これをそばから見ておると,軍備を持てと言うものに向つては,憲法には反するではないかと言われ,条約に自衛の問題が出て来ると,これは憲法に反しないと答えられる。実に融通無碍,その柔軟性には敬意を表しますけれども,これは国民を迷わせる。それをお考え願いたいと思う。

 次に安全保障条約第三条についてお尋ねします。これはきわめて短い条文でありまして,「アメリカ合衆国の軍隊の日本国内及びその附近における配備を規律する条件は,両政府間の行政協定で決定する。」と書いてある。この文字はきわめて明白であります。ところがこの行政協定は,国家の主権にも,人民の権利義務にも関係が深い問題である。従つて国民が,できるならば詳細に内容を知りたいとこいねがつておることは,決して無理でないと思う。しかるに政府は,行政協定は目下交渉中であるから何も言えない,内閣がしかるべくやるから,国会としては,黙つて条約を通してもらいたい,こう言われるのです。むろん今朝の委員会において大橋法務総裁から述べられた法理論,これについては私は今ここで取上げて議論はいたしません。かりに政府の言われる通り,この条約案を議会が承認するならば,これに付随する行政協定の内容が何であろうとも行政協定としての効果を生ずる。なるほどこれも一応のりくつでしよう。かりにそのりくつでいいとします。それだから問題がある。たとえば法律案を国会が審議します。この法律の中に命令に委任した事項がある。そうすれば,その委任事項の内容がいかなるものであるかということを,提案者から国会に示さなければ,法案の審議は進みますまい。進まないのがあたりまえである。中身は何だかわからぬが,とにかく条約案を通せ,こう言われる。それは純理からいつても,また今日までの長い議会政治の常道からいつても,まつたく無理です。これは無理だから,私は吉田総理にお勤めします。多分外務省では行政協定の案ができておる。条約局長

のポケットを探してみてください。むろん行政協定の内容は,しろうとにだつて想像のできる程度のものに違いない。だから政府は率直に大体のことをお話しになるのがいいと思う。そうすれば国民も安心します。国会の審議もよけいな議論のやりとりをしないで,するする進のです。この際淡白に,大体こういう内容だということを御説明になるお気持はありませんか。

○吉田国務大臣 お答えをいたしますが,兵力を持たない無防備の状態にあるから,安全保障条約を結んで,独立を暫定的に保護しようというのが,この安全保障条約の趣意であります。この考えは,私の軍備をただちに持つことができないという議論とは矛盾しておらないのみならず,相表裏いたしておるのであります。従つてそのときどきの気持ちで言を左右にいたしておることがないことを御承知願いたいと思う。

 また行政協定の問題については,これはしばしば申しております通り,サンフランシスコにおいては,安全保障条約の趣意だけがきまつたのであります。すなわち日本の独立をどうして保護するか,真空状態に置くということは許すべからざることであつて,すでに独立を得た以上は,どうしてその独立を保護するか,すなわち安全保障条約の趣意で保護しよう,この趣意を認めるか,認めないかを,この国会で審議していただく趣意であります。その安全保障条約の趣意が認められたところで,その原則のもとにいかにこれが施行細則をきめるかというのが,行政協定であります。この行政協定はしばしば申す通り−安全保障条約は,わずかに講和条約ができたその翌日に締結せられたのであつて,行政協定まで入るいとまがなかつたから,当時は遂に協定するに至らなかつたのであります。これから協定いたすのであります。ないからないと申すのであります。多分条約局長のポケットをお調べになつてもまだないと思います。これははつきり申し上げます。

○芦田委員 私は政府が行政協定の内容にそんなにかたくなられる気持が実はわかりません。どうしてこの問題をそれほど秘密だとか,わからないとか言つて,お隠しになるか。たとえばフイリピンとアメリカとの間に,一九四七年三月二十一日に調印した軍事基地に関する協定というものがあつて,これは外務省の条約集の中にちやんとはさんであります。だから今度の日本とアメリカとの間の行政協定も,大体の骨子はこういうものに準拠してつくられるに相違ない。また総理は,条約を調印してすぐ引上げて来たから,向うの気持もわからないと言われますけれども,こういう例はたくさんあるのですから,わざわざアメリカの国務長官にお聞きにならなくとも,すぐわかる。相手と話をしてみなければわからないとおつしやるが,話をするまでに,政府の方針というものがあるはずです。何も案がなしに,アメリカさんのところに話に行くというわけのものではありません。日本としては,かようなかくかくの案で話合いを進めたいという案は一晩のうちにだつて考えられます。条約局の部長が何かにつくれと言われれば,一晩で案ができます。もうおそらくできておると思いますが,大臣には隠しておる。だから先日鈴木義男君が本会議の席上で,行政協定の内容は大体こういうものだろうと言つた。しろうとにだつて,大体想像がつくのです。基地を許すことの規定,軍事基地をどうして管理する,関税その他の税の免除をどうする,演習用地をどうする,米軍の要員に対する裁判権をどうする,交通機関の利用はどうする,防衛軍の経費はどうして計算する等等大体筋はわかつております。どれを見たつて秘密にわたることは一つだつてありません。軍の機密に関することを行政協定で

きめるなどという間抜けな軍人はあるものじやない。その間何にも秘密はありません。だからこの問題に対する政府の構想を国会にお示しになつて,相手国が迷惑するようなことは一つだつてありません。きわめて簡単なことです。議員もこの節は甘いのですから,政府がしかるべくお話になれば,それで納得します。新聞も国民もそれで納得するのだから,大体こういう問題をこういう内容できめたいと思つていると,この席であなたがお話になれば,この問題はそれで解決するのです。それは今でなくともよろしい。明日でもけつこうです。この際率直にお話になる気持はありませんか。

○吉田国務大臣 政府が隠すのははなはだおかしいとおつしやるが,今お話のようなものであるならば,さほどしつこくお尋ねにならぬでもよいじやないかと思います。政府としては決して隠す考えではない。しばしば申す通り,これが予算の形になれば,予算でもつて国会の協賛を経る。法律の規定を必要とする場合には法律の協賛を求める。決して秘密に隠すとか,隠さないとか申しているのではありません。むろん国会の協賛を経るつもりでおります。しかしながら,ないからないと申す。まだできておらないからできておらないと申すのであります。芦田外務大臣当時は,下僚は外務大臣に隠したことがあるかもしれませんが,今日の下僚はまことに正直な下僚でありまして,大臣に隠すようなことはありません。(笑声)

○芦田委員 ただいまの総理大臣のお言葉の中に,それほど重大でなければしつこく聞かなくてもいいじやないかというお話がありました。それは国会の審議としてはそうは行きません。たとい一円の税金でも,税金は税金です。一円くらいの税金だから,納めなくてもいいと言つたら,池田大蔵大臣は何と言いますか。(笑声)国会が条約や法律を審議するときに,その内容となる命令,あるいは昔でいえば勅令,それは必ず国会にだして,内容を説明して通した。それでなければ,立法審議の立場が立ちませんよ。事は重大でなさそうだから,この点は目をつぶつて通してもいい,それでは立法府の職責を全うすることができない。一体政府は国会というものをどういうふうに考えておられるのか。国会の審議というものがこんなふうでいいとお考えになつているのか。いずれにしても現在のごとき態度は,国家のためにも,また吉田総理大臣のためにも,私は非常に遺憾だと思う。

 次に,この条約にある自衛力と憲法の問題を簡単にお伺いします。憲法第九条,すなわち戦争放棄の規定については解釈が二つあるということは,吉田総理大臣もおそらく御承知になつておりましよう。そして憲法審議の国会においては,私の持つている速記録によれば,吉田総理は日本に自衛権がないという答弁をしておられる。その後軍備を行うには憲法を改正しなければならないという意見も発表しておられる。そうなれば日米安全保障条約は,疑いもなく,憲法違反です。条約の前文によれば,日本国は,その防衛のための暫定的措置として,外国軍隊が日本国内に駐屯することを希望している。これは明らかに日本防衛のために侵入軍と戦う。戦争を予想している。日本もまたこれに協力することを予想している。従つて実質的に日本が侵略軍と交戦関係に入るということなのだから,明らかに憲法違反である。これはかつての吉田総理大臣の憲法解釈によればというのですよ。そういう状態を予想した条約は,明らかに憲法第九条に抵触すると思います。しかし吉田総理大臣はいやそうじやない,これは憲法に抵触しないと言われる。それならば,憲法解釈がかわつたのだからまあそれでもよろしい。

 そこでその次に,つい先ほどの御答弁にも,軍備を持つことは憲法にさしつかえるようなお話があつたが,アメリカ軍と協力して自衛のために戦うことが憲法に反しないとするならば,日本みずから自衛兵力を維持することも,憲法に反しないといわなければならない。しかし今日となつては,憲法を改正しなくとも実行上さしつかえがないと吉田総理大臣が考えられるならば,それは吉田総理大臣の格段の進歩でありまして,おそまきながらそこに気がおつきになつたことは祝福いたします。しかし無条件じやありません。これはあとでもう一度お伺いいたします。

 安全保障条約の規定の中で一番国民が関心を持つている点は,次の点です。安全保障条約第一条には,アメリカの駐屯軍は,日本国における大規模の内乱及び騒擾を鎮圧するため,日本国政府の要請に応じて行動することが定めてある。現在の政府は国内の治安維持に自身が持てないから,こういう方法をアメリカに懇請したのだと思います。日本が国内治安の維持のために,外国軍隊によらなければならない状態にあるということは,これは重大問題です。ほんとうにそうであるならば,表面はいかに独立国であるといつても,実質においてはいつまでも保護国の地位に残るというものです。われわれはかような状態を一日もすみやかに脱却したいと思う。自主独立の念に燃えた民族であるならば,それが当然の念願でありましよう。総理大臣もおそらくかような日本の現状は,つくづく情ないと考えておられるに相違ありません。それはどうですか。

○吉田国務大臣 むろん日本の治安は,現在の警察力その他でもつて維持できると確信いたします。しかしながら,朝鮮のような事態もあるので,外国の教唆といいますか,外国のしり押しによつて治安が乱される場合も今日あるのでありますから,万一の場合のそういう事態には−駐屯兵を使うということはいろいろ議論があるが いつ何どき起らぬとも限らぬ。その万一の場合に対して規定しているのです。ゆえに現在の問題としていたしているのではありません。現在朝鮮事件のごとき事変を目の前にして,あらゆる場合を考えなければならぬのに,一方日本の国力は十分回復いたしておりませんから,外国の刺激による,あるいは教唆による内乱等は起らぬとも限らないのみならず,現に地方の暴動といいますか,デモンストレーシヨンとか何とかいうような問題が,外国の教唆によつて生じた場合もあるのであります。かくのごとき事態がある以上は,すべての場合を考えて規定を置くということは,決して不用意なことではないと考えております。

○芦田委員 もし総理大臣が今説明されたような事態に備えるという意味であるならば,外国の軍隊の助けを借りることを考える前に,日本人自身がどうすべきかをお考えになる方が先だと私は思う。自分の国の秩序を維持するに必要な実力を備えるのは,独立した民族としては,当然の責任じやありませんか。それに対して必要な経費が出せないから,外国の兵隊さんを頼んで来て国内秩序の維持をしてもらう。外国の兵隊さんの力にすがつて国内の秩序を維持するというがごときことが,はたして吉田総理大臣が好んで口にされる,民族の自負心が許さないという気持と矛盾しないのだろうか。なるほど今の日本は経済自立さえも困難であります。国民は重税に苦しんでおる。しかし広く世界を見渡して,独立国の看板を掲げておる国で,内乱の鎮定を外国の軍隊の手にまかせたという例が一つでもありましようか。たとえばかつて満州国との間に,日本は日満議定書というものをつくつた。あれをごらんになればわかる。またフイリピンとアメリカとの間に防衛協定というものができておる。しかし二つとも,この日米安全条約ほどに外国の軍隊の力にぶら下つちやおりません。今回の条約に規定するような例が一体どこの歴史にあつたか。もしあるという人があつたら,私は教えていただきたいと思う。そういう例はありません。私どもが憂えることは,外国に依存する程度が深くなればなるほど,国の自主権は失われるということです。しかもこの条約に期限はついておりません。政治の実際の勢力として,国内の治安維持まで外

国の勢力に依存するという国が,どうして政治の独立性などを期待することができるだろうか。この点を私は心配するのです。だから,かりに自衛の方法を立てるために一年,二年の時間がかかつて,それが必要であるならば条約に期限をつけて,その間に外国の軍隊を煩わさないでも,国内の治安が維持できるような手段を尽すべきでしよう。その計画が政府になくちやならない。私はそう思う。そういう計画を何も持たない,ただいちずに外国兵力によつて国内の秩序を維持するのだ,(「賢明な方法だ」と呼ぶ者あり)こういう賢明な方法は,国民すべての納得しないところです。

 ところが,国内治安の維持をはかる上において,一つ重要な点がある。秩序維持に確信が持てないという最大の原因は何であるか。警察の背景となるべき軍隊がいないということです。たとえば米騒動のことをお考えになればわかる。米騒動は,何ら計画を持たない一部人民の起した暴動です。その米騒動は日本の警察力では鎮圧することができなかつた。兵隊さんが鉄砲をかついで町の中に出たときに,初めて米騒動はぴたつととまつたのである。われわれの兵隊さんだ,われわれから出しておる兵隊さんだと思うから,警察官に向つて石を投げた人間でも,兵隊さんを見れば,そばに寄つて肩をたたく。

 〔「米を食わした方が早いぞ」と呼び,その他発言する者あり〕

○田中委員長 静粛に。

○芦田委員 背後に軍隊を持たない警察力というものが,大衆的の暴動に対して威力がないということは,試験済みです。今まではなるほど占領下であつたから,軍隊を持つことはできなかつた。しかし条約ができれば,独立国になるのでしよう。その際に何を一番先に政府がやるべきか。軍隊に関する計画を立てて今後一定の期間の後には,国内の秩序の維持に確信が持てるような方策を,国会とともに審議する。これが本条約批准とともに,政府のなすべき一大責任だと私は思うのです。賢明なる吉田総理がどうしてこれだけのりくつがおわり{前3文字ママ}にならぬのだろう,私は実にふしぎに思う。(「予備隊がある」と呼ぶ者あり)

 そこで予備隊のことをお尋ねいたします。警察予備隊というものは,本来警察力であつて,これは軍隊じやありません。それだけのことはだれも認める。しかし警察予備隊があるから軍隊は必要がないという考え方は,これは誤りである。ところが今の内閣は,警察予備隊を強化すれば,軍隊の代用品に使えるとでも考えておるように見える。もしそうだとすれば,これはきわめて危険な考えである。政府はそういうふうに考えておられるのか,おられないのか,お伺いいたします。

○吉田国務大臣 国内の治安を特にアメリカによるように断ぜられて,いろいろお話でありますが,安全保障条約の第一条にも,こう書いてあるのであります。「極東における国際の平和と安全の維持に寄与し,並びに,一又は二以上の外部の国による教唆又は干渉によつて引き起された日本国における大規模の内乱及び騒じよう{前3文字強調}を鎮圧するため日本国政府の明示の要請に応じて与えられる援助」云々と書いてあります。この条約の由来するところは,大西洋パクトにも先例があるので,これは条約局長から御説明をいたさせます。

○西村(熊)政府委員 芦田委員から御指摘になりました第一条の規定,第三回の教唆または干渉に基く大規模の内乱または擾乱の際に駐屯軍の援助を受けることは,従来の外交史上または国際条約上の先例がないように思うという御意見でございました。この条項が入りましたのは,ノース・アトランテイツク・パクトの第五条でありますが,その第五条によりますと,一締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する武力攻撃とみなしまして,兵力行使を含むその他の適当な措置をとつて相助けるという規定になつております。この武力攻撃の意義に関しまして,アチソン国務長官が,この条約が締結公表されましたあと,ここにいう武力攻撃の中には,第三国の干渉または教唆に基く大規模の内乱または騒擾を含むものであるといいう,締結国間の有権的解釈を公表されたのであります。それから出ましてこの第一条の条文となりました。決して先例のないことではございません。

○芦田委員 ただいま条約局長からいろいろお話で,私もなお研究をしますが,北大西洋条約のできた趣旨というものは,日本が占領状態に引続いて,駐屯軍を残すということとは初めから事情が違います。北大西洋同盟諸国が,一国に対する攻撃は,同盟国全部に対する攻撃と考える。これはしばしばある例であります。もし外部からの攻撃であれば,日本といえども必ずアメリカは全力をあげて日本を守るに違いない。私の言うのは,この条約文は英文とは違う。大規模の内乱とここに書いてあるけれども,アメリカの原文と翻訳文とは必ずしもぴつたり合つてはおりません。もし新制中学の入学試験の問題にこんな答案をお出しになつたら落第ですよ。(笑声)翻訳が違つておる。ここではそういう大規模の共同防衛のようなことを言つておるのじやない。ライオツト・アンド・デイスターバンセスという字が使つてある。そうなるともつと小さな,東京の下町で起つた米騒動だつて,ちやんとこの条文の適用ができるように英文にはできておる。翻訳のこまかいことまで私は言いたくありませんが,今の御説明は必ずしも当てはまつておらぬのです。

 私はさらにもう一つお尋ねをしなければならぬことがある。ただいま総理大臣に向つて,現在の政府は軍備を持つかわりに,警察予備隊を増強して間に合せに使うのだという考えがあるのかないのかというお尋ねをしたが,首相は机の前に来られるまでにこの質問をお忘れになつたものと見えて,お答えがなかつた。あとで一緒にお答えを願えばよろしい。日本には軍備がない今日であるから,警察予備隊は必要な存在でありましよう。しかし軍隊の組織ができれば,今の警察予備隊というものは必要ではない。あの費用を軍の組織の方にまわせる。それだからといつて,警察予備隊と軍隊とが同一のものであるとは言えません。どこの国でも軍隊には建軍の精神があり,警察には警察の魂がある。われわれは祖国防衛のために,日本の伝統に生きる軍隊が必要だということを言うのだ。国民の多数またそう考えております。増原予備隊長官が十月十一日に新聞記者団と会見して,こういうことを言つておられる。これは十月十二日の夕刊新聞にはみな出ております。警察予備隊は今まで騎銃と機関銃による訓練を行つていたが,最近口径六十ミリの迫撃砲,小型ロケツト砲が配付せられ,これによる訓練がすでに行われていると,だれはばかるところもなく,公々然と話しておられる,そこで警察予備隊は明らかに近代的武器で装備を施しておることがわかる。武器ばかりではありません。警察予備隊は一定の指揮官のもとに隊伍を組んで訓練を行

つておる。そうなると,軍とは何ぞやという問題が起らざるを得ません。警察予備隊は明らかに軍の形を備えている。政府はどういう考えであるか知らないけれども,軍という名を用いさえしなければ,武器を携え,隊伍を組んで指揮官のもとに行動しておる集団であつても,それは軍隊ではないと議会で答えておる。私は警察予備隊が悪いとか,武装をすることがけしからぬとかいう議論ではないんですよ。なぜ政府は国民を納得させる堂々たる方法で,公明正大にやらないかと言うのである。国家の大局から見て,軍隊が必要ならば軍隊をつくるがいいじやないか。憲法を改正しなければ軍備ができないというならば,憲法を改正すればいいじやないか。が万が一にも憲法をもぐつて日陰者のような軍隊をつくろうということであれば,われわれはとうてい賛成することはできません。吉田総理は一体いつになつたら日本は軍備を持つことができるというお考えであるのか,いつになつたら少くとも日本の国内の秩序を維持する程度の軍隊ができるとお考えになつておるか,一応その点をお伺いいたします。

○大橋国務大臣 芦田委員の仰せられましたごとく,かつての米騒動の際におきまして,警察力の背後にあつて,当時のわが国の軍隊がその背景をなし,これが治安の確保の有力な原因をなしたと言われました点につきましては,これはまつたく同感に存じます。かような場合におきまして,かつて軍隊が国内の治安に関して警察の補助的な役割を演じておつた,その役割をもつぱら目的として設けられたものが今日の警察予備隊であるわけでございます。従いまして,これはもつぱら外国との交戦のための軍事力を組織するという目的のために設けられた軍の代用と目すべきものではなく,むしろ従来軍が国内治安のために補助的に与えられたおりましたところの本来の目的と申しますよりは,そのかたわら代用の役割を果しておつた国内治安のための警察力の補助とする,そのことをもつぱらの目的として警察予備隊が今日できて来ておるわけであります。この警察予備隊の装備につきましては,増原長官が新聞記者に言明いたしましたように装備をいたし,また訓練をいたしておるのでございますが,これは政府といたしましては,軍備を持つことはできないから,それを日陰の形において,かような変態的な方法で持とうという意図は全然ないわけでございます。おつしやいましたごとく,かりに今日軍備を日本として持つべきであるということでありますならば,これは仰せのごとくさような日陰の状態において,こそこそ隠れてすべきものではない,むしろ法律上の,憲法改正その他必要な手段を講じた上で,堂々といたすべきものであることは申すまでもないのであります。今日,警察予備隊を現在のような

状況において維持しておりますということは,ひつきようわが国の現在の実情といたしまして,今日軍備を持たないということがむしろいいのであつて,国内治安のためのかような警察予備隊の強化育成をはかつて行くということが,今日の段階においては必要なことである。こういう考えのもとにこれをいたしておるわけであります。

○芦田委員 総理に,いつごろになつたら日本は軍備を持つことができるお考えかということを先ほどお尋ねしたのでありますが,お答えがありましようか。

○吉田国務大臣 お答えをいたします。これは国力の回復が第一でありますが,さらにまた日本に対して,軍国主義の復興であるとか,あるいは国家主義の復興であるとか,あるいは再び日本が軍隊でもつて進撃的態度に出るのではないかというような疑惑,恐怖は,まだアジア,極東において持つておるのでありますが,他の国においてもその疑惑,恐怖がなおあるのであります。外国が日本の平和主義あるいは民主主義の確立というような事実を十分認めたときに軍備をするということも一つの方法でありましよう。これは国際的の考えからでありますが,国内的から申しても,さらに軍備をするために重税を課するということは,国民の負担に耐えないことでありますし,かたがた今はその時期にあらずと考えておるわけであります。

○芦田委員 ただいまの総理大臣の御意見に対して,不幸にして私は同意を表することができないのであります。安全保障条約の前文においても,日本が直接及び間接の侵略に対する防衛のために実力を持つということがはつきり書いてあるのです。この場合における自衛力というのは警察予備隊ばかりじやありません。独立国としてりつぱに他国の侵略に対しても防衛するだけの実力を持つ力だということは,この条文の文面から見て間違いありません。そういう条約を今審議しておる最中に,外国の猜疑心を招くおそれがあるから軍備はやらないと言われる。しかしアメリカの輿論はあげて日本の軍備に賛成です。そればかりではない,ソ連でさえも日本に軍備をこれだけ持てといつて案を出しておるじやありませんか。日本の自衛のためにある程度の武力を持つ必要は,どこの国もみんな認めておる。インドのネールもそう言つています。濠州政府だつてそう言つておる。フイリピンだつてやはりある程度の自衛力は必要だと認めておる。中共の話は聞きませんが,ソ連は少くも日本の軍備を明らかに認めておる。そこで日本は税金がこの上増せないから軍備は困難だと言われる。なるほど今日の日本の税は思い。しかしフイリピンだつて軍隊は持つております。李承晩政府も軍隊を持つています。日本の生活水準と朝鮮の水準と比べてみて,日本の方がはるかに生活水準が低いというりくつは立ちますまい。それだから先ほども言つたのです。どうすれば租税負担を加重することなしに,日本はある程度の軍備をすることができるか。アメリカに軍事援助法というものがあつて,共産勢力に対抗してアメリカと提携する国には,武器援助法の形でもつて武器は貸しておる。世間周知のごとく,来年度

のアメリカの予算には七十四億九千万ドルという対外援助費がとつてあつて,その大部分は軍事援助であります。いかに大蔵大臣がアメリカに行つて経済援助の金を出してくれ,外資導入をしたいと言つてもアメリカはなかなか耳をふさいで聞かない。アメリカ国内の風潮がかわつておるのです。経済援助から軍事援助の形にアメリカは切りかえた。それだからマーシヤル・プランは一九五二年でやめるけれども,そのかわりに軍事援助の予算はうんと出しておる。その傾向はだれにだつてわかつておる。政府はアメリカに行つてたたく戸口を間違えておるのです。軍事援助法の戸口をたたけば響きがあつたものを,そろそろ戸を締めかかつておる経済援助の戸をたたくから明きやしません。これはわかり切つた話だ。ごらんなさい,アメリカはイギリスにも,フランスにも,ギリシヤにも,トルコにも,ベルギーにも,オランダにも,蒋介石政府にも,みんな軍事援助をやつておるでしよう。共産主義勢力に拮抗する盟邦として,日本が蒋介石政府やトルコより劣つておるとは思えません。その立場をとる日本国に対してのみ,どういうわけでアメリカは軍事援助法による援助を与えないのであるか,そういうことを吉田全権はアメリカに行かれたときに,質問をされる機会があつたかどうかわかりませんが,それは結局自分で軍備をしないからです。これは非常に遺憾なことだと思う。そうすれば日本の負担を非常に軽くして,日本の軍を建設することができるのです。その点を一たびも考えないで,税がこの上とれないから軍備はでき

ない,経済的実力がないから軍備はできないという一本やりの方針では,国民が納得すまい,私はそう思う。

 なおお尋ねしたいことがありますけれども,時間の関係もありますから,これ以上この席を占めることはいたしません。以上平和条約並びに日米安全保障条約に関する諸点について政府の所見をただしたのでありますが,不幸にして政府の答弁は私どもを満足させるに至らなかつた。この際最後に一言政府に要望しておきたいことがあります。

 現内閣は世界情勢の見通しについていつも甘い観測を下しておる。アメリカ,ヨーロツパの政治家とは根底から波長が合わないのです。去年の秋ごろ,政府は朝鮮の戦争は三箇月で済むと言われたでしよう。中共軍は絶対に朝鮮事変には介入して来ないと政府が言つたそのあくる日に,中共軍が出て来た。そういう見込み違いが次から次に出ておる。しかし今度吉田総理はアメリカに渡つて親しく空気を見て来られたのでありますから,その感覚もよほど是正されたろうと思つておつた。にもかかわらず,いろいろ国会の論議を通じて意見を聞いてみると,今でもほんとうに日本の周囲に押し寄せておる危険な状態が十分おなかの中に入つていないのではないかと思われる。何といつたつて,今日本の周囲はたいへんな暴風雨です。その中に立つて,政府は目先の行政事務と選挙対策とに忙殺せられていて,平和世界の建設とか,祖国再建の基本的な施策についても,不幸にして理想の片鱗だも示されておりません。前途に対するヴイジヨンに至つてはただの一つもない。先のことを聞けば,いつも先のことはわからないと葬られてしまう。それだから口さがないともがらは,今の日本には行政があつて政治がないなどと言う。なるほど平和条約案の説明のときにも,条約調印後の報告演説に際しても,総理大臣の演説は事務的説明に終始しておつて,この千載一遇の機会において,全国民を感激させるような片言隻句も聞くことができなかつた。歴史未曾有の条約審議を前にして,国民は吉田総理大臣の衷心の叫びに耳を傾けようと待望しておるのである。それにもかかわらず,今日までの政府の説明は,国民大衆に多くの失望を与えたにすぎなかつた。すでに平和条約が調印された今日,政府は自主

独往の見地から,日本将来のあり方について明確な経綸を内外にお示しになる必要があります。ところが現状はどうです。国内には思想的の分裂,経済の混乱,政治的な空白状態,どこを探しても興国の気魄を見出すことができないのが実情でしょう。この沈滞した空気を打破して民族の自信をとりもどす仕事,これが吉田総理大臣に課せられた任務です。今回の条約審議に際しての政府の態度を見てわれわれが遺憾に思うことは,確固たる信念の上に立つて民族の運命を切り開こうとする情熱に欠けておるということです。吉田総理の−理想もしありとすれば,その理想を実現せんとする気魄,それを国民は目撃することを待望しておる。ところが政府は常に遅疑逡巡している,腰がすわらない。それがために,内は国民をして適帰するところに迷わしめ,外は諸外国の猜疑を招くような結果となる。いやしくも八千万の民族をして,独立民族たる自覚に奮い立たせようとするならば,政治指導者が毅然たる態度を持つて,国民の先頭に旗を振る気魄をお示しになる必要があると思う。現在わが国が当面する難局を前にして,私は一層その感を深くする次第であります。