データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 東南アジア諸国訪問における橋本内閣総理大臣の内外記者会見

[場所] シンガポール
[年月日] 1997年1月13日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(上),292−299頁.
[備考] 
[全文]

総理の冒頭発言

○総理 今般、私は、我が国にとって近隣の友好国であり、従来から緊密かつ重要なパートナーであるASEAN諸国のうちで、ブルネイ、マレイシア、インドネシア、ヴィエトナム、そしてここシンガポールを訪問いたしました。

 私は在ペルー日本大使公邸占拠事件が依然として緊迫した状況にあるにもかかわらず、我が国とASEAN諸国との関係の重要性を考え、予定通り訪問を実施いたしました。その決断は、私にとりましても難しいものでしたが、やはり現実に訪問して本当に良かったと思っています。各国首脳にも、そう受け止めていただけたのではないかと考えています。今回の訪問を通じて、首脳間の個人的な信頼関係をより強固にすると同時に、二十一世紀に向けた日本とASEANの新たな協力関係を構築したい、その所期の目的を十二分に果たせたものと確信しています。そこで、この機会を拝借して、依然として多数の人質が囚われている在ペルー日本大使公邸占拠事件についてτ言申し述べたいと思います。

 日本政府の基本的な、立場は、テロに対しては決して屈することなく断固たる態度で対処するというものであります。人命尊重を最優先として、ペルー政府に全幅の信頼を置き、事件が平和的に解決され、人質全員の早期全面解放が実現するよう、粘り強く努力していくというものであります。

 今回訪問したASEAN各国の首脳に対しても、私から、このような基本的立場について申し上げました。その際、ボルキア国王、マハディール首相、スハルト大統領、キエット首相、そして本日、ゴー首相それぞれから、ペルー政府の対応ぶりや我が国の基本的立場に対し、全面的に支持しているとの立場の表明をいただいたことを申し添えます。

 ASEANは、今年、設立三十周律を迎えます。特に過去十年の目覚ましい経済成長を背景として、ASEAN地域フォーラムやアジア欧州会合といった外交上のイニシアティブを積極的に推進しております。また、冷戦期に東南アジアを分断していた対立が解消し、地域情勢の安定化が着実に進んできたことを反映して、東南アジア全域を包含する協力体制を築きつつあります。

 このようなASEANと日本との今後の協力のあり方については、今回各国首脳との会談において、まず私から、創立三十周年を迎えるASEANとの関係を、これまでの経済を中心としたものからより幅広く奥深いものにすることの重要性を訴えました。そして、そのために日本とASEANの間の首脳レベルの対話を公式であれ非公式であれ、あらゆる可能な機会をとらえて緊密かつ頻繁に行っていくことを提案し、このような基本的考え方について各国首脳にも賛同をいただきました。

 また、私よりは、環境、福祉、保健、麻薬といった国際社会が直面する諸課題について、日本とASEANが協力して取り組んで行くべきであり、その際、我が国としては、これまでの我が国の経験について成功例を語るのみならず、失敗の例についてもその原因、克服するための努力及びその結果などを、おそれることなく他国に提供し、同じ間違いを人間が繰り返すことのないように、そうした努力をしていきたいとの考えを伝えました。今後協力を具体化するためASEAN側と緊密に連絡を取り合って行きたいと思います。

 今回の訪問を通じて、私はASEANの文化と伝統の多様性を改めて実感しました。このような多様性はASEANの強みだと思います。我が国としてもこのようなASEANの文化の保護及ぴ発展のために出来るだけの協力を行っていきたいと考えています。

 また、私からは、我が国の経済社会システムを二十一世紀にふさわしいものとして構築していくために行政、経済構造、金融システム、社会保障構造、財政構造、教育の六つの国内改革を推進していることを特に強調しましたが、各国首脳ともに我が国の改革に期待している旨の発言がありました。このような改革を我が国が進め、同時にASEAN諸国もそれぞれの構造改革を推進することが、今後の我が国とASEANの経済関係をより緊密なものにしていくことにつながると確信しています。

 その他、地域情勢、二国間の問題等につきましても極めて有意義な意見交換を行うことができました。今回の訪問を通じて、私は、ASEAN諸国の新しい息吹を実感するとともに、日本とASEAN諸国の関係が新しい時代に入りつつあること、それに伴い我が国とASEAN諸国が一層協力することが必要になっていることについて思いを新たにした次第です。

 最後に、訪問地の行く先々で受けた大変暖かいおもてなしに深く感謝するとともに、私としては今回得られた成果を一層充実・発展させて行くために全力をあげる所存であることを申し述べたいと思います。ありがとうございました。

質疑応答

 − ペルーの人質事件についてお伺いしようと思います。ペルー政府と武装グループとの直接交渉はまだ始まっていないようですが、現状をどのように認識されて、今後の見通しについてどのようにお考えなのか。そして、政府としてどう対応していくのか。改めてお考えをお聞かせください。

○総理 今回の事件を巡る状況というのは、いまだに大変厳しく予断を許すものではありません。昨日はペルー政府とMRTA側の直接の対話の再開への動きが見られたのですが、MRTA側から収監されているメンバーの釈放を要求したために、再開が出来ませんでした。パレルモ教育大臣の方から交渉再開へ向けての三項目にわたる新たな提案をMRTA側に提示したと連絡を受けています。私たちは日本政府として直接交渉が早期に再開をされ、事態の平和的な解決に向けて進展が得られることを強く願っています。パレルモ教育相が提示した三項目、それはMRTA側の合意を得て保証人委員会の委員の指名を行う、双方の合意する場所で会合する、これまでの接触で議論したすべての関、心事項を議題とする、という内容です。我々の基本的な態度は、テロに対して決して屈するものではない、断固とした態度で対応する、そしてペルー政府に全幅の信頼を置きながら、人命尊重を最優先にして、事態の平和的解決により、人質の早期全面解放の実現に向けて粘り強く努力をしていくというに尽きますし、交渉当事者のペルー政府からのご依頼があれば、我々も出来る手伝いは何でもしていきたいと、そのように考えています。

 − 日本はいつ中国に対するODAを再開しますか。また、日本は中国を実際の、あるいは潜在的な日本の安全

保障に対する脅威とみなしているということはありますか。

○総理 我々は中国と日本の関係を安定的に発展させていくことが、言い換えれば中国を国際社会において建設的な。パートナーとして迎え入れていくこと、それがアジア太平洋地域ばかりではなく、世界の安定と繁栄のために極めて重要だと思っています。そして、その意味では昨年の夏以降、日中関係が多少ぎくしゃくしました。しかし、昨年の十一月、APECの会合の際にマニラで日中首脳会談を行うことができ、日中関係はそれ以来、前向きに転じたと思っていますし、日中双方が日中関係の一層の発展のために共に努力することで一致しました。お互いの間で、立場、主張が異なる問題というものは、当然のことながらどこの国とでもあるわけですが、そうした問題によって日中関係が損なわれてはなりません。これは共通の認識です。ことに本年は日中国交正常化二十五周年という記念すべき年です。我々はこの年にあたって、両国間での緊密な対話を通じて両国関係の発展に努めていきたい。既に借款等の話は事務的に動いている、そう申し上げておいたほうが良いでしょう。我々はそれだけでなくて、経済協力、中国のWTO加盟支援などを通じて、中国の改革・開放政策を支援していきたいと思いますし、国際社会もまた中国を建設的なパートナーとして関与させていくことに、お互いが力を尽くしていくべきだと私はそのように思っています。

 − 株価の下落が憂慮される状況でありますし、経済の不透明感が強まってきています。今後の経済運営について、総理としてどう具体的な経済の政策を出していくお考えですか。

○総理 今日の終値を正確にまだ私聞いておりませんが、東京市場は一万八千円台の株価を回復したと聞いています。株価というもの自体はさまざまな要因を背景として自由に市場の中で需給関係によって決まっていくものですから、その動向を特定することはなかなか難しいですけれども、日本の経済のファンダメンタルズというものを考えていただきたい。これは決して悪いものではありません。そして、我々としては補正予算の早期成立を図りながら、切れ目のない予算の執行など適切な経済運営に万全を期していきたいと思っています。いま、あなたからもお話がありましたけれども、我が国の経済の現状、いろいろな議論があります。ことに消費税の引き上げと特別減税の打ち切りが四〜六月の景気に与える影響というのは、私自身も気になることです。しかし、だからこそ平成八年度の補正予算の審議もお願いしている。ですから、補正予算を併せて考えていただければ、いま民間需要が堅調さを増している、そして景気は回復の動きを続けている。こうした基調は今後も継続しますし、個人消費、あるいは設備投資などの民間需要が軸となって、経済全体を緩やかにリードしていく、私どもはそのような見込みをもっています。その間に、我々は経済構造改革など全般の構造改革を積極的に進めていく、これが一番大事なことだと考えていますし、政府としては民間需要中心の自立的な景気回復を図りながら、これを中長期的な安定成長につなげていこうと考えていますし、今後とも実体経済の動向を注視していきたいと、そのように思っています。

 − かなり長いお話をシンガポールの閣僚となさったと伺っておりますが、何を話したのかブリーフしてくれますか。何か具体的な合意というものはあったのでしょうか。

○総理 何を取り上げましょうか。確かに我々は、すごく生産的な議論をゴー・チョクトン首相と、二人の時も、また全体会合の中でもしました。その中で合意されたことはいろんな分野があります。一つの例を挙げるなら、ASEMの会合においてゴー・チョクトン首相が提唱された財団の設立に対して、日本は今年の三月末までに二百万ドルを拠出するというお約束をしました。ゴー・チョクトンさんは、もっとたくさん出してくれてもいいと言っておられましたけれども。我々としては相当大きな貢献が出来たと思っています。あるいは両国の行政官交流、これを現実のものにしたい。私の方からご相談をかけましたが、首相閣下もこれを非常に前向きな姿勢で捉えていただきました。ただ、その行政官交流をどの分野からスタートさせるか。私はとりあえず、例えば外交官からどうだということを申し上げたんですが、ゴー首相は外交官もいいけれど、例えば経済の担当者、財政金融の担当者、あるいは環境の担当者といった者も考えられるかも知れない。いずれにしても、行政官交流を進めるということで、事務的にどこから始めるかを決定しよう、そんな話も出ております。

 また、先程冒頭でも私が申し上げましたけれども、ASEAN各国が独自の伝統と文化を持っている、そして、ややもするとその独自の文化それぞれがバラバラのようによそから見られがちです。しかし、私は逆に各国が持つ独自の文化、伝統というものはASEANの強みだと思います。なぜなら、お互いがお互いの伝統や文化を尊重した上で、この共同体は成り立っているからです。そうした文化の保護についても、お互いが協力していきたい。このような話もありました。二時間話したことをいきなりここで要約しても、あまりたくさん申し上げられないのですが、幾つかのポイントを例示すれぱ、こうしたことが申し上げられると思います。

 − 日本とASEANの首脳協議の件ですけれど、総理は出発前から定期の協議をと希望を持たれていたと思いますけれども、一連の会談の中ではやや消極的な意見があったとも聞いています。定期協議の実現の見通しをこの会談を終えた後、どうなっているかお聞かせ願いたいと思います。

○総理 消極的な反応を示された方はいないと思います。ただ、それぞれの首脳が、例えばASEANの議長国である、だから他国と相談をしないで返事をすることは出来ない。あるいは、次のASEANの集まりの際に自分の方から、その提案を全体の議論に付す。いろいろな言われ方があったと私は思うのですが、基本的な考え方について食い違いはなかったと思います。むしろASEAN側としては、今回私の方から提案させていただいたことを受けて、内部で検討していかれるでしょうし、それを受けて実施の方法について日本との間ですり合わせがされることになると思います。そして、今回結論めいたことに達しなかった一つの要因は、タイとフィリピンに私が訪問できませんでした。ですから、この二か国に対して、帰国後、直ちに私の代理をその=か国に派遣し、今回の一連の首脳会談等の内容についてブリーフィングすると同時に、このASEAN訪問の私の発言の説明も両国に対し行おうと思っています。ですから、むしろここからASEAN側がどういうご相談をされるか、ということはありまずけれども、私はいろいろな形でこれは実行に移っていけると思っています。

 − 日本の見解からして、こういつた首脳会合はどれぐらいの頻度で行われるべきとお考えでしょうか。また、

どういつだ議題を取り上げるべきとお考えでしょうか。

○総理 例えば、我々は昨年ドイツのコール首相、あるいはフランスのシラク大統領との間で、少なくとも一年に一回は日・独、日・仏の首脳会談の場を持とう、そういうお約束をしました。そして、議題はその時その時のテーマでお互いが話し合っていくことだと思います。ですから、私どもはASEANの首脳達と、出来れば少なくとも年一回どういう形であれ、公式非公式の形式を問わず、やはり膝を付き合わせて、その時その時の問題、それは必ずしもその時点で必要はないかも知れないけれど、二十年、三十年先を見つめたお互いの関係をいろんな話をしていくことが私は必要なことだと思います。いま、その意味では我々にはひとつAPECという場がありますし、二年にいっぺんは欧州アジア首脳会合、ASEMがあります。その中でも特にASEANの皆さんと話し合いをする機会を持つこと、これは必ずしも議題をいちいち確定し、机を挟んで会うばかりでなく、いろんなやり方があると思います。一年にいっぺんくらいはそうした機会を持ちたいものだと私は思います。

 − ASEAN首脳との話し合いの中で、日本はミャンマーにおける政治的な問題に対する解決策、どういうアプローチをとるべきというお考えをお話になったのでしょうか。

○総理 私はASEAN七か国が近い将来、ミャンマー、ラオス、カンボディアを含めたASEAN10になる。こういう状況というものはミャンマーを国際社会に迎え入れ、そのルールを実行させていくという意味で評価できるものだと各首脳に申し上げてきました。しかし、同時に、それがASEANに入ることが圧政の隠れ蓑になってはならないということも申し上げています。ミャンマーでは現在、政府とアウン・サン・スー・チー女史が率いるNLDとの間の非常に緊張した状態が続いている。その中で先月以降、学生によるデモが行われる等、情勢は不確実性を増していると言わなければなりません。我々は、このような学生の動きを含めながら、ミャンマー情勢全般について懸念をもって注視していますし、今後もミャンマー政府、NLD双方との対話を続けていきたい。我が国は、民主化の流れへの逆行は見逃し得ない、そうした立場であります。不安定性が高まる中で、ミャンマー政府が今後の民主化について優れた英通な判断を下すことを強く希望しています。