データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ASEAN拡大外相会議・全体会議における中山外務大臣ステートメント

[場所] 
[年月日] 1991年7月22日
[出典] 外交青書35号,424−429頁.
[備考] 
[全文]

1. はじめに

 アブドラ外務大臣閣下、

 御列席の皆様

 昨年に続き、本会議に出席できたことを心より喜んでおります。本会議を主催されたマレイシア政府及びお招き頂いたASEANの同僚に対し、深甚なる謝意を表したいと思います。

 ASEAN拡大外相会議は、78年の発足以来、その重要性をますます高めてきております。当初は、ASEANの経済発展を通じて、地域全体の強靭性を高めることが協議の中心課題でありましたが、近年は、より幅の広い問題、特に政治問題についての議論がこの場で活発に行われるようになってきております。このことは10年以上に及ぶ対話の積み重ねによって、ASEAN拡大外相会議参加国の間の対話がより成熟したものとなったこと、更には、参加各国が、時代の変化、国際情勢の変化に主体的に対応していこうとの意欲を有していることを反映したものと言えましょう。

 そうしたことを背景にして、本会議は、アジア・太平洋地域の安定と発展に関する最も重要な対話の場としての意義をもつに至ったと考えております。今回、韓国が新たにこの会議に参加することとなったことも、その意味で誠に時宣にかなったものであり、歓迎したいと思います。

 本日は、このような状況を踏まえて、アジア・太平洋地域の平和と安定に係る問題についての認識を中心に、私の考え方を述べたいと思います。

2. アジア・太平洋地域における平和と安定

 議長及び御出席の皆様

 アジア・太平洋地域の平和と安定を考えるに当たり、政治・経済・軍事のすべての面を統合して考えることが重要であることは言うまでもありません。しかし、何といっても、この地域の多くの国の安定のために最も重要な課題は経済発展であります。開発途上段階にある国の多いこの地域では、経済開発を進めることが、域内諸国の政治的・社会的強靭性を高め、地域の安定を高める上で、不可欠の重要性をもっております。この地域の問題の多くは、その根底に民生の不安定を孕んでおり、したがって、経済発展を通じて、民生の安定と向上を図ることが、対立・紛争の回避、緊張の緩和に資する所以であります。

 喜ぶべきことに、この地域では、昨今、域内各国の経済面の躍進が特に顕著であります。そして、ASEAN諸国は、それぞれの経済発展を通じて国内の政治的な安定性を高めつつ、お互いの協力を通じて、東南アジア、更には、アジア・太平洋地域の重要な安定要因となりつつあります。これに加えて、APECの活動もこの地域の一層の安定と発展に寄与することが期待されます。我が国としては、このような認識に立って、今後ともアジア諸国との間の経済面を中心とする協力の拡大に最大限の努力を行ってまいる方針であります。

 他方、東西間の冷戦は終わり、欧州を中心に緊張緩和が進展しつつあるとはいうものの、安全保障面の問題を無視することはできません。湾岸危機はこのことを端的に示しております。更に、先進国サミットでも指摘されたことでありますが、ソ連の新思考外交も、アジア・太平洋地域ではまだヨーロッパにおけるほどに顕著には発揮されておりません。

 この関連で、まず、強調しなくてはならないことは、米国の存在がこの地域にとって不可欠の安定要因となっているということであります。その重要性は、今日のような国際政治の変化のときにあって益々高まっていると考えます。その意味において、我が国はこの度米比間の基地交渉について円満な妥結が得られたことを歓迎するものであります。私は日本、韓国、フィリピンに駐留する米軍の存在は、今後ともそれぞれの国の安全保障のためのみならず、アジア・太平洋地域全体の平和と安定に資するものと確信しております。

 日本は、日米安全保障条約の下で、米軍に140か所を上廻る施設・区域を提供し、また、在日米軍の駐留を支援するために、毎年30億ドルを上廻る経費負担を行っております。しかも、この経費負担は、1995年までには、米軍人、軍属の給与を除く在日米軍経費の約7割を負担するまでになることとなっております。

 ソ連のこの地域における軍事的プレゼンスについては、モンゴル、カムラン湾や中ソ国境からの一定の兵力削減等の望ましい動きがある一方で、極東地域では、依然軍事力の質的向上が続いております。日本としては、ソ連が欧州において東西関係の劇的な変化をもたらした新思考外交をアジア・太平洋地域にも適用し、この地域の一層の安定と繁栄のために貢献することを心から願っております。

 この関連で、私は、戦後のソ連の拡張主義の残滓である北方領土問題を解決することが、ソ連の新思考外交がグローバルに適用されるに至ったか否かを判断する試金石と考えております。その意味で、日本政府としても、4月の日ソ首脳会議において、北方領土問題を解決して、平和条約を締結するための作業を加速化することと、多面的な日ソ関係を拡充するということについて合意が成立したことを喜んでおり、今後ソ連側の理解と協力を求めつつ、日ソ関係の飛躍的発展の為に努力する方針であります。

 中国が、この地域の安定と安全保障にとって、極めて重要な存在であることは言うまでもありません。近年、中国は改革・開放政策を掲げていますが、その進展は中国の安定のみならず、この地域の安定にもつながると考えます。日本は、かかる観点から、この改革・開放政策の進展を支援するために、できる限りの協力を行ってきているところであります。

 また、御承知のとおり、先般の湾岸危機は、大量破壊兵器の不拡散問題や通常兵器の国際移転の規制の問題の重要性を改めて認識させることになり、今回の先進国サミットにおいても、この問題が政治面の重要課題の一つとなった次第であります。その関連で、中国が、5主要武器供給国パリ会合に参加したことは、歓迎すべきことであり、この分野における中国の一層の努力を慫慂したいと思います。

議長及び御列席の皆様

 この地域の平和と安定を確保していくためには、カンボディア問題や朝鮮半島問題といった地域的な紛争や対立を解決していくことも求められております。

 カンボディア問題に関しては、12年に及ぶ長い対立の歴史を経て、ようやくカンボディア人当事者間で問題解決へ向け、現実的な対話を進めようとの気運が生まれつつあることを心から歓迎したいと思います。パタヤに始まる最近の重要な進展は、シハヌーク殿下がカンボディアの指導者として積極的にイニシアティヴを発揮し、これにカンボディア各派が互譲の精神で柔軟に応じたことの賜物であります。私は、この最終局面において、全ての関係国が、新たに最高国民評議会の議長に就任したシハヌーク殿下を一層強力に支援していくことが包括解決実現に向け極めて重要であると考えます。また、我が国は、この問題についてのASEANの立場を強く支持するものであります。

 一方では、私は、昨年には新体制下のラオスを、また本年6月にはヴィエトナムを日本の外務大臣として初めて公式に訪問致しましたが、両国が各々経済開放化推進に向けて努力を重ねていることを好感をもって受けとめました。先般、海部総理が、シンガポールでの政策演説でも強調したように、日本としては、ASEANとインドシナ諸国との間の相互交流の強化を通じ、インドシナ諸国をアジア・太平洋におけるダイナミックな経済発展の中に組み入れていく機が熱し始めていると考えております。そのためにも、カンボディアが国連の適切な関与を得て、一刻も早く平和と安定を取り戻すことが先決であり、私としてもその実現に向け、パリ会議共同議長として、卓越した政治手腕を発揮されたアラタス外相をはじめ関係各位とも緊密な協力の上、あらゆる努力を惜しまぬ所存であります。

 朝鮮半島において一層の緊張緩和を進めることも、アジア・太平洋地域の安定のために不可欠の重要性をもっております。その見地から、南北両朝鮮の国連加盟が実現する見通しとなり、また、南北首相会談が再開の見通しとなったことは誠に喜ばしいことであります。日本としては、南北対話の進展、ひいては南北の平和的統一に向けた動きを支援するとともに、関係諸国とも密接に協力しつつ、朝鮮半島の緊張緩和のために、できるかぎりの努力を行なっていく方針であります。

 北朝鮮の核兵器開発に関する疑念については、それが、我が国にとって安全保障上の問題であるのみならず、アジア・太平洋地域全体、ひいては、世界の安全保障に係わる問題であると認識しております。北朝鮮が核不拡散条約(NPT)上の義務である国際原子力機関(IAEA)との保障措置協定の締結・履行を早期に行うよう求めてきましたが、最近、北朝鮮がIAEAとの間で同協定の案文に合意したことは、一歩前進であると評価しております。私としては、北朝鮮が更に、このIAEAとの保障措置協定の締結及びその完全な履行を行うよう、我々が一致して働きかけていくことが必要であると考えます。また、この度、日朝国交正常化交渉第4回会談が8月下旬に北京で開催されることとなりましたが、日本としては、引き続き、朝鮮半島の平和と安定に資するような形で、誠意をもって交渉を進めていく所存であります。

議長及び御列席の皆様

 以上、アジア・太平洋地域の平和と安定にかかる重要な問題についての認識を述べましたが、我が国は、こうした状況を踏まえて、日米安保体制を堅持するとともに、専守防衛に徹し、軍事大国にならないとの基本方針のもとで、必要最小限の防衛力を漸進的に整理してまいりました。近年、日本の防衛費の数字の上での大きさが一部の国の懸念を招いているようでありますが、日本は、例えば、攻撃型空母や長距離戦略爆撃機を保有しないこととするなど実際の兵力編成や兵器体系の整備に当たっても、専守防衛に徹する姿勢を貫いていることに注目願いたいと思います。シーレーン防衛も1、000海里までとしていることは御承知のとおりであります。また、今日我が国におけるシビリアン・コントロールは確固たるものがあります。そして、こうした日本の安全保障政策は、今後とも変わりません。

 他方、近年には、我が国の国際的地位の高まりもあり、我が国がその地位と国力に相応しい責任と役割を、財政支援の面においてのみならず、人的な参加の面においても、より積極的に果たすことが国の内外から求められております。湾岸危機後に我が国が、平時における国際的な役割の一環として、掃海艇をペルシャ湾に派遣することとしたのもそのためであります。また、我が国は湾岸危機後の国際協力のために、ペルシャ湾の流出原油の回収、海水淡水化施設の保全、大気汚染対策等の目的のために、国際緊急援助隊を含む5チーム延べ57人の専門家を現地に派遣いたしました。現在は、大気及び海洋汚染予測に関わる専門家を派遣中であります。また、クルド難民の救援についても、イランとトルコに合計6チームの医者と看護婦からなる国際緊急援助隊を派遣いたしました。我が国は、現在国連のPKOに協力するための法制面の整備を行おうとしておりますが、これもまた、国際社会における責任分担に応えるための国内的な準備を整えるためであります。

 日本は、従来より総合的安全保障という考え方に立って、日米安保体制の円滑な運用の確保、自衛力の整備と外交努力の3つの分野における努力によって、国の安全保障を確保することとしてまいりました。そして、日本周辺の地域的安定を確保するために、米軍の存在を確保するための対米支援と域内諸国の安定と発展を促進するための経済協力を重視してきたわけであります。

 その間、地域的安定を確保するための外交努力の分野において、政治的な役割をより積極的に果たすことが、もう一つの大きな柱として、近年その重要性を高めてきたことは、御承知のとおりであります。カンボディア問題についての東京会議の開催をはじめとする一連の外交努力は、その端的な例であります。

 他方で、アジア・太平洋地域における日本の政治的役割が拡大するにつれて、それが何処まで拡大するのかとか、日本の果たす役割が軍事的分野にまで広がっていくのかといった不安や懸念がこの地域の国々の間に生まれ始めていることも事実であります。それだけに、そうした日本の外交政策の方向や目的についてのアジア諸国の不安や懸念の表明に耳を傾け、それに対して、日本の考えを率直に説明する機会を常に持っていることが、日本にとっても、アジア諸国にとってもますます重要になってきたと私は認識致しております。我が国が、この「お互いに安心感を高めることを目的とする政治対話」とでも呼ぶべきプロセスに進んで参加していくことが、日本が、今後、アジア・太平洋地域において、政治的な役割を果たしていくために不可欠な外交活動であると私は考えております。

議長及び御列席の皆様

 我が国は、かねがね、アジア・太平洋地域の地政学的条件と戦略環境は、欧州と大きく異なっており、したがって、アジア・太平洋地域の安定のためにCSCEのようなヨーロッパで発展してきたプロセスや仕組みを適用することは不適当であると主張してきました。

 これからのアジア・太平洋地域に必要なことは、なによりもまず、現在存在している様々な国際協力の仕組みや対話の場を総合的かつ重層的に活用して、この地域の長期的な安定を確保していくことだと考えます。

 そのような既存の仕組みや場として、先ず第1に、この地域の安定にとって最も重要な経済協力の分野については、ASEAN、ASEAN拡大外相会議、APEC、PECC等の場があります。

 また第2に、紛争や対立を解決するための外交努力の分野においても、カンボディアについては、その包括的解決に向けた関係国の取組み、また、朝鮮半島については、南北対話を中心とする国際協力の枠組みが次第に出来上がりつつあります。

 そして第3に、安全保障の分野では、この地域に存在する日米安全保障体制をはじめとする様々な取極や協力関係が、今日のような変化の時における安全要因になっていると考えます。

 これらの経済協力、外交、安全保障の3つの分野における協力の仕組みや枠組みに加えなければならないことがあるとすれば、それはまずこの地域の友好国が、お互いの共通の関心事項について、率直な意見好感を行う政治対話の場であると考えます。先に触れました日本の外交政策の将来の方向についての不安や懸念の問題はこうした政治対話の対象とすることも有意義だと私は考えます。

 一昨日のASEAN外相会議の共同コミュニケは、ASEAN拡大外相会議を地域の平和と安全保障の問題を議論するに適当な枠組の一つとして挙げていますが、私も全く同様の考えであります。この場で行われる友好国がお互いの安心感を高めるための対話は、相互の協力関係の政治的基盤を強めるためのものであります。その意味において、こうした政治対話は、軍事的な緊張を緩和するために行う信頼醸成措置とはおのずから性格を異にするものであると考えます。

 かかる認識の下で、私は、このASEAN拡大外相会議をお互いに安心感を高めるための政治対話の場として活用することは有意義かつ時宣を得たものと思います。そして、そのような政治対話をより効果的にするために、例えば、この会議の下に、高級事務レベル協議の場を設置し、そこでの検討の結果を本会議にフィードバックさせるのも一案かと考えています。参加各国の皆様にご検討頂ければ幸甚です。

3. 結語

 以上、アジア・太平洋地域の平和と安定の問題を中心に、私の考え方を述べました。最後に、ASEAN諸国とそのパートナーが種々の協議の場、特にこの会議の場を通じて、共通の政策目標の達成のために一層の協調を行なうことの重要性を強調して、私の発言を終わります。

ありがとうございました。