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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] デ・ラ・サール大学名誉博士号授与式における海部内閣総理大臣の答礼挨拶

[場所] 
[年月日] 1991年5月5日
[出典] 海部演説集,302−304頁.
[備考] 
[全文]

 ゴンザレス学長、ブラザー・ドナト並びにご列席の皆さま、

 本日、私はフィリピンの名門校デ・ラ・サール大学から、栄誉ある名誉博士号を授与されました。私にとっては、誠に光栄、かつ、大きな喜びであります。加うるにデ・ラ・サール大学は、私の母校の早稲田大学とは姉妹校であり、その意味で、私の喜びは二重に深く、大きいものがあります。

 ご列席の皆さま

 昨年、一九九〇年は、正に激動の一年でありました。戦後四十余年にわたって世界を支配してきた東西間の対立は、終焉に向けて大きく動きだし、理性と対話にもとづく国際協調の世界が訪れることが期待されております。希望と不安を抱えつつ出発した一九九〇年代、その中で我々が守りぬかなければならないものは何でしょうか。私は、それは我が国と貴国とが共有する最も普遍的な価値、すなわち、「自由」と「民主主義」だと思います。

 新たな国際秩序の模索の中で、いかなる国の国民も、改めて自由と民主主義の価値とその意義を再確認し、これを擁護するため不断の努力を行っていくべきでありましょう。

 自由と民主主義のために最もよく闘うのは、それを獲得するために最も厳しい体験をした人々であります。さればこそ、貴国の国民的英雄、ホセ・リサール博士は、いまからちょうど百年前に、「フィリピンは、これほどの血と犠牲の代価を払って手に入れた自由を、たぶん筆舌に尽くせぬほどの熱意をもって守ろうとするだろう」と述べられたのであります。私は、本日、リサール博士の記念碑に献花いたしてまいりましたが、博士のこの確信を想起して、粛然たる思いに包まれました。博士をはじめ、今日まで自由と民主主義のためにその身を捧げられた貴国の方々に対して、心からの黙祷を捧げた次第です。

 自由と民主主義は、人々の持つ潜在的な力を大きく解き放ち、個人の創意や伸び伸びした発想を生み出します。それこそが国家の発展の原動力だと私は思います。リサール博士は、先の言葉に続けて、こう言っておられます。

「…鳥籠を放たれた鳥のように、大気のもとに帰された花のように、再び自由になったフィリピン人は、失っていた昔のいい性質を取り戻し、再び平和を愛し陽気で、快活で、笑みを湛え、もてなし上手で、そして勇敢になるだろう。」

 私は、自由と民主主義が保証される限り、フィリピン国民の皆さまが、博士の予言通り、過去の多くの厳しい闘いの中で培われた真の逞しさ、そして、逆境に負けない明るさを発揮して、今日直面しておられる諸困難を乗り越え、希望に満ちた明日の社会を構築されるものと確信しております。

 ご列席の皆さま

 私は三十年にわたる政治経歴の中で、長らく教育問題に携わってまいりました。教育こそ、正に国造り、人造りの根幹であり、政治はこれを最も大切にしなければなりません。そして、私は、我々の教育の要諦は、自由と民主主義の理念に立って、個々の個性と創造性を伸ばすとともに、同国人であると否かとにかかわりなく、他人に対する理解や思いやりを持つことのできる人間を育てることにあると思っております。

 本日、フィリピンにおいて輝かしい伝統を誇り、多数の有為な青年を輩出されているデ・ラ・サール大学より名誉ある学位を頂いたことは、身に余る光栄であります。この授与が、私がこれまで述べてきた信念が正しいものであることを少しでもお認め頂いたものであるとするならば、これ以上の喜びはございません。

「集まり散じて人は変われど、仰ぐは同じき理想の光り。」これは早稲田大学の校歌の一部であります。

 この度デ・ラ・サール大学の同窓に加えて頂いたことを改めて感謝申し上げますとともに、デ・ラ・サール大学の一層のご発展を心からお祈り申し上げ、お礼の言葉と致します。

 ご静聴ありがとうございました。

 マラミン・サラマッポ(ありがとうございました)。