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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] チャチャイ首相夫妻主催晩餐会における竹下内閣総理大臣の挨拶

[場所] バンコク
[年月日] 1989年4月30日
[出典] 竹下演説集,205−207頁.
[備考] 
[全文]

 チャチャイ首相閣下、令夫人並びにご列席の皆様

 本日は、私共一行のためかくも盛大な晩餐会を催していただき、またただいまはチャチャイ首相閣下より暖かいお言葉を賜りまして、誠に有難うございました。

 私と家内は、明日、国王陛下及び王妃陛下に拝謁する予定であります。両陛下は、昭和天皇がご病気になられた時、ご自身のことのように心を痛められ、また、「大喪の礼」に際しては、王室を代表してマハ・ワチラロンコーン皇太子殿下を派遣されるなど深い配慮を示されました。ここに日本政府及び日本国民を代表して、両陛下に対し心から感謝の意を表したいと存じます。

 また、首相閣下は「大喪の礼」に当たり、タイ政府を代表してご参列いただきました。まさにタイ政府及び国民の皆様の我が国に対する貴い友情の表れと厚く御礼申し上げます。

 首相閣下

 私は、個人的にもかねてから貴国に親しみを感じておりました。これで四回目の訪問になりますが、いずれの場合にもムアン・タイ(自由の国)の豊かな水と緑に恵まれた美しい自然、古い歴史と伝統、そして、仏教の教えに基づく人々のやさしさ、謙虚さに心打たれる思いがいたします。バンコクに到着以来、私は、首相閣下はじめタイの皆様の素晴らしい歓迎と変わらぬ友情に包まれ、まるで自分の故郷に戻ったようなぬくもりとやすらぎを味わっております。

 今回の訪問で、私がとりわけ感銘を受けましたのは、首都バンコクの目を見張るような発展ぶりであります。街は活気に溢れ、高層ビルが次々に建設されて、人々の表情からは、新しい国づくりを目指すたくましい気力と自信を見ることができます。

 これは、貴国の歴代国王及び指導者の方々の長年にわたるご努力が、いわば歴史の積み重ねの上に花を開き実を結ぼうとしているように感じられてなりません。現国王陛下の祖父君にあたられるチュラロンコーン大王はタイの独立維持に腐心され、また伝統と進歩の調和を図りつつ近代化を進められましたが、今日の発展を一見されたならば、どのような感慨を抱かれるでありましょうか。

 首相閣下

 閣下及びタイの指導者の方々は、これまで一貫して、自由かつ開放的な経済体制の下で堅実な経済政策、並びにASEAN及び自由主義諸国との協力・協調政策を推進してこられました。その結果、このようなめざましい経済的繁栄がもたらされたばかりでなく、国際社会においても貴国に対する信頼と尊敬の念が一段と高まっております。特に私は、貴国の経済政策関係者が、今後のタイ発展の軸としてアグロ・インダストリーを重視し、足が地についた整合性ある政策形成に尽力されている姿に注目してまいりました。これら農産物に付加価値をつける工業に力点を置いた地方開発という考え方は、私の唱える「ふるさと創生」にも一脈相通ずるものがあるだけに、我が意を得たり、との感を強くするからであります。

 また、貴国は、国際政治面でもきわめて重要な役割を果たされようとしています。カンボディア問題は貴国に三十万人を超えるカンボディアの人々を抱える前線国家としての試練を与えてきましたが、現在カンボディア問題は大きく動いており、いま、まさに東南アジア地域に平和が戻ってくるか否かを決定する重要な時期に差しかかっていることは、改めて申すまでもないことであります。

 この問題の公正な解決は、インドシナ諸国とASEAN諸国の経済関係を深めると同時に、東南アジア全体の安定と発展にとっても不可欠の前提条件であります。私はかねてから首相閣下がこうしたインドシナ−ASEAN間の経済協力関係の将来を見通し、その解決のため力を尽くしてこられた先見の明に深い敬意を表したいと存じます。

 首相閣下

 日夕イ両国の友好関係は、四百年の歴史があるといわれてきましたか、最近の研究によると、既に十五世紀の初頭、我が国の沖縄とタイとの間に公の交流が行われていたことが明らかになりました。これによって、日夕イ交流の歴史は、一気に二百年遡り、実に六百年もの長い友好関係を継続してきたことになります。私たちは、先人によって築き上げられたかけがえのない豊かな伝統ある関係を更に一層緊密化して、ちょうどチャオプラヤ川の絶えざる流れのように、子々孫々へと引き継いでいく責務があると信じます。今回の私の貴国訪問が、この素晴らしい両国関係の健全な発展に少しでも寄与することができれば、これにまさる喜びはありません。

 チャチャイ首相閣下、令夫人並びにご列席の皆様

 私は、皆様と共に杯を上げ、チャチャイ首相閣下ご夫妻のご健康とタイ国の一層のご繁栄のために、そして日夕イ両国の友好関係がさらに発展することを祈って、声高らかに乾杯したいと存じます。