データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ASEAN拡大外相会議、日本とASEANの外相会議における宇野外務大臣ステートメント「アジア・太平洋発展の原動力として−日本・ASEAN協力関係の新次元」

[場所] バンコク
[年月日] 1988年7月8日
[出典] 外交青書32号,358−363頁.
[備考] 
[全文]

アブ・ハッサン外務大臣閣下、

ASEAN各国の同僚の皆様、

今般お招きを受けてASEAN拡大外相会議に出席し、ASEAN各国の同僚の皆様と一堂に会することができましたことは、私のこの上ない喜びであります。

ただ今は、アブ・ハッサン外務大臣より御懇篤なお言葉をいただき深く感謝申し上げます。また、大臣閣下はじめマレイシア政府関係各位に対し、マレイシアが過去3年間我が国とASEANの調整国として、双方の関係を今日のような緊密なものとする上で大きく寄与されましたことについて、深甚なる敬意と謝意を表したいと存じます。

昨日のASEAN諸国と域外対話国の会議は真に実り多いものでありました。本日のこの会議もこれに劣らない成果を挙げうるものと信じます。

1.日本・ASEAN関係の発展

 ASEAN地域は、私が1964年に海外青年協力発足準備のため、竹下現総理と共に訪問した思い出深いところであります。私は、昨年12月、再び竹下総理と共にマニラにおける日本・ASEAN首脳会議に出席して、各国の首脳及び同僚の皆様方と親しくお目にかかる光栄を得ましたが、その際、日本・ASEAN関係の新たな高まりを、身をもって感じました。新内閣発足後最初の竹下総理の外国訪問の機会に、我が国外交の基盤であるASEAN諸国の絆を強化することが出来ましたことは、新内閣の外交にとり真に幸先の良いスタートであったと存じます。

その後我が国がASEAN諸国との協力の下に、首脳会議で表明しました諸施策を着実に実施に移していることを御報告できますことは、私の大きな喜びであります。

先ず「ASEAN日本開発ファンド」は、3月の専門家会合での協議を経て、すでに実施のための二国間の協議を行いうる段階に入っております。なお、同ファンドの一部をなす投資資金により、すでに5件の投資事業が実現しました。また、本年4月からは鉱工業製品の62品目につきGSPのシーリング枠を全体で約40%拡大し、ASEAN貿易投資観光促進センターの事業費の倍増も実現しました。

更に、「日本・ASEAN総合交流計画」の一環として、すでに「日本・ASEAN学術交流基金」が発足し、また本年度からは「ASEAN域内技術交流計画」の下で域内協力プロジェクトが実施されることとなっております。

最近我が国は、「世界に貢献する日本」を目標に掲げ、「国際協力構想」を明らかにしました。この構想は、「平和のための協力の強化」、「国際文化交流の強化」及び「政府開発援助の拡充」という三つの柱からなるものでありますが、これは後述するように我が国の対ASEAN諸国との外交の座標軸にもなるものであります。

2.アジア・太平洋地域発展の原動力としての日本・ASEAN関係

御列席の皆様、

私は、昨年フィリピンを訪問して以来、アジア・太平洋地域の国々を訪れ、この地域の旺盛な活力にあらためて強く印象づけられました。21世紀においてこの地域が世界経済の発展の中心となり、世界の政治及び文化の上でこの地域の諸国が果たす役割が大幅に増大するであろうことは、いまや誰の目にも明らかであります。同時に私は、昨年の首脳会議を機に格段と強化された日本・ASEAN間の交流と協力の絆が、今後ともアジア・太平洋地域全体の安定と発展の原動力となってゆくことを確信しております。

こうした見地から、以下に私は、経済・政治・文化の3つの分野における日本・ASEAN協力関係のあり方について、私の考えを申し述べたいと思います。

3.経済面での協力

第1に経済面について申し上げます。

我が国は、ASEAN諸国との間で、経済構造調整を進めつつ、自由な経済交流を推進し、併せて経済協力の充実を図り、もってアジア・太平洋地域の経済活力を一層高めるよう努める所存であります。

(経済構造の高度化)

まず、注目すべきことは、アジア各国で経済構造の高度化が図られつつあることであります。

ASEAN諸国の経済は、1980年代半ばの停滞から総じて力強く回復しつつあります。これが、各国政府の輸出促進、民間活力重視、経済活動の自由化促進等時宜を得た政策によるものであることは申すまでもありません。

こうしたASEAN経済の発展に加え、アジアの新興工業経済、所謂NIEsの躍進、並びに日本の構造調整努力、更には円高の定着により、アジア・太平洋地域における投資の流れが急速に拡大しております。例えば、1987年度における我が国からASEAN諸国への直接投資は、前年度に比し件数で95%、金額で78%増加し、また、アジアNIEsからASEAN諸国への投資も増加しております。このような投資の流れにより、ASEAN諸国、アジアNIEsそして日本の間で重層的な国際分業と、これによる各国における経済構造の高度化が進んでおります。

「ASEAN日本開発ファンド」は、こうしたプロセスを資金面で促進する役割を果たすものでありますが、技術移転の面でも、経済構造の高度化を促進するための積極的な措置が求められております。このため私は、新たに産業技術移転計画を進め、我が国民間企業の経営・生産技術の専門家をASEAN諸国の政府機関に派遣したいと考えます。この計画は、従来の技術協力の場合とはいささか趣を変えて、各国の民間企業に対する我が国の専門家の巡回指導等により、民間部門への技術移転に直接的な形で貢献できるようにすることを目指しております。

(自由貿易の推進)

ASEAN各国の経済構造の高度化と一層の成長を達成する上で、ASEAN諸国の輸出、特に製品輸出の拡大が重要であります。

我が国は、ASEAN諸国をはじめてする開発途上国からの輸入拡大に努力しており、昨年はASEAN諸国からの製品輸入を前年に比べて48%増大させました。この傾向を一層促進すべく、本年4月には、鉱工業品のGSPのシーリング枠を拡大したところであり、また今後ともASEAN貿易投資観光促進センターを通じる輸入拡大のための協力を進める方針であります。

更に輸入の拡大を目指す我が国は、内需主導型の成長に努力しており、1987年度の内需の寄与度は6.0%、これが外需のマイナスを補って、GNPの成長率が4.9%になるという、明確に内需主導型の成長を実現しました。そうした中で昨年の我が国の総輸入は、ドルベースで18%増加し、特に製品輸入は25%増加しました。この結果、貿易黒字額は、過去5年間で初めて対前年比で減少を記録しました。

(経済協力)

日本・ASEAN経済関係において、経済協力は依然として中心的な役割を果たしております。

我が国は、「国際協力構想」の柱の一つである「開発援助の拡充」という基本方針の下、先月、政府開発援助の新たな中期目標を設定し、本年より1992年までの5年間のODA総額を、これまでの5年間の2倍以上に当たる500億ドル以上とするよう努めることとしました。近い将来世界最大規模の援助供与国となる我が国としては、援助をより一層相手国のニーズに合致した、効果的なものとしてまいります。

こうした中で、我が国は、ASEAN諸国を今後とも我が国の経済協力の最も重要なパートナーとして位置付けていくとともに、各国の経済の実情と発展段階に適切に対応した協力を進めていく方針であります。具体的には、我が国は、「ASEAN日本開発ファンド」に見られるとおり、ASEAN諸国の民間経済部門の発展と、ASEAN地域協力の促進に向けての自助努力に協力してまいる考えであります。更に、債務累積等の経済困難に直面している国々に対しては、構造調整の状況、債務負担の状況を踏まえつつ、経済政策支援のための借款の供与や、ローカル・コスト融資の弾力的な実施を考慮する所存であります。技術協力についても、ASEAN諸国の多様なニーズに対応すべく、先進技術の分野も含むきめ細かな協力を実施いたします。

また、我が国は、援助の質の改善にも努力してまいります。我が国が昨年に引き続き先般円借款の金利を再度引き下げる方針を決定し、また一層のアンタイ化を図っているのもその具体例であります。

4.平和と安定への協力

第2は、政治外交面についてであります。

「平和のための協力の強化」をはかる我が国としては、アジア・太平洋地域そして世界の平和と安定に貢献するため、ASEAN諸国との対話と協力を一層進めていきたいと考えます。

我が国は、自由世界第2の経済力を有しながら、軍事大国への道は断固としてこれを排し、専守防衛に徹するという歴史上他に例を見ない道を歩んでおります。この政策は、過去の歴史への深い反省と他国に脅威を与えるような国にはならないとの決意に基づくものであり、このような政策は、我が国国民の広範なる支援を得ております。

我が国は、こうした立場に立って、アジア太平洋地域を初めとする世界全体の平和と安定のため、非軍事的な手段により可能な限りの貢献を行う決意であります。すなわち我が国は、経済分野での貢献を更に推進すると共に、今後は、地域紛争の解決や緊張の緩和を目指した政治、外交面での新たな形の貢献を行っていく方針であります。

先般のトロント・サミットにおいても、我が国は、カンボディア問題、ソウル・オリンピック等に関するアジア諸国の立場につき参加各国の理解を深めるよう努めたところであります。

私は、以下に主要な政治問題についての所見を述べたいと思います。

先ずカンボディア問題については、昨日申し述べた通り、カンボディア人の自由と独立回復のため公正な政治解決が図られることが肝要であり、我が国としては、ASEAN諸国並びにシハヌーク殿下の和平努力を支援し、和平実現に向け積極的に貢献してまいりたいと考えます。

朝鮮半島情勢については、韓国において、目覚ましい経済発展と憲法改正、史上初の平和的政権委譲の実現など、安定化へ向けた好ましい動きが見られます。当面大切なことは、9月のソウル・オリンピックを成功させて、同半島の安定を一層確かなものとすることであり、そのためには、安全対策等の面で各国の協力が不可欠であります。また、オリンピックが成功裡に実施された暁には、朝鮮半島の緊張緩和の進展にとって好ましい情勢が生じることが期待されますが、日本やASEAN諸国としても、南北対話促進のための環境造りが重要との観点に立って、緊密に協力しつつ可能な限りの努力を行っていくことが適切と考えます。

1986年7月、ゴルバチョフ書記長は、ウラディオストック演説で太平洋地域との関係強化の意欲を示し、ソ連は、現在、同地域諸国への外交的な働きかけを強めております。また同国は、INF合意、アフガニスタン撤兵等に見られるように、従来とは異なるダイナミックな政策を展開しております。私は、ソ連の政策のうち肯定的な面は正当に評価するものでありますが、他方において、ソ連の体制、政策に不変の部分があること十分認識して、日本とASEANは、同国に対して、引続きアジア・太平洋の平和と安定に資する具体的行動を取るよう求めていくことが必要だと考えます。

このような状況に鑑みれば、米国のアジア・太平洋地域におけるプレゼンスを通じる有効な抑止力の維持は、同地域の平和と安定にとって引き続き極めて重要であります。日米安全保障体制下での米軍の日本駐留も、我が国の安全のみならず、極東の平和と安全にも寄与することを目的とするものであり、こうした見地から我が国は、接受国支援の拡大等により、米軍の日本での駐留を容易にするよう努めております。

他方、中国においては、経済建設重視の改革・開放路線が、本年3月の全国人民代表大会でも再確認されました。この路線が維持されることは、アジア・太平洋の平和と安定にとって極めて重要であります。我が国が中国の近代化努力に対し、出来る限りの支援を行っていく方針をとっているのも、こうした見地からにほかなりません。8月末には竹下総理の中国公式訪問が予定されておりますが、この機会に我が国は改めてこのような方針を明確に打ち出す考えであります。

以上申し述べた通り、日本及びASEAN諸国を含むアジア・太平洋諸国の安全は、相互に密接不可分となっており、これを守るためには、各国間の政治面での対話の緊密化とこれに基づく協力の強化が是非とも必要とされます。私は、この見地からも、このASEAN拡大外相会議の果たす役割は、いよいよ大きなものとなっているものと考えます。

また、日本とASEAN諸国のと間には、各種の官民のフォーラムが設立されておりますが、今後こうしたフォーラムにおいて、アジア・太平洋の平和と安全の問題についての意見交換を一層活発に行っていくことが望まれる次第であります。

5.文化・人物交流の推進

最後に、文化交流の分野についてであります。「国際文化交流の強化」は、我が国が国際協力構想の柱の一つとして努力しているところでありますが、ASEAN諸国との間では、「日本・ASEAN総合交流計画」の下、双方通行の人物・文化交流を積極的に推進してまいります。

日本とASEAN諸国の関係が一層心のかよったものとなるためには、双方間で近年急速に増大している貿易・投資・観光等の面の交流に見合った人物・文化面での交流の促進が必要とされています。また、従来の日本・ASEAN間の文化交流は、ともすれば日本文化のASEAN諸国への紹介に偏りがちでありましたが、今後はASEAN文化の日本への紹介にも重点が置かれるべきでありましょう。

既に本年4月、日本・ASEAN総合交流計画の一環としてASEANの伝統スポーツである「セバ・タクロー」のチームを我が国に招待しました。更に、日本で初めてのASEAN映画際の開催を予定しており、またASEAN諸国の諸分野の芸術家等を招待する計画であります。

また、昨年竹下総理より、「21世紀のための友情計画」を来年より更に5年間延長することを表明したしましたが、そのプログラムの内容についてはASEAN諸国の要望をもふまえ、更に充実したものにしたいと考えております。

我が国は更に、ASEAN諸国を始めとする諸外国からの留学生に対し、受け入れ体制の充実に努めていく方針であります。

こうした日本・ASEAN間の双方通行の文化・人物交流が更に拡大し、それを核として、アジア・太平洋地域全体の多様性豊かな諸文化の間の実り多い交流が促進されることを強く期待いたします。

6.結び

御列席の皆様、

以上申し述べたことを、ASEAN諸国との関係における我が国の三つの基本政策として取りまとめれば次の通りであります。

即ち、第1に、ASEAN諸国の間で経済構造の調整、自由貿易の推進及び経済協力の充実に努めること。

第2に、アジア・太平洋の平和と安定に係る諸問題についてのASEAN諸国との対話と協力を緊密化すること。

第3に、「日本・ASEAN総合交流計画」に基づき双方通行の人物・文化交流を積極的に推進すること、であります。

これらのいずれの政策も、日本・ASEAN関係の強化にとどまらず、それを通じアジア・太平洋地域ひいては世界の平和と繁栄に貢献するものであります。日本・ASEAN関係は、同地域の諸国家間の協力のモデルとなり、地域の発展の原動力となるべきであると信じます。

本日の日本とASEANの対話は、こうした協力関係を推進する上で、かけがえのない機会であり、出席のASEAN各国の同僚の皆様よりの忌憚のない御意見を期待してやみません。