データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 人見大使主催午餐会における園田外務大臣スピーチ

[場所] バンコク
[年月日] 1978年6月19日
[出典] 外交青書23号,340−343頁.
[備考] 
[全文]

御列席の皆様

 今回,タイ国政府の招待によりバンコックを訪れた機会に,タイ国の各界の指導層の方々とお会いしますことは,私の深く喜びとするところであります。

 特に,本日は,私にとつて,生涯忘れ得ぬ日となりました。私は,今朝,タイ国で最も伝統があり,かつ最も権威のあるチュラロンコン大学より,栄誉ある名誉博士の学位を授与されました。身に余る光栄であります。

 同じアジアにあつて,変化の激しい国際情勢の中で,終始独立を保持し,輝かしい歴史と伝統を築いて来られたタイ国の国民に対して,日本国民は深い敬意と強い親近感を抱いております。それ故にこそ,私の本日の感激には,一層強いものがあります。

 私は,本日の感激を胸に秘めて,われわれ両国民の友好関係の一層の進展のために努力する決意を新らたにしております。

御列席の皆様

 私は,昨年8月,福田総理大臣に随行して,タイ国をはじめとするアセアン諸国及びビルマを訪問いたしました。この歴訪は,わが国とこれら諸国との間に新しい協力関係を築くための記念すべき第一歩でありました。それから約1年を経た今,特にわが国とアセアン諸国との間で,この新しい協力関係の確立に向かつて歩を進めるための誠心誠意の努力が続けられております。その見地から,今回,私に,パタヤにおいてアセアン諸国の外務大臣の皆様方と会談する機会が与えられ,そして,バンコックにおいてタイ国王陛下に拝謁を賜り,また,クリアンサック首相以下タイ国政府要人の方々と会談する機会が与えられましたことは,極めて意義深く,喜びとするところであります。

 更に,本日,こうして皆様方と親しくお話をする機会を持ちますことも,また,タイ国と日本のより良き将来のために,共に考え共に努力しようという,われわれ共通の気持の表われと思つております。

御列席の皆様

 わが国と東南アジア諸国との間の新しい協力関係については,私は,真に対等の立場に立つてお互いに助け合い,補いあつて,共にそれぞれの発展と繁栄を図ることを基本目標にすべきであると考えております。そのためにはアジア人の「心と心の触れ合い」を具体化することから始めなければなりません。

 アジアは多様性に富んだ地域であります。外見上の類似性にも拘らず,それぞれの国において個性豊かな生活が営まれております。

 このアジアにおいて,第一に,我々は,それぞれの国の違いを認識し,尊重し合い,その上に共通点を見出し,共に語り,共に悩み,共に助け合う過程を通じてお互いの国と国民の間に相手として欠くべからざる関係を築くことこそを目指すべきだと考えるのであります。

 私は,加盟国の独自性を前提として,それぞれのナショナリズムを尊重しつつ,相互間の連帯を強化し,もつて地域の一体性を求めようとしているアセアンの歴史的な試みの中に,「このアジア人の心」の鼓動を強く感じ取つております。

 私は,わが国とアセアン諸国との関係も,基本的にこれと同じ心に立脚したものとしなければならないと考えております。

 第二に,アジア諸国の関係は,相互扶助の精神でお互いに相手の立場に立つて協力することが,その基本でなければなりません。これこそが,われわれアジア人が培つて来た本来の「アジア人の心」であります。私はわが国とアセアン諸国との関係を具体的に考えるにあたつて,常に,「アセアンのためにわが国は何をなし得るか」ということから考え起こすこととしております。

 第三に,アジアの諸国間の関係は,単に物質的な面での協力関係にとどまつてはなりません。物質的な充足よりも精神的な豊かさを重視することは,「アジア人の心」の神髄であります。われわれは,お互いの関係を,学術,文化,教育,スポーツ等を含めた幅広いものとし,それらを通じて,精神的な面での豊かさ{前3文字強調}で裏打ちされた関係にしなくてはなりません。

 これまでのわが国と東南アジア諸国との関係をみると,経済や貿易を中心とする物質的な関係が先行しております。私は,精神的な豊かさで支えられた関係を築くための努力にこそ最も高い優先度が与えられるべきであると思います。このことは,決して物質的な面における協力関係を軽んずるという意味ではありません。私は,経済や貿易を真に実りあるものとするためにも,精神的な豊かさに一層力点を置いた関係を築くために,従来以上に格段の努力を払う必要があることを強調したいのであります。

御列席の皆様

 私は,以上述べましたような考え方から今後わが国の東南アジア諸国に対する政策を企画し,遂行して行くにあたつて「アジア人の心」を重視して参りたいと思います。そして,そのための具体策として,私は,今ここで次の3つの分野に重点を置いた施策を講じることを提案したいと思います。

 第一は,文化の分野であります。

 お互いに相手の文化を理解することは,お互いの立場の相違を正しく理解し,相手の立場を尊重する心をはぐくむための出発点であります。

 私は,昨日,国立博物館を訪れましたが,そこに展示されているわが国でも名高いスンコロクやきを初めとする数々の文化財を見て強い感銘を受けました。私はこのような価値ある文化財はより多くの人々,なかんずくアセアン諸国の人々によつて,共通の資産としての誇りをもつて鑑賞されてしかるべきものであるとの感を深めた次第であります。

 わが国が,アセアン諸国の間の文化交流を進めるための基金として,50億円の拠出を行うことといたしましたのも,真の相互理解を深めるために文化面での交流が不可欠であるとの考え方に立つものであります。

 私は,わが国と東南アジア諸国との間の文化面での協力についても,芸術家の交流から文化財の保護,修復に対する協力まで幅広い分野で,努力を一層強化して参る決意であります。

 タイ文化の源流ともいわれるスコータイ文化の遺跡保存についての計画が検討されていると承知しておりますが将来ユネスコ事業として本件遺跡保存計画が具体化した暁にわが国としてもこれい協力することを検討して参りたいと考えております。

 第二は人造りの分野であります。

 国造りの基礎は人造りにあることはいうまでもありません。私は,将来の世代を育てることこそ政治家の最大の使命であると考えております。

 わが国は,この見地から,東南アジア諸国の国造り,人造りに積極的に協力することをその重要政策としておりますが,私は,心の交流を重視する見地から,特に,技術協力と教育協力を重視して参りたいと考えます。技術協力について申すならば,人と人との直接の接触によつて行われるという技術協力の本来の性格上,単なる技術の移転{前5文字強調}という問題を超えて,人と人との心の交流,さらには,その人の背後にある各々の文化,伝統,習慣等についての理解にまで踏み込む効果があることに注目しております。私は,この点に着目して,東南アジア諸国に対する技術協力を一層拡充強化して行く決意であります。

 例えば,現在タイ国において最も重視されている分野の一つである農村開発を例にとつて見ましよう。私はこのような分野においては,技術協力と資金協力とを結びつけた形により,心の通つた協力を行うことが必要であると考え,それを具体化するための総合的な計画を検討しているところであります。このような民衆の生活に密着した形での協力は,我々の目指す「心と心の触れ合い」を大切にする新しい協力関係の趣旨に合致するものと考えます。

 また,教育協力の面では,わが国は,文化人,留学生等の交流のほか,例えばモンクット王工科大学の拡充への協力のように,東南アジア諸国の国民に対して,より多くの,かつ,すぐれた教育の機会が与えられることを重視しております。私は,この面における協力についても,一層の強化を図る所存であります。

 第三は,青年交流の分野であります。

 わが国国民と東南アジア諸国の国民との友好関係は,将来の幾世代にもわたつて積み重ね,深めて行くべきものであります。私は,日本と東南アジア諸国の将来の世代が,相互により一層理解しあい,協力しあうことを可能にするための基礎をつくることは,我々の世代の使命と考えます。私は,このような基礎の上に,若い世代の中に新しいアジアの市民精神とも言うべき花の咲くことを期待しております。

 この見地から,私は,青年の交流の機会をより一層増大するため,新たな視点からアセアン諸国との青年交流の拡充についての具体策を検討しているところであります。

 日本政府は,今般,タイの大学に対し,日本語の視聴覚教育のための機材等を中心に20万ドル相当の贈与を行うこととしました。これも,わが国とタイ国の青年の相互理解を促進する上で,言語という壁を取り除くことに少しでも役に立ちたいとの考えに立つたものであります。

御列席の皆様

 私は,文化の面での協力,人造りのための協力,青年の交流を3本の柱として,わが国と東南アジア諸国との間に「アジア人の心」に立脚した新しい協力関係を築いていきたいと考えております。

御列席の皆様

 私は,こうした努力を通じて,将来に向かつて,「新しいアジアの市民精神」とも言うべき共通の心が培われて行くことを強く念願しております。

御列席の皆様

 この目的のために,われわれは共に努力しようではありませんか。

 なお最後に,タイの安全と繁栄は即ち日本の安全と繁栄であるということを付け加えたいと思います。

 ありがとうございました。