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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] シンガポールのリー首相主催の晩餐会における福田内閣総理大臣スピーチ

[場所] シンガポール
[年月日] 1977年8月14日
[出典] 福田内閣総理大臣演説集,115−118頁.
[備考] 
[全文]

 リー・クアン・ユー首相閣下、令夫人並びにご列席の皆様

 この程、リー首相の御招待により、念願のシンガポール訪問が実現しましたことは、私及び私の妻の最もよろこびとするところであります。本夕は、私どもの一行のために、かくも盛大な晩餐会を催していただき、深く感謝致しております。

 先般、リー首相が日本を訪問されましたときは、私もささやかな歓迎の宴を張ったのでありますが、その際リー首相は、私がどういう料理には手を出し、どういうものには手をつけなかったかを、仔細に観察しておられたということを、最近もれ承りました。

 本席が日本食のメニューとなる場合は、私の好物をとりそろえようとのご配慮であったとのことであります。私はこのようなリー首相の私に対する思いやりと物事に対する細心のご配慮ぶりに感激し、また感銘も受けた次第であります。

 今夕は、日本料理でも、中国料理でもとのリー首相のお申し出に対して私は中国料理を所望いたしました。本場のシンガポールに来て中国料理を賞味しないで帰ったのではやはり後々心残りすることになろうと思われたからです。

 本席はおかげさまで私も妻も大変おいしくいただきました。

 さて、私は本日、当地に着いてから、ここ迎賓館に参ります途中、立ちならぶ高級住宅群、緑あふれる清潔な街並、それにもまして活気あふれて立ち働くシンガポールの人々の姿に強く印象づけられました。

 このシンガポールの発展の成果は、さきほども申し述べたリー首相の将来の事態を先どりする卓越した指導力と、シンガポール国民の有能で勤勉な資質に負うところであることは、申すまでもありません。私は、リー首相が一九五九年に首相に就任されて以来十八年間の長きにわたり、シンガポールの工業開発、国民の生活向上につくされ、今日の如き繁栄をもたらされましたことに、心から敬意を表したいと思います。

 リー首相は、おりにふれて、日本の近代の発展や、日本の勤労者の働きぶりに学べしということを言っておられますが、私は、日本もまた、シンガポールから学ぶべきものが多々あるのではないかと考えております。安定した物価、ゆきとどいた住宅政策などはその一例でしょう。私自身もリー首相に及ばない点があります。私は先日多大の奮闘努力の結果、ようやく参議院選挙において、過半数の議席を確保することに成功致しました。しかし、リー首相の率いられる人民行動党の成績を百点満点とすれば、私はようやく五〇点の合格ラインに達したばかりということであります。

 私は、リー首相と三か月ほど前にも東京でお会いしましたが、同首相の視野の広い高い識見と強い信念にあらためて感銘を受けた次第であります。リー首相は、既に七回も訪日されており、ASEAN諸国首脳のうちでも、わが国に最もなじみの深い方の一人だと思います。私は、首相に就任して以来、出来るだけ早い機会にそれとの関係が日本の外交の主柱である東南アジアの国々を訪問したいという強い願望をもっておりましたが、今般、クアラ・ルンプールにおけるASEAN諸国の首脳との会談の後、個別にASEAN諸国とビルマとを訪問する機会を得ました。私はこの機会に東京での会談に引続き、世界及びアジアが直面している多くの問題につき、リー首相と再び率直かつ忌憚の無い意見交換を行うことを、無上の喜びとしております。

 両国は、ともに資源に恵まれない海洋国家であり、その経済発展を工業化と貿易に依存しているという、共通の基盤を有しております。最近、国際経済上の諸問題についても、ナショナリスティックな傾向が強くなっておりますが、私は、これを放置しておきますと、世界全体にとり、深刻な政治的社会的影響が出て来ることを憂慮しているものであります。このような情勢においてこそ、両国は、自由貿易体制と海洋の自由の維持のために、力を合わせて最善の努力を払わねばならないと信じます。この点において、リー首相の如き同憂の士と見解を共に出来るのは、心強い限りであります。

 現下の国際情勢下においては、日本とASEANとの相互依存度は、ますます強くなって行くことと思います。クアラ・ルンプールでも、ASEAN首脳と親しく話し合う機会を得ましたが、日本はアジアの平和的な発展のために、ASEANの進めている域内協力に対し、積極的な支援を行う決意であります。更に私は、日本とASEAN諸国が、単に貿易及び経済協力の分野にとどまらず、学術、文化等の分野においても、心と心の通い合う親密な関係を築き上げるべく努力して行きたいと考えております。

 極めて短時日のシンガポールでの滞在ではありますが、大変愉快に過ごしております。私と妻並びに随員に対して寄せられている数々のおもてなしに対して深く感謝いたします。

 このご挨拶を終えるに当たり、私はご列席に皆様とともに杯をあげて、大統領閣下及び首相閣下のご健康とご幸福を祈念し、シンガポール国民の一層の繁栄と幸福のため、乾杯致したいと存じます。

 乾杯!