データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第9回東南アジア開発閣僚会議における木村外務大臣演説

[場所] マニラ
[年月日] 1974年11月14日
[出典] 外交青書19号,67−72頁.
[備考] 
[全文]

 議長,代表各位,御列席の皆様

 私は最初に閣下が第9回東南アジア開発閣僚会議議長に全会一致で選任されましたことを,心からお祝い申し上げます。また開会に当りマルコス閣下の御出席を得て現在われわれの直面する諸問題をめぐるフィリピン政府のお考えについて,感銘深いお話をうかがえたことについて,心からの謝意を表明したいと思います。それとともに,私は今次会議開催準備のために,フィリピン共和国政府が払われた御努力並びにわれわれ参加国代表団のために示されたあたたかい接遇に対し,深い感謝の意を表明いたしたいと存じます。また,この機会に参加各国の有力な指導者の方々にお会いできたことは私の最も欣快とするところであります。

 昨年10月,東南アジア開発閣僚会議が第8回会議を再び東京で開催してから丁度1年を経過しましたが,この1年間は世界の経済にとり激動の日々でありました。

 エネルギー危機,食糧の需給の逼迫と価格の高騰,インフレーション,国際収支の悪化,景気の低迷,これらの現象は,先進国,開発途上国の区別なく多くの国に大きな影響を与え,なかんずく,開発途上国の開発にとつては種々の障害をもたらしています。しかし,この1年間に見られた困難は,同時に,今日の世界がいかに狭く,相互依存の関係がいかに深くなつているかをわれわれに改めて想起させるものでありました。今日の世界経済の直面している問題は個別の国がそれ自身の問題として解決し得るものではなく,国際協調と協力の中にその解決を見出して行かなければならない性質のものであります。

 東南アジアの平和と繁栄とわが国の平和と繁栄とは互いに切り離し得ない密接な関係を有しております。わが国は,この地域の諸国のそれぞれの自主性を尊重するとともに,これらの諸国との相互理解を一層増進し,もつてこれら諸国との間における平和と繁栄を分ち合う良き隣人関係の促進強化に努めることを外交の基本方針としております。また,この地域の平和と繁栄の基礎となる福祉と開発のために出来得る限り最大限の協力を行つて行くことはわが国の大きな外交的使命の一つであります。

 わが国は,地域的連帯および協力の精神がこの地域全体の平和と繁栄の達成に貢献するものであると確信しております。かかる観点から,わが国は,東南アジア地域においてはASEANが地域の平和と安定の確保のために果している自主的努力を高く評価するものであります。

 田中総理が,本年1月及び10月より11月にかけてこの地域の諸国のいくつかを訪問いたしましたのもまさにこのようなわが国の外交の基本方針に基づくものでありました。ここに,これら諸国が,田中総理一行に示された歓迎に対し,わが国の心からの謝意を申し伝えたいと存じます。

 東南アジア開発閣僚会議は,今や,これら諸国間の共通の資産となり,この地域における協力を推進するにおいて重要な役割を果すにいたつております。

 先ず第1に,開発閣僚会議は,地域の開発問題につき閣僚レベルで卒直な意見交換を行う場を提供して来ております。わが国は開発閣僚会議のかかる機能に大きな評価を与えており,今後とも開発閣僚会議がかかる機能を維持,発展させて行くことを期待しております。

 昨年の第8回開発閣僚会議より,地域の開発に対し援助国としての立場から寄与するとの意向をもつて豪州及びニュー・ジーランドが参加されました。このことは,開発閣僚会議にとつて大きな意義があるばかりでなく,地域の開発における両国の役割が期待されます。開発閣僚会議の参加国は東南アジアの安定と繁栄に共通の関心を有するばかりでなく,世界の平和と繁栄にかかわる諸問題についてもお互いの意見を交換するに適した友好国であります。かかる構成の参加国間で,地域の重要な関心事である開発問題につき,定期的に閣僚レベルで対話と意思の疎通をはかることは,地域の連帯感を強化し,協力を促進し,地域の安定と繁栄に貢献するところ大なるものであると確信しております。また,かかる友好国の閣僚が一堂に会することは,単に厳格な意味での開発問題にとどまらず,参加諸国の共通の関心事についての対話と意思の疎通を通じてこれら諸国間の友好関係の緊密の度を深める機会を提供するものでもあります。

 第2に,開発閣僚会議は,地域の開発を促進するために有効な地域協力事業を企画し,実施する母胎として役割を果して来ており,この役割は今後とも開発閣僚会議に期待されるものであります。

 わが国としましては,新たな地域協力事業を開始するに際し考慮すべき一連のガイド・ラインの一つとして次のことを考えております。

 すなわち,地域協力事業としての実質を備えるためには開発閣僚会議の参加国のすべて,あるいは,少なくとも大多数の国がその地域協力事業に参加し,活発な協力と積極的な支援がこれに与えられる見込みがなければならないということであります。これとの関連で,東南アジア医療保健機構設立の問題に触れておきたいと思います。この地域協力事業は日本が設立を提唱し,設立準備に必要と考えられるイニシアティブを執つて来ました。同機構設立の問題は数度にわたり開発閣僚会議の場でも検討され,かかる地域協力の有用性については意見の一致が見られたものであります。開発閣僚会議参加国の意向が東南アジア医療保健機構を地域協力としての実質を備えた事業として設立しようというものであれば,わが国はこれまで表明してきた積極的な協力と支援をこの機構に与える用意がありますが,この機構の設立を推進すべきか否かは開発閣僚会議参加国全体の意向にかかつていることを申して置きたいと思います。

 地域協力事業に触れた機会に,東南アジア農業開発専門家会合について述べて置きたいと思います。本年10月1日より3日まで東京において開催されましたこの専門家会合の詳細につきましては,別途報告がなされることとなつておりますが,この会合におきましては,東南アジアの農業開発にかかわる問題点及びその解決策につき専門知識に基づく活発な意見交換が行われました。その結果,専門家会合はかかる意見交換が極めて有意義なことを認め,開発閣僚会議が望むところに従い今後とも専門家会合が開催されるべきであるとの勧告を行つております。最近の食糧問題はもとより,地域の経済及び社会にとつての農業の重要性に鑑み,農業開発の分野は,開発閣僚会議及びその下における地域協力においてこれまで以上に力が入れられて行くべき分野であると考えます。

 さて,今回の開発閣僚会議の議題には,「開発閣僚会議の役割と範囲のレヴュー」があり,同議題の下で,今後の開発閣僚会議の機能についての具体的討議が行われることとなつておりますが,わが国としましては,開発閣僚会議の機能として地域の連帯感の強化に資するとの観点から評価できる提案には積極的に対処して行きたいと考えております。

 わが国の経済協力の実績を見ますと,1973年においては飛躍的な拡充が見られました。すなわち,開発途上地域に対する資金の流れ総量で見る時,58.4億ドル強となり,これはGNP比で1.42パーセントに当たります。わが国が,第5回開発閣僚会議において,1975年までにGNP比1パーセント目標を達成するための努力を行う旨表明しましたことを御記憶かと思いますが,これを大幅に上回るものであります。また,このうち,政府開発援助をとつて見ますと対前年比65.4パーセント増加し,10億ドル余となりました。2国間政府開発援助に占める東南アジア地域の割合は53.8パーセントで,わが国援助の地域的配分が開発途上国全般に拡大されつつある傾向の中にあつて東南アジア地域は依然として極めて大きな重点が置かれている地域であります。政府開発援助の援助条件におきましても,贈与の増大及び借款条件の緩和の両面より,前年に比し大きな改善が見られております。また,アンタイイングにつきましては,国際機関拠出がすべてアンタイされておりますほか,一部のアジア諸国に対しては2国間政府借款はアンタイ化されました。経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)において本年6月開発途上国アンタイの了解覚書が採択されました際にはわが国はこれに参加し,明年1月1日より2国間政府借款を原則として開発途上国アンタイで供与することとしております。

 最近の情勢により最も影響を受けた開発途上国に対する国連の緊急援助については,わが国は,これら諸国に対する過去1年間の援助実績に加えて1億ドル以上の援助を供与することを表明し,これを実施しつつあります。

 経済開発における国際機関の役割は重要でありますが,開発閣僚会議の発足とほとんど時を同じくして設立されたアジア開発銀行が着実な成長を遂げ,地域の開発にとり大きな成果をもたらす活動を行つていることは真に喜ばしい限りであります。同銀行が緩和された条件の開発融資をこれまで以上に供与できるようにするため設立されました「アジア開発基金」は6月下旬に発足しましたが,わが国はこの当初3年間の所要資金のうちその3分の1強に当たる1億7,700万ドルを負担することとしております。

 わが国のこれまでの経済協力の実績はこのように拡充されてきましたが,他方,日本はエネルギー問題において先進国の中で最も大きな影響を受けた国の一つであり,その直面する困難には大きなものがありますが,政府開発援助の拡充を中心として,開発途上国の開発努力に対する協力を能う限り進めて行きたいと考えております。

 開発途上国の開発努力に対するわが国の協力を一層効果的なものとし,また,多様化しようとする努力の一つとして,本年8月の国際協力事業団の発足があります。これは,従来政府間ベースの技術協力を実施してきた海外技術協力事業団(OTCA)等の機関を統合し,これら事業団からの業務を引継ぐほか,開発途上地域等の社会の開発並びに農林業及び鉱工業の開発に協力するための新規の業務を加えて設立されましたもので,開発途上地域等の経済社会の発展に寄与し,国際協力の促進に資することを目的としております。同事業団の設立により,技術協力は今後ともわが国が開発途上国の開発に協力すべき重要な分野の一つとして強化されることとなるのみならず,新規の業務として,開発途上国等において,技術の開発・改良を伴う試験的事業を行う場合,又は開発事業の関連施設であつて周辺の住民の福祉に役立つものをつくる場合に資金を供給することにより,政府ベース協力と民間ベースとの連携,あるいは資金協力と技術協力との結びつきを強化し,もつてわが国の経済協力が受入国の経済社会開発に真に寄与するものとなり,東南アジア諸国の国造りの努力に一層の貢献ができるものと期待されます。

 私は,また,2年前に設立された国際交流基金が日本と世界各国との交流に努めていることにも付言したいと思います。わが国としましては,東南アジア諸国を重要な対象とし,日本文化の紹介のみならず,相手国文化の日本における紹介,文化面での協力に努力しており,今後ともかかる活動を強化拡充する所存であります。

 次に,開発途上国が自立的経済発展を遂げていくために必要不可欠である貿易についてわが国の政策の一端を述べたいと思います。

 わが国は,とくに東南アジアその他の開発途上諸国との貿易拡大の必要を重視しております。この観点から,わが国は開発途上国に対する一般特恵関税制度を実施しており,今後さらにこの制度の一層の改善に努める方針であります。また,本閣僚会議の地域協力事業として,1972年,東京に設置された東南アジア貿易・投資・観光促進センターが,輸出産品の開拓,各種協力事業等を通じ,東南アジア諸国からの対日輸出促進のため努力を行つていることを評価するものであります。

 さて,我々は7年振りに開発閣僚会議のためマニラに参集しております。7年間にケソン市のS・S・Sビルにて第2回開発閣僚会議が開催されました際には,開発閣僚会議の機能も未だ定着したものではありませんでした。今や,開発閣僚会議は地域諸国間の連帯と協力の強化のための対話と協議の場として定着しております。今後開発閣僚会議の機能がさらに強化され,東南アジアの福祉と開発に貢献する役割をますます発展させて行くことを衷心より期待するものであります。

 御静聴を感謝いたします。