データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 我が国の防衛構想と防衛力整備の考え方

[場所] 
[年月日] 1974年6月
[出典] 久保卓也遺稿・追悼集,58−86頁.
[備考] 
[全文]

 はしがき

1 四次防までの我が国の防衛構想については,防衛庁なりに立論されているが,それは防衛庁の立場上軍事的観点が中心となっている。国内外の諸情勢が大きく変動しつつある今日,四次防以降の問題を検討するにあたっては,改めて原点に立ちかえって防衛問題を考えてみる必要があるのではなかろうか。

2 従来の防衛カ整備計画においては,防衛カの数量的なものが先行し勝ちになり,現実的かつ具体的な防衛構想との関連が不明瞭であった嫌いがある。本来,我が国安全保障政策があり,防衛構想があり,それを受けて防衛力の規模,内容が論ぜられねばならない。四次防以降においても相当大きな経費が防衛費に投ぜられるであろうし,自衛隊をめぐる諸環境にも厳しいものがあろう。幸い時間のあることであるから,国民の多くの人に受け容れられ易い防衛論,防衛構想について練っておく必要があろう。

3 本論は以上のような見地から一つのアプローチを試みたものであって,議論の材料を提供しようとするものである。本論の性質上第一〜三の論述は簡略にし,第四以降は比較的詳しく書いておいた。また議論が本筋からズレる恐れのないよう防衛カの整備目標の具体的内容については触れていない。

4 ものごとの検討の意義は批判に重点があるのではなく(それは学者,評論家,マスコミのすることである),より正しいもの,より妥当なものをクリエートするところにある。そのような検討を進めるのに本論がいささかでも寄与すれぱ幸いである。

 なお,本論は不十分なところを多く残していると思うがいずれ機をみて補完することとしたい。

一 防衛論,防衛構想再検討の必要性

基本的態度

(1)見通し可能な将来(一〇年程度)にわたって有用な考え方として把握する。一〇数年〜二〇年後に始めて有用になる考え方では当面の防衛カの説明にならない。

(2)軍事中心の防衛論であるよりは,広く安全保障の見地から防衛力を考えることとする。

諸条件の変化

(1)防衛カの国際政治上の役割

 我が国の防衛カについては,「何から何を守るか」が基本的課題であるとするのが伝統的発想である。これは軍事的発想であるといえる。しかし冷戦時代を越えて来た今日の我が国の防衛カは,軍事的役割以上に,より広汎な国際政治上の役割をもっているように思える。

(2)脅威の多様化

 国土,国民を守るべき対象としての脅威については,従来軍事的脅威を中心に捉えて来た。しかし今日,より身近かな脅威としては,資源問題,大規模の地震や火災等の災害,各種公害等がクローズアップされ,これに対処すべきことが要請されている。また,防衛カは脅威の最悪の事態たる武力侵略に対処できねぱならないが,同時にこのような広い脅威にも対応できることが望ましいのではないかという問題を生んでいる。

(3)国際情勢の安定化への傾向

ア 極限化しつつある核戦力のバランスを背景とする米ソの平和共存,中国の国際社会への参加,米中接近,各地域における対立国(群)の話合等が進められている。

イ 一九五〇年代まで顕著であった東西対立は,六〇年代から徐々に変化を見せ,七〇年代に入って,冷戦時代からの脱却が明白になりつつある。

ウ 以上から国際政治は,大勢的には,デタントと現状維持を指向しつつあるとみられる。朝鮮半島と台湾についてもこの路線上にある。

エ このような情勢に加えて,日本は,日米安保体制を軸に中ソとの協調を進めており,一方中ソ対立が持続している情勢の中で,日本をめぐる国際環境はより安定度を高めつつあるとみられる。

(4)軍事力(戦争)の意義ないし価値の相対的低下

ア 利権,国益の確保が,軍事力の行使以外の手段によって可能となりつつある。

イ 武力侵略に対する国際世論の批判が強くなっている。

ウ 従って,利権,国益の確保のための軍事力の行使は容易に行い難くなっている。(石油資源確保のためにでも軍事力を行使する場はなかった。)

エ このことは日本に対する武力侵略の可能性を減少させる一因になっているとみられる。

(5)人員,土地(施設)の取得難と価格の高騰

ア 人員,土地(施設)の取得難は明白になって来た。人員募集については今後一〇年位はほぼ横這い,土地については新しく取得することは極めて困難。

イ 人件費,物価急上昇に伴い,予算上の圧力が強い。財政枠の増大も期待は困難。

我が国安全保障の特殊性の再認識

(1)憲法上,国民感情上の制約

(2)国際環境

ア 日本と米中ソ3極との関係

イ 軍事大国に隣接するとともにアジアの一国であるということ。

ウ 島国という地政学上の特徴

(3)外国との間に軍事的紛争要因がない。

(4)国内の社会的投資の必要性の増大

従来の防衛論及び防衛カ整備の考え方の問題点

(1)軍事(戦争)は政治の一環であるにもかかわらず,政府の表明された考え方としては,従来の防衛論は軍事中心であるという印象を一般に与えている。

 また,防衛力と安全保障政策全般との関連が明瞭でないとの指摘が多い。

(2)所要防衛カを目標とすることについて

ア 所要防衛カの対象となる周辺諸国の軍事能力は本来特定しがたく可変的であるので,所要防衛力の算定は困難であるが,敢えて算定するとすれば何らかの前提をおくことになる。前提をおくということは,十分な防衛ではなく,相対的な防衛であるから,より低い防衛力をもつ場合とは,程度の差に過ぎなくなる。

イ 所要防衛カの算定が可能であるとしても,現在のような防衛費のペースでは,一〇数年以降であってもこの目標兵力には遥かに達しそうにない。しかも,この場合,正面兵力に着目し勝ちであるが,縦深性,抗堪性,補給能力といった戦闘能力全体に留意すると,周辺諸国の軍事能力に対応する力をもつことは,米国の支援を期待するにしても殆んど不可能に近い。いわんやこの兵力を維持するに必要な人員,土地(施設)の取得が困難であることを考えると,平時における防衛力整備の考え方としては,既に破綻しているといえる。

二 安全保障政策

 自衛隊の任務は,「我が国の平和と独立を守り,国の安全を保つこと」とされている。広く安全保障政策という場合,その目的は,「我が国の独立(自由)と安定(平和)と繁栄とを維持,発展させること」であり,そのためには,今日の国際環境において我が国は「国際平和の維持に寄与すべきもの」と理解する。このように考えた場合,安全保障政策として以下のようなものが挙げられる。

 政治的,社会的,経済的安定と発展

(1)この政策が基本であり,これを確保することによって,外国からの政治的,軍事的干渉,介入を避けることができる。

(2)治安の確保—国家,社会の秩序を維持し,国民を保護することであるが,アジアの幾つかの国の防衛カがこの面に向けられているのに反し,我が国においては警察力が信頼性のある力を既にもっている。

脅威の多様性の認識とその対応

(1)脅威の最悪のものは大規模な戦争であろうが,今日の国内外の情勢よりして,より身近かな脅威は,諸資源の補給の途絶,地震,火災等の大規模災害,各種災害等であり,国としては,これらに対する配慮を手薄くして,防衛力整備を手厚くすることはできない。その間に均衡を見出さなければならない。

(2)軍事的脅威以外の各種脅威が,より具体的かつ身近かなものであるとすれば,国土,国民を守るべき実力集団たる防衛カが,平時においては,そのような脅威にも対処できる能力をもつことが望ましい。

 また有事においては,防衛カは単に戦闘に挺身するのみならず,国民の避難,救護,災害復旧等国民そのものを守るべき分野においても活動できる配慮が必要であろう。この分野は予備自衛官が担当してよいかも知れない。

平和外交の推進

(1)善隣友好関係を進め,隣国との経済,技術,文化その他各分野での相互に入りくんだ協力,依存関係を樹立していく。相手の平和的協力を失うことがお互いに損であるという関係を多く作っていくということである。この点は友好国にとっても同断である。

(2)平和的姿勢の明示

 漸を追うて,核防条約の批淮,各種平和会議(軍縮会議)への参加,各種平和宣言等を行っていく。

(3)国連協力,アジアその他各地域に対する協力を行うことによって,国際世論を味方につけていく。

(4)国際平和への寄与

ア 日本の安全と発展は,国際平和の存続が大前提である。日本は今日大国としての評価を既に受けるに至っている以上,日本としては単に戦争のない状態即ち消極的平和を期するに止まらず,更に進んで戦争の起らないことを保証するような体制即ち積極的平和を建設する努力が望まれる。

イ この一環としてアジア安保体制の模索のための努力や将来の軍備管理への指向の努力も必要であろう。

ウ このような努力と成果は,日米安保体制からの発展であり,同体制に関する米国への報償ともなる。

(「過去における同盟は戦争の遂行を目的としていた。現代においてそれは戦争の抑止に役立って来た。将来においてそれは平和を促進することに努力を傾注しなければならない。」ブレジンスキー)

エ 各国とのコミュ一ニケイションの緊密化

日米安保体制の信頼性の向上

(1)同体制はかっての冷戦の所産から,今日の多極化し国際社会における,平和維持のための不可欠の構成要素になっている。従って,上記3(4)「国際平和への寄与」の努カは,同体制の信頼性の向上に役立つ。

(2)日米安保体制は,日米関係においては,政治,社会,経済,文化,軍事その他あらゆる分野における友好協力関係の基礎である。従って両国のコミューニケイシヨンを密にしつつ,友好協力関係を積極的に進めることが同体制の信頼性を高めることになる。

(3)我が国として妥当な防衛努力をし(従来の努力は米国にそれなりに評価されている),米軍の在日基地機能の円滑な運用を保証し,日米間の軍事的協力関係を確立することは,日米安保体制の信頼性保持のための必須の要件であろう。米軍への基地提供は,米軍を我が国の安全保障のしくみ内にとり込み,安全保障への保証となりうる。

軍事的脅威の縮減

(1)我が国の平和的姿勢を明示するとともに国際平和の維持,発展のための努力をする前記3「平和外交の推進」に述べた努力をすることによって,我が国に対する軍事的脅威の度合いを薄めていく。

(2)日米安保体制の堅持

 同体制は,日本に対する軍事的脅威について抑止力となるものであるが,同時にアジア諸国にとっては,日本が軍事的脅威を将来与える惧れがないようコントロールするものであるとも映っている。

(3)専守防衛の防衛カ

 防衛カは国の防衛のための抑止力であるが,具体的な軍事的脅威が予想されない時期においては,防衛カが他国に脅威を与えるものであってはならない。従って非核政策を堅持するとともに,過大でも,過少でもない防衛力であって,いわゆる専守防衛の適切な規模,内容の防衛カであることが,日本をめぐって国際緊張をもたらさない有力な一因となる。

国防努力

(1)国民の国防意識の高揚

(2)軍事的脅威に際して国民を守るための手順,手段の開発,準備

民防その他国防関連諸施策の検討と整備

(3)防衛カの整備

内容は後述

危機管理

(1)外国との間に危機が生じ,現実に武力侵略が発生するまでの間において,その危機をどのように処理して武力侵略の発生を防止するかという問題である。相手国とのやりとり,対内,対外の各種措置手段を含む。この問題の重要性を認識し,具体的な内容の検討が必要である。

(2)国連,国際勢力の活用

(3)対米関係

ア 情報の緊密な相互連絡

イ 早期協議の手順,方法の確立

ウ 日米の軍事的対応策

(4)国内措置

以上において考慮すべき事項

(1)政治と軍事との関係

ア 安全保障政策を考えるに当たっては,国の努力を先ず国際平和の確立に指向することに重点をおき,そのはね返りとして国の安全と平和が保持できるという思考方法をとる。(防衛カが不要ということではない。)

イ 軍事—戦争を政治の一環として把握する。(「戦争が政治の継続であることについては変化はない」ソコロフスキー)従って軍事—戦争を国際政治的立場から観察する。

ウ 抑止力の概念は軍事力を中心として考えられ易いが,抑止力として働く要因としては軍事力以外にどのようなものがあるかを追求する必要がある。また,防衛カ(軍事力)を単に抑止カとして捉えるのではなく,その今日の実態からいつて,平和維持機能として捉える必要がある。

(2)国の自主性の維持

ア 防衛カが皆無又は過小である場合は,わが国の安全保障は,全く他国の善意又はカに依存せざるを得ず,我が国の自主的な活動は著しく制約される恐れがある。反面独立した強力な防衛力が,我が国については不適当ないし不可能であるとすれば,米国との安保体制は選択される唯一の方策となる。しかしこの場合は,米国への依存関係と我が国の自主性の保持との間の調和調整が重要な問題となる。

イ 「自助の精神の育成が米国のアジア介入の新しい目的」(一九七〇年ニクソン教書)とされているように,防衛力についての無原則的な対米依存は,ニクソン・ドクトリンからも,事実上からも,更に国の自主性保持の上からも不適当である。従って我が国の防衛力は,一定の枠の中で有用性をもつものでなければならない。

(3)安全保障のための選択肢の多様化

ア 国の安全保障のためには,とるべき手段をできるだけ多くもつ(選択肢の多様化)方がより安全である。逆にいえばこのことは相手国による各種攻撃,挑戦の手段(軍事的なものに限らない)をできるだけ狭めることである。

イ この意味で日米安保体制の存続は,この体制を基礎にして安全保障のための手段を累増していくことが可能である。将来の方向としては,この体制のみならず,安全保障のための地域的,世界的ネット・ワークをより多く作っていき,その中に多角的な保険をかけていくことが望ましいであろう。

ウ 非武装政策は,現実の軍事的脅威の有無を問わず,選択肢の多様化の重要な要素(防衛カと日米安保)を自ら放棄するものであり,他国から軽侮を受けることはあっても,尊敬と信頼を得る所以ではない。

エ また防衛カについて選択肢の多様化ということは,防衛力の各種機能について欠略する部分を作らないことである。もし欠略する部分があれば,相手方は負担の多い全般的な攻撃よりも,より容易に当該欠略機能,即ち弱点に乗じ,脅迫,攻撃することが可能となる。例えば艦艇,航空機による海上交通保護機能の欠略は,相手方をして容易に海上交通を妨害又は海上封鎖をし,あるいはする旨の脅迫をすることによって,我が国の国益を害する手段を得ることになる。従ってこの場合重要なことは,十分なASW能力でないまでも,原子力潜水艦に対しても有効な海上交通保護の機能をもつているということによって,相手の行動の自由を許さない,即ちその行動を制扼できるということである。

三 国際情勢の判断

国際情勢の認識

(1)強力な核戦力のおおよそのバランスを背景に,米ソとも武力による正面衝突は避けようとしている。

(2)ソ連陣営,自由陣営の両勢力圏については,米ソともお互いに武力干渉をしないという暗黙の諒解があるか,あるのと同様の実態にある。

(3)米ソとも自勢力圏を守ることについては強い決意を示しているので,日米安保体制は,上記(1),(2)を背景として我が国の安全保障上ヴアイタルな役割を果している。

(4)米ソ,米中間の融和の進行は,全般的なデタントの促進に大きく貢献している。

(5)中ソともに国内建設上重要な問題を抱えており,対外的な顧慮からいつても,直接武力によって現状を変更しようとはしていないという意味で,現状維持政策(平和共存政策といってもよい)をとっていると思われる。

 また中国は,いわゆる民族独立闘争に対する間接的軍事支援については,より積極的であるかも知れないが,その軍事力は全般的には防衛的態勢にあるといえる。

(6)中ソ対立は持続的であり,中ソが他の地域に積極的かつ本格的な軍事行動を起すことに対する客観的な抑制要因となっている。

(7)大国の勢力圏以外の第三地域においては,武力紛争の各種要因をはらんでいるところが少くない。

(8)極東については,朝鮮半島,台湾ともに武力紛争要因を蔵しているが,後者についてはそれが顕在化することはあるまい。

(9)日本は平和的姿勢を示しており,外国との間に武力紛争要因はなく,また,周辺に強力な軍事力は所在するが,いわゆる軍事的対立コンフロンテイションという性格のものではない。

 反政府的な軍事的行動の発生する要因も殆んどないとみられる。

戦争生起の可能性

(1)核保有国は,大規模の核使用に対して不断の準備をしているが,核兵器の使用は相互壊滅的な大規模核戦争にエスカレートする危険を常にもっているので,その使用は強く抑制される。しかし小規模核使用のポリビリティを全く否定することはできない。

(2)核大国を本格的に捲き込むような戦争は,たとえ通常兵器によるものであっても核戦争ヘエスカレートする可能性をもつので強く抑制される。国対国の紛争では,仮に何等かの原因で武力紛争が生じても,コントロールされた,局部的かつ比較的短期間のものとなろう。この意味で核の使用されない全面的戦争の可能性については否定的に解する。

(3)朝鮮半島における戦争の可能性は現状で進む限り抑制されようが,全く否定することはできまい。この場合でも,一九五〇年代前半の朝鮮戦争型のものは起こらないであろうが,仮に情勢が著しく変化してこの朝鮮戦争型のものが起るとしても日本への直接的波及はないと思う。しかしポシビリティの問題としては考えておく必要はあろう。

 上記より可能性のあるものは,半島内における局地的な武力紛争ないしベトナム型の戦争であるが,この場合は戦争の日本への直接的波及は考えにくい。

(4)前記1「国際情勢の認識」を前提として考えると,現在の諸情勢,諸条件は,見通しうる将来にわたって大きな,あるいは本質的な変化はないものと判断され,従って日本をめぐる戦争—武力侵略の可能性は,その限りにおいて殆んどないものと考えられる。ただポシビリティの問題として考える場合,その対象は,目的,地域,期間,手段等の制限された限定戦争とみるのが妥当であろう。

 国際情勢再検討の要因

 日本をめぐる武力侵略の可能性については,その前提となる国際情勢に大きな変化が生じた時には,その可能性に対する判断,従ってまたその対応策にてついても再検討を要すべきことになる。そのような大きな変化要因は例えば以下の各項の如きものである。

(1)大国間の核バランスないし核抑止関係に大きな変化があった時

(2)米中ソの三極関係(融和と対立)に大きな変化があった時

(3)大国が武力侵略政策に転じたと思われる徴候が明白になって来た時

(4)大国にとって欧州の安定が固定化する等同地域に対る軍事的配慮の必要性が大巾に軽減した時

(5)日米安保体制が形骸化した時。例えば米国内において孤立主義が支配的となり,アジア政策を放棄するような場合,あるいは日米双方の熱意と努力が低下し,日米安保体制の信頼性が著しく低下するか,そのように誤解されている場合

(6)日本国内が分裂し,軍事的闘争が行われ,長期化するような時

四 防衛カの意義,役割

 我が国防衛カの特殊性

(1)我が国の防衛力について考える場合には,国内的条件,国際関係,地政学的見地等から,次のような諸条件を考慮に入れなければならない。

ア 憲法その他国内的諸制約

イ 我が国が軍事大国に隣接していながら,軍事的にはそれらに拮抗することの困難な軍事中級国家であること。

ウ 我が国が特殊な事情をもつアジアの一国であること。

エ 日米安保体制が存在すること。

オ 日本をめぐる具体的な軍事的脅威が存在していないこと。

(2)以上の事情からして,我が国の防衛カは軍事的合理性をもって貫くことはできず,政治的妥当性との調和を図るべきものと考える。そして我が国の防衛カは,諸外国と同様の一般的意義を有するが,その軍事的意義について軍事中級国家としての特異性を考究するとともに,今日日本のおかれている立場からして,我が国防衛力の国際政治的意義を重視して考えるべきものであろう。この場全防衛カは,武力侵略に対する抑止力ないし阻止,排除能力としてみるだけでなく,更に進んで平和維持機能として捉えることが必要である。

 また以上の観点から,防衛カの平時において果す役割,貢献度を高めるべきものと思う。

 一般的意義

防衛力の保持は,一般的にいえば国の独立と自由,安定,平和,繁栄に寄与するものであるが,それを若干区分すれぱ次のようになろう。

(1)国の独立と権威及び民族統合の象徴

(2)国内の治安維持能力のバックアップ

 大規模な武力暴動に発展するのを阻止することによって,外国からの干渉を防止する所以となる。

(3)防衛力は,武力侵略に対する国民の抵抗意思を外国に予め表明するものであり,そして必要に応じ現実に国を自衛するためのカである。

  軍事的意義

 上記防衛カの一般的意義のうち軍事面については,とくに我が国に関しては次のような意義を有すべきものと考えられる。

 (1)抑止カ—抵抗力

ア 武力侵略の防止について,相手国の好意と善意にのみ依存し,相手国が決心すれば何等の犠牲なく容易に,又は大した犠牲(労力,被害,経費等)なく,その戦略目標(国益)を獲得されるような態勢は,我が国の独立,安全,繁栄を守る所以ではない。

イ 防衛力が過小であることは,他国の侵略(武力のみとは限らない)への誘因となり,国際関係の不安定要因となりうる。第二次大戦の一因は,英,仏,ソ連がドイツの再軍備以後十分な反応を示さなかったからだともいわれている。

ウ 従って,相手国の武力侵略に際しては,できればこれを速やかに排除しあるいは少くとも相手の犠牲をできるだけ大きくさせ(costly),短期間に屈服することなく,国際世論の反撥を受けさせるような防衛力,防衛態勢はもっていることが望ましい。このような防衛カは他の要素と併せていわゆる抑止力となる。

エ この場合,軍事的合理生の見地に立てば,抑止力としての防衛カは大きければ大きい程抑止力は向上するといえるかも知れない。しかし日本のおかれた国内及び国際関係の特殊な立場からいえば,絶対的な抑止力をもちうるものではなく,総合的な立場から適当な程度の抑止力を防衛力に期待すべきであろう。

オ 相手国にできるだけ多くの犠牲を強いる防衛力は,個々の戦闘において勝利を占めうる力の総体として把握されるようなものであるよりも,戦争全期間を通じて相手の犠牲が多く,かつ長期化することを予想させるような防衛カであることが望ましい。このような防衛力は「抵抗力」として把握することが適当である。

カ 従来の防衛構想からいっても,然かじかの防衛カでどの程度,どれ位の期間,対応,防衛できるかという考え方であったから,抵抗力という言葉は使わなくても同じではないかとの論があるかも知れない。

 しかし従来の考え方では,侵略当初に保有している防衛カの規模でどの程度対処できるかという発想であり,防衛カの補充,存続性については論じられていない。それは理由のないことではないにしても,抵抗力という場合は,当初の防衛力の規模如何ということより,防衛力をどのようにして持続させ,それが相手にどのせ{前1文字ママ}うな影響を与え,戦争の有利な収束にどのように働くかということが中心課題となる。このような点で従来の発想にもかかわらず抵抗力として特徴づけることには意味があることであると思う。

(2)日米安保体制発動の引金

 十分な防衛カをもっていないまでも,集団安保体制の下においては,その防衛カは,安保体制による同盟国の支援を発動させ,有効化させるための引金としての機能をもつ。

(3)有事における外交に対する支援

ア 緊張時

 防衛カを戦闘即応体制に拡充整備し,配備することによって,国民の抵抗意思の明確な表明となり,更に武力侵略に伴う犠牲が大きいという見通しをもたせることによって,相手国をして外交折衝による解決を選択させる圧力となる。この場合,日米の軍事的連けいが明示されることが有意義である。

イ 交戦時

 大規模な武力侵略に対しては,我が国を防衛し切るということは容易ではないので,防衛カの狙いは,日米安保体制の発動,国際的支援があり,我が外交交渉の実があがるまで,政府,国民が相手国の意思に屈せず抵抗できるよう長期持久できることにある。

 この場合我が方の損害(国民,生産力等,防衛カ)はできるだけ少くし,相手方にはできるだけ高価につくことが望ましい。

ウ 終戦時

 戦争末期においては,防衛カを活用してできるだけ我が方に有利な状態で戦争を収束(Strategic Accomodation)しうるよう努める。この場合,政,戦略的要域を相手国に占領させておかないことが望ましい。

 国際政治的意義

以上のような防衛カの意義のほかに,平時においては,以下のような国際政治的意義が強調されなければならない。

(1)国の自主性の保持

ア 我が国の安全保障の他国依存は,その依存度に応じて我が国の国際的発言力を弱め,自主性を低下させることになる。(この意味で非武装政策は,当面はとも角,長期的には自主性の放棄につながる可能性が多い。)

イ 日米安保体制との関係では,条約上の義務を果しつつ,我が国が国際関係において十分な役割を果し,しかるべき防衛カを維持できれば,国の自主性は十分保持できるものと考える。

(2)国際関係の安定への寄与

ア 今日のアジアにおける国際関係は,日本の防衛カ及び日米安保体制の存続を一つの大前提として安定を維持している。我が国の防衛カが欠如している場合(この時は日米安保体制も存在しないか,又は形骸化している)は,アジアの国際関係に不安定要因をもたらすことになる。

 例えば米中ソ三大国は,アジアに重要な利害関係をもっているが,政,戦略的価値の高い日本が米国と結んでおらず,弱少な防衛カしかもっていないとすれば,日本を自陣営に入れるには大きな犠牲を要しないので,日本をめぐって三大国が競い合うようになるかも長れない。それは東アジアに大きな不安定要素をもたらすことになろう。

イ 軍事力の対峙(コンフロンティション)のある場合はカの均衝(バランス)を必要としょ{前1文字ママ}う(例えば米ソ間,欧州,朝鮮半島,ベトナム,中東地域等)。しかし我が国の場合はこのような軍事力の対峙は存在していないという考え方に立つので,アジアの国際関係において日本が日米安保体制と相まつて力の空白をおかないということは,日本が周辺諸国との間に力の均衡を求めるということにはならない。従ってこのような立場では,戦争抑止のためのカの平衡運動は起らない。

ウ 我が国の防衛力は,弱小に過ぎて他国の政治的,軍事的干渉の誘因となってはならないが,同時にアジア諸国のもつ特殊な感情からして,防衛カが大規模になり過ぎては,他国に不安と懸念とを与え,アジアに新たな緊張を生む要因となりかねない。

エ 従って,日米安保体制を解消するとともに,新たな政策として防衛カを縮小し,あるいは大巾に拡大することは,アジアの重要地域における大きな現状変更であり,各国に不安と動揺を与えることになる。この変化から次の国際的安定に至るまでの体制と時期については何らの見通しをもち得ない。即ちこのような現状変更政策は,日米のもつ国際的責任の放棄ということになろう。

(3)日米安保体制の有効性の保持

 日米安保体制は,今日の国際情勢において,日本の防衛に関しヴァイタルな役割を果すものであるとともに,アジアの国際関係の安定にとって基本的な枠組となっている。

 しかしながら日米安保体制は米国の好意のみによって維持されるものではなく,米国が結んでいるいずれの安全保障条約にも謳われているように,自助の精神を建前とするヴァンデンバーク決議の内容を前提としている。従って我が国及びアジア各国のために日米安保体制の信頼性と有効性とを維持するためには,我が国自身も適切な防衛努力をする必要がある。しかしこの適切な防衛努力の程度と内容を決めるのは勿論我が国自身である。

(4)我が国を侵害する政治,軍事的行動の自由の抑止

ア 現実の武力侵略は行わないまでも,軍事力を背景として他国の意思を屈服せしめた例は過去に数多くみられるところである。日米安保体制と相まって適切な防衛カを維持することはこのよう威迫的行動を抑止することになる。

イ また機能的に欠略しない防衛カを維持することは,欠略した機能即ち弱点に乗じて威迫を加える余地をなからしめるものである。例えば海上兵力が弱小である場合は,機雷又は艦艇による封鎖,威嚇的行動,外交上の威嚇を行う自由を相手に与えることになる。

(5)国民生活の安定と繁栄への寄与

 日米安保体制を基礎に適切な防衛力を保持して国が安定しているという姿勢を示し,平和外交を進めてい{前1文字ヌケ}ことは,外国との安定した貿易関係を維持し,食糧その他の資源や外国の投資を確保することになり,国民生活の安定と繁栄に寄与することになる。

平時における具体的任務

(1)防衛面

ア 武力侵略に対する抑止力であり,日米安保体制の信頼性を高めるものであるとともに各種の威迫的行動を行うフリーハンドを他国に与えないことが基本的な役割であることについては,既に述べて来た通りである。

イ 領空,領海の侵犯の防止

 レーダーサイトその他の施設による情報・監視及び艦艇・航空機による哨戒等によって,我が国の領空,領海の侵犯を防止するとともに,我が国周辺の軍事行動に関する情報を得,日米の防衛戦略,外交に寄与する。

(2)民生協力

 当面我が国のおかれている平和的環境からして民生協力を国の防衛,治安維持と並んで自衛隊の主任務の一つに格上げすることが望ましい。

 業務としては,脅威の多様化に伴い,それに対する対応のうち自衛隊に適する分野を開発するとともに,従来の民生協力の分野の内容を拡充する必要があろう。

五 防衛カ整備の前提

防衛の対象—限定戦争

(1)我が国に関する万一の事態は,ポシビリティとして考えれば巾広い種々の様相が想定されようが,我が国のおかれている国際的諸条件及び国内の諸制約からすると,あらゆるボシビリティに対して防衛力を整備することは不適当であり,また現実的には不可能ともいえよう。

 そうであるとすれば,防衛の対象は,第二次大戦後における戦争のすう勢に従って,戦争の目的,手段,地域,期間の限られた,いわゆる限定戦争の型にしぼるのが妥当であろう。

(2)我が国が戦争に捲き込まれるような事態は,米ソが本格的に衝突する大規模な世界戦争の場合しかないとの見方もある。しかし米ソの本格的衝突は核戦争にエスカレートする恐れがあるから,そのような事態は対象外と考えてよい。従って起こりうる事態は,相手国が国際情勢の間隙に乗じ,あるいは誤算により,大国間の本格的衝突に至らないで目的を達成できると判断するような事態であろうし,それは限定戦争の型になると考えられる。

(3)この場合限定選{前1文字ママ}争の継続する期間は,米国との本格的衝突を避けようとするならばそれに至るまでの間,即ち数か月間の範囲内と考えてよかろう。

 また海空における侵略の地域的範囲は日本全般を覆うものと考えてよいが,その攻撃方法は無制限ではなく主として軍事,戦略目標を狙うとか,民意の喪失を冒的に部分的攻撃を加えるとか,限定的なもの,コントロールされたものと考えてよい。更に上陸攻撃を行うとしても,それは日本全土の占領を目的とするよりは,主たる目標は特定の地域に限定されるものと考えてよい。

(4)実際に起こりうる武力侵略は,以上のような想定に対し今少し弾力的に考えるべきであるかも知れないが,少くとも防衛カ整備の前提として考えられる事態としては妥当なものであろう。

防衛カに関する制約

(1)国際情勢に関する将来の見通しや相手国の意図の判断などはもともと困難なのであるから,日米安保体制を背景としつつ周辺諸国の軍事力に対応する防衛力を整備の目標とすべきだとする軍事的合理性の立場からの発想がある。それはカのバランスの立場ともいえよう。しかしこの場合の防衛力は相当に大きいものであり,戦力として十分有効であるためには膨大な経費が予想され,実現性がない。

 我が国が軍事大国に隣接しているということは,我が防衛力が質量共に高いものであることが必要となる。反面,我が国がアジアの一国であるという点からは,我が国がアジア諸国からみて大規模と思われる防衛力を建設しようとすることは,アジアに国際緊張を生む懸念を生じかねない。従って我が防衛カについて質量の面で,ある種の枠を設定する必要がある。専守防衛というのはその一面であろう。

(2)我が国の防衛カは,今日の国際環境においては,我が国防衛のための十分な物理的戦力としてよりも,国際関係の安定に寄与し,そのはね返えりとして我が国の安全を期しうるという考え方に重点をおくことが適当である。

 そうすると,我が国の防衛力が過大であることも国際緊張を招きかねないが,それが過小であることも国際関係を不安定にする誘因となりうる。

 即ち防衛努力の減少又は防衛力の縮減は,日本政府の政策の変更と映り,日本国民の自らの手による防衛意識の低下,国際平和への貢献する努力の放棄,国内建設と経済繁栄一辺倒のエゴイズムととられ,日米関係の信頼性,協調性を損うことにもなろう。このことは戦力の低下ということより以上に国際関係における尊敬と信頼を失い,国際的な孤立化を招き,ひいては我が国の安全と繁栄とを損うことにもなりかねないものである。

(3)以上の諸点からみると,我が国の防衛カは,過大でも過小でもない適切な規模のものであることが望ましく,防衛努力をするにあたっては,質の向上に重点をおく漸進的なものであるべきであるし,防衛カを規制するという場合は,国際的な安全保障体制の確立と軍備管理の進捗とに応じて行わるべきものであろう。

 そして我が国の防衛力は,国際関係的観点から平和維持機能として把握されるべきものであるが,それは張り子の虎であってはならず,防衛力として内容的に信頼性のあるものでなければならない。また合理的な推測にもかかわらず,ポシビリティとしては万一の事態をも考慮しなければならないから,我が国の防衛力は,軍事的機能としては,抑止力としてできるだけ有効であり,それが破れた場合にも有用な抵抗力たりうるものである必要がある。

 防衛の構想

 我が国が,規模はとも角内容的には信頼性のある防衛カを維持し,かつ日米安保体制の信頼性が確保されて米国が対日支援の姿勢を維持している限り,我が国に対する外国からの武力攻撃の可能性は殆んど考えられない。この意味において,我が防衛力及び日米安保体制を平和維持機能として捉うべきであることは前に述べた通りである。

 しかしながらポシビリティの問題として万一の場合のシナリオを描くならば,日米安保があるにもかかわらず我が国について武力侵略の起りうるべきケースは下記(1)の場合しかなく,その際の防衛の態様は(2)の如きものとなろう。

(1)武力侵略の契機

ア 日米安保の発動しがたい国内騒乱に乗じた間接侵略

イ 日米安保の発動するいとまのないうちに行おうとする一部地域の占領(奇襲攻撃)及び結果的にそれが予期以上に長期化する場合

ウ 米国の国内又は国際環境から,日米安保が本格的に発動しがたいとみられる場合又は相手方にそのような誤算のあった場合

(2)防衛の態様

ア 前記(1)ア,イの間接侵略及び奇襲攻撃の可能性に対しては,我が国独力で対処できなければならない。またイのケースで長期化しそうな場合は,米国の介入によって早期に収束されよう。

イ 前記(1)ウの場合は,次の二態様が考えられる。このいずれの場合も,緊張の高まりとともに危機管理の諸手段を講ずることが重要であり,武力侵略が行われた場合には,戦域と被害の局限に努めるとともに戦争収束のための各種外交努力を行うことが必要である。

a 外国が誤算により大規模武力侵略を試みた場合には,我が防衛カの対応と米軍の応急支援に併せて米国が本格的支援救勢を示し,政治的にも介入して来ることによって,比較的早期に戦争収束が期待される。

b 外国の大規模武力侵略に対して,米国の本格的な支援が現実に困難である場合,我が国の防衛は不利となる。従ってこの場合は,米国の世界規模における核戦略を背景とし,あるいは日米の政治努力によってなるべく不利とならない態勢で戦争収束を図る必要がある。この場合,このような政治努力の実る間,日米の防衛カで抵抗が維持されなければならない。

(3)防衛カの性格

 我が国の防衛カは,上記(2)「防衛の態様」を前提として考えると,少なくとも次のような性格ないし,能力をもつべきものとみられる。

ア 阻止カ—間接侵略,奇襲攻撃等小規模武力攻撃については,日米安保の発動しにくいことが予想されるので,これを十分阻止,排除する力を我が国独自でもつ必要がある。

イ 制約カ—大規模武力侵略時における防空,周辺海域における海上交通の保護などについては,相手の攻撃を阻止,排除することは困難であっても,相手の行動の自由を許さない程度に制扼しうるカをもつ必要がある。

ウ 抵抗カ—大規模武力侵略に際して,できるだけ相手に犠牲を強要しつつ,米国の本格的な支援が来るまで又は日米の戦争収束の努力が実るまで近代戦闘を長期持久できる能カが必要である。

 上記制約カの持続も抵抗力の一環をなすものであるので,防衛力全般の性格としては最悪の事態に備える抵抗力と特徴づけることができよう。

六 整備すべき防衛力

防衛カの内容

(1)以上に述べて来たところから,防衛力の内容を規制する点を整理すると次のようになろう。

ア 見通しうる将来にわたって,我が国をめぐる具体的な軍事的脅威の可能性は殆んどない。しかし万一の場合,即ちポシビリティの問題として考えれば限定戦争の事態を想定するのが妥当であろう。

イ 国際関係の安定を図る立場からいえば,我が国の防衛カは,過大であることも,過小であることも望ましくないであろう。

ウ 我が国の固い防衛意思を表明し,国の政治的安定性を示すとともに国際的信頼感を維持するため,及び武力侵略の抑止と日米の緊密な関係向上に必要な日米安保体制の信頼性を維持するためには,適切な防衛努力の継続が必要であろう。

エ 国内における現実的な制約としては,財政枠,人件費及ぱ物価の高騰から来る予算上の制約,人員募集難,土地取得上の制約等がある。

(2)我が国の防衛については,軍事的にみれば米軍の本格的な来援があるまで我が防衛能力が維持されることが望ましい。この場合,我が国周辺諸国の軍事能力を基準にして所要防衛カを算出することは,一定の前提をおけば可能ではあろう。しかしながら上記(1)の条件下においてこのような所要防衛カを平時における整備目標とすることは不適当であり,不可能でもある。

 従って,(1)の枠組みの中で平時の防衛カとして適当なものを考えるとすれば,現在の防衛カを基礎として,少くとも次のような要件を備えているかどうかを検証してみる必要がある。

ア 防衛上の各種機能にけん欠のないこと。

イ 地政的にみて,防衛力(とくに基幹部隊)が日本全域を一応カバーしていること。

ウ 軍事技術の進歩に追従するよう研究開発と装備の近化代を進めていること。

エ 以上の防衛カが内容的にで{前1文字ママ}できるだけ抵抗力として有効であること。

 このような要件を備えた防衛カは,(1)の枠組みの中で考えられるものであるが,同時に防衛カが一朝一夕に整備できるものではないこと及び「第三国際情勢の判断」において述べたように将来の情勢の変化に応じうるものであることを配慮したものであり,この意味からこのような防衛力は我が国にとっての基盤的防衛カ(あるいは平時における必要最小限の防衛カ—憲法上の意味ではない)といってよい。

(3)以上(2)に記した要件を四次防の防衛力についてみると,防衛上の各種機能に関しては,不十分な分野は多いが,全く欠けているものとしては,AEW機能があげられる。

 基幹部隊(師団,地方隊,護衛隊群,航空団,ナイキ,ホーク部隊)の単位でみれば,内容的には未整備の分野が残されてはいるが単位数的には陸海空とも大体概成しているといえよう。ただしこの場合護衛隊群の単位数が概成しているとみるかどうかは,海上自衛隊の任務,役割をどうみるか等によっても変るのであるが,本論では次のような考え方に立っている。

(4)平時においては,海上防衛力は,情報・監視,哨戒,警戒の任務をもつとともに,対機雷,ASW(とくに対原子力潜水艦)能力をもつことによって,海上封鎖又はその脅迫を封止し,更に海上防衛力全体として抑止カの一環をなすものである。

また有事においては,対上陸戦阻止も重要な役割になるが限定戦争下におけるASWとしては,侵略国の潜水艦による無制限な海上交通の破壊は高次元(即ち世界的規模)の戦争型態{前2文字目ママ}であると考えられ,我が防衛カ整備の前提からは除外されることになる。仮に限定戦争下においてもそのような事態が発生した場合は,数か月間の戦争継続を考えるわけであるから,期間中に必要とする輸出入量の何割かを確保するために海上交通の保護をするという考え方はとらない。通常国民生活の維持のために輸出入していたものは,この期間はできるだけ我慢するとともに,必要とあれば中立国船を利用する等の代替方策をとることとする。

 従って以上の場合のASW能力に期待される分野は次の如きものとなる。

○日本沿岸海域における海上交通の保護(主として国内輸送の確保)

○日本周辺海域における海上交通の保護

 一般的な哨戒,警戒,とくに相手の潜水艦の頻出海域重点(相手方の行動の制約)

 特定目標の護衛(必需物資中特定のもの,兵器等)味方攻撃カヘの協力

○通峡等の阻止

 また海上防衛カの充実強化が,日本の軍事協力,日米安保体制の信頼性の向上に寄与するものであることを否定するものではないが,しかしそれは必ずしも単位数の増加ということではなく,海上防衛力の全般的な整備と近代的戦闘能力の向上ということで目的を達することは可能であろう。

(5)我が国の防衛カが抵抗力としての有効性を維持し,向上させるためには,正面兵力の整備よりも,質の上での対応性(所要分野における同種装備の性能上の均衡又は代替手段の有効性の保持,電子戦能力の保持),縦深性,抗たん性等の付与が必要であるが,この分野のものが四次防の防衛カについては最も欠けているところであろう。また防衛カの残存性を高めるという見地から編成,装備のあり方について検討してみる必要があろう。

防衛カの整備目標

(防衛庁防衛局長昭和四九年六月個人論文)