データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ブットー首相主催晩餐会における海部内閣総理大臣の挨拶

[場所] 
[年月日] 1990年5月2日
[出典] 海部演説集,226−228頁.
[備考] 
[全文]

 ベナジール・ブットー首相夫妻閣下並びにご列席の皆さま

 このたび首相閣下のご招待によって貴国パキスタンを訪問する機会を得ましたことは、私の大きな喜びであります。首相ご夫妻を始め、パキスタン国民の皆さまの暖かい歓迎に対し、厚くお礼申し上げます。また、首相夫妻は、昨年二月、就任後間もないご多忙の中にもかかわらず、大葬の礼にご参列頂きました。この機会に厚くお礼申し上げます。

 首相閣下

 パキスタンは、詩人イクバールの理想と建国の父ジンナーの運動によって独立して以来、四十三年間、様々な経験を重ねてきましたが、ついに一昨年十二月、議会制民主主義を回復されました。自由と民主主義を国是とする我が国の国民は、これを心から喜んでおります。私は、特に首相閣下が、この間、幾多の苦難を乗り越えて、多大の役割を果たされたことに敬意を表します。

 閣下は、首相に就任されるや直ちに、新産業政策などの経済政策の策定に着手し、これを実施に移されました。私は、閣下が、経済活性化の鍵として、産業インフラの強化と規制緩和による内外民間投資の促進に強い関心と意欲を示されていることをとりわけ高く評価します。

 その意味で、今月十日、首相閣下ご自身が積極的に推進してこられたトヨタ・ハビーブグループの乗用車組立て工場の鋤入れ式がカラチで挙行されますことは、誠に慶賀すべきことであります。私は、同工場の立派な竣工とその後の運営の順調ならんことを強く期待いたします。この機会に、私は、貴国におけるこのような民間投資の促進について、日本政府としてできる限り協力を行っていく所存であることを表明いたしたいと存じます。

 首相閣下

 本日、私は首相との間で、両国が共通の関心を有する国際問題、地域問題について有益な意見交換を行いました。会談においては、印パ関係の現状も取り上げられました。私は、カシミール情勢をめぐって最近印パ関係が緊張の度を強めていることを遺憾に思います。今回インドの訪問の際にも訴えたところでありますが、この問題については、対話と政治的対応によって一日も早くカシミールに平穏が回復されなければなりません。首相閣下は、シムラ協定の際、故ブットー首相に同行し、調印に立ち会われたと聞いておりますが、私は印パ両国が同協定の文言と精神に従い、話し合いによって平和的に問題の解決を図られることを切に希望いたします。

 一方、アフガニスタンにおいては、ソ連軍の完全撤退にもかかわらず、依然として全国的な平和の回復が見られない現状に憂慮を禁じえません。特に、戦火のために祖国を追われた数百万のアフガニスタン難民の望郷の念を思えば、誠に胸の痛む思いがいたします。私は、国民の幅広い支持基盤を有する政権が一刻も早く樹立され、難民の帰還が可能となるよう現実的な事態の打開が図られることを希望いたします。難民帰還については、我が国としてすでに、国連機関を通じての拠出のほか、医療、衛生面の人的協力を行っておりますが、引き続きこれらの援助を実施していく方針であります。

 首相閣下

 我が国とパキスタンの協力関係を一層強化するには、両国民間の相互理解を深めることが大切であります。その意味で、このところ両国間の文化交流が活気づいてきたことは心強い限りです。現在、大阪で国際花と緑の博覧会が開催されておりますが、貴国からはラホールのシャリマール庭園が展示されて、連日多くの観客がここを訪れ貴国の古都の趣きに触れております。また、イスラム集団歌謡カッワーリーは、その新鮮な迫力で日本人聴衆を魅了しました。我々の出発直前には、ヌスラット・ファテ・アリ・カーンのグループ公演が行われています。

 我が国は、その国際協力構想の一環として、文化交流、文化協力には、特に力を入れており、文化遺産の保存に努めております。パキスタンは、仏教美術で名高いガンダーラを持つなど、人類の文化遺産の宝庫であります。我が国は、これまでも文化遺産の保存に協力してきましたが、このたび、世界文明発祥の地の一つとして知られる、インダス川流域のモヘンジョダロの遺跡保存・修復のため、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金から約三十四万ドルの協力を行うことといたしました。

 我が国の三笠宮殿下はオリエント文明の専門家であられ、モヘンジョダロ遺跡の保存にも深い関心を有しておられますが、一九七三年、モヘンジョダロ国際シンポジウムに出席された際、故ブットー首相と会って親交を結ばれました。先般、首相閣下のご来日の際、殿下はその会談を報じた新聞記事を閣下に渡されて、当時を懐かしまれたと聞きます。私と閣下との今日の出会いが、将来、首相閣下ご夫妻と、私ども夫妻の子供達の世代の話題となるならば、どんなにうれしいことでありましょう。

 首相閣下

 私は、閣下がオックスフォード・ユニオン・ディベーテイング・ソサイアティーの部長をしておられたと聞きました。いま私は、試験を受けた学生が採点の発表を待っている心境であります。

 それでは、ここでご列席の皆さまとともに盃を上げ、首相閣下ご夫妻とご家族のご健康とご繁栄、パキスタンとパキスタン国民の発展、そして日本・パキスタン両国関係の一層の緊密化を祈念したいと思います。