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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ゴルバチョフ大統領歓迎晩餐会における海部内閣総理大臣の挨拶

[場所] 総理大臣官邸
[年月日] 1991年4月17日
[出典] 海部演説集,331−333頁.
[備考] 
[全文]

 ゴルバチョフ大統領閣下、令夫人並びにご列席の皆さま、

 本日ここに大統領閣下をお迎えし、歓迎の宴を催す機会を得ましたことは、私の喜びとするところであります。思えば、貴大統領の訪日は、日ソ関係において初めての最高首脳の訪問であり、私にとっても、また日本国民にとってもその感慨にはひとしお深いものがあります。ご来日いただきました貴大統領、令夫人並びにご一行の皆さまに対し、衷心より歓迎の意を表します。

 大統領閣下

 現在私共が最後の十年を送りつつある二十世紀は、全人類の歴史において画期的な世紀でありました。二度にわたる悲惨な世界大戦を体験し、更にその後の「冷戦」をも乗り越えて、人類はついに地球規模での共同体としての意識を生み出しつつあるかに見えます。そして、この大きな流れの中で過去数年間に世界で沸き起こった滔々たる変化の波は、波瀾万丈の二十世紀においてもなお特筆させるべきものであり、後世の歴史家の目にも数世紀に一度の巨大な分水嶺として映るであろうことに、もはや疑いの余地はありません。

 正にこのような時期に私共日ソ両国にとっての一大転換点が重なろうとしていることは、歴史の必然であると申せましょう。両国が共に手を取り合い実現しようとしている、また実現せねばならない日ソ関係の抜本的改善は、今や単に二国間の課題ではなく、アジア・大平洋の近隣諸国すべてが、更に世界全体が求めているものではないでしょうか。その意味で、今回の貴大統領の訪日は、日ソ両国の歴史に照らしても、また現在の世界政治全体からみても、時代を画す出来事となりうる契機であると考えます。

 大統領閣下

 閣下が過去数年間推進して来られた貴国の新思考外交は、歴史の変化の波と無縁ではありません。そして、その背景には、貴国の国内において展開されて来た未曽有の大改革、いまや万国共通語と化した「ペレストロイカ」への努力があります。民主主義、個人の自由、法の支配といった価値がいよいよ普遍的なものとなりつつある今日、もし貴国が、これらの普遍的価値の擁護者として力強く歩み始めるならば、人類社会における民主主義の優位はもはや動かし難いものとなりましょう。また、国際の平和及び安全並びに正義を基調とした真の世界秩序確立への希望も現実のものとなるでありましょう。その意味で私は、ペレストロイカの下で、再認識された一連の価値の中でも、「全人類的価値の優先」という認識こそが最も画期的なものではないかと考えております。

 貴国国民の魂の精華であるのみならず、全人類にとり不滅の遺産をもたらした大詩人ボリス・パステルナークは、『ドクトル・ジヴァゴ』において、「自由の予感が戦後の全期間を通じてつねに空中にただよいつづけた」ことを記し、「聖なる都モスクワに魂の自由がすでに訪れ、未来の中へ足を踏み入れた幸福で感動的な安堵感につつまれている」情景で全編の幕を閉じています。詩人としての感性で今日再生しつつある自由の息吹を一早く予見した、まことに印象的な言葉ではないでしょうか。

 我が国は、閣下が今後とも高邁な理念に従った改革路線を力強く推進され、かつ成功されることを心より願っております。我が国はこうした観点に立って、貴国の改革を技術的側面より出来る限り支援していく考えであります。今回のご訪問を機に締結される数多くの協定が、両国の協力関係と貴国の改革路線を共に支えていく一助となることを願ってやみません。

 大統領閣下

 率直に申し上げて、我が国と貴国が辿ってきた歴史の道筋は決して平坦ではなく、両国国民にとって各々に痛みを伴う、決して誇張ではなしに茨の道と称すべき過程でありました。同時にまた、これは何も日ソ間に限ったことではなく、やはり人類の歴史において枚挙にいとまがない事例であり、人類はそのような困難な道を最大限の勇気と、そして英知によって克服してきたことも確かであります。私達は、日ソ間の関係において飛躍的な発展を実現したいと考えております。

 昨日から本日にかけ、私は貴大統領との間で、このような両国関係の新時代の幕開けのため、十分な時間をかけて、領土問題を解決して平和条約を締結することをはじめとする二国間関係及び国際情勢の諸問題について率直かつ真剣な議論を行いました。貴大統領と私とのこのような議論を通じ、日ソ関係の抜本的改善のための突破口を一刻も早く開くことを念ずるものであります。

 大統領閣下

 閣下の今回の我が国ご滞在が短期間であることは誠に残念ではありますが、今回の滞在が、閣下及び令夫人にとり、快適でかつ印象深いものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。この機会にどうか日本の事物に、そして何より日本の「心」に触れていただけるよう願ってやみません。

 ご列席の皆さま、ゴルバチョフ大統領閣下と令夫人のご健康とソ連邦のご繁栄を願い、また日ソ両国の共通の努力が必ずや成功することを祈念して、乾杯いたしたく存じます。ご唱和をお願い致します。