データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ソ連側主催午餐会における田中総理大臣挨拶

[場所] クレムリン大宮殿,グラナヴィータヤの間
[年月日] 1973年10月8日
[出典] 外交青書18号(下巻),41−43頁.
[備考] 
[全文]

 ブレジネフ書記長閣下

 ポドゴルヌイ議長閣下

 コスイギン首相閣下

 御列席の各位

 ただ今は,御懇篤な御挨拶を頂戴し,厚く御礼申し上げます。私は本席をお借りしてあらためて私に対するソ連政府のご招待に対し心から感謝申し上げます。

 かえりみますれば,今から17年前の同じ10月,日ソ間に外交関係が回復されて以来,両国の関係は年を追つて緊密なものとなつてまいりました。しかし,日ソの最高首脳による相手国への訪問はこれまで実現をみるに至りませんでした。

 変動する世界情勢の中にあつて,それぞれの国の最高責任者が膝を交えて,相互間の問題のみならず,共通の関心事である世界平和の問題について隔意なき意見交換を行なう必要性は益々増大しております。私がこのたびソ連政府のご招待を欣然と受諾し,モスクワにまいつたのもひとえにこのような理由によるものであります。

 わが国は,体制の垣根を越えてすべての国との間に友好関係を増進し,広く人類の平和と繁栄に寄与することを外交の基本としております。とりわけ隣国である貴国との間に,内政不干渉及び互恵平等の基礎の上に善隣友好関係を打ちたてることは,わが国が一貫して追求する目標であります。

 1956年に国交が回復されて以来,日ソ間の関係は,幅広い分野にわたり,当時何人も予測できなかつたような急速な発展を遂げてまいりました。貿易の分野でもわが国は,貴国の最大のパートナーの一つとなるに至りました。更にシベリア開発協力につきましては,日ソ間に既にいくつかのプロジェクトが実施されているほか,より大きな規模の計画についても話合いが進められております。

 しかしながら,私は,これをもつて満足するには未だ十分ではないと考えております。日ソ両国は,単に隣国であるにとどまらず,経済的にも稀にみる相互補完の関係にあります。われわれが双方のたゆまぬ努力により真の相互信頼を築き上げることができるならば,日ソ関係は,より一層明るい展望に満ちていることは疑問の余地がありません。

 私は,両国関係の将来について述べるとき,やはり未解決の平和条約の締結の問題に触れざるをえません。

 平和条約締結の交渉とは,ブレジネフ書記長閣下がソ連邦結成50周年記念式典において述べられた通り,「第二次大戦の時から残つた懸案を解決し,われわれ両国の関係に条約的基礎を置くこと」を目的とするものであります。

 日ソ平和条約の締結こそは両国国民の総意であり,われわれ両国の指導者に課せられた厳粛な課題であると考えます。私はこの問題は,双方が相互理解と信頼に基づいて臨むならば必ずや解決される問題であり,また解決されなければならないと信じます。それによつて日ソ両国がゆるぎない善隣友好関係を確立することは,日ソ両国民の共通の利益に答えるばかりでなく,極東,ひいては世界の平和と繁栄に役立つと信じて疑いません。

 今日の国際社会は,人類の英知が創り出した科学技術の進歩それ自体によつても,新たな転機を迎えようとしております。かつてわが国からモスクワに赴くには,はるばるシベリア鉄道によつて半カ月もの旅を重ねたものでしたが,現在,空の旅は,その距離を僅か9時間に縮めました。このような情勢下にあつて,国際社会におけるコミュニケーションの拡大と相互依存関係の高まりは,言わば時代の要請であり,歴史の必然でもあると申せましよう。また,人類の英知は,力の対決が最早不毛であり,時代遅れのものであることを悟りつつあります。今やわれわれ人類は,国民生活の向上,食糧,環境,資源,発展途上国に対する協力,人間復権の新しい文明社会の創造などの解決すべき困難な問題に直面しております。現在,世界が抱えているこれらの諸問題のどれをとつても一国のみで解決することはできないのであります。日本とソ連のごとく,世界有数の成長を遂げた国は,硬直することなく,独断をかなぐりすて,柔軟,かつ積極的に対応していく責務があります。

 私は,日ソ両国が相互の関係の完全な正常化の上に立つて,人類の理想の実現のため,それぞれの立場から建設的な役割を果していくことを強く願うものであります。

 終りに臨み,私共に対し,関係各位から示されたあたたかいおもてなしに対し深い感謝の意を表するとともにここに皆様のお許しを得て

 ブレジネフ書記長閣下,ポドゴルヌイソ連邦最高会議幹部会議長閣下及びコスイギンソ連邦大臣会議議長閣下の御健康,御列席のソ連の友人各位の御健康,更に日ソ関係の発展並びにソ連邦共和国とその国民の一層の繁栄をお祈りして皆様とともに乾杯したいと思います。

 乾杯−