データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 北方領土に関する日本国政府の対ソ回答

[場所] 
[年月日] 1970年11月17日
[出典] 外交青書15号,414−416頁.
[備考] 森外務次官よりオコニシニコフ在京ソ連臨時代理大使に対して口頭で行なわれたもの
[全文]

 日本国政府は,本年11月11日オコニシニコフ在京ソ連臨時代理大使より森外務事務次官に対して,口頭で行なわれたソ連邦政府の声明に関し,日本国政府の立場を次のとおり申し述べる。

 日本国政府はかねて国際平和の維持と強化とを外交の基本方針とし,すべての国家との間に友好親善の関係を保持し発展させることに努めて来た。特に隣国たるソ連との間では,両国の政治,社会制度の相異にも拘らず,能う限り善隣友好の関係を発展せしめることがアジア全体の平和にも資する所以であると確信し,相互の関係を増進させるよう常に努力してきた。特に最近数年来,日ソ関係が各種の分野で順調に発展して来たことは,ソ連邦政府も指摘するとおりであり,このことは日本国政府及び国民がともに喜びとするところである。

 しかしながら,日本国政府は戦後25年を経た今日に至るもなお両国間に平和条約が締結されていないことを遺憾とするものであり,両国の関係を真に安定的な基礎の上に発展させるために,出来るだけ速やかに平和条約が締結されることを希望している。

 そもそも1956年の日ソ共同宣言は「両国間に正常な外交関係が回復された後,平和条約の締結に関する交渉を継続する」旨を規定しているが,当時日ソ間の国交の回復が平和条約によつて行なわれなかつたのは,歯舞群島及び色丹島を除いては領土問題について日ソ間で合意が得られず,これを後日の交渉に委ねることとされたからである。

 爾来,今日まで日本国政府は,あらゆる機会にソ連邦政府に対し,速やかに北方領土問題を解決するための交渉を行ない,もつて平和条約を締結することの必要性を強調してきた。しかるに日本国政府のかかる積極的な態度にも拘らず,ソ連邦政府は,日ソ共同宣言によつて合意したこのような交渉を拒否し続けているのみならず,北方領土の返還を求めるわが国民全体の熾烈な願望をわが国内の一部人士の作為的な運動であるとみなし,しかも日本国政府,国会等によつて執られた一連の国内的諸措置に対してまで非難を行なつたことは,他国の国内事項に対する干渉の試みと考えざる得ない。しかもソ連邦政府がその声明において,わが国における北方領土復帰促進運動の展開は,ソ連に対して非友好的な行為であり,日ソ両国関係の実際的諸問題の解決を困難にすると述べていることは,本末を全く顛倒した議論であり,むしろこのような態度こそ日ソ関係の安定的発展に対する否定的要因となることを惧れるものである。

 サン・フランシスコ平和条約にもとづき,戦後米国の施政権下にあつた沖繩が日本国政府と米国政府との間の平和的な話し合いによつて,わが国の施政権下に復帰することになつた現在,日本国民のより多くの関心が戦後未解決のまま残された最後の重要な問題である北方領土に向けられるに至つたのは極めて当然であり,また不可避のことである。わが国内に高まつている北方領土返還要求の動きはかかる日本国民の自然発生的な動きであり,国会の内外においてもこれが支持されていることは周知のことである。しかも,北方領土返還による平和条約の締結は,前述のとおり日本国政府が過去10余年にわたつて正式にソ連邦政府に提起してきたところであれば,かかる運動は,文字どおり日本国政府及び国民の一致した要望のあらわれであり,かかる真摯な運動に,わが国内諸方面の人士が支持を表明することになんらの不思議はないのである。民主主義国においては,如何なる勢力も,国民の総意に反する運動を有効に組織し,また指導し得るものではないことはあえてここに述べるまでもない。従つて,これをもつて一部の人士の策動による「報復主義的性格」のものであると非難するソ連邦政府の態度は,全く事実の真相を歪めるものと言わざるを得ない。

 ソ連邦政府は,日本国内におけるこのような動きは,国際情勢発展の全般的傾向に逆行するものであると述べ,最近ソ連邦政府がドイツ連邦共和国政府との間に締結した条約を範例のごとくに掲げているが,北方領土問題は,歴史上いまだかつて如何なる他国の領土ともなつたことのない日本国固有の領土を,ソ連邦政府が不法に占拠したまま日本国への返還を拒んでいる不自然な状態のみに由来する問題であつて,歴史的,政治的背景を異にする世界の如何なる他の部分の事態とも比較し,ないし同一視され得べき問題ではない。日本国政府は,ソ連邦政府が第二次大戦によつて形成された国境という名目のもとになんら法的根拠のないまま,いたずらに自国の一方的措置を他国に強制し,古来如何なる他国にも属したことのない固有の領土を奪うことは国際正義にも副う所以ではないと信ずる。したがつて日本国政府は,ソ連邦政府が速やかに歯舞群島及び色丹島とともに国後島及び択捉島をわが国に返還することによつて,日ソ間に平和条約を締結し,両国の間に真に安定的な善隣友好関係を確立することこそ,ひとり両国の関係のみならず,アジアにおける平和と安全の増進に資するゆえんであることをここに重ねて強調したい。

 日本国政府は,ソ連邦政府が日本国の上述の立場を理解し,速やかにこの問題の積極的解決への方途を講ずる強い期待を表明するものである。