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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] エジプト・アラブ共和国及びイスラエル国との間の平和条約

[場所] ワシントンDC
[年月日] 1979年3月26日
[出典] 外交青書24号,431−439頁.
[備考] 仮訳
[全文]

 〔この条約は(イ)条約本文,(ロ)付属文書I〜IIIおよび付属文書Iの付録(Iはイスラエルの撤退と安全保障取決めに関する議定書,IIは地図,IIIは両国間関係に関する議定書),(ハ)条約本文,付属文書IおよびIIIに関する合意議事録,(ニ)平和条約に付随する書簡の9つの文書から成り立つている。〕

  前文

 エジプト・アラブ共和国政府及びイスラエル国政府は,安全保障理事会決議242及び338に従い中東に公正で永続的かつ包括的な平和を達成する緊急の必要性を確信し,

 1978年9月17日付の「キャンプ・デービッドにおいて合意をみた中東における平和の枠組」の遵守を再確認し,

 上記の枠組がエジプトとイスラエル間のみならず,イスラエルとこの枠組に基づき和平交渉を行う用意のある他のアラブの隣接諸国間の,平和の基礎をもなすものであることに留意し,

 これら諸国間の戦争状態の終結をもたらし,かつ当該地域のすべての国家が安全に生存しうる平和を達成することを願い,

 エジプト・イスラエル間平和条約の締結が地域の包括的和平探求及びアラブ・イスラエル紛争のすべての局面における解決の達成のための重要な第一歩であることを確信し,

 この紛争の他のアラブの当事者に対し,上記の枠組の諸原則に導かれ,かつこれに基づきイスラエルとの平和交渉のプロセスに参加するよう招請し,

 更に,国際連合憲章及び平和時における国際関係を規定する国際法の諸原則に従い,これら諸国間の友好関係と協力を発展せしめることを願い,

 「エジプト・イスラエル間の平和条約締結のための枠組」を実施するため,自国の主権を自由に行使するに際して下記の諸条項に合意する。

第1条

1.本条約の批准書の交換と同時に締約国間の戦争状態は終結し,平和が達成される。

2.イスラエルは付属議定書(付属I)に規定するエジプトとパレスチナ委任統治領間の国際境界線まで,シナイからそのすべての軍隊及び文民を撤退させ,エジプトはシナイにおける完全な主権の行使を回復する。

3.付属Iに規定する暫定的撤退の完了と同時に,締約国は第3条3に従い,正常かつ友好的な関係を確立する。

第2条

 エジプト・イスラエル間の恒久的国境線は,付属議定書IIの地図に示されているように,エジプトと旧パレスチナ委任統治領間の承認された国際境界線とし,これはガザ地区の地位問題を侵すものではない。締約国は,この国境線を不可侵のものと認める。締約国は水域,空域を含む相互の領域の保全を尊重する。

第3条

1.締約国は,相互間に国際連合憲章の条項と平和時における国家関係を規定する国際法の原則を適用する。とくに,

 a 締約国は,相互の主権,領土保全及び政治的独立を承認し,かつ尊重するものとする。

 b 締約国は,その保証されかつ承認された国境内で,相互に平和のうちに生存する権利を承認し,かつ尊重するものとする。

 c 締約国は,相互に直接,間接を問わず武力による威嚇又は武力の行使を控え,相互間の全ての紛争を平和的手段により解決するものとする。

2.各締約国は,その領域内において,あるいはその支配下の軍隊又はその領域に駐留するその他の軍隊によつて,他の締約国の住民,市民,ないし財産に対し,交戦,敵対ないし暴力の行使または威嚇が発生し,かつ行われないことを保証する。各締約国はまたいかなる場合も他の締約国に対する交戦,敵対,転覆,暴力の行使ないし威嚇を組織,奨励,煽動ないしは,支援しないこと,またはそれに参加しないことを保証し,そのような行為を行う者が裁かれることを保証する。

3.締約国は,両国間に樹立される正常な関係が完全な承認,外交・経済・文化関係,国民と物品の移動の自由に対する経済的ボイコットと差別的障壁の廃止を含み,一方の締約国の管轄下にある市民による法の適正手続の相互享受を保証する。締約国が本条約の他の条項履行と平行して,このような関係を達成するための手続は付属議定書(付属III)に規定される。

第4条

1.相互主義に基づき両締約国の最大限の安全を図るため,エジプト・イスラエル両国の領域内の兵力制限区域,国連軍及び同監視団(その性質及び時期の詳細については付属Iに規定される)及び両締約国が合意するその他の措置を含む安全保障取極が結ばれる。

2.締約国は,付属Iに記載される地域における国連職員の駐留に合意する。締約国は,国連職員の引揚げを要求しないことに合意する。両締約国が別途合意しない限り,また国連安全保障理事会において5常任理事国の賛成投票を得て承認されない限りこれら職員の引揚げが行われないことに合意する。

3.本条約の実施を促進するために,付属Iに規定される合同委員会が設立される。

4.本条第1項及び第2項に定められる安全保障取極は,いずれか一方の締約国の要求により,再検討され,また両国の相互の合意により修正されうる。

第5条

1.イスラエルの船舶,及びイスラエルに向けられ,またはイスラエルから積出される貨物は,すべての国に適用される1888年のコンスタンチノープル条約に基づき,スエズ運河並びにスエズ湾及び地中海を通ずる同運河への航路における自由航行の権利を享有する。イスラエルの国民,船舶及び貨物,並びに,イスラエルに向かい,またはイスラエルから出る人,船舶及び貨物は,同運河の使用に関するすべての事項において無差別の待遇を与えられる。

2.締約国は,チラン海峡及びアカバ湾を,航行及び上空飛行につき妨害され停止させられることのない自由がすべての国に与えられている国際水路であるとみなす。両国は,チラン海峡及びアカバ湾を通じて,いずれか一方の国に入るための航行及び上空飛行の相互の権利を尊重する。

第6条

1.本条約は,国際連合憲章の下における締約国の権利及び義務に,いかなる影響を与えるものではなく,また,影響を与えるものと解されてはならない。

2.締約国は,第三者が行動をとると否とに拘らず,かつ本条約以外のいかなる文書と関係なく,本条約の下における義務を誠意をもつて履行することを約する。

3.締約国は更に,双方が加盟している多国間条約の諸条項の両国間関係への適用のため,すべての必要な措置をとることを約する。この措置の中には,国際連合事務総長及びこのような条約の被寄託者に対する適切な通告の提出をも含む。

4.締約国は本条約と相反するいかなる義務をも負わないことを約する。

5.国際連合憲章第103条の規定に従うとの条件のもとに,締約国が本条約によつて負う義務とその他の義務との間に衝突が生じた場合には,本条約に基づく義務が拘束力を持ち,かつ履行される。

第7条

1.本条約の適用または解釈をめぐつて生じる紛争は交渉によつて解決されるものとする。

2.交渉によつて解決できないいかなる紛争も,調停によつて解決されるか,あるいは仲裁に付されるものとする。

第8条

 締約国は,すべての財政的請求問題を相互に解決するため,請求問題委員会を設置することに合意する。

第9条

1.この条約は締約国が批准書を交換した時に効力を発する。

2.本条約は,1975年9月8日のエジプト・イスラエル間の合意に取つて代るものとする。

3.本条約に付属するすべての議定書,付属及び地図は,本条約と一体をなすものとみなす。

4.本条約は国際連合憲章第102条の規定に基づく登録のため,国際連合事務総長に通告されるものとする。

 この条約は1979年3月26日に,アラビア語,英語,ヘブライ語でそれぞれ三部作成され,いずれの条約文も等しく正文であるが,解釈上の疑義が生じた場合には,英文によるものとする。

 付属I(要訳)

第1条 撤退と安全保障取極

1.イスラエルは平和条約批准書交換の日から3年以内にシナイ半島からの撤退作業を完了する。

2.イスラエルの段階的撤退は軍事的諸措置と地域の画定とともに行われる。

3.シナイ半島からの撤退は(イ)暫定的撤退:批准書交換後9ケ月以内にエル・アリシューラス・ムハマド線まで,(ロ)最終的撤退:批准書交換の日から3年以内に国際境界線まで,の2段階で行われる。

4.撤退実施のため批准書交換後直ちに合同委員会が設置される。

(第2条以下略)

 付属III(仮訳)

  締約国間関係に関する議定書

第1条 外交・領事関係

 締約国は外交・領事関係を設定し,暫定的撤退完了と同時に大使を交換することに合意する。

第2条 経済・通商関係

1.締約国は暫定的撤退完了と同時に,正常な経済関係に対するすべての差別的障壁を撤廃し,相互の経済的ボイコットを廃止することに合意する。

2.出来る限り早く,かつ暫定的撤退の完了後6カ月よりも遅くない時期に,締約国は有益な経済関係の促進を目的とする通商・商業協定締結の交渉を開始するものとする。

第3条 文化関係

1.締約国は暫定的撤退の完了後,正常な文化関係を設定することに合意する。

2.締約国はあらゆる分野における文化交流が望ましいことに合意するとともに,出来る限り早く,かつ暫定的撤退の完了後6カ月よりも遅くない時期に,上記の目的のため,文化協定締結の交渉を開始するものとする。

第4条 移動の自由

1.暫定的撤退完了と同時に,各締約国は他の諸国の国民及び車両に適用される一般規定に従い,他方の締約国の国民及び車両が自国領域へ移動し,また自国領域内で移動する自由を認めるものとする。いずれの締約国も,自国領域から他方の締約国の領域への,人及び車両の自由な移動について差別的制限を課さないものとする。

2.宗教上,歴史上の意義を有する場所への相互の自由なアクセスは,無差別的基盤に立つて規定されるものとする。

(第5条以下略)

 (付属Iの付録略)

 付属Iの合意議事録(仮訳)

 ○付属I第6条第8項は次のとおり規定している。

 「締約国は国連軍及び監視員を派遣する国について合意する。国連軍,監視員は国連安全保障理事会常任理事国以外の国から派遣される。」

 ○締約国は次のとおり合意した。

 「付属I第6条第8項に関して,締約国間に何ら合意が達成されない場合には,国連軍及び監視員の構成に関する米国案を締約国は受諾し,支持する。」

 付属IIIの合意議事録(仮訳)

 本平和条約及び付属IIIは締約国間の正常な経済関係の設定を定めている。右に従い同関係には,エジプトの通常商業ベースによる対イスラエル石油売却,イスラエルのエジプト産余剰石油の入札に参加する権利,及びイスラエルの入札をエジプト並びに石油権益保有者は他の入札業者と同様に取扱う義務が含まれる旨合意された。

 条約本文に関する合意議事録(仮訳)

第1条(条約本文,以下同じ)

 第1条第2項に規定するエジプトのシナイ半島における完全な主権行使の回復は,イスラエルが各地域から撤退するに伴い地域別に実施される。

第4条

 第4条第4項に規定する再検討は一方の締約国の要請があつた時点から3カ月以内に開始されねばならないが,いかなる修正も両締約国間の相互の合意に基づいて行われねばならない旨合意された。

第5条

 第5条第2項第2パラグラフは同項第1パラグラフを制限するものと解釈されてはならない。これは第5条第2項第2パラグラフ,「両国は,チラン海峡及びアカバ湾を通じて,いずれか一方の国に入るための航行及び上空飛行の相互の権利を尊重する」に反するものであると解釈されてはならない。

第6条第2項

 第6条の諸規定はキャンプ・デービッドで合意された中東和平のための枠組みの規定と矛盾して解釈されてはならない。

 右は条約本文第6条第2項,「締約国は,第三者が行動をとると否とに拘らず,かつ本条約以外のいかなる文書と関係なく,本条約の下における義務を誠意をもつて履行することを約する」に反するものであると解釈されてはならない。

第6条第5項

 締約国は本条約が他の条約又は協定に優先すべきであるとの主張,或いは他の条約又は協定が本条約に優先すべきであるとの主張を行つてはならない旨合意した。

 右は条約本文第6条第5項,「国際連合憲章第103条の規定に従い,締約国が本条約によつて負う義務とその他の義務との間に衝突が生じた場合には,本条約に基づく義務が拘束力を持ち,かつ履行される」に反するものであると解釈されてはならない。

 平和条約に付随する書簡(仮訳)

 本書簡はエジプト及びイスラエルが以下のとおり合意したことを確認するものである。

 エジプト及びイスラエル政府は「キャンプ・デービッドにおいて合意をみた中東における平和の枠組」及び「エジプト・イスラエル間平和条約締結のための枠組」と題する付属文書をキャンプ・デービッドにおいて作成し,1978年9月17日ホワイトハウスにおいて署名したことを想起する。

 上記枠組に従つて包括的和平解決を達成するため,エジプト及びイスラエルは西岸・ガザ回廊に関する条項の履行を開始する。両国は平和条約の批准書交換から1カ月以内に交渉を開始することに合意した。「中東における平和の枠組」に従つて,ジョルダン・ハシミテ王国に対し交渉に参加するよう招請する。

 エジプト及びジョルダン代表団中には西岸・ガザ回廊のパレスチナ人あるいは相互の合意に基づくその他のパレスチナ人が含まれる。本交渉の目的は,選挙によつて自治政体(行政評議会)を設立する方式,自治政体の権能及び責任の規定及び関連問題について,選挙に先立ち合意することにある。ジョルダンが交渉に参加しないことを決定した場合には,交渉はイスラエルとエジプトにより行われる。

 両締約国政府は可能な限り早い時期に交渉を終了させるため,継続的にかつ誠意をもつて交渉することに合意する。また,両国政府は住民に完全な自治を付与するため西岸及びガザに自治政体の設立することが本交渉の目的であることにも同意する。

 エジプト及びイスラエルは当事者間で合意が達成した後,できる限り迅速に選挙が実施されるよう,1年を目途に交渉を完了するものとする。「中東における平和の枠組」の中で言及されている自治政体は選挙後1カ月以内に設立発足するものとし,これをもつて5年間の過渡期間が始まる。イスラエル軍政府及び同民政府は撤退し,「中東における兵補の枠組」に規定されている通り,自治政体がこれに代わる。その後イスラエル軍の撤退が行われ,残存するイスラエル軍は特定の安全保障上必要な地域へ再配置される。

 また,本書簡は米国政府が交渉の全段階において全面的に参加するというわれわれの了解を確認する。

 敬具

 モハメド・アヌワル・エル−サダト

 メナヘム・ベギン

 (「西岸」の表現が用いられている各箇所については,イスラエル政府はこれを「ジュディア及びサマリア」と解する。)

 1979年3月26日

 首相閣下

 私はサダト大統領から,エジプト・イスラエル間平和条約の規定どおり,イスラエルがシナイ半島の暫定ラインまで撤退を完了した後1カ月以内にエジプトはイスラエルへ大使を派遣し,エジプトにおいてイスラエル大使を接受する旨の書簡を拝受した。

 本手続がイスラエル政府にとつて合意できるものであることを貴下が確認されることを望む。

 敬具

 ジミー・カーター

 メナヘム・ベギン閣下

 大統領閣下

 1979年3月26日付書簡をもつて以下のとおり提案あつた手続にイスラエル政府が同意できることを確認する。

 「私はサダト大統領が,エジプト・イスラエル間平和条約の規定どおり,イスラエルがシナイ半島の暫定ラインまで撤退を完了した後1カ月以内にエジプトはイスラエルへ大使を派遣し,エジプトにおいてイスラエル大使を接受する旨の書簡を拝受した。」

 敬具

 メナヘム・ベギン

 サダト大統領閣下(ベギン首相)

 私は米国憲法上の手続を条件として以下のことを貴下に確認する。

 エジプト・イスラエル間平和条約の違反が実際に行われた場合又は違反の恐れがあつた場合,米国は一方又は双方の締約国の要請に基づいて,同問題につき当事者と協議を行い,条約を遵守する上で適切かつ有効と思われる措置をとる。

 米国は条約付属Iに従つて締約国の求めにより空中監視を行う。

 国連監視員の兵力制限地域への配置に関する条項は国連安全保障理事会により履行されうべきものと米国はみなす。米国は安全保障理事会において必要な措置をとるため全努力を傾注する。

〔参考図〕

{図は省略}

 もし安全保障理事会が条約に規定する措置を確立し,かつ維持できなかつた場合には本大統領は受入れ可能な,これに代わる多国籍軍隊の創設及び維持に必要な措置をとる用意がある。

 ジミー・カーター