データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] アンドレオッティ首相主催晩餐会における海部内閣総理大臣の挨拶

[場所] ローマ
[年月日] 1990年1月12日
[出典] 海部内閣総理大臣演説集,216−217頁.
[備考] 
[全文]

 アンドレオッティ首相並びにご列席の皆さま

 私は今、今世紀最後の十年の初頭にあたり、ヨーロッパが歴史的変化を遂げつつある時に、欧州政治文化の源であるこの地ローマを訪れ、我々人類の将来につき思いを馳せております。静かに耳を澄ませば、フォロ・ロマーノからはあのキケロやシーザーの雄弁が木霊し、私には政治を志し雄弁の技に情熱を傾けた若き日の自分が想い出され、歴史の新たな一章に遭遇した政治家の一人としてその責任をひしひしと感じない訳にはまいりません。

 ここ欧州においては、カンピドーリオの丘で誓われた欧州統合の夢が、一歩一歩現実の足音となって欧州市民に未来の展望を開きつつあります。思えば、一九八九年は、東西対立という戦後国際構造の再編成に希望を与えた年でありました。新たな構図を描くには、我々はなお幾多の試練に耐え、努力の限りを尽くさなければなりませんが、今我々の眼前に現れたこの歴史的好機を、我々の手にしっかりと掴えないでいてよいでしょうか。私は、今次欧州歴訪において、アンドレオッティ首相をはじめ西欧及び東欧の指導者の方々と、この歴史的好機を前に忌憚のない意見交換ができますことを、誠に意義深いことと考えております。

 アンドレオッティ首相

 貴国は、本年後半にはEC議長国として欧州建設の重責にあたられます。ひるがえって我が国と欧州、更に貴国イタリアとの紐帯に目を転じますと、なによりも先ず、我々は我々が共有する民主主義的諸価値に言及しなければなりません。開かれた社会も、また自由貿易体制にしても、我々の志向する諸制度はこの民主主義的諸価値を礎として建設されなければなりません。我々はグローバル・パートナーとして国際責任を果たしていくに当たり、この事実を忘れるべきではありません。

 日伊両国は近年EC統合の進展を軸として益々緊密化の度を深めており、お互いを再発見する新たな局面を迎えていると言えましょう。イタリアというこの尽くせぬ魅力をそなえたパートナーと、政治、経済、文化はもとより我々の生活空間全般にわたる交流を深めていくことは歴史のダイナミズムの中で、我々にとって快い挑戦ですらあります。

 ダイナミズムと言えば、私は日本の首相としていささかの誇りをもって、今日、日本の属するアジア・太平洋地域においては大いなる歴史的発展のうねりが生じている事実を紹介せずにはおれません。伝統ある欧州があの大航海時代に示された勇気と冒険心を単に新たな欧州建設のみに注がれるのではなく、今再びアジア・太平洋にも寄せられることを切に希望するものであります。かつてヴェネチアの人、マルコ・ポーロが欧州に初めて紹介した遠い国日本は今あなた方の側にあります。

 私と妻は三年前、ベローナの円形劇場で「アイーダ」に感動しましたが、昨年暮には東京で再びベローナ歌劇団の「アイーダ」公演を楽しむ機会を得ました。その際にも感動的な熱唱に日本の聴衆は惜しみない拍手を送ったことでした。お互いの国民が胸襟を開いて更に伝統的友好関係を発展させていく時、我々両国民は、「アモーレ」、何ものにも代え難いこの母なる言葉で、結び付けられることになるものと確信しております。

 ではご列席の皆さま

 今宵ここに、アンドレオッティ首相とイタリア国民の一層のご繁栄、また、日本とイタリア両国間の友好協力関係の更なる発展を祈り、杯を挙げたいと思います。