データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ブラント・ドイツ連邦共和国首相主催晩餐会における田中総理大臣挨拶

[場所] 
[年月日] 1973年10月4日
[出典] 外交青書18号,39−40頁.
[備考] 
[全文]

 連邦首相閣下,令夫人,ご列席の皆様

 本夕は首相閣下のお招きを受けましたのみならず,只今はブラント首相から誠にご懇篤なお言葉を戴きましたことを光栄に存じます。

 このたび貴国の地を踏みまして以来の貴国官民の心暖まるご厚意,そして本日の貴首相との卒直かつ建設的な意見の交換を通じて,貴国とわが国を結びつける伝統的な友好のきずなが,いかに強固なものであるかを改めて確認した次第であります。

 それにつけても想起されますのは,一昨年秋,天皇,皇后両陛下が貴国を公式訪問された際に,貴国政府及び国民各層よりたまわつたご懇切なご歓待でありまして,この機会をかり日本国民を代表して心からお礼申し上げます。

 私自身も20年前に初めて貴国を訪問し,このボンをはじめとする貴国の主要都市を視察して,祖国復興のために挺身しておられる貴国国民のご努力とその成果に深い感銘を受けたのでありました。有名なアウトバーン,ライン河にかけられていた千メートル・1スパーンの吊橋,ハンブルグにおける戦災復興住宅の建設ぶりなどは,いまでも脳裏に鮮やかであります。そのときの体験は,わが国の国土総合開発に生かされており,また私の提唱している日本列島改造論の基礎ともなつているのであります。

 今回貴国を再び訪問し,その後20年間の貴国の発展ぶりに改めて感銘と敬意の念を覚えたのであります。

 今や両国は,共に自由世界の一員として,共通の価値観と理想を分ち合いつつ,世界平和促進のために協力する立場にあります。今回貴国が国際連合に加盟されたことは,このような協力の場が更に一つ増えたことを意味するものであり,ここに衷心からお祝いを申しのべます。

 しかしながら貴国とわが国の協力は,政治の分野のみにとどまるものではありません。経済の分野での交流の拡大と促進こそ,われわれの将来にかかわる共通の課題なのであります。貴国は,西欧におけるわが国の最大の貿易相手国であり,両国間の貿易量は年々拡大の一途を辿つております。しかしながら,その規模は両国の持つ経済力に対応するものとは言えず,なお相互に拡大することが必要であり,かつ可能と考えるものであります。

 貴国の一部には最近,両三年の日独貿易のインバランスや,わが国の特定商品の急激な輸出増加に危惧感を持つ向もあるかのようであります。しかし,これらの問題は長期的な発展の過程における一時的な現象であります。たしかに,日独貿易は71年以来,日本側の出超となつていますが,53年から72年までの20年間のバランスでみると,西ドイツの方が8億ドル余の出超であります。しかもわが国は,内政の重点を,生産第一,輸出から福祉優先,輸入拡大へと転換しております。また,わが国経済の一層の開放化と自由化を指向する一連の措置を強力に推進しております。したがつて,人口1億を有し,GNPも貴国とほぼ同じ規模である日本は,ドイツ商品,資本,および技術にとつて魅力ある市場であります。両国が,自由貿易の原則にのっとって貿易の拡大均衡と秩序ある発展に努力する限り,必ずや問題は解決されるものと確信いたします。

 われわれ両国は,この他,先進工業国としての数多くの共通の課題に直面しております。それは,通貨,資源,科学技術の諸問題であり,また現代文明への挑戦である環境問題であります。われわれは,これらの諸領域において,新しい国際経済秩序のために応分の貢献を行なわねばなりません。

 今回の貴国訪問が,自由と民主主義という共通の理念で結ばれている日独両国の協力と伝統的な友好関係の一層の強化の契機となりうるならば幸甚これに過ぐるものはございません。

 首相閣下,ご列席の皆様

 ここに杯を挙げて連邦大統領閣下,連邦首相閣下ご夫妻のご健康とドイツ国民の幸多き将来と繁栄を祈念いたします。