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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 大平外務大臣・姫鵬飛外交部長会談(要録)

[場所] 北京
[年月日] 1972年9月26日〜27日
[出典] 
[備考] 
[全文]

極秘無期限

大平外務大臣・姫鵬飛外交部長会談(要録)

(1972年9月26日〜27日)

−日中国交正常化交渉記録−

アジア局中国課

目次

会談      日時及び場所        頁

第一回会談  9月26日午前10:20〜11:40・・・・・・2

(於 人民大会堂)

第二回会談  同 26日午後17:10〜18:20・・・・・・・5

(於 迎賓館)

非公式会談  同 27日 ・・・・・・・10

(於 万里の長城往復の車中)

第三回会談  同 27日午後10:10

〜28日午前00:30・・・・・・・・・・・・12

(於 迎賓館)

(注: 本「会談要録」は、国交正常化当時の記録を改めて昭和53年5月タイプ印刷に付したものである)

第一回外相会談

日 時 9月26日 午前10:20〜11:40

場 所 人民大会堂

出席者

(日本側)大平 外務大臣

吉田 アジア局長

高島 条約局長

木内 総理秘書官

     橋本 中国課長

     栗山 条約課長

藤井 外務大臣秘書官

{黒塗り}

(中国課)姫鵬飛 外交部長

韓念龍 副部長

張香山 外交部顧問

     陸維●{金へんにりつとう} 亜洲司司長     

     王暁雲 亜洲司副司長

陳抗 亜洲司処長

高鍔 亜洲司処長

その他

(挨拶、雑談の後)

(姫外交部長) この度田中総理及び大平大臣が訪中されたことに対しては、昨日周総理より既に歓迎の意を表明致しました。私達は、昨日の総理会談で双方の総理の委任を受けて、これから国交正常化についての具体的問題を話し合う訳ですが、これは、重要な任務であると考えます。会議の進め方について大平大臣の御意見はいかがですか。

(大平大臣)先ず、田中総理以下随員に寄せられた中国側の行き届いた、友情のこもつた歓待に対して厚く御礼の意を表します。

姫外交部長の言われるように、双方の首脳から委任された重要な任務につき卒直に意見の交換を行ない、相互理解を通じて立派な成果をあげたいと思います。この会議の運び方についての私の意見を求められましたが、私は、今日は、私共日本政府が考えている共同声明の草案について中国側の考え方を聞かせて戴きたいと考えます。

(姫外交部長)結構です。草案はあるのですね。

(当方より、本文だけから成る共同声明日本側案を手交(別紙の別添1)。)

(大平大臣)案文は、まだ日本語のものだけです。これについて、条約局長から説明させるのでお聞き戴きたい。

(ここで条約局長より、東京より携行の「日中共同声明の対中説明要領」に沿い説明を行なつたが、実際の発言振りは別紙1.の通りであつた。)

(大平大臣)以上に対して中国側からコメントを得られれば幸いです。

(姫外交部長)解説に感謝します。周総理も昨日はつきり述べたように、いくつかの問題の提起の仕方に双方にとり困難があります。例えば、両国の戦争状態の終了についての提起の仕方は、日本側にもそれなりの問題があろうが、中国側も人民を納得させることができないので同意できません。又、歴史の事実にも合いません。だから、双方とも頭を働かせる必要があり、このため十分話し合いたい。周総理が述べたように、双方の頭を働かせて解決の方法を見出したいと思います。中国側も草案を用意しています。(当方に手交越す。別紙2)これは、日本側の考えも考慮して作つたものです。戦争状態の第1項は、中国側のもとの書き方にしてあります。日本側の困難は、「日台条約」に関して国会を納得させられないということのようですが、日本側案では、中国人民を納得させることができません。中国人民に、戦争状態がいつ終了したのかをはつきりさせなければなりません。日本側において中国側案文をよく研究して戴きたい。この草案は前文も入つてまとまつております。条項については、順を変えたところがあります。中国側としても日本側がさきほど述べたことを研究しますから、中国側案文も研究してみて下さい。中国側案文の括弧してあるところは、日本側の意見を述べるところだからそうしてあります。

今話している問題の主なものは、戦争状態の問題と三原則をどう表現するかということと平和友好条約のところを独立の項とすることです。

双方の研究のために今日はこれ位にしたいと思います。

(大平大臣)日本側にも勉強させて戴きたい。

(姫外交部長)結構です。とにかく、こういう問題を解決しなければなりません。

(大平大臣)日本側も同じ考えです。

第二回外相会談

日時 9月26日 午後17:10〜18:20

場所 迎賓館18号楼

出席者

(日本側)大平 外務大臣

橋本 中国課長

{黒塗り}

(中国側)姫鵬飛 外交部長

張香山 外交部顧問

周斌 (通訳)

江培往 (記録)

(大平大臣)共同コミュニケ前文についての日本側草案をまだ提出していないが、中国側の提起された三原則に対する日本側の基本姿勢を前文に謳うべきであるとの示唆があつたので、日本側では目下どういう形で挿入すべきか検討中である。また中国側の前文には入つていないが、日本側としては、前文に、日中国交正常化が排他的であつてはならないとの趣旨を入れてはどうかと考えている。この点については、周総理も強調されたところであり、今後の日中関係が各々の友好国との関係を損うものであつてはならず、また第三国に向けられたものでないことを明らかにしてはどうかと考えている。

いずれにしろ、上記の趣旨をもり込んだ日本側草案を次の外相会談までに用意したいと考えている。

共同声明の本文について、二点申しあげたい。第一点は、戦争状態の終了宣言の問題であり、これについては、色々工夫をこらした結果として、ここに二つの試案を提示するので、中国側で御検討頂きたい。

第一案は、「中華人民共和国政府は、中国と日本国との間の戦争状態の終了をここに宣言する」というものであり、主語が中華人民共和国になつている点が特徴的である。このように、戦勝国だけが一方的に戦争状態の終了を宣言した例は、過去に、連合国とドイツとの戦争状態終了に際して採用されたことがある。

第二案は、「日本国政府および中華人民共和国政府は、日本国と中国との間に、今後全面的な平和関係が存在することをここに宣言する」というものであり、いつ戦争が終了したかを明確にしないものである。この問題については、双方に立場の違いがあるので、将来に向つて前向きな態度で処理することを考えたものである。

第二の問題は、台湾問題であり、これについても試案を考えたので御検討願いたい。

中国側案では、第2項に、唯一合法政府の問題と台湾問題とを一緒に記してあるが、これを切離し、台湾問題を第3項として、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明した。日本政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、ポッダム宣言に基づく立場を堅持する。」というものである。

以上、あくまでも試案として作つてみたものであり、中国側で御検討の上、更によい知恵があればお聞かせ願いたい。

もう一度申し上げれば、前文については、本日私から御説明申しあげた考え方に基づいて、日本側案を作成し、次の外相会談で提示したい。

本文については、戦争状態の終了と台湾の領土帰属の二点について、日本側試案を提出したので、次の会談において、これに関する中国側のコメントを伺いたい。

第三点として、こちらからお願いしたいのは、今後とも重要な点については、私と貴外交部長との間で話しあうこととしたいが、その他の、文章づくり、テニヲハ等については、私の指名する者と、貴部長の指命される者との間で相談させては如何かと考えます。

(姫外交部長)三原則を前文にどう入れるかを検討中であるのか。

(大平大臣)三原則について、日本側草案は、分解して本文に記していたが、中国側案では、三原則ともひつくるめて前文に記してあり、日本側案に御同意頂けるならば別であるが、そうでないならば、前文において、どのような表現で言及するかについて目下工夫しているところである。

(姫外交部長)中国側草案の前文には、これまで存在していた日中間の不正常な関係を改めることを両国人民が切望している旨の、両国人民の共通の気持を記したが、これは必要だと考える。次に中国側草案は、日中の過去の歴史にふれるとともに、「日中復交三原則」について記している。中国側は、この原則がこのたびの日中国交正常化の基礎となるものと考えているが、日本側としても、すでにこれを充分理解できるとの態度を表明しているのだから、特に問題はないのではないか。中国側草案の本文には、三原則のうち、二原則しか記述されておらず、第三原則すなわち「日台条約」にふれていないのは、前文において、日本側が三原則全体に理解を示す旨記述するからである。個別に記す形式を採用し、かつ、「日台条約」に言及しないというわけにはいかない。

前文には、その後に、日中は社会制度が異なるとはいえ、平和友好的につきあうべきである旨強調され、最後に、日中国交正常化がアジアの緊張緩和、世界の平和に利するとの評価が記されている。

なお、以上の中国側前文案は、古井先生との話しあいの結果に基づいて起草されたものである。

次に本文について説明する。

第1項の戦争状態の終了については、日本側の提示された案に基づいて再検討してみる。ただ、「本声明が公表される日に」戦争状態が終了する旨の時期の問題は重要である。つまり、この時から、本文の戦争状態以外の他の部分についても効力が発生することとなる。例えば、日本が中華人民共和国を中国の唯一合法政府と認めるのも、この日からであろう。現時点でこう認めろと要求されても、日本側はお困りでしょう。

第2項については、どうして、中国側案のカイロ宣言ではなく、ポッダム宣言の立場を堅持するとしたのか。

(大平大臣)日本が受諾したのは、カイロ宣言ではなく、ポッダム宣言だからである。

(姫外交部長)この点については再度検討してみる。

「日中関係が排他的でなく、第三国に向けられたものではない」旨記するのは、前文の中よりもむしろ第6項に入れるべきであると考えるがどうか。

(大平大臣)特にこだわらない。

(姫外交部長)戦争状態の終了の問題について、本日、二つの日本側案を頂いたが、中国側としては、時期の問題を極めて重視している。しかし、なんとかして解決しなければならない問題である。

(大平大臣)日本側としては、なんとか国内的にdefendできる線でまとめたいと考えている。

(姫外交部長)この点については、周総理もはつきり(日本側の困難はわかつていると)言明しておられるので、何とかよい案を考えたい。

他に御注文があれば伺いたい。

(大平大臣)実質上の問題ではないが、本日話しあつたような重要問題については、貴外交部長と私との間で解決することとし、他の基本的合意に達した部分については、できれば早速にも、特定の者を双方で指名して、修文にかからせてはどうかと考えるが如何。

(姫外交部長)日本側は誰を指名されるか。

(大平大臣)アジア局長、条約局長、橋本中国課長、栗山条約課長と通訳と記録係を考えている。

(姫外交部長)中国側出席者は、後刻お知らせすることと致したい。ただ、今後、各問題についての案を双方が交互に出すのではなかなか話が進まないので、この8人が一緒に作業し、一緒にコミュニケ案を起草してはどうかと考える。そして、これら8人で解決できない問題を我々で話しあいたい。

(大平大臣)そのように致したい。われわれは双方の総理から任されたわけであるから、できるだけ総理を煩わさず、我々レベルで問題を解決したい。

(姫外交部長)結構です。

非公式外相会談

日時 9月27日

場所 万里の長城往復の車中

大平大臣及び姫鵬飛外交部長、他通訳等。

(以下は会談の要旨)

1.三原則を前文に記入する問題

(姫外交部長)何とか日中国交回復三原則を明記したい。

(大平大臣)原則のみを記入したく、日本国内の事情を御理解願いたい。何れにせよ、日本側の対案を用意しているので帰つてお渡しする。

2.大使交換問題

(姫外交部長)何とか期限を明記するよう配慮願いたい。

(大平大臣)「すみやかに」という日本側の表現をお呑みいただきたい。

日本には次の事情があるので十分御配慮願いたい。先ず在台邦人3,800人の安全の問題があり、台湾側の出方が心配である。次に在京台湾大使館が直ちに断交するのか、更に居座ろうとしているのか先方の出方が全く不明である。但し、もし先方が何時までも引きあげないようであれば断固とした措置をとるので理解してほしい。

3.平和友好条約

(姫外交部長)日本側の考えをおたずねしたい。

(大平大臣)平和友好条約を結ぶための交渉を開始すべきであるというのが日本側の主張であるが、何らかの方法でこれを共同声明にもりこむことには異存はない。しかし同条約締結前にも航空協定等の実務条約を締結したい。

(姫外交部長)異存ない。但し一番頭の痛い問題は航空協定で、各国から締結したいとの申し込みが来ている。しかし、中国と日本は、カナダ等と異なり近隣であるので、話し合えば妥協可能である。

4.軍国主義についての表現

(大平大臣)今次田中総理の訪中は、日本国民全体を代表して、過去に対する反省の意を表明するものである。従つて、日本が全体として戦争を反省しているので、この意味での表現方法をとりたい。

(姫外交部長)中国は日本の一部の軍国主義勢力と、大勢である一般の日本国民とを区別して考えており、中国の考えは、むしろ日本に好意的である。

5 戦争終結問題

(姫外交部長)戦争状態終結の時期として、「今後」との表現があるがこの意味が不明である。日本側のお考えを聞きたい。

(大平大臣)それとも「共同声明発表の日」との表現方法をとりますか?何れ帰つてからよく考えてみましよう。

(姫外交部長)この点われわれ中国側も一番頭を痛めている点である。

6.「反省」等のことばの問題

(姫外交部長)「反省」と「めんどう」との表現方法は軽すぎはしないか。(大平大臣と姫部長との間で「反省」のニュアンスについて双方で意見を述べ合う)

7.共同声明発表の時期

(姫外交部長)共同声明を今晩、明朝中にも発表出来るように努力したい。ニクソンの時のように上海で発表するようなことはさけたい。

(大平大臣)お考えには賛成である。

第三回外相会談

(最終会談であり、最も重要なもの)

日時  9月27日午後10:10〜28日午前00:30

場所  迎賓館

出席者

(日本側)大平 外務大臣

橋本 中国課長

通訳

(中国側)姫鵬飛 外交部長

張香山 外交部顧問

通訳

(大平大臣)本日の話し合いは夜の仕事になりました。

(姫外交部長)私は夜の仕事に慣れている方です。

(大平大臣)本日午前中の八達嶺、定陵の参観に際しては、姫外交部長に御案内頂いた。姫部長はお疲れのことと思う。

(姫外交部長)疲れてはいない。

(大平大臣)共同声明について、中国側で何かいい案が出たかうかがいたい。

(姫外交部長)本日午後の事務レベルでの話し合いにより、次の諸問題が問題として残つた。第一番目の問題は、日本側提出の共同声明案の前文で述べられている、日本側の態度の表明に関する問題である。即ち、日本側が与えた戦争損害に対する日本側の反省表明の問題である。

次は「復交三原則」についての問題である。

第三番目の問題は、共同声明案本文での戦争状態終結に関する問題である。

次は戦争賠償についての表現の問題である。

最後に平和友好条約の締結についての問題、ならびにその他の各種協定締結についての問題がある。

これらの諸問題は両国外相間の討議事項であり、事務レベルでは、詳しい、突つ込んだ話し合いは行わなかつた。

最後に、共同声明の表題については、総理により処理してもらうこととしたい。

(大平大臣)総理マターとして、本件を扱うことを意味するのか。

(姫外交部長)そのとおりである。中国側についていえば周恩来総理に処理を一任することになる。

そこで中国側の考え方を次に申し述べることとする。まず共同声明の表題について、本件表題は、共同声明の中国語テキストでは「中華人民共和国政府と日本国政府との共同声明」と修正し、反対に日本語のテキストの表現に置き換えれば「日本国政府と中華人民共和国政府との共同声明」と修正してはどうか。中国側がかかる表題を選んだ理由は、共同声明の内容自体が、単に国交正常化の一事を指しているのではなく、それ以上の幅広い問題を含んでいるからである。表題を国交正常化という字句で表現した場合、共同声明に含まれている全ての問題を包括することが出来なくなるからである。「中華人民共和国政府と日本国政府との共同声明」(或いは「日本国政府と中華人民共和国政府との共同声明」)とした場合、包括する範囲が広くなるからである。

(大平大臣)表題については、上記の中国側の提案も含めて田中総理とともに研究したいと考えている。

(姫外交部長)第二番目の問題は、共同声明の前文の中の、戦争により中国に与えた損害に対する日本側の態度表明の問題である。日本側案文によれば、共同声明の前文二段目において、「日本側は過去戦争によつてもたらされた苦しみと損害に対し深く反省の意を表明する」とされている。然し中国側は、右の表現中、「苦しみ」という表現を除去し、同部分を「日本側は、過去戦争によつてもたらされた重大な損害に対して深く反省する」との表現をとることを提案する。

(大平大臣)それでは、「日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことに対して深い反省の意を表明した」との表現でよいのか。

(姫外交部長)「日本側は、過去において日本が戦争を通じて中国人民にもたらした重大な損害の責任を深く反省する」との表現を採つてはどうか。

(大平大臣)上記の中国側の案では、「反省の意を表明する」との字句が落ちているが、これについて中国側の意見をうかがいたい。

(姫外交部長)わざわざ「反省の意を表明する」との表現を用いることはない。「深く反省する」だけでも十分に意味がとおり、簡潔である。

(橋本課長)「責任を深く反省する」との表現は日本語として何かちぐはぐ{前4文字強調}な感じを与える。

(大平大臣)上記の表現の中で、「責任」という言葉は何を具体的に指しているのか。

(姫外交部長)損害を与えたことに対する責任を反省するということで、非常に明確な、はつきりしたものとなつている。

(大平大臣)次に「復交三原則」の問題について話を進めてもらいたい。

(姫外交部長)本問題については、次のような表現によつてはどうか、即ち、「日本側は日本政府が中華人民共和国政府の提起した「復交三原則」を十分理解する立場に立つて国交正常化の実現を計るという見解を確認する。中国側はこれを歓迎する」かかる表現に修正してはどうか。

(大平大臣)上記の文章を共同声明の日本語テキストに直すと、「・・・・・・を確認する。中国側はこれを歓迎するものである」と修正されるものと理解してよいかどうか。

(姫外交部長)そのとおり理解してよい。右はそもそも日本側の案文に沿い作成したものである。中国語としては余りすんなりとした中国語とはなつていない。

(大平大臣)中国側の意見を最初に全部うかがつた上で、一つ一つの問題につき改めて検討を進めてゆくこととしたいが、差し支えないか。

(姫外交部長)結構である。

(大平大臣)戦争状態終結の問題についての中国側の考えをうかがいたい。

(姫外交部長)この問題については、私は周恩来総理とともに長い時間をかけてあれこれ考えたが、その挙句考えついたのが次の方法である。つまり共同声明の前文の中に「戦争状態終結」の字句を入れる、即ち、声明前文の第一段に、右字句を入れるということである。即ち、同前文第一段で謳われている「両国人民はこれまで存在した不自然な状態・・・・・・」の次に戦争状態の終結、中日国交正常化及び両国人民の願望の実現という三つの字句を全て名詞形で挿入する。その結果同箇所は「両国人民はこれまで存在した不自然な状態、・・・・・・戦争状態の終結、中日国交正常化及び両国人民の願望の実現は中日両国関係史上に新たな一頁を開くであろう」という表現に修正される。

上述のごとき方法を採ることにより、戦争状態の終結は時間上の制限を受けなくなり、中日双方ともその問題についてそれぞれ異なつた解釈を行いうる余地を生ずることとなる。

(大平大臣)では声明本文の第1項は不要となるのか。あるいは(それは)第1項を引出すためのものか。

(姫外交部長)第1項が不必要となるのではない。前文において、名詞形により、「戦争状態の終結は・・・・・・」と入れ、本文第1項において、「本声明が公表される日に、中国と日本との間の極めて不正常な状態は終了する」との字句を入れることにより、戦争終結の時期について、中日双方がそれぞれ異なつた解釈を行ないうる余地が生じる。

また極めて不正常な状態が終結したということは、終結に伴い日中両国間の国交正常化が始まつたことを意味する。

(大平大臣)「極めて不正常な状態が終結する」ということは、かかる「不正常な状態」が終結した後も、幾分か不正常な状態が引続き残るということを意味するのか。

(姫外交部長)そういう意味ではない。「極めて不正常な状態が終結する」ということは、かかる不正常な状態が完全になくなるということを意味している。

(大平大臣)「極めて不正常な状態が終結する」ということは、これを日本語の語感で解釈すれば、極めて不正常な状態が終結した後の段階においても、その後も引続きある程度不正常な状態が残るという意味に受けとれる。従つて、「極めて不正常な状態」という表現を、「一切の」とかあるいは「全ての不正常な状態」という風に変えてはどうか。表現についての中国側の苦心の跡がうかがわれるが、この問題は後程検討することとして、その他の残つている問題について中国側の説明をうかがいたい。

(姫外交部長)中国語の「極不正常」(「極めて不正常」の意)という表現については、「極」という言葉は単に「不正常」を修飾するものとして使われているのである。従つて、中国語の語感から言えば、「極めて不正常な状態が終結した」ということは全ての不正常な状態が終熄したことを意味している。

(大平大臣)日本語の語感では、右の表現は、どうしても「今後とも何がしかの不正常な状態が残る」という意味になる。従つて「極めて」という字句を「これまでの」とか、あるいは上述の「一切の」あるいは「全ての」の{前1文字ママ}という表現に改めてはどうか。

(姫外交部長)只今の日本側提案について、今少し考慮・検討することとしたい。

(大平大臣)次は賠償請求の問題をとり上げるのか。

(姫外交部長)本問題について中国側で検討した表現方法は次のとおりである。即ち、「中華人民共和国政府は、中日両国人民の友好のために、日本国に対し、戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」。かかる表現についての日本側の考えをうかがいたい。

(大平大臣)日本側は右表現に同意出来ると考える。

右は中国側の好意によるものであると考えている。

(しばらくして)

次に平和友好条約の問題についてうかがいたい。

(姫外交部長)本問題について中国側において検討した表現は次のとおりである。即ち、「中華人民共和国政府と日本国政府は、両国人民の平和と友好関係を発展させるため、交渉を通じて平和友好条約を締結することに合意した」とする。

(大平大臣)中国側の表現には随分と苦心の跡がうかがわれる。平和友好条約締結の問題は、日本では国会マターである。本条約の締結について中国政府側も非常に強い意向を持つており、日本政府側もこれに反対の意見を持つているわけではない。ただし、上述のごとく、本問題は国会マターであるので、共同声明の表現としては、日本政府が国会に対して大変出過ぎたことをした、との印象を与えないような表現が望ましい。

かかる観点より、同部分の表現は、「平和友好条約を結ぶことを目的とする交渉を開始した」という表現を採ることが望ましいと考えるが、これについての中国側の考えをうかがいたい。

(姫外交部長)「交渉を通じて平和友好条約を締結する」という表現と、「平和友好条約を結ぶことを目的とする交渉を開始する」という表現を比較した場合、その相違は奈辺にあるのか。

(大平大臣)上述のとおり、締結は国会の権限に所属するものである。共同声明の表現を「条約の締結を目的として交渉に入る」ということにすれば、日本政府が出過ぎたことをしたとの印象を与えないで済む。

(姫外交部長)平和友好条約を締結するということは国会の同意を必要とし、国会の責任になるのか。

(大平大臣)国会が条約締結権を持つている。喩えて言えば、日本政府と国会の関係は、料理人とお客の間柄のようなもので、条約について、日本政府側が調理して国会に食べてもらうという手続を踏むこととなる。政府側で草案を用意し、これを国会にかけ、批准を得ることになる。従つて、共同声明の表現についても、「交渉を通じて平和友好条約の締結・・・・・・」というダラダラ交渉するごとき印象を与える字句ではなく、締結を目的とする交渉に入るという風な印象を与える表現がとられることが望ましい。

(姫外交部長)交渉を通じ締結した条約は、国会の条約批准を必要とするのか。

(大平大臣)国会で批准されなければ、一片の反故と同じである。

(姫外交部長)では平和友好条約締結を目的とする交渉を行なう権利は政府側にあるのか。

(大平大臣)その通りである。国会には交渉権はない。平和友好条約を目的とする交渉は国会の批准を必要としない。

(姫外交部長)本問題についてはもう少し考慮、検討することとしたい。

第9項の各種協定の問題に進みたい。

(大平大臣)結構である。これについての中国側の意見をうかがいたい。

(姫外交部長)中国側で検討した表現は次の通りである。即ち、「中華人民共和国政府と日本政府は両国間の関係を一層発展させ、人的往来を拡大させるため、必要に基づき、また既存の民間の取決めを考慮しつつ、交渉を通じて、貿易、航海、航空、漁業等の協定をそれぞれ締結する」との表現によることが望まれる。

(大平大臣) 日本では、協定の中には、国会の承認を必要とするものと要しないものがある。この問題も前出の第8項目の平和友好条約と同様、国会マターの問題である。

(姫外交部長)では如何なる表現によればいいのか。

(大平大臣)中国側の表現を借りると次の通りとなる。「中華人民共和国と日本国政府は両国間の関係を一層発展させ、人的交流の拡大のため、既存の民間協定に応じ、通商航海、航空、漁業関係の協定の締結を目的とする交渉を行うことに合意した」。かかる表現についての中国側の意見をうかがいたい。

(姫外交部長)日本側のこの間の案では、「日本国政府と中華人民共和国政府は、両国の平和友好関係を強固にし発展させるため、外交ルートを通じて交渉を行うことによつて貿易、航海、航空、漁業等に必要な諸協定の締結を行う」とされている。

(大平大臣)締結と交渉という字句をそれぞれ入れ替えればよい。

(姫外交部長)外交ルートを通じて交渉を行うことによりこれらの諸協定の締結を行うことに合意した、との表現を採つてはどうか。

(大平大臣)かかる表現によつた場合、結局上記の中国側の草案通りとなる。日本側としては、締結することを目的として交渉を行うことに合意したという表現であれば、これを受け入れることが出来る。

(姫外交部長)かかる表現は一寸力が弱い。日本の法律では、締結後、国会の批准を受けられぬということもあるのか。

(大平大臣)その場合は反故と全く同じであり、何らの効力もない。

(姫外交部長)国会の批准がなければ反故と同じか。

(大平大臣)国会の批准を受ける前は、締結したものも反故と同じである。

しかしながら、本件については、日本国政府が責任をもつて推し進めれば、国会での批准を得られることは問題ない。現在の自民党政権が日本国内の少数政党により構成されたものであれば、国会での批准を得ることは困難であるが、現在の自民党は国会で300余議席を持つ強力政党であり、国会での批准は問題ない。

(姫外交部長)条約、協定についての交渉自体は国会の批准を必要としないのか。

(大平大臣)これは政府が持つ外交権に属するものであり、国会の批准を必要としない。

(姫外交部長)中国側の案通り、交渉を通じて、貿易、航海、航空、漁業等の協定をそれぞれ締結するとの表現を採つた場合、国会に対するいかなる侵犯となるのか。

(大平大臣)条約或いはある一部の協定の締結の権限は国会にある。従つて、中国側の案の通り、交渉を通じて諸条約の締結を行うとの表現を採つた場合、国会の持つ締詰権を侵犯したこととなる。

(姫外交部長)日本側の説明はよく理解出来た。日本側の案に同意する。

なお共同声明本文第4項の外交関係の樹立については、日本側の案通り、「中華人民共和国政府及び日本国政府は、1972年9月 日から外交関係を樹立することに決定した。両国政府は、国際法及び国際慣行に従い、それぞれの首都における他方の大使館の設置及びその任務遂行のために必要なすべての措置をとり、また、できるだけすみやかに大使を交換することを決定した」との表現を採ることに同意した。

(大平大臣)感謝する。

(姫外交部長)諸問題についての中国側の説明は以上の通りである。

(大平大臣)ではこれまで未解決の問題について検討したい。戦争責任に対する日本側の態度表明及び復交三原則の問題であるが、中国側の案によれば次の通りである。即ち、「日本側は過去において、日本が戦争を通じて中国人民にもたらした重大な損害の責任を深く反省する。また日本側は、日本政府が中華人民共和国政府の提起した「復交三原則」を十分理解する立場に立つて国交正常化の実現を計るという見解を確認する。中国側はこれを歓迎する。」

上記の中国側の案に見られる「責任」という言葉についてうかがいたい。この「責任」という言葉には具体的な、ある何らかの特別な意味が含まれているのではなく、単に、損害を与えたという事実に伴なう責任を十分に反省しているという意味に理解してよいのか。つまり、文字通り損害を与え、責任を感じ、深く反省するという意味であると理解して差支えないか。

(姫外交部長)その通りである。

(大平大臣)その部分を「重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、反省する」という表現に変えてはどうか。

また復交三原則に関する部分の表現で、中国側の案では、「日本側は、日本国政府が中華人民共和国政府の提起した・・・・・・・・・」とされているが、「日本国政府が」という字句を削除した方がすつきりする。ここで言う「日本側」とは日本国政府を意味するので、「日本側は日本国政府が・・・・・・・・・」という表現は重複した表現となり、余りすつきりしたものではない。

(姫外交部長)復交三原則の部分については、日本側が問題としているのは、その重複の部分だけであり、復交三原則に係る全体の内容については同意するのか。

(大平大臣)内容については同意する。従つて修正箇所としては、「痛感する」という言葉を入れ、復交三原則の部分では、「日本国政府が」という言葉を削除する。このニ箇所となる。このニ箇所を修正すれば日本側としては中国側の案に同意出来る。

(姫外交部長)しかしながら、中国語で考えると、先程の日本側の修正案では文章の主語がなくなつてしまう。

(大平大臣)ここでは「日本側」という言葉が文章の主語となる。もし「日本側は、日本国政府が・・・・・・・・・」という重複した表現をとることとなると、再確認の問題となる。

(姫外交部長)では同部分について、「日本側は、中華人民共和国政府が提起した・・・・・・・・・を計るという見解を再確認する」という表現に修正することとする。(中国語では「日本方面重申・・・・・・・・・」との表現に修正される)

(大平大臣)結構である。

(大平大臣)戦争状態終結の問題については、中国側で日本側の意向をお含み頂き感謝する。

ただ、この部分についての日本側の案を述べると、「戦争状態の終結、日中国交正常化という両国人民の願望の実現は両国関係史上に新たな一頁を開くこととなろう。」という表現を採ることとしたい。中国側の案では「戦争状態の終結、日中国交正常化及び両国人民の願望は・・・・・・」と三つの言葉が並列されているが、前の「終結」、「国交正常化」という二つの言葉は両国人民にかかる言葉である。従つてこの三つを並列的に置くのは重複することとなる。また後方で述べている「中日両国関係の歴史に新たな頁を・・・・・・」の部分のうち「中日両国関係・・・・・・」とあるのは、同一のセンテンスで言葉が重複することになるから、「両国関係の歴史に・・・・・・」と簡潔な表現に変えては如何。

(姫外交部長)日本側の提案を中国語に訳して表現すれば、「戦争状態の終結、中日国交正常化という上述の両国人民の願望の実現は・・・・・・」となる。この表現ではどうか。

(大平大臣)受け入れることが出来る。

共同声明本文第1項について、中国側の案による「極めて不正常な状態・・・・・・」という表現の中の「極めて」という言葉を何とかしてもらえないであろうか。その部分を「これまでの」という言葉に置き替えてはどうか。

(姫外交部長)同意する。

日本側の修正をとり入れ、確認のため本文第1項をもう一度読み上げると、「中華人民共和国と日本国政府との間のこれまでの不正常な状態は、この共同声明が発出される日に終了する」となる。このような表現ではどうか。

(大平大臣)同意する。

(姫外交部長)次の問題に移ることとしたい。

(大平大臣)賠償請求については中国側の案を受け入れることが出来る。従つて、賠償の部分については、「中華人民共和国政府は、中日両国人民の友好のために日本国に対し戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」との表現を採ると理解してよいか。

(姫外交部長)その通りである。

(大平大臣)これに同意する。

本文第8、第9項の問題をとり上げることとしたい。

(姫外交部長)同部分については、「中華人民共和国政府及び日本国政府は、・・・・・・・・・平和友好条約締結についての交渉に入ることに合意する」との表現を採つては如何。

(大平大臣)かかる表現は適確ではない。日本語の感覚から言うと、かかる表現では、締結するのかしないのか不明確な印象を与える。従つて「平和友好条約の締結を目的として交渉を行なうことに合意した」との表現を採ると意味が明確となる。

(姫外交部長)日本側の趣旨はよく解つた。同意する。

(姫外交部長)右の部分を「平和友好条約の締結を行なうことを目的とする交渉を行なうことに合意した」と変えることとする。ただし、同部分についての中国語文の表現について、中国側でもう少し工夫したい。

(大平大臣)有難う。種々迷惑をかけて申し訳なかつた。

(姫外交部長)迷惑とは思つていない。これは日中両国による共同作業である。

共同声明全体としては、これで一応まとまつたこととなる。

(大平大臣)共同声明の表題については、先程、中国側より、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」という提案が出されたが、これについて田中首相に報告のうえ、明朝9時までには田中首相の回答を中国側に伝えることとしたい。

(姫外交部長)今晩これから起草委員会で修文を作成し、終了後、周総理に報告するとともに、同修文についての周総理の意見を聞くこととしたい。

(大平大臣)日本側も同様、修文についての田中首相の意見を聞くこととなる。

(姫外交部長)修文について周総理の方からも何らかの意見が出るやも知れないが、その節はよろしく願いたい。

ここで確認のために共同声明の構成について読み上げると次の通りとなる。

まず最初は、「日本国内閣総理大臣田中角栄は、中華人民共和国国務院総理周恩来の招きにより、1972年9月25日から9月30日まで、中華人民共和国を訪問した」という言葉が来る。

第二段においては、毛主席と田中首相の会見を書き入れる。

その次には、会談を行なつた参加者の名前を記入し、終始、友好、卒直な話し合いを行なつた旨記述する。

その次から前文が始まる。前文は三つの文章により構成される。

まず第一は、「日中両国は、・・・・・・・・・両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう」という部分である。

第二の部分は、「日本側は、過去において・・・・・・・・・中国側は、これを歓迎するものである」という部分である。

第三は、「日中両国間には・・・・・・・・・アジアにおける緊張緩和と世界の平和に貢献するものである」という部分である。

その次から本文に入る。

第1項は、不正常な状態の経緯を謳つた部分。

第2項は、中華人民共和国政府を唯一の合法政府と認める旨謳つた部分。

第3項は、台湾問題に関連する部分。

第4項は、国交樹立に関連する部分。

第5項は、戦争賠償請求の放棄に関する部分。

第6項は、主権及び領土保全の相互尊重等について謳つた部分。

第7項は、日中国交正常化は第三国を対象とするものでない旨謳つた部分。

第8項は、平和友好条約締結に関連した部分。

第9項は、貿易、海運、航空等の諸協定締結に関連する部分。

共同声明の構成は上述の通りで差支えないか。

また署名者は日中両国総理及び外務大臣(中国側は外交部長)となる。

(大平大臣)これに同意する。

別紙1

日中共同声明日本側案の対中説明

(注)以下は、9月26日午前の第1回外相会談において、高島条約局長が読み上げたものである。日本側案については別添1中国側「大綱」については別添2をそれぞれ参照ありたい。

日本側が準備した日中国交正常化に関する共同声明案は、先般中国側から非公式に提示された「日中共同声明文案大綱」を基礎にして、同大綱に示されている中華人民共和国政府の見解を尊重しつつ、若干の重要な点に関する日本政府の立場も反映されるように配慮したものである。以下、中国側の「大綱」と対比しつつ、共同声明案本文の各項についての日本側の考えを説明する。

1 第1項は、中国側の「大綱」と同様に、日中両国間の戦争状態の終結問題をとり上げている。「大綱」との相違は、日中両国政府による戦争状態終了の確認という形式をとつていること及び戦争状態の終了時期が明示されていないことの2点である。この相違は、日本側としてきわめて重要視する点であるので、この機会に、この問題に関する日本政府の基本的立場を説明し、これに対する中国側の理解を得たいと考える。

日中間の戦争状態終結の問題は、いうまでもなく、日華平和条約に対する双方の基本的立場の相違から生じたものである。この点は、昨日大平大臣から説明したとおりであるが、繰り返し説明したい。中国側が、その一貫した立場から、わが国が台湾との間に結んだ条約にいつさい拘束されないとすることは、日本側としても十分理解しうるところであり、日本政府は、中華人民共和国政府がかかる立場を変更するよう要請するつもりは全くない。しかしながら、他方において、日本政府が、自らの意思に基づき締結した条約が無効であつたとの立場をとることは、責任ある政府としてなしうることではなく、日本国民も支持しがたいところである。したがつて、わが国と台湾との間の平和条約が当初から無効であつたとの前提に立つて、今日未だに日中両国間に法的に戦争状態が存在し、今回発出されるべき共同声明によつて初めて戦争状態終了の合意が成立するとしか解する余地がない表現に日本側が同意することはできない。

第1項の表現は、このような考慮に基づいて書かれたものである。これまでの日中関係に対する法的認識についての双方の立場に関して決着をつけることは必要ではなく、また、可能でもないので、それはそれとして、今後は、日中両国間に全面的に平和関係が存在するという意味で、戦争状態終了の時期を明示することなく、終了の事実を確認することによつて、日中双方の立場の両立がはかられるとの考えである。表現については、中国側の提案をまつてさらに検討したい。

2 第2項は、日本政府による中華人民共和国政府の承認であり、中国側の「大綱」第2項の前段に相当する。「大綱」は、まず承認問題を含む中国側の三つの原則的立場に対する日本政府の態度を包括的かつ抽象的に述べた後に、具体的に承認問題に言及する構成をとつているが、日本側は、本項においては、承認問題のみをとり上げ、これに対する日本政府の明確な態度を示すことが適当と信ずるものである。その他の二つの問題(すなわち、台湾問題と日華平和条約問題)については、それぞれ別途に処理することとしたい。中国と諸外国との間の共同声明においても、承認と台湾問題とは切り離して処理されていると承知しているので、このように、三つの問題を個別に解決していく方式については、中国側にも特に異存はないものと考えた次第であるが、昨日の周総理の発言に関連し、この点に関する中国側の見解を伺いたい。

3 第3項は、外交関係の開設、大使の交換及び外交使節団の設置に関する日中間の合意に関するものであり、中国側の「大綱」第2項の後段に相当する。「大綱」に比してその内容がより詳細なものとなつているが、本項の表現は、中国と諸外国との間の共同声明を先例として参考にしたものであるので、特に補足的な説明を要しないであろう。

なお、日中両国間の外交関係開設は、この共同声明発出の日と同日付けで行なわれるべきであるというのが日本側の考えであり、中国側も同様の見解と了解している。

この項の内容は、日中両国政府の正式の合意を必要とする事項であり、わが方としては、国内手続上、共同声明とは別個の事務的な合意文書を必要とするので、中国側に特に異存がない場合には、別途同趣旨の簡単な覚書を作成し、共同声明ではこの合意を確認するという形にしたいと考える。

4 次の第4項は台湾問題に関する部分であり、中国側の「大綱」別添の「黙約事項」の一に対応する。

すでに中国側も理解しているとおり、日本側は、日中国交正常化に際しては、いつさい秘密了解のごとき文書を作るべきではないと考えており、台湾問題についても、他の項目と同様に、日中双方が合意しうる表現を見出だし、これを共同声明に含めることとしたい。

台湾問題に関する日本政府の立場については、この機会にこれを要約すれば次のとおりである。

サン・フランシスコ平和条約によつて、台湾に対するすべての権利を放棄したわが国は、台湾の現在の法的地位に関して独自の認定を下す立場にない。中国側が、サン・フランシスコ条約について、日本と異なる見解を有することは十分承知しているが、わが国は、同条約の当事国として、右の立場を崩すことはできない。しかしながら、同時に、カイロ、ポツダム両宣言の経緯に照らせば、台湾は、これらの宣言が意図したところに従い、中国に返還されるべきものであるというのが日本政府の変わらざる見解である。わが国は、また、「中国は一つ」との中国の一貫した立場を全面的に尊重するものであり、当然のことながら、台湾を再び日本の領土にしようとか、台湾独立を支援しようといつた意図は全くない。したがつて、わが国としては、将来台湾が中華人民共和国の領土以外のいかなる法的地位を持つことも予想していない。

このような見地から、日本政府は、台湾が現在中華人民共和国政府とは別個の政権の支配下にあることから生ずる問題は、中国人自身の手により、すなわち、中国の国内問題として解決されるべきものと考える。他方、わが国は、台湾に存在する国民政府と外交関係を維持している諸国の政策を否認する立場になく、また、米中間の軍事的対決は避けられなくてはならないというのがすべての日本国民の念願である以上、台湾問題はあくまでも平和裡に解決されなくてはならないというのが日本政府の基本的見解である。

共同声明案の第4項第2文の「日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、かつ、これを尊重する。」との表現は、右に述べたような日本側の考えを中国側の立場に対応して簡潔に表わしたものである。

5 中国側の「大綱」第4項に述べられている日中関係に適用されるべき基本原則については、日本側としても、その内容に特に異存がないので、これを若干ふえんした形で第5項において確認することとしたい。

なお、本項後段において、両国間の紛争の平和的解決及び武力不行使と並んで、日中双方が自由に自国の国内制度を選択する固有の権利を相互に尊重する旨をうたつているが、これは、前段で強調されているように、「両国間に平和的かつ友好的関係を恒久的な基礎の上に確立」するためには、日中両国が、それぞれの政治信条に基づき、異なる政治、経済、社会制度を有している事実を相互に認め合い、これを許容するという基本的姿勢がきわめて重要であると考えられるからである。

6 第6項は、中国側の「大綱」第5項と同じ内容であるので、日本側から特に補足すべき点はない。

7 賠償の問題に関する第7項は、本来わが方から提案すべき性質の事項ではないので、括弧内に含めてある。その内容は、中国側の「大綱」第7項とその趣旨において変わりがないが、若干の表現上の修正が行なわれている。すなわち、日本政府は、わが国に対して賠償を求めないとの中華人民共和国政府の○を率直に評価するものであるが、他方、第1項の戦争状態終結の問題と全く同様に、日本が台湾との間に結んだ平和条約が当初から無効であつたことを明白に意味する結果となるような表現が共同声明の中で用いられることは同意できない。日本側提案のような法律的ではない表現であれば、日中双方の基本的立場を害することなく、問題を処理しうると考えるので、この点について中国側の配慮を期待したい。 {文中の○は空白}

8 最後の第8項においては、中国側の「大綱」第6項と第8項を一項にまとめ、国交正常化後日中間において締結交渉が予想される平和友好条約及びその他若干の諸取極が例示的にあげられている。本項において触れられていない他の分野に関する取極については、日本側として、これを積極的に排除する意図はないが、当面その締結の必要性につき確信がえられないのであえて言及しなかつた次第である。

なお、本項に関連して、日本側としては、二つの点について、中国側との間に誤解がないように確認しておきたい。

まず、平和友好条約に関しては、日本側は、中国側が予想している条約の内容を具体的に承知していないが、日本政府としては、この条約が、将来の日中関係がよるべき指針や原則を定める前向きの性格のものである限り、その締結のために適当な時期に中国側の具体的提案をまつて交渉に入ることに異存はない。戦争を含む過去の日中間の不正常な関係の清算に関連した問題は、今回の話合いとその結果である共同声明によつてすべて処理し、今後にかかる後向きの仕事をいつさい残さないようにしたい。

次に、個個の実務的分野を対象とする取極については、既存の民間ベースの取極がある場合、従来これが果たしてきた役割を否定するものではないが、やはり政府間の取極ということになれば、民間取極の内容をそのまま取り入れることができない場合もありうると考えられるので、政府がこれに拘束されるかのように解される表現を共同声明において用いることは避けたい。

9 日華平和条約に関するわが国の基本的立場は、すでに第1項の戦争状態終了の問題に関連して述べたとおりであるが、他方、日中国交正常化が達成されれば、日華平和条約は実質的にその存続意識を完全に失うこととなるので、日本政府としては、今後の日中関係が全く新しい基礎の上に出発することを明確にする意味で、なんらかの適当な方法により同条約の終了を公けに確認する用意がある。

10 なお、中国側の「大綱」別添の「黙約事項」においては、台湾問題のほかに、わが国と台湾との間の大使館、領事館の相互撤去及び戦後の台湾に対する日本の投資に対する将来の中国側の配慮の2点が言及されているが、このうちの第1点に関しては、これが日中国交正常化の必然的帰結と認識しており、妥当な期間内に当然実現されるものであるので、このようなことのために、公表・不公表を問わず、あえて文書を作成する必要はなく、中国側において日本政府を信用してもらいたい。また、第2点に関しても、秘密文書を作成しないとの基本方針に基づき、これを口頭での了解にとどめておくべきものと考える。

別紙1の別添1

(別添1)

日本国と中華人民共和国との間の国交正常化に関する日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明案

(前文省略)

1 日本国政府及び中華人民共和国政府は、日本国と中国との間の戦争状態の終了をここに確認する。

2 日本国政府は、中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認する。

3 日本国政府及び中華人民共和国政府は、1972年 月 日から外交関係を開設することを決定した。

両政府は、また、できるだけすみやかに大使を交換することに合意し、国際法及び国際慣行に従い、それぞれの首都における他方の外交使節団の設置及びその任務の遂行のために必要なすべての援助を相互に提供することを決定した。

4 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを再確認する。

日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、かつ、これを尊重する。

5 日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、国内問題に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則に従つて、両国間の平和的かつ友好的関係を恒久的な基礎の上に確立すべきことに合意する。

これに関連して、両政府は、日本国と中国が、外部からのいかなる干渉も受けることなく政治的、経済的又は社会的制度を選択する両国の固有の権利を相互に尊重すること、及び、両国が、国際連合憲章の原則に従い、相互の関係において、いかなる紛争も平和的手段により解決し、武力による威嚇又は武力の行使を慎むことを確認する。

6 日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対するとの見解を有する。

(7 中華人民共和国政府は、日中両国国民の友好のため、日本国に対し、両国間の戦争に関連したいかなる賠償の請求も行わないことを宣言する。)

8 日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国間の平和友好の関係を強固にし、かつ、両国間の将来の関係を発展させることを目的として、平和友好条約及び通商航海、航空、漁業等の各種の分野における必要な諸取極の締結のため、外交上の経路を通じて交渉を行なうことに合意した。

別紙1の別添2

(別添2)

日中共同声明文案大綱

1 中華人民共和国と日本国との間の戦争状態はこの声明が公表される日に終了する。

2 日本国政府は、中華人民共和国政府が提出した中日国交回復の三原則を十分に理解し、中華人民共和国政府が、中国を代表する唯一の合法政府であることを承認する。

これに基づき両国政府は外交関係を樹立し、大使を交換する。

3 双方は、中日両国の国交樹立が両国人民の長期にわたる願望にも合致し、世界各国人民の利益にも合致するものであると声明する。

(「双方は次のように声明する」と冒頭にいつてもよい)

4 双方は主権と領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政の相互不干渉、平等互恵、平和共存の五原則に基づいて、中日両国の関係を処理することに同意する。

中日両国間の紛争は、五原則に基づき、平和的話合いを通じて解決し、武力や武力による威嚇に訴えない。

5 双方は、中日両国のどちらの側も、アジア・太平洋地域で覇権を求めず、いずれの側も、他のいかなる国、あるいは国家集団が、こうした覇権をうちたてようとすることに反対するものであると声明する。

(相談に応ずる)

6 双方は、両国の外交関係が樹立された後、平和共存の五原則に基づいて平和友好条約を締結することに同意する。

7 中日両国人民の友誼のため、中華人民共和国政府は日本国に対する戦争賠償の請求権を放棄する。

8 中華人民共和国政府と日本国政府は、両国間の経済と文化関係をいつそう発展させ人的往来を拡大するため、平和友好条約が締結される前に、必要と既存の取極めに基づいて通商、航海、航空、気象、郵便、漁業、科学技術などの協定をそれぞれ締結する。

黙約事項

1 台湾は中華人民共和国の領土であり、台湾を解放することは、中国の内政問題である。

2 共同声明が発表された後、日本政府は、台湾からその大使館、領事館を撤去し、また効果的な措置を講じて、蒋介石集団(台湾でもよい)の大使館、領事館を撤去させる。

3 戦後、台湾における日本の団体と個人の投資、及び企業は、台湾が開放{前2文字ママ}される際に適当な配慮が払われるものである。(もちろん中国側が適当な配慮を払うという意味である。)

別紙2

中華人民共和国政府 日本国政府共同声明(草案)

(中国文による翻訳)

中日両国は海ひとつへだてた隣国であり、両国間の歴史には悠久な伝統的友誼があつた。両国人民は、両国間にこれまで存在していたきわめて不正常な状態をあらためることを切望している。中日国交の回復は、両国の関係史上に新たな1ページを開くであろう。

(日本国政府は、過去において日本軍国主義が中国人民に戦争の損害をもたらしたことを深く反省する。同時に、中華人民共和国政府が提起した国交回復三原則を十分理解することを表明し、この立場にたつて中日関係正常化の実現をはかる。)中国政府はこれを歓迎するものである。

中日両国の社会制度は異なつているとはいえ、平和かつ友好的につきあうべきであり、また、つきあうことができる。中日両国の国交をあらたに樹立し、善隣友好関係を発展させることは、両国人民の根本的な利益に合致するばかりでなく、アジアの緊張情勢の緩和と世界平和の擁護にも役だつものである。

両国政府は友好的な話合いをつうじて、つぎの合意に達した。

(1)本声明が公表される日に、中華人民共和国と日本国との間の戦争状態は終了する。

(2)(日本国政府は、中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の合法政府であることを承認する。)

中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。

(日本国政府は、カイロ宣言にもとづいて中国政府のこの立場に賛同する。)

(3)中華人民共和国政府と日本国政府は、1972年9月 日から外交関係を樹立することを決定した。双方は国際法及び国際慣例に従い、それぞれの首都における相手側の大使館の設置とその任務遂行のために必要な条件をつくり、また 箇月以内に大使を交換することを申し合わせた。

(4)中華人民共和国政府は、中日両国人民の友好のために日本国にたいし戦争賠償請求権を放棄することを宣言する。

(5)中華人民共和国政府と日本国政府は、主権と領土保全の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉、平等互恵、平和共存の五原則にのつとつて中日両国間の関係を処理し、両国間の平和友好関係を恒久的な基礎のうえに確立することに合意する。

上記の原則にもとづき、両国政府は相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力の行使あるいは武力による威かくをおこなわないことに合意する。

(6)中華人民共和国政府と日本国政府は、中日両国のどちらの側もアジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、いずれの側もいかなるその他の国あるいは国家集団がこうした覇権を確立しようとするこころみに反対するものであると声明する。

(7)中華人民共和国政府と日本国政府は、両国間の平和友好関係を強固にし、発展させるため、平和友好条約を締結することに合意する。

(8)中華人民共和国政府と日本国政府は、両国間の経済、文化関係をいつそう発展させ、人的往来を拡大するため、平和友好条約が締結される前に交渉を通じて、必要と既存の取り決めにもとづき、貿易、航海、航空、漁業、気象、郵便、科学技術などの協定をそれぞれ締結する。

中華人民共和国

国務院総理 (署名)

日本国

内閣総理大臣 (署名)